愛娘のお茶会デビュー。開き直りが大切です。
うふふ、きゃっきゃっ、と可愛らしい囀りが飛び交う。色とりどりのドレスに身を包んだ少女達の明るいお喋りに、わたしの心も浮き立つかのようだった。
シャウラちゃんの主催する、初めのお茶会。わたしは極力縁の下の力持ちに徹して、この日を迎えた。
どんなに気になったって、少女の集まりにオバチャンはお呼びじゃない。今日は、主役のシャウラちゃんの踏ん張り所だ。
池を挟んだ庭のガゼボからサンルームの様子を窺いつつ、わたしはホッと息をついた。招待した令嬢方にも楽しんでもらえているらしい。落葉した木もだいぶ増えたが、この距離なら覗いていても不審者扱いはされないだろう。
(リーベン伯爵の令嬢が一番シャウラちゃんと気が合いそう)
サンルームに並べた机は五つ。一つあたり三人の少女を招待した。公爵家のお茶会としては中規模らしいが、初回だから、手を広げるのではなく招待客を厳選したのだ。
15人はいずれも、名の通った貴族の娘で、家はもちろん、本人もそれなりの影響力を持つ子達だった。
未成年なのは同じだけれど、中には間もなく成人して社交界に出る子もいる。今回集めたのは、この先シャウラちゃんに必要になるだろう人脈を作るためのメンバーだ。脱悪役令嬢、安心安全な生活のためにも、できるなら仲良くして欲しい。
(マーシャル公爵のところの末娘がボス格だろうっていうカウスくんの読みは合ってたみたいね)
今回の招待客を搾るにあたっては、カウスくんの情報網が役に立った。彼とて、妹を荒波に叩き出すつもりはなかったようで、お茶会の話が出た相当早い時点から、下調べを始めていたのだそうだ。
社交の場に出ている成人ならともかく、未成年の噂はあまり巷に出回らない。それをきちんと拾って来るあたり、カウスくんの優秀さは本物だ。
(ハァ……)
カウスくん、と考えたところで、無意識に溜息が漏れてしまった。ダメな母親だ、しっかりしなくては……と思えば思うほど、ドツボにハマってゆく気がする。
(ダメダメ! シャウラちゃんと約束したじゃない!)
あの、眠れぬ一夜を越えた翌日の夜のことだ。わたしの様子がおかしいことに目敏く気付いたシャウラちゃんに、問い詰められた。
『今日一日お義母様は気もそぞろでしたね。更にはお兄様が団欒に出てこないことを叱りもしない。その理由はなんですか?』
どう答えればイイかわからなかった。
だってわたしは、せめてシャウラちゃんの前では母親でいたい。カウスくんに母親失格の烙印を押されても、それでもわたしは……。
『お兄様と何かあったのですか? 愛の告白でもされました?』
告白……確かにそうかもしれない。内容が衝撃的だったせいもあって、カミングアウトと言われた方がしっくり来るが。
黙して俯くわたしに、シャウラちゃんが子どもらしからぬ深い溜息をついた。場所は、人払いしたわたしの部屋。ヒトの目がないせいか、シャウラちゃんも容赦がない。
『それとも痴話喧嘩ですか』
容赦なく喋れるくらいの間柄になれたことは嬉しいけれど……なんでそんなに、追求の方向が限定されているのか。シャウラちゃん、何気に恋愛脳……? まぁ、ロマンチストだもんねぇ?
不安になってきたところに、
『否定しないということは肯定ととりますね。問題ありません、わたくし、お兄様のお気持ちを知っていますから』
更なる衝撃発言を落とされた。
知ってるってどういうことだろう。それはつまり……シャウラちゃんも、わたしを母親失格だと思っている、と……?
寝不足もあって弱りきっているわたしの短絡思考では、最悪の想像しかできなかった。有るわけないと思うのに、脳裏に2人が陰でわたしを嘲笑っている姿を描いてしまう。でも、その脳裏の2人は棒人形。うまく思い描けない雑な妄想ならしなければイイ、分かっているのに止められない。
『お兄様に、好きだと言われたのでしょう?』
確信しているかのようなシャウラちゃんの問に頷いた。
バレているなら隠していても仕方ない。それから、ポツリポツリ、昨夜の出来事を話していく。1人で抱えているのは限界だった。カウスくんに、「母だと思ったことはない」と言われたこと……話しながら……涙が滲む。
義息子に見限られ、義娘に甘えるなんて、情けないにも程がある。
『お義母様は、好きだと言われて嬉しくないのですか?』
しかし、幻滅されただろうと思っていたシャウラちゃんから、心底不思議そうにそう訊かれて……驚いた。
言葉に詰まる。わたしが嬉しいかどうか……?
