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突撃訪問を受けました。ドンと来いです。

すみません、文字数多めです。


最近、カウスくんが心配でたまらない。ご機嫌かと思えばイライラして、急に黙ったかと思えばブツブツ呟く。

間もなく正式に公爵位を継ぐ重責のせいだろうか、精神不安定という単語を体現しているように思えてならない。わたしにできることがあればイイのだけれど、


「ツィーナは大人しくしていてくれるのが一番です」


けんもほろろに言われてしまった。


確かに、領地運営やら何やらに細々としか関わってこなかったわたしでは役に立たないかもしれない。でも、お使いくらいならできるし、代わりに挨拶を受けるくらいならできるのに……。


「お義母様は家で内向きの用件をお願いします。お兄様にお茶を淹れるとか、お話し相手になるