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社交界にデビューします。子連れですが。

「…………本当に行くんですか?」


冷え冷えとした美貌を渋面に変え、普段よりさらに冷淡に見えるカウスくんが、じっっっとりとした目でわたしを見た。

怖いから、と心の中でツッコみつつ、


「ここまで来て何を言ってるの」


遠慮なく苦笑を浮かべる。


「今更帰ったら変でしょう?」


既に、わたし達二人の乗った馬車は王城に到着していた。今日の責任者である某伯爵配下の係員との到着確認も済んでいる。

なのに、顔も見せずに帰宅って……何事かと勘ぐられて後々苦労するのはカウスくん本人だろうに。


「心配してくれてありがと。頑張るわ!」


「…………」


満面の笑みで決意表明すれば、カウスくんがウッと詰まる。


「…………ハァ。繰り返しますが、僕から離れないでくださいね? ツィーナは警戒心が足りませんから」


「あはは、心配症だなぁ。王城の警備は万全なんでしょう? こんな田舎娘、迷子の心配くらいしかないってば」


「アケルナー公の未亡人です、注目されないわけがないでしょうに。まったく…………『未亡人』って単語はただでさえ好き者共の気を惹くのに、こんな……大切に守って来たのをなんだと……」


「ん? ごめん、カウスくん聞こえないよ。注意事項ならちゃんと教えて?」


「ハァ。社交性は大事ですが、広く浅く。決して僕以外と二人きりにならないように気をつけてください」


「はぁい。シャウラちゃんのためだもの、気合いは十分よ!」


社交の場に出るのは数年ぶりだ。そして、こんなに大きな夜会に出席するのは生まれて初めて。もちろん、王城に来るのも初めてだった。


「ハァ……。今日は実質ツィーナの社交界デビューですからね。気持ちが高ぶるのはわかりますが、くれぐれも大人しくしていてください」


再度重たいため息をついたカウスくんが馬車を降りる。差し出された手にエスコートされ入場した城内は、驚く程に煌びやかで……五感への刺激に満ちていた。


「わぁ……」


外には宵闇の薄紫が広がっているというのに、開かれたアーチの中は影1つ落ちない程に明るくて真っ白だ。白亜の通路を彩る黄金色の燭台に揺れるのは、真っ白な魔術の炎。それを壁一面に張られた鏡が反射してキラキラと眩しく輝いている。

もちろん、通り道として敷かれたラグも真っ白ふかふか。靴の底から伝わる柔らかな感触に、踏むのを躊躇ってしまう程だった。


「……ツィーナ。気持ちはわかりますが、落ち着いてください。足元が疎かになりますよ?」


「だって……別世界だわ」


まったく違う。成金趣味の生家とも、格式ばった公爵家の屋敷とも。前世、画面越しに見たセレブ達の住居ともまったく別物。

ただただ……目の前に広がる城内に圧倒された。


「おとぎの国みたい……」


一般に使われる蝋燭の火と違って煤が出ないせいだろうか、煙ではない甘い香りがそこはかとなく漂ってくる。不慣れなわたしにも、その香りが場を上品な雰囲気に纏めているのが感じられた。


遠く、夜会の会場からは潮騒のようにざわめき聞こえて来る。

けれど、それよりも近い場所から響いてくる弦の音を不思議に思ってカウスくんに訊いてみれば、


「会場の楽団とは別に、楽士があちらの小部屋で演奏しているんですよ。参加者の到着する時間帯には明るい歓迎の音楽を、帰る頃には落ち着いた穏やかな音楽を」


と教えてくれた。


わたしの実家程度の格では、王城の夜会に呼ばれることはまずない。それにわたしは、正式に社交界にデビューする前にアケルナー家に嫁いでしまった。

結婚後は……これ幸いとばかりに領地に引きこもっていた自覚があるので、連れ出してくれなかった旦那様に不満はないが……ないのだが……やっぱり、こういう華やかな世界を見ると、「もったいなかったかな」と思ってしまう。


(…………いやいやいやいや。分相応って大事よね?)


とはいえ、浮かれている場合ではない。

今日のわたしは、ただ夜会を楽しみに来たわけではないのだ。しっかりとした使命がある。何せ、二人の子の義母ははなのだから。


「第二妃殿下との御成婚七周年記念の祝賀会ですからね。妃のご実家であられる伯爵家は芸術への造詣が深い。楽士の選出にも力が入ったのでしょう。

……ツィーナ、落ち着いて。踊るのはまだ早いですよ」


弾むような音楽に、つい足取りが軽くなり過ぎてしまったようだ。


(ちょ、ホントにわたし浮かれすぎ!! お母ちゃんはこんなことで動じない!! 動じないったら動じないの!!)


