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とある騎士団長の決意

【Side ローバー・バックス】


マーカスは騎士団で一番の新人だ。ヤツにとっちゃ今日が初めて魔術式武具の訓練。何かやらかすかもしれない……と妙な胸騒ぎを覚えて事務仕事を引き上げ、訓練場に出てみたが。ドンピシャだった。


魔術のおかげで威力が高い分、あの武具は扱いが難しい。

しかしまさか、剣、大剣と見事使いこなしてみせたマーカスが槍を暴走させるとは。

しかもそれが、ケネス殿下の客人目掛けて飛んでいくとは。

……なんつー不幸。


咄嗟に魔力をふるって槍の着地点を反らした。俺の風魔法は範囲は激的に狭いがそれなりの威力がある。


「申し訳ない!」


先導している男はケネス殿下直属だ。コイツに連れられてこの場所を通るのは100%殿下のお客人。言われるまでもなくわかることだ。

まったく……だから、詰所を通すなっつってんのに。


それでも、腰を抜かしたらしい令嬢が崩れ落ちる前に、なんとか彼女を抱き上げられたのは幸いだった。

事故を起こしたうえ、客人の衣服を砂まみれにした日には、絶対殿下にネチネチ言われる。彼は女に甘く男に厳しい。それはもう、徹底して。


「お義母様……っ」


(ん?)


もう1人の令嬢がしきりに腕の中の令嬢に声をかける姿に、違和感を覚えた。友人同士かと思っていたが……。

元気な方の令嬢は深い紅色の髪が印象的でくっきりとした顔立ちの、気の強そうな美少女だ。一方、俺が横抱きに抱えているのは……


(この色…………まさか……な……?)


軽やかな薄桃色の髪。恐怖が強かったせいか、涙をたたえて見開かれた浅緑の大きな瞳。可憐で大人しそうなご令嬢だ。

人一人抱えているのを忘れてしまいそうなほどに軽い彼女は、ただでさえ華奢で繊細な造りに見える。血の気の引いた今は……風が吹くだけで壊れてしまいそうに儚げだった。


こういう玻璃の人形のような令嬢を好む男も多いが、それはあくまで観賞用。妻にしたところで役には立たない。粗野な俺としては正直、こうして抱えているだけでヒヤヒヤものだ。

迂闊に触れたら壊れてしまいそうな風情に細心の注意を払いつつ、ケネス殿下の招くタイプにしては珍しいなと考える。2人ともかなり若いし、純粋に所用があるだけの相手なのかもしれない。


「お義母様お気を確かに……っ!」


「大丈夫……大丈夫よ……」


か弱く呟く姿もいたいけな少女が、大して年の変わらないもう1人に「母」と呼ばれる違和感。


(可哀想になぁ……貴族なんぞに生まれたばっかりにさ)


国を守る騎士団は平民と接する機会も多い。それもあって、この、「年齢」なんてものでは測れない貴族ならではの家族関係に歪さを感じてしまう。


(仲良さそうなのが救いだな)


実子でないのは確実だ。どこのご婦人方か知らないが、下手したら義母の方が年下な可能性もある。気の毒に。


カタカタと小刻みに震える少女達を騎士団の管理棟に案内する。マーカスには先に行って一室準備するよう申し付けた。

王弟殿下との約束の時間は過ぎてしまうが、仕方ない。客人が通り抜けるまで魔術式武具の使用を中止させなかった俺の判断ミスだ、責任は取る。


「お義母様を故意に狙ったということは?」


キツそうな紅髪の令嬢がマーカスを睨む。先程からの様子を見る限り、継子がかなり懐いている……というか、なんだろう、保護者? 護衛? そんな印象を受けた。

水色の猫目がなかなかの迫力で……うん、誰かに似ている、誰だったかな。


(それにしても正反対だな、この2人)


被害者なご令嬢……いや、奥方か? ……は、お人形さんな外見そのまま、ぽやん、ふわんと現実ではないどこかを見ているかのようだ。一方、付き添うご令嬢は表情こそ乏しいものの、全身から生気が吹き出している。


(怒ってる時が一番輝いてるヤツって、男女問わずたまに居るよな。まぁ、俺はそういう方好きだけどね)


「わたくし、お名前も存じませんが……?」


自分のために激怒する継子を止めるためか、華奢なご夫人が意を決したようにマーカスを見据えた。

その瞳はさっきよりははっきりしているように見えるが、どうしても隣の生き生きと冴えた水色よりは弱く感じる。


(……ん?)