「嫌い」と言われるのに比べれば遥かに嬉しい、そうは思うが……。
それでも、母親でも何でもない自分に、好かれる価値はない。それに……恋愛的な意味で好かれるのは、正直、怖い。前世の両親を見ても、亡夫を見ても、色欲はロクな結果を生まないのだから。
『お義母様は難しく考え過ぎです。好きか嫌いか、嬉しいか嬉しくないか、でイイではありませんか。少なくともお兄様は身元もしっかりしていますし、遊びで言ったわけでもないのですから』
モゴモゴウダウダと主張するわたしを、シャウラちゃんがばっさり斬る。確かにわたしには、悩み過ぎるきらいがある。一度ドツボにハマるとなかなか抜け出せないウジウジした性格だから……正反対の肝っ玉母ちゃんに憧れるのだと思う。
『お兄様のこと、お嫌いですか?』
カウスくんのことは好き。断言できる。その好きの種類を考えるのは御免だけれど。
『では、お兄様に好かれて嬉しいですか?』
嬉しい。またしても同じく、好きの種類を考えなくても良ければだけれど。
『ならば、何を悩むことがあるのかわかりません』
子どもは時として、物事の本質だけをズバリとつく。お互いに好きなら問題はない、そういうシャウラちゃんの主張が正しいのかもしれない、そうも思う。それでも、このモヤモヤは……。
『わたくしはお義母様がお義母様で良かったと思っています。姉のようで、友のようで、母のようで……1人で何役も担ってくれて、本当にありがたいと思っているのです』
弱った心にシャウラちゃんの言葉が沁み込んで泣けてしまった。『お義母様は時折妹にも思えます。というか今は妹にしか見えません』という発言で泣き止んだが。
『お兄様にとっても、お義母様は何役にも見えているはずです。そして今は、母親役ではない何か別の役が大きく見えているのだと思いますよ。嫌われる何かが焦点化されたわけではないのですから、何が焦点化されようが別に良いのではありませんか? お兄様はお兄様、お義母様はお義母様です』
…………呆然としてしまった。
親子を自称しているのに、シャウラちゃんと似ていないこと、感謝してしまった。
子どもとか大人とか関係なくて。生まれ持った性格や能力が違うと、ここまで考え方が違うものなのか……。
どれだけ嫌っていても、血の繋がりのあるヒトとはどこか似ている。特に、欠点。DNAって怖いなって思うもん。
なのに……人間って、本当はバラエティに富んでいるのかもしれないと感じた。
根本にある、割り切りの良さとか視点なんかが違うのだろう。思ってもみなかったシャウラちゃん流の捉え方。多角的かつ、簡潔な──。
……じゃあ、カウスくんがわたしに求める役割って、どんなものなんだろう?
『ねぇお義母様。深刻なお顔で何を考えていらっしゃるのかわかりませんけれど……お兄様のお気持ちを本当に理解できるのはお兄様だけだと思いますよ? もしそんな無駄なことを考えているのでしたら』
たった今、目から鱗が落ちたばかりだった。なのに、やっぱりわたしはわたしで。ウジウジウダウダ堂々巡りをしていたらしい。
『ご自分のお気持ちを考えてはいかがでしょう。今はきっと混乱して、自分自身でも掴めない想いがあると思いますけれど、お義母様のお心ですもの。お義母様には理解できるはずです』
自分の気持ちさえはっきりしないのに、相手のことを考えたってわかるわけない。一生懸命考えてなんとかなるのは、自分のことだけ。
……うん。確かに、そうだ。シャウラちゃんの言う通り。
カウスくんのことをわかってあげたいだなんて、わたしの驕りでしかないのだろう。だってわたしは、自分がこの先どうしたいのかすら、わかっていない。
すごいなぁシャウラちゃん。しっかりしてるとは思ってたけど……きっぱりしてる。
彼女の考え方を、「わたしとは違う」と否定することは簡単だ。けれど、出来る限り真似してみたいと思った。煮詰まっているのは事実だから……他人のやり方を借りる方が、今は上手く行く気がする。我ながら情けないが、やらない後悔よりはやった後悔、だ。