「ハァ……」


(ヤバっ、カウスくん怒ってる? ……いや? ひんやり体感は通常モードか……?)


エスコートしてくれている手の先をこっそり窺う。

いつも通りぴっしりと隙のないオールバックに、冷たい印象の銀縁眼鏡。着こなしにも隙がないが、今日は目の色に合わせた水色のアスコットタイと薄紅色の石のついたタイリングが華やかだ。髪色に紛れて見難いものの、眼鏡にも細く繊細な銀チェーンが付けられ、そちらでも幾つか、透明な石が輝いていた。


(ハァ、やっぱりカッコイイ)


前世の推しだと気付いてしまえば、今まで以上に彼の容姿に目がいった。眼福眼福。だって、どう控えめに言っても「知的美人」。三次元化した今、リアルにファンクラブがあってもおかしくないレベルなのだ。

それなのに未だ、浮いた話が上がらないのは……やはり、父親の素行への嫌悪感が強いのだろう。


(そうよ! カウスくんのお相手探しもしなくっちゃ! ヒロインがどう動くかなんてまだわかんないんだもん。ここは「お母さん」が一肌脱ぐ時よね!)


「? ……ツィーナ、あの扉が前室です。私的な会話は前室までです。何かあれば今のうちにどうぞ?」


自分より高い位置にある綺麗な横顔をじっと見つめながら決意を新たにしていると、怪訝そうに見下ろすカウスくんと目が合った。


「え? あー……家でも言ったけど、明るい王城で見るとしみじみ思うわ。カウスくん、めっちゃくちゃカッコイイ」


「は……? 何を……」


(まずは自己肯定感を上げなきゃね。褒めて伸ばす、これ大切! 本心からの言葉だし!)


タウンハウスは、領地の屋敷に比べれば手狭な分、明るい。けれど、王城は尚更明るいから、肌の艶やかさや眼鏡につきそうな程に長い睫毛までもよく見えた。


「ふふふっ、自慢の義息子むすこよ」


目を見開いたあとツッと顔を背け、カウスくんは軽く口元を手で覆ってからコホン、と一つ咳をした。


「……そうですね。あなたには是非、アケルナー公爵夫人であるということを深く自覚していただきたい。

では、行きますよ」


開きっぱなしの前室の扉と違い、会場のドアは閉められていた。その把手を掴む係員が、わたし達を確認して頭を下げる。他に入場待ちのヒトはいないようで、そのまま真っ直ぐに会場へと通された。


「アケルナー公爵夫人ツィーナ様並びに、アケルナー公爵後嗣カウス様ご到着です」


賑やかな会場に、呼名係だろう深い声が響き渡る。

その中を少しずつ開かれる扉。隙間から溢れてくる華やかな香りは、もはや味を感じるほどに濃い。

第二王妃好みの花の香りを各自纏って来ているからか、参加女性の多くが花をイメージしたドレスを着ているからか……。目の前に広がるそこは、噎せ返るほどの花々が咲き乱れる温室……を思わせるような場所だった。


静まることのない楽しそうなざわめき。だが、視線だけは新たな客人を見極めようと、どれもこちらに向いているのがわかる。

スッと一歩踏み出したカウスくんに合わせてゆっくり進めば、あちこちから、


「あの方が公爵夫人?」


「冗談だわ、まだ子どもではないの」


「いや、あれで意外と熟年なのかもしれないぞ?」


「ほう、あの方の未亡人……」


なんて囁きが聞こえてきた。


(だから貴族の社交って嫌いなのよね〜。聞こえよがしに呟くくらいなら堂々と喋って欲しいわ)


環境要因から縁のなかった社交界だが、わたしは性格的にも向いていないのだと思う。それでも敢えてこの場に出たのは、可愛い可愛い義娘むすめのため。


──うちの子を不幸にしてなるものですか!!


その一心でわたしは今、ここに居る。


窮屈な夜会ドレスを仕立てたのも、長時間のお風呂とお化粧に耐えたのも、なぜか異様に渋るカウスくんを説得したのも。

すべては、シャウラちゃんの破滅エンドを避けるため!!!