けれど、マーカスが名乗った後のことだ。浅緑の瞳が揺れて……一瞬だけ、明るく優しい光が灯った。


(何だ?)


思わず目を擦りたい衝動にかられる。

人形に、魂が宿った……?


それは劇的な変化だった。


触れればすぐに壊れてしまう、鑑賞用の細工花。それが、儚くも瑞々しい生花へと変わったのだ。

ぼんやりとけぶっていた瞳に温かな光が灯っただけで……陶磁のようだった頬にほんのり赤みがさしただけで……ぽってりとした唇の口角が僅かに上がっただけで……。


(…………まさか……いや、だが……)


先程も感じた微かな既視感。色彩以外はあまりにもイメージが違うから、打ち消したが。

俺は、彼女を知っている……?


マーカスに続いて名乗りをあげる。しかし、こちらを見る彼女の表情はもう、人形に戻ってしまっていた。あの表情かおを正面から見られれば、わかるかもしれないのに。


もう、10年以上心に刺さったままの小さな棘。見捨ててしまった、大切な女の子。


「わたくしツィーナ・ハダル・アケルナーは、事故であった旨了承致します」


(!!)


「ハダル……やっぱり……」


思わず、呟きが口からこぼれた。


ハダルの名を冠する娘を、1人だけ知っている。春色の、可愛らしくもお転婆なチビだった。

自分の名前もロクに言えないほどに幼かった、チーニャ。俺の大切な妹分。


なのに、見捨てた──。


「……久しぶりだなぁ、チーニャ」


今度こそ、助ける。

再会出来たら……今度こそは、彼女の願いを叶えると、誓っていた。


「ま、覚えてなくても仕方ねぇが……」


思い出の中の、愛しい妹。


キョトンとこちらを見る表情かおはさっきまでのどれとも違ってあどけない。その姿に……確信を得た。


(俺もバカだよなぁ……こうして見りゃ、面影有りまくりだろ)


「てか、名前が全然違うからわかんねぇわな。『隣のポール』って言えば思い出すか?」


昔俺は、ハダル男爵家のタウンハウスの近くに住んでいた。

王都の中でも王城に近い貴族街と呼ばれる立地はすべて、古参の貴族達がおさえている。商家から成り上がったハダル男爵家は新興貴族であるが故に、平民の街に近い場所に居を構えることしかできなかった。


煌びやかで、庭も趣向を凝らしたハダル邸。俺の実家とは、実質、お隣り。

平民ながら豪商として知られた俺の実家とハダル男爵家には、自然、それなりの交流が生まれていた。


家同士で交流する時、まだ子どもだった俺はいつもチーニャの子守り役を押し付けられた。チーニャは6歳年下の女の子で、もちろん、産まれた時から知っている。

押し付けられたとは言っても、横暴な兄貴達と毎日を過ごしていた俺にとって、たまに会うチーニャは癒しだった。小さくて可愛くて素直で甘えん坊。ふわふわと柔らかくて甘い匂いがして……とにかく、兄貴達とは全然違う。


けれど、俺が11歳の時。両親が懇意にさせて貰っていたモビー子爵家から、俺に養子の話が来た。

普通、平民が貴族の養子になることはない。なのに、たまたま俺がモビー子爵の亡くなったご子息と同い年で、たまたま俺がそのご子息とまったく同じ色彩の持ち主で……それから、ご子息を亡くしたモビー子爵夫人が心を病んでしまって……恐ろしい程の偶然が重なり、俺の養子縁組は実現した。


喜び勇んだ親族一同のもと、俺はある日突然家から出され、それまでの「ポール」ではなく「ローバー」という名で呼ばれるようになった。俺の意思は関係なし。けれど、縋るような目で俺を見るモビー夫人に、「ローバーじゃなくてポールだ」とは言えなかった。