『もうっ、真面目に考えてくださいっ! お義母様はどんな自分がお好きですか!? わたくしはお義母様が好きですから、お義母様にもご自身を好きでいてもらいたいと思います』
わたしの際限ない褒め言葉に、照れ隠しのようなツンを見せるシャウラちゃんが可愛い。声の出し方はツンなのに、内容はデレなところも。
シャウラちゃんが居てくれて良かった──。
話しの内容はもちろん、彼女の態度にも救われたし、癒された。
『わたくし、お義母には今までのように笑っていていただきたいです』
そうだね……わたしも笑って居たい。……うん、笑顔で居るって約束する。
『無理はなさらないでくださいね』
あれから……考えて、考えて、考えた。自分のこと。自分が、どんな自分ならば好きだと思えるかということ。
やっぱり──わたしは母ちゃんでありたい。
家族を想って、家族を愛して、家族の支えとなれる肝っ玉母ちゃんを目指したい。
何度、どう考えてもそれがわたしの一番の希望で、わたしが自分を好きだと思える時は、その憧れに多少なりとも近づけた瞬間だ。
……そうだよ。わたしは、わたしのワガママで肝っ玉母ちゃんを目指しているんだった。
誰のためでもなく、自分のために。例えカウスくんに否定されようと……ワガママなんだもん、周りに受け入れられないことだって、有る。むしろ、それが当たり前。ワガママ女の末路なんて、そんなものだ。
わたしは……何を勘違いしていたのだろう。
自分が母親として必要とされているなんて、思い上がり甚だしい。元々カウスくんには「母親は実母だけ」って言われてたし、シャウラちゃんには自分からそういう風に話したのに。
カウスくんがわたしに見ている役割はわからない。でも、わたしが彼の前で演じたい役は決まっている。もちろん、「友人」でもありたいし、「家族」だとも思って欲しい。それでも。
──わたしは、わたしのために。お母ちゃんであり続けたい。
わたしにとってわたしの位置はやっぱり「義母」で、カウスくんは可愛い「義息子」だ。それが、わたしが見るカウスくんとわたしの、役割。
だから……カウスくんがどう思おうと。
(わたしが、彼の求めるままに在り方を変える必要はない──そういうことだと思うんだよね)
「ツィーナ? こんな所に居たんですね、探しましたよ」
「……え、カウスくん? あれ? ……もう、そんな時間?」
和やかに進んだお茶会は、いつの間にか終わりに近づく頃合だったらしい。つい、物思いに耽ってしまった。
わざわざ庭まで探しに来てくれたらしいカウスくんが、当然のように手を差し出してエスコートしてくれる。お茶会がお開きになる前に、2人揃って挨拶することになっていた。
「シャウラちゃん、上手くやれてたみたいね」
「令嬢としては愛想が足りないように思います」
「ふふ、カウスくんに似てクールビューティーなのよ。周りからは兄妹だってわかりやすくてイイんじゃない?」
シャウラちゃんのアドバイスのおかげで、表面上はこうして、カウスくんと普通に接せるまでに落ち着いた。一皮剥けば、緊張感がすごいのだが、「今まで通り」を心がけて接している。
恐らく、カウスくんにも彼女から何らかの助言があったのではないかと思う。数日間気まずい思いをしたあと、カウスくんも極力今まで通り、接してくれるようになった。時折、何か言いたげにしていたり、思い詰めた目をしていたりするけれど……とりあえず、気にしないことにして今日まで来ている。
避けられなくて良かった、そう思う反面、薄氷を踏むような心地も覚えるが……この暮らしを壊したくない。もう少し、蓋をさせておいて欲しい。
「……万が一ボクに似ているのなら、シャウラは女性の社交には不向きかもしれませんね」
「どうして? カウスくん、そつ無くこなすじゃない」