正直、打開策はまだ見えない。

だからこそ、まず、敵を知らなくては──。つまり、今日は敵情視察。


シャウラちゃんはちょっと表情筋が不自由で、貴族作法に疎くて、自己肯定感が低いものの、とってもイイ子だ。表に出さないだけで実はいろんなことを考えているし、思慮深い。

何より、彼女は、たまぁにだけど、「……お義母かあ様」と呼んでくれる……! そんなイイ子が役割に徹して不幸になるなんて絶対に阻止したいし、阻止してみせる。


幸い、カウスくんとシャウラちゃんは、仲良しとは言えずとも不仲でもない。距離はあるが、会話もある。まだ二ヶ月も経っていないことを考えれば、公式プロフィールよりも現状はずっと良好だ。


(頑張れば! 改変できる世界だから!)


確信を持って、わたしはこの場に挑んでいた。

きっと、未来は不確定。みんなが幸せになる道はある。


「おや、ドゥーべのところの」


人混みの中、カウスくんにエスコートされるまま、キョロキョロとしないように務めていると、ふと、一段高い場所から声がかかった。

聞き覚えのある声に、わたしは反射的に膝を折る。


「王弟殿下におかれましては先日は格段のご配慮をくださり、誠にありがとうございました」


直立不動で恭順を示し、開口一番御礼の言葉を述べるカウスくんを、


「良いんだよ。もっと気を楽にして? ほら、二人ともこちらにおいで。親友の身内はわたしの身内同然だ」


王弟ケネス・フェリスス殿下は穏やかな笑顔で見返した。


儀式的に設えられた王族専用のイスはもっと高い場所に並んでいる。ここは彼らが貴族達と交流するための場なのだろう。広くはないが周りと比べると余裕があって過ごしやすそうだ。


「は。恐れ入ります」


導かれるまま段を上がれば、殿下の奥のスペースに控えていたお姉様方がキッと鋭い視線を投げてくる。王弟殿下にお妃はいないはずだから、あれは「恋人」達……なのだろうか。


「アケルナー公爵夫人、先日はあまり話せなかったから今日こうして来てくれて嬉しいよ。喪服もあなたの繊細な美しさを強調していたけれど、こうしてドレスを纏うあなたは花の妖精のように可憐で可愛らしいね」


「まぁ……畏れ多いことでございます」


余所行きの仮面を完璧に被り、わたしはそっと微笑んだ。

今日のために仕立てたドレスは髪色よりも濃い桃色。未婚令嬢ならふんわりと愛らしく装う色味だが、わたしはこれでも未亡人だ。できるだけ大人っぽく見えるよう、シンプルなラインで上品に仕上げてもらっている。ちなみにイメージした花はカラー。

それに合わせて、装飾品も髪型も工夫してもらった。何せ、わたしは童顔だ。亡夫に避けられたレベルで「乳臭い顔」。知らんけど。


「……改めて久しぶりだね、公爵夫人。彼との結婚式には出席したが、その後は会う機会に恵まれなかった。まったく、ドゥーべも薄情な。いや、しかしだからこそ……」


「わたくし、残念ながら亡夫の王都での様子につきましてはあまり多くを存じません。ぜひまた、お聞かせくださいませ」


ブツブツと何かを呟くケネス殿下の口調はどことなく批判めいている。いくら情がない相手とはいえ故人を貶すのも忍びなくて、わたしはにっこり笑って話題を変えた。


ケネス王弟殿下は三十路前半の男盛りだ。文句のつけどころのないイケメンで色男。黒に近い紫の瞳は甘いタレ目で、左の泣きぼくろが印象的だった。緩く束ねたウェービーな金髪もどことなく男らしい色気があって……。


(さすが、「セクシー担当」)


流し目も完璧だ。


「あぁ、今度わたしのサロンに招待しよう。ドゥーべとは長い仲だからね、この場では到底語り尽くせないよ」


「ありがたき幸せに存じます」


王弟殿下は乙女ゲームの隠しキャラ。わたしの記憶が確かならば、全ての攻略対象の好感度が横並びでエンディングを迎えた場合のみ開く隠しストーリーの特別攻略対象者だ。

悪役令嬢であるシャウラちゃんや、同い年のヒロインからすればかなりの年上。ただ、だからこそ醸し出される大人の色気と包容力……経験豊富ゆえの、年齢制限ギリギリなあれやこれや。