それからも、俺の人生はなかなかに波乱万丈。なんと、二年もしないうちに、養父ちちであるモビー子爵が病で死去したのだ。

モビー子爵家は養父の弟が継ぐと決まっていたから、ローバーとしての俺に執着する養母ははと共に、彼女の実家であるバックス伯爵家に戻った。どうも、先代伯爵が部下の1人を認めて娘を嫁がせた……という流れがあったらしい。

養母の強い願いもあり、俺は今度は彼女の兄である現バックス伯爵の養子となった。武人一門であるバックス伯爵家の末息子となった俺は、そのまま当然のごとく騎士団に入団し……これまた恐ろしい偶然が重なった末に、若くして騎士団長の位についている。ホント、人生山あり谷ありだ。


「ポール……? …………ポー……『ぽにぃちゃ』……?」


記憶の中にしかなかったはずの、若葉の瞳が遠くを見て、しばし。


「お、思い出したな!?」


焦点を結んだその目には、「信じられない」と書かれていた。


それにしても思い出すまで、時間がかかった。小さかったチーニャが忘れていても無理ないとは思うものの、実際そこまで記憶が遠いとは……地味にショックだ。


「いやぁ、なっつかしいなぁ、そういや『ぽにぃちゃ』って言ってた言ってた」


「え……ホントに……? 『ぽにぃちゃ』……?」


今聞いても笑ってしまう、ひどいあだ名だ。ツィーナという自分の名前すら言えなかったチーニャは、当然の如く「ポールお兄ちゃん」も正しく発音できなかった。

今となっては数少ない、俺がポールとして生きていた頃の名残。ポールのポしか入っていないが。


「ぃ……生きて、た……の…………?」


驚愕に見開かれた瞳が俺の目を、髪の色をじっと見つめる。

相変わらず大きな目だ。緑の宝石を嵌め込んだだけに見えていたその瞳も、チーニャのものだと思うとまったく違う意味を持つ。こいつも、苦労したんだろう。

硬質な宝玉が露を含む若葉に光った、と思った刹那。


「うぁあっ、ぼにぃちゃ、いぎでだぁあ……っ!」


貴婦人にあるまじき情けない声を上げたチーニャが、貴婦人にあるまじき勢いでダバーッと滂沱の涙を流す。


「おぃ、ちょっ、チーニャ!?」


「お義母様!? ゃ……お義母様!? ちょ、やだ、どうすれば……!?」


まるで乳幼児のような泣きっぷりに、俺はもちろん、連れのご令嬢も狼狽する。マーカスに至っては真顔のフリーズ。


「だっ……ぼ、ぽにぃっ、し……っうああああんっ」


幾度か死線を潜り抜けて来た俺でも、ここまで手放しに泣き喚く貴婦人など初めて見た。紅髪のご令嬢もさすがにこんな場合の慰め方は知らないのだろう。そりゃそうだ、成人した貴族女性が人前で泣くなど……こいつ成人してるよな? 俺より6歳下だから19か? うん、間違いなく成人している。

この国の成人年齢は16だ。とっくに成人してるのだけは事実。


(こいつ、泣くと長いんだったか……? 泣き止ませるには確か……)


さすがにこの年の女性を「高い高い」するわけにはいかない。変顔披露も部下の前ではしたくない。となれば……


「ほれチーニャ、甘くて旨いぞぉ」


「んぐ!?」


大号泣の隙をついて、開いた口に飴玉を1つ放り込む。


「泣いてたら味なんかわかんねぇだろ? せっかく王城の料理長が作ったフルーツ飴なのになぁ。お、ご令嬢も一つどうだい?」


「え? あ、はぃ……ありがとうございます……」


俺の肩書きに呑まれたのか、頼りの継母が号泣中でパニックなのか、妙に大人しくなったご令嬢にも飴を勧めた。これで、この子が飴を絶賛してくれたら、完璧なのだが。そう簡単には食わないか。まぁ、それが正しい淑女の姿だ。