「不特定多数と浅く広く付き合う分には困りません。けれど、女性の社交は違うでしょう? 特定の友人と親交を深めていくものだと聞いています」
「うーん……そんな感じはするわよね」
わたしも社交経験があまりないので何とも言い難い。だが、女子はグループを作るもの、というイメージはある。
……え、つまり、シャウラちゃんはグループに入れないタイプの子だということだろうか。
「時折、男だったら鍛えがいのある人材だったかもしれないなと思いますよ」
「シャウラちゃん、優秀だものねぇ」
男性なら出世株だったかもしれないが、女性でも……と考えて、口にするのを止めた。
女性の出世の頂点は王妃だ。シャウラちゃんなら王妃になっても立派に務めあげられるとは思うけれど、そういうことではなく。シャウラちゃんに恋愛だの結婚だのを無理強いしたくないのはもちろんのこと。そもそも、カウスくんと結婚だのなんだのの話をするべきじゃない。
「この後って、何人かお迎え待ちなんだっけ?」
あれ以来、わたしは彼の内面に踏み込むのを避けている。今みたいに、口を噤んで、話題を変えることが増えてしまった。
情けないとは思うけれど……向き合うまで、もう少しだけ、時間が欲しい。
「えぇ。
……ツィーナ、念の為言っておきます。迎えというのは馬車を待つ、という意味ではありませんよ。わかっていますか?」
「へ? じゃあ、何を待つの? まさか……護衛? いくら王都内とはいえ、歩いて帰るわけじゃないわよね?」
良家の子女のお茶会マナーは知っている。が、わたし自身が参加したのは遠い昔だ。実母に連れられて出席したのが数回程度。あとは……ハァ、そういえば、王妃殿下からの招待状が届いたんだった。ケネス様の親切心が暴走した結果だとは思うけど……。お偉いさんなんて、気が重い。
「……言い方が悪かったですね」
ふっ、と苦笑するカウスくんの横顔に、なぜか胸のあたりがギュウッと痛くなった。その瞳が、こちらを見て……綺麗な水色と目が合った瞬間、わたしはワタワタと視線を逸らした。……あれ? なんで目、逸らしちゃったかな……。
(うわーっ恥ずかし……っ何今のわたしの幼稚な動き……っ)
別に避けたわけじゃないからね!? ごめんなさい!
そんな気持ちで、エスコートしてくれている手に力を込める。恐る恐る様子を窺えば……
「!?」
(なんなのもうっ! 助けてシャウラちゃん! やっぱりカウスくんにはわたしがペットに見えてるかもしれない!!)
「ふふ……」
蕩けるような優しい表情。
それなりに長い付き合いなのに、見慣れない表情だった。なんというか……いたたまれない。そんな表情で見られると、めちゃくちゃ恥ずかしい。「見ないで!」と叫びたい。
(ううぅ……どこが氷の貴公子なのよ。めちゃくちゃ表情豊かじゃないっ)
理不尽だとは知りつつ、心の中で八つ当たりする。ホント、巷の噂とはあてにならない。
「あの年頃の子には兄姉がいることが多いんですよ。未成年者の引率にかこつけてあわよくば新たな出会いを……という手合いがね」
「へーっじゃあエントランスが混み合うわねっ」
棒読み早口なのは許して欲しい。状況的にも話題的にも避けたいことばかりでいっぱいいっぱいだ。
「エントランス……? あぁ、また勘違いしていますね? 貴族の子女が玄関先で見合いもどきをするはずがないでしょう。ちゃんと成人済みの保護者として室内に入って、頃合をみてから妹君を連れ帰るんですよ」
「……え!? じゃあ、お茶会終了して『はい、帰れるヒトから解散!』じゃなく、その後もダラダラ居残るってこと!?」
(え、どうしよう、そこまで歓待する用意してないかも!)
あまりの驚きに緊張が吹き飛んだ。
貴族子女、めんどくさっ! そんなにみんな、恋人が欲しいのか。……まぁ確かに前世の貴族も、平安朝とか中世ヨーロッパとか、庶民の困窮放ったらかしで、お貴族様は恋愛にかまけてたイメージあるけど!