「ところで、アケルナー公爵夫人というのは呼びにくい。夫人を名前で呼んでも良いかな?」


「はい。わたくしはツィーナと申します」


「ツィーナ嬢だね。わたしのことも気軽にケネスと呼んで欲しい。何せ、親友の奥方だ」


「王弟殿下に申し上げます。殿下のお優しさは非常にありがたく存じますが、さすがに未亡人とは言え我が義母ぎぼをそのように呼んでいただくわけには……」


ついゲームの記憶に意識を飛ばしていたところに話しかけられ反射的に頷いたのだが、カウスくんの反応を見るに、よろしくなかったらしい。うわー後で怒られるー、とこっそり肩を竦めていると、


「早ければ年内に、カウスはアケルナー公爵を継ぐだろう? キミ達は歳の頃が近いせいで、そうして並んでいると婚約者か夫婦に見えてしまうからね。ツィーナ嬢を公爵夫人と呼ぶ方が、気の早い者達に誤解を与えてしまうのではないかと思うのだが……」


「こ!?」


「まぁ……っ! それでは義息子むすこの結婚が遠のいてしまいますわ! なんということでしょう……ケネス殿下、重ね重ねありがたく存じます」


確かに年齢だけで考えれば、そんな誤解も起こり得る。わたしは感謝の意味を込めて深々と膝を折った。

さすが大人。年の功。トータル人生で言えばわたしの方が年上かもしれないけれど、この世界の常識はこの世界の先達に聞くのが一番だ。まさかわたしがカウスくんの恋の障害になるなんて、考えてもみなかった。


「おやおや、ツィーナ嬢は理解ある母親だね。それとも、同世代は対象外かい?」


「うふふっ、わたくし、き……懐の広い母親になるのが夢ですの」


危ない危ない。ケネス殿下の母親認定が嬉しすぎて、あやうく化けの皮が剥がれるところだった。「肝っ玉かあちゃん」なんて通じるわけない。変人だと思われるのが関の山だ。


「ふふふ、それはまた、偉大な夢だ」


「光栄です」


さらに二言三言交わしたところで、ケネス殿下取り巻きのお姉さまの一人が痺れを切らした。おもむろに寄って来るとさりげなく殿下の腕に絡みつき、くっきりした目でわたしをギッとキツく睨む。


「殿下ぁ、今日はわたくし達がパートナーでしてよぉ?」


「おや、ヤキモチかい? ふふ、わたしの愛を知っていて尚疑うとは困った甘えん坊さんだね」


(「わたくし達」って……さすが王族。なんでも有りか)


第二王妃のお祝いの夜会なのだから、王弟がハーレム状態でもおかしくはないのかもしれないが……断片的とはいえ前世の記憶の戻ったわたしの目には、ドラマでよくあるシーン、「豪遊する富豪とお店の綺麗どころ達」としか映らない。ケバケバしいというか……女の戦いが透けて見えると言うか。ケネス殿下の堂々とした色男ぶりが尚更、その印象に拍車をかけた。


(こっわー……。触らぬ神に祟りなし、ってね)


潮時を察し、カウスくんの腕を軽く引く。珍しくぼぅっとした様子で「コンニャク」がどうこう呟いていたカウスくんがハッと我に返り、御前を辞去する定型句を口にした。

一緒に挨拶をして段を降りつつ、わたしは早速、心のメモにばあぁーっと情報を書き散らす。

やっぱり三次元で見る実物は違う。イケメンなのは変わらないけど。


(隠しキャラって言ったって、現実である以上隠れててくれるわけもナシ。ケネス殿下も、もう一人の隠しキャラも、他の攻略対象と並列で考えるべきよね。……うん、でも、そうなると、攻略対象者は全部で六人、かな?)