「もったいねぇなぁチーニャ。王城の料理長は気難しいので有名なんだ。次、いつ手に入るかわかんねぇぞぉ?」


「う……っ、ひぐ……っ、お、おいし……、おいしいのはっ、わか、わが、るうぅぅっ」


「ふーん? 久しぶりなんだから旨いもんでも食いながら積もる話を、って言いてぇがなぁ。おまえは泣きたいんだもんな?」


「ううぅ、だっ、止まんなっ、ううっ」


チーニャはちびっ子に多い偏食家なうえ美食家だった。お菓子で釣るのが手っ取り早い、そう踏んだのだが、予想以上に彼女の中で溜まっていたものがあるのだろう。決壊した堰はそう簡単には戻せない。


「ったくしょうがねぇヤツだ」


必死で嗚咽を堪えようとしながらも、「止まらない」と泣き続ける姿に、昔のような愛しさが募る。ホントこいつは、何をしてても手がかかって、何をしてても可愛らしい。

鬼の騎士団長もカタナシだ。妹ってのは最強の生物かもしれない。


「だけどそろそろ泣き止まねぇと隣のお嬢さんが困ってるぞ? おまえ、母親なんだろ?」


あまり言いたい言葉ではないが、立場が人を作るというのは本当だから。

チーニャの今の生活がどうなっているのかわからない以上、あまりその立場を悪いものにしたくなかった。


「う゛ぅっ、うっ、うぐぅぅっ」


案の定、ひゅっと息を呑んで隣を見たチーニャが、自分の口を両手で押さえた。それから、ガバリと俯いて呻きのような奇妙な音を出したあと、


「ふはああああぁぁぁぁっ」


肺が飛び出して来るんじゃないかと心配になるくらいの勢いと長さで息を吐く。


「お、おい……?」


思わず腰をうかして肩を掴もうとしたところで、


「ごめんね」


とチーニャが顔を上げた。

まだ目は赤いし、化粧はところどころ落ちている。泣き止んではいるが、ひどい顔だ。それでも、ニッコリ笑ったその表情かおは……人形ではない、血の通ったチーニャだった。


造作が整っているせいか、明るい表情が乗ったせいか、さっきまでよりずっとずっと魅力的だ。

チラリと隣に目をやれば、フリーズしていたマーカスが別の意味でフリーズしている。まぁ、若いから。こいつは人形だった時からチーニャが気になって仕方ないみたいだったし。


(しっかし……あのチーニャも歳頃か……)


やけに感慨深い。


だが、俺は知っている。チーニャが、親に虐げられていたことを。きっと、今だって幸せな結婚をしているわけではないのだろう。

俺が昔……助けられなかったから。親に放置され、無視され、ただ、使用人の手で道具のように磨かれるだけだった彼女を……知っていたのに、俺は救い出せなかった。救い出せないままに、自分のことに手一杯で……1度も連絡を取ることすらなく、見捨てたのだ。


「ぽにぃちゃ、死んだって聞かされてたの。だから、嬉しくて」


またもや潤みかけた瞳を軽く閉じて、数瞬ののちにそっと開く。彼女は立派な令嬢に育ったらしい。

感情のコントロール。完璧なそれに、俺は時の流れをしみじみ思う。


「お義母様、お言葉遣いが……お兄様とのお約束が……」


けれど、焦ったようなご令嬢の忠告に、「変わらねぇな」とも思った。


「大丈夫よシャウラちゃん。ぽにぃちゃはわたしのことわかっているもの。ね?」


さっきまでとは違う、やけに肝の据わった様子はさすがチーニャだ。このお転婆娘め。


「あー、アケルナーのご令嬢。ご覧の通り、俺もそちらの義母君ははぎみも、勝手知ったる昔馴染みだ。今更取り繕うのもお互い、なぁ? なんなら俺、チーニャのオムツも替えてるし」