「ちょっ、カウスくん、そんな風習知ってたならもっと早く教えて欲しかった!」
「あぁ、イイんですよ。むしろ、歓待なんてされたら彼らは困ると思いますよ? 着席しないからこそ、誰とでも話せますし、出会いと言っても、顔を合わせて実際自分の目で確かめるという意味合いですから」
「……確かめるの?」
「そうです。例えばね、ツィーナ。この間の夜会の参加者や一部の騎士の間で、ツィーナは噂になっています」
「うわ、怖っ! まぁ、初お目見えの田舎者だったものねぇ……。カウスくん大丈夫? 田舎者を連れて来たってイジメられてない?」
見た目や言動には気を使っていたし、王子殿下を拾ってしまった意外は失敗していないという自信もある。ただどうしても……おノボリさん感は隠せなかったと思うんだよね……。実際王城の華やかさには圧倒されっ放しだったもん。
「また……どうしてツィーナの発想はそうポンポン飛躍するんでしょうね」
再び浮かんだ苦笑に、またしてもわたしの胃のあたりがキュウウウッと搾られる。でも待って。痛がってる場合じゃないから。落ち着けわたしの内臓。
「イジメられていないので安心してください」
「あ……良かった……」
「初お目見え、という点は当たらずとも遠からずですけどね。ツィーナはずっと、社交界において謎に包まれた人物だったんですよ。公爵家の夫人が社交の場に出ないなんてことはまずありませんから、本当に実在しているのかも含めて面白可笑しく話題にされることがあったようで」
都市伝説か……? まさか自分が未確認生物扱いされていたとは知らなかった。
「そのアケルナー夫人が夫を亡くして初めて、夜会に姿を現したわけです。それはもう、噂になるのもわかるでしょう?」
「……ロクでもない噂なんでしょうね。別にイイけど」
知らないヒトにどう言われようが関係ない。家族に不利益さえなければイイ。
「それでまぁ、噂好きの兄姉は考えるわけです。妹の迎えのついでに、噂のアケルナー夫人を拝んで来よう、と」
「あー……噂通りがどうかを自分の目で確かめる、って意味かぁ。うわぁ、めんど……。ね、カウスくん、わたしの服装変じゃない? 大丈夫?」
つまり、この後のわたしは見世物。まぁ、その他にも確認したい噂があって、それぞれいらっしゃるんだろうけど。
わたしの場合……物珍しいだけなんだから、特段変わったところがないとわかってもらえれば、噂の沈静化は早いだろう。
「大丈夫です。ツィーナは今日も愛らしいですよ」
「!?」
「そうやってすぐに照れるところもすごく可愛い」
(なんなのもうっ……!)
表面上、今まで通り接してくれるカウスくんだけれど、一つだけ。あの夜から、不意討ちでこういう発言が増えてとっても困る。
でも、わたしが自分のワガママで母親役を貫く以上、カウスくんがわたしに別の役を見るのも自由だと思うし……どうしたものか。
「かっ、カウスくん目当ての方も多いかもしれないわね!? 爵位継承も近いものっ」
(平常心自制心自律心!)
「ふふ……そうかもしれませんね。それでツィーナ。この後ですが、挨拶したらすぐに自室に戻っていてください」
「……え?」
思ってもみなかったことを言われ、隣のカウスくんを振り仰ぐ。ばっちり目が合ってしまって……ドキリとした。けどここでまた目を逸らしたら母親失格! と気合いで耐える。
「あちらが勝手に期待して押しかけて来るだけです。気を遣ってやる必要はありません。第一、ボクがツィーナを見世物にするわけがないでしょう?」
「カウスくん……っ」
「あなたはボクだけ見ていればイイんです」
(………………こんの不良義息子め)
感動したのに。そこに口説き文句を入れてくるとは……まったく、「どこでそんなセリフ覚えて来たの!」とお母ちゃんらしく怒鳴るべきだろうか。
ぐうぅ、と形容しがたい唸り声が自分の喉から漏れたのがわかった。
「ふふ……困り果てた顔をしているより、怒っている方がよっぽどツィーナらしい。でも、ツィーナは笑っているのが一番ですよ」
……じゃあご期待通り怒鳴ってあげよう!
そう決めて息を吸って、
「着きましたよ。淑女の仮面は被りましたか?」
(……絶っっっ対タイミング計って意地悪言ってる!!)
仕方なく、吸った息を静かに吐いた。
「……えぇ。イイわ」
今程カウスくんの頭脳明晰さが恨めしいと思ったことはない。まったくこの天才め。
「歓談中失礼」
メイドちゃんが開けてくれた扉を二人揃って優雅に潜る。
「お義母様。お兄様も」
ホストとして全てのテーブルを回っていたシャウラちゃんが、いち早くわたし達に気付いて声を上げた。それに釣られるように、15対の色とりどりの瞳がこちらに向けられる。その多くが、ピタリとカウスくんに固定されたことがわかって、思わず、小さな笑みが浮かんだ。
(シャウラちゃんだけじゃなく、カウスくんもみんなに受け入れられたみたいね?)
ストーリーが改変可能な世界だと、現時点では90パーセントの確率で思っている。ご令嬢方の熱い眼差しは、それを後押ししてくれる良い傾向だ。
ちなみに、残りの10パーセントは未だ噂も聞かないヒロインちゃん。彼女が神の如き力を発揮しないとも限らない。
「今日は楽しんでいただけて?」
一応、今はまだわたしがこの屋敷の女主人だ。カウスくんのエスコートで各テーブルを回れば、一緒についてくるシャウラちゃんがわたし達に新たな友人を一人一人紹介してくれる。
「シャウラ様のお兄様ということは、わたくしのお姉様の縁談のお相手でいらっしゃいますわねぇ! こんなに素敵な方だなんて、わたくし、お姉様が羨ましいですぅ」
(へ!?)