人当たり良し、見た目良し、色気はとんでもなくて、女性人気はめっちゃ高い……と。

イケオジ枠なのは知ってたけど、こうして見るケネス殿下は「オジ」とつけるのが申し訳ないくらいに輝いていた。若作りなわけではなく、ほんのり香る渋みが、より男ぶりを上げている。

やっぱり亡夫と交換して欲しかった。同じ女好きでもこのくらいゆとりのあるヒトが父親なら、カウスくんもシャウラちゃんももう少し明るかったんじゃないかと思う。亡夫は「彫りは深いけど端整ってより脂ギッシュ」、殿下は「端整な顔立ちの情熱的な男性」だ。

こういうモテ男の特別な女性に選ばれる、って……たまらないよね。大人な彼が大人気なく独占欲を出してくるとか、包容力全開で甘やかしてくれるとか……さすが乙女ゲーム、わかってらっしゃる。


それから、カウスくんに連れられるまま、数人の貴族と顔を合わせた。

近隣領地の領主家族から、カウスくんの上司まで。それぞれに亡夫に賜った厚情への礼を述べ、社交辞令を交わしていく。


誰も彼も、わたしがこの場に出てきたことに驚き、おまけのように若さを称えてくれた。

でも、「こんなにお若かったなんて」とか「若いのにしっかりしてらっしゃる」とか「なんて愛らしい未亡人か」とか言われても、ねぇ。


(年配のヒトから見りゃ、若輩者はみんな「可愛らしい」んでしょうよ。どうせわたし、童顔ですよ。服装と髪型も背伸びしまくってますよ)


あまりにも「若くて可愛い」と言われ過ぎて、段々腹が立って来た。

こうして会ってみれば、ケネス殿下が旦那様にとっては貴重な年下の友人だったのだということがよくわかる。会うヒト会うヒトみんな、亡夫や実家の両親と同世代か年上だ。

舐められてる……というか、子ども扱いされているのは間違いない。義息子むすこの前でこんな扱い……悪気はないのだと思うけれど、はっきり言って失礼です!


(早いとこ帰りたくなってきた。えっと、今日参加してる他の攻略対象者は……)


……居た!!


参加者が揃い、めいめいに楽しむ会場には、いくつかのヒトの輪ができている。ケネス殿下の周りを囲むのもその1つ。それから、中央最奥付近にできた輪の中心は、今日の主役の第二王妃だ。


中央のスペースでは音楽に合わせたダンスが始まり、壁際には美味しそうなあれこれと配膳係が控えている。その近辺に置かれた小さな机の周りには談笑に興じる多くの貴族。

伯爵以上の爵位持ちとその伴侶、直系の家族が今日の招待客にあたるから、なかなかに規模の大きな夜会だった。残念ながら、人探しには向いていない。

けれど、目的の人物の居場所は、その人波こそが教えてくれる。


カウスくんの事前情報によれば、今回の夜会では第二王妃以外の王族は、終盤までに顔を出せば良いことになっている。そして最後に、主催者にあたる国王陛下が全体に向けてお言葉をくださるのだそうだ。

改めて考えてみると……わたし達より前から居たらしいケネス殿下は、相当な変わり者なのかもしれない。


(うん……)


心のメモに書き足しつつ、わたしは次の標的を人垣越しにじっと眺めた。


(思った通り、令嬢割合95パーセントかぁ)


華やかでボリューミーな人垣は、時折挨拶に来た紳士を通すものの、基本は固定で不動だった。


「……あぁ。リーベルト殿下にもご挨拶しなけばいけませんね」


わたしの視線の先に気付いたらしいカウスくんが、苦々しく呟いた。あの華やかな人垣が嫌なのだろう。


「あの、カウス・アケルナー様でいらっしゃいますよね……?」


さていつ突撃しようか、と思っていたところに後ろから声がかかった。

細くて高い、可憐な声だ。


「突然申し訳ございません。わたくし、ミュウミュウ・キトンと申します」


振り返ってみれば、小柄な令嬢。名前の通り、子猫のように愛くるしい女の子だった。


「先程父母にご挨拶くださったそうですが、わたくし、たまたま席を外しておりまして……失礼致しました」


「あぁ、キトン侯爵の。わざわざそれを仰るために……?」


キトン侯爵はカウスくんの文官としての上司の一人だ。優しげで小柄な、空気のよく似たご夫妻だった。どうやら、その可愛らしい雰囲気は娘にも正しく引き継がれたらしい。


(あ、これ)


モジモジと頬を染める様子に、ピーンときた。


(出逢いイベント勃発!)


間違いない。ミュウミュウちゃん、カウスくんに片想い中。


(やーん、可愛いっ!!)


恋する健気な女の子(ラブリー清純派タイプ)と、女性不信気味の青年(知的な美形)の出逢いとか……アリよりのアリ! 未来は明るい!