「ぎゃああああっ! ちょ、ぽにぃちゃ!? しー! しーっ!!」


「はっはっはっ! 一丁前に照れてんのか!?」


「そういう問題じゃないからっ! わたしの感動返して!?」


「団長……なんて破廉恥な……っ」


「お!? ちょい待てマーカス、おまえ変な誤解してねぇか!? ちっちゃい頃だぞ!?」


「……変態ロリ団長」


「お義母様!?」


「ちょっ、もう黙ってぽにぃちゃ!!」


顔を真っ赤にしたマーカスが変なことを口走るもんだから、ご令嬢に殺人光線が出るんじゃないかってくらい睨まれた。

せっかく落ち着いたチーニャもワタワタワタワタ真っ赤だし……


「悪ぃ、落ち着け。俺はこいつが産まれた時からの子守り係だったんだよ。兄妹みたいなもんだから、勘違いすんな」


怒鳴りはしない。けれど、腹から声を出して部屋の騒音を一喝する。

騎士団長なんてやってれば、場を征する機会なんてしょっちゅうだ。案の定、三人三様に、ホッと息を吐くのがわかった。


(迂闊にからかうもんじゃねぇな)


妹分の気安さで……懐かしさで……それから、拭えない罪悪感を隠すために。つい、軽口を叩いてしまった。


「昔はどうであれ。アケルナー公爵夫人には失礼した」


(……ん? アケルナー……?)


言ってから気付いた。先程チーニャが名乗った名前。それから、ご令嬢の存在。それを合わせれば、彼女がとんでもなく高い身分にあることは想像がつく。

俺は騎士団長なんて拝命したところで、所詮、格としては臨時の侯爵止まりだ。騎士団を動かすために侯爵と同等の権威を有しているが、戦時でもない限り、公爵には届かない。


「……てかおまえ、なんでまだアケルナー家に居んの? 亡くなったよな?」


「だ……団長……」


それ、謝った意味なくなります! 小声で苦情を申し立ててくるマーカスはポイッと無視する。でもこの場面で俺に意見するとか……こいつ、使えそうだな。覚えておこう。


「なんでって……居たいから居るんだけど」


アケルナー公爵の女好きは有名だった。チーニャとはかなり年も離れている。


「おまえ……まさか、ああいうオッサンがタイプだったか……? はっ! もしやケネス殿下のところに行くのも……!?」


「バカー! ちょ、何てこと言うの!? 少なくともシャウラちゃんの父親なんだからね!? ちょっとは考えて喋ってよ!!」


死別したからには一刻も早く解き放たれたいだろう枷を、好きこんでつけている……その事実に驚けば、すごい剣幕で怒られた。つまり、亡き公爵への未練ではないらしい。


(財産? ……ってタイプでもないよなぁ)


不思議に思っていると、


「わたしは! シャウラちゃんとカウスくんの家族なの! 母親として子ども達の幸せを見守るんだからっ!」


思いがけないセリフが飛んできた。


(子ども達の幸せ、か)


わからなくもない。チーニャは親の愛情に飢えていた。曲がりなりにも親の立場になった以上、同じ轍は踏みたくないのだろう。


──その健気な思いに胸を打たれた。


「ぽにぃちゃも見たでしょ!? うちのシャウラちゃん、めっちゃイイ子なの! わたしのこと心配し過ぎて、そちらのマーカスくんについ厳しくあたっちゃうくらい、優しい子なの!」


「マーカスくん……?」


「まぁ、そのお嬢さんがチーニャに懐いてんのは見ればわかる」


「でしょ!? ありがとうシャウラちゃんっ! 仲良くなれてホント嬉しいっ!」


「え、えと……わたくしもです……?」


なんだかマーカスがまたしてもショックを受けたように呟いているが、それも無視。気にしてもしょうがない。

普通の令嬢しか知らない小僧には、チーニャみたいな破天荒娘は衝撃だろう。……まさか、大人になってもこんなに我が道を突き進んでいるとは思わなかったが。


「1回落ち着け。おまえ、槍の恐怖引きずってんだろ。テンションおかしいぞ?」


「だってぽにぃちゃが喜ばせるから! てか、生きてるなら教えてくれても良かったのに! てか、ポールじゃないの!?」


「だー……イイから落ち着け。落ち着け。イイな?」


おまえは子どもか。そうツッコみたい。

妹分が可愛い妹分のまま変わらないでいてくれたのは嬉しいが、妙齢の婦人として心配になってくる。


(「未亡人」て言葉がこれ程遠い未亡人も居ねぇわな。……いや、さっきの外面ならそうでもねぇが……)


……もしかして……防衛本能?