好意的かつ無難な挨拶が続く中、マーシャル公爵令嬢の発言に室内が静まり返った。カウスくんに熱烈な視線を送る彼女は、自分が姉よりいかに優れているか語り始めたが、周りには何やら悲愴な空気が漂い出す。初恋を瞬時に打ち砕かれた子もいるんだろうなぁと気の毒にはなるが、
(聞いてないんだけど!?)
ちょっとお母ちゃん、それどころじゃなくて、ごめんね? 義息子の縁談知らないとか……めでたいことではあるんだけど、貴族家庭の親としても、女主人としても、ダメじゃない?
驚いてシャウラちゃんの方を見遣れば、ブンブンと首を振られた。「知りませんでした!」という意味だろう。
渦中のカウスくんはというと……
「残念ながらあなたの姉君との縁談はお断りしてあります。わたしは既に心に決めたヒトがおりますので」
ごくごく薄い余所行き笑顔を貼り付けたまま、何事もなかったかのように次のテーブルへと歩き出す。
(え!? ちょ……あの子どうするの!?)
せっかくの熱心なアプローチだったのに……途中で切られたマーシャル令嬢は真っ赤な顔で泣き出しそうだ。
「カウスくんっ」
ズンズン進む彼に引き摺られながら、小声で抗議の声を上げる。
「フォローしてっ」
カウスくんの言い方は事務的で冷たく聞こえる。わたしやシャウラちゃんは慣れてるけど、未だにメイドちゃん達ですら怖がるのに……。
相手は未成年だ。これが心の傷になってこの先恋愛恐怖症なんかになっちゃったら可哀想過ぎる。
(それに、何よりカウスくんの評判が……)
「心配しないでくださいツィーナ。ボクが好きなのはツィーナだけです」
「ちがっ!! ……ちっがぁーうっ」
小声で返ってきたフォローらしき何かに、思わず大声を上げかけて、慌てて小声で言い直した。わたしにフォローを入れてどうすんの!? そんなこと頼んじゃいない。
(あぁもうっ!)
「……ねぇ、マーシャル家のお嬢様?」
もうダメだ、任せておけない。わたしはカウスくんの腕を抗議を込めて振り払うと、俯く少女の元へと戻った。
「うちの義息子がごめんなさいね? 今は爵位継承のことで頭がいっぱいで、他のことは考えられないみたいなの。でも、好意を向けてくださったこと、義母としてとても光栄に思います。ありがとう」
わたしのフォローじゃ心に響かないとは思う。でも、これがあるのとないのとでは、周りの目が違う。
マーシャルの娘ちゃんも、カウスくんを筆頭にアケルナー家も。
「公爵家後嗣と公爵では、婚約に必要な物事も婚姻に必要な手続きも違うことは皆さまご存知よね? 今、我が家は過渡期ですからね、進められない物事もあるのです。うふふ、一年後には、まったく変わっていると思いますけれど」
淑女の必須アイテム、扇子を取り出して口元に広げる。こうして思わせぶりなことを言うのもお茶会技術なのだと学んだ。早速勉強したことを活かせて良かった。
(ちゃんとカウスくんの非礼も謝ったし)
案の定、あちこちからヒソヒソと興奮気味な声が上がり始める。自分達にもまだチャンスはあるかもと思わせつつ、カウスくんの価値をつり上げる、それが狙いだ。
「また是非遊びにいらしてね」
そう言ってマーシャル嬢の手を両手で握って目線を合わせる。座っている彼女に合わせるにはわたしは半端にしゃがまなくてはならなくて……これ、優雅に見せるの大変! プルプルするぅ……っ。
「わたくしともお喋りしてくださると嬉しいわ、素敵なお嬢様」
「……はい」
でも、頑張った甲斐があった。泣きそうだった顔を、真っ赤に染めた少女の笑顔にそう思う。目はまだウルウルキラキラしてるけど……うん、復活したかな?
「うふふ、ありがとう。楽しみだわ」
「はい……っ」
良かった良かった、とカウスくんの元に戻って、
「さぁ、続きに参りましょう?」
そう微笑めば、
「ツィーナ……」
「お義母様……」
なぜか我が子2人にこっそりとため息をつかれてしまった。
……ちょっと待って。今、「ヒトタラシ」とか言ったのどっちですか、そんな便利能力持ってれば苦労しないってば!