(だよね! ヒロインを待たないのもアリだよねっ)


「あの……わたくし……あの……」


好きな相手の前に出て緊張してしまう様子も可愛らしい。

うん、たぶんこの子、人気ある。売り手市場で婚約決まるの早いかも。

そんな直感に、わたしの中の「肝っ玉母ちゃんモードお節介」が頭をもたげた。だってこれは一大チャンスだ。


「ミュウミュウ様、わたくし、ドゥーべ・アケルナーの妻でツィーナと申します。不躾なお願いでございますが、わたくし少々控え室に行って参りますので、義息子むすこの隣をお願いしてもよろしいかしら?」


衣装直しに体調不良、トイレ、休憩──全部、割り当てられた控え室で何とかすることになっている。だから、こう言っておけば不審に思われることはないはずで。


「ツィー……」


なのに、怪訝な目でこちらを見下ろすカウスくん。困った義息子だ。


「すぐに戻るから心配しないで?」


わたしはへらっと笑って誤魔化すと、


「突然ごめんなさいね? けれど、キトン侯爵の御息女にお任せできれば安心だわ」


ミュウミュウちゃんににっこり優しい笑顔を向けた。


高位貴族の跡取りで適齢期なのに独身婚約者ナシのイケメン。いくら視線が冷たかろうが、怖かろうが、カウスくんは女子から見れば超優良物件なのだ。

ミュウミュウちゃんがどんな子なのかはわからないけれど……突然、「婚活!」とか言って羊の群れの中に狼一匹放り込むのは可哀想だと思っていたから、これはまさに渡りに船。……いや、ホント、羊って強いのよ、大人しいふりして集団で暴走するし。


貴族の嗜みなのかなんなのか、隣にエスコートする女子さえ居れば、羊の大群は発生しない。挨拶だけして去っていく。

ミュウミュウちゃんも、本来はそうするつもりだったのだろう。だから、これは完全なるわたしの世話焼き、お節介。


(ナイスアイディアよね! こうすれば大きな夜会でも一対一でお見合いできちゃう〜)


真っ赤な顔で小さく頷いてくれたミュウミュウちゃんにカウスくんを預け、意気揚々と廊下に出た。控え室云々は咄嗟に口をついた言い訳だが、ちょうどいい。正直、少し休みたかった。

華やかな社交界、やっぱりわたしにはちょっと荷が重い。


(……なんて言ってらんないんだけどね! 少し休んで、第二王子を見に行くぞっ!)


このゲームのメインヒーローで、第二王子のリーベルト・フェリスス殿下。金髪に紫紺の瞳をした、正統派パーフェクトイケメンキャラだ。


確か年齢は現時点で17歳。さっきは人垣が厚すぎて見えなかったけど、文官としてカウスくんが彼に気に入られているから、多少の噂は聞いている。

ゲーム内でカウスくんは若き公爵でありつつリーベルト王子の友人だった。今現在はまだ、カウスくんが領地メインの生活をしていたのもあって、そこまで関係は深くない。タウンハウスに越して来たことだし、きっとこれからもっと仲良くなるのだろう。


(うふふ、有能な息子が「有能だ」って評価されるのは嬉しいものよねぇ)


これで可愛い彼女もできてくれれば万々歳だ。

ミュウミュウちゃんがダメでも、こうやって出逢いのチャンスを増やしていけば、いつかはカウスくんも運命の出逢いをするかもしれない。ヒロインに振り回されるだけの人生なんて可哀想だ。


「うふふふふ」


思わず零れる、含み笑い。

漏らしてから「あっ」と慌てて周囲を確認した。


(今のはナシ! 一人でぐふぐふ笑ってるとか、見られたら破滅! カウスくんにめっちゃくちゃ怒られる……っ)


ヤバいヤバいヤバい。いくら会場を出たからって、気が緩み過ぎている。残念未亡人どころの話じゃない。


(……ハァ、良かった……)


蒼白で見回す周囲に人影はない。少し遠くを警備の騎士が巡回しているが……これだけ離れていれば大丈夫だろう。


「……ぐ……っ」


(!?)


ホッと息をついたところで、何かが聞こえた。反射的に口を押さえる。


「……ぅ……ぐ」


けれど、音は止まらない。わたしの口は、動いていない。


(……ってことは…………?)


更に目を凝らして辺りを窺う。


(やっぱ、誰も居ないよねぇ……? …………あ……?)


数歩先。バルコニーへと繋がる大きな窓がうっすらと開いていた。


(うぁー……)


残念ながら、どうやら……ヒトがいた、らしい。


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