アケルナー公が女性を連れているところを数回見かけたことがある。同じ相手ではなかったが、ボリューミーな熟女だったはずだ。


(……無意識に……子どもっぽく振る舞うことで公の興味を反らして、自分をギリギリ守っていた……?)


この無邪気さも、さっきの儚さも。もしかしたら、この成長不良とも思える華奢な身体さえも。


(なんてこった……)


ふつふつと、絶望と怒りが湧いてくる。


チーニャのことも考えず無理な結婚をさせた親。

まだ幼いとわかっているのに娶ったアケルナー公爵。

チーニャの苦しみにも気付いてやれず、自分のことばかりだった俺。

全てが、許し難い。


チーニャが、痛ましい──。


「……ご令嬢。シャウラ殿と言ったか? まぁなんだ、俺はあんたの義母の兄みたいなもんなんだ。実質、あんたの伯父だな。だから、なんかあったら頼ってくれてイイ。それで……これからもこいつをよろしく頼む」


出した声は、少女に向けるものではなかったかもしれない。

しかし、この子がチーニャの拠り所になっているのなら。俺は……この子ごと、チーニャを守ろう。


今度こそ、助けたい。今の俺には、その力があるのだから。


「…………頼まれなくとも」


「ははっ! そうか、そりゃ頼もしいな」


幸せな結婚ではなかったのだと思う。1度も結婚なんぞしたことのない俺にはわからない世界だが、チーニャが望んで嫁いだとはどうしても思えない。

この小さく可憐なチーニャをあの男は……考えただけで、故人相手に殺意が湧く。


だが、「家族」と呼べる存在が、そばに居るなら。


「チーニャ」


「なぁに?」


それでも。これだけは確認しておかなくては。


「おまえは今、幸せか?」


若葉のように明るい浅緑の瞳を見据える。少しの嘘も見逃すまいと。


「うん。だって今、義息子むすこ義娘むすめと一緒に暮らしてるんだよ? すごくない?」


「そうか……」


「2人ともめちゃくちゃイイ子でね? 今日だってほら、シャウラちゃんとお揃いなの」


そう言って、柔らかな髪につけたリボンを見せつけてくる。その笑顔はキラキラしていて……ちらりと見えた首筋も、華奢ではあるがガリガリではない。精神的にも肉体的にも健康な生活が送れているのは事実のようだ。


「お義母様……はしたない……!」


小声で咎めるシャウラ嬢に苦笑する。


「手のかかる義母親ははおや持っちまったなぁ。でも、飽きないだろ?」


「え!? いえ、あの……はい」


「ぽにぃちゃ失礼。わたし、これでも最高の母親目指してるんだけど?」


「ぷっ!」


「ちょっ、なんで笑うの!?」


「ま、頑張れや」


軽妙な掛け合いが心地好い。舌っ足らずな言葉で一生懸命お喋りしていたちびっ子が、随分立派になったものだ。


「なぁチーニャ」


「なに!?」


手を伸ばし、怒んな怒んな、と撫でてやれば、きょとんとした後、「うふふ」と笑う。

掛け値なしに、守りたい。


「ぽにぃちゃの手、相変わらず大きいね」


頭の天辺に乗せた手に添えられた白い手は、もう幼女のふっくらした手ではない。たおやかな女性の手だ。


「せっかく再会できたんだ。困った時には頼って来い。困らなくてもいつでも来い。おまえのお守りは俺の役目だろ?」


真剣に想いを伝える。


過去のことは謝ったってどうにもならない。チーニャだって、たぶん、困る。

だから、これから──。


「ん、ありがと」


ふにゃりと相好を崩した姿に、在りし日が重なる。

でも、俺が守りたいのはあの日からたくさん苦労して、苦しんで、それでも健気に笑う、今のチーニャ。俺の知らないものを抱えて、必死に頑張っている、目の前の今のチーニャだ。


「今度俺んにお茶飲みに来い。菓子もたくさん集めておく」


「え! ホント!? やったぁっ」


「お義母様……っ」


「シャウラ嬢もぜひ一緒に」


「さすがぽにぃちゃ! わかってるぅ」


「泣いたチーニャには旨いモン、だからな」


「うふふ、懐かしい」


この太陽のような笑顔を、もっと見たい。



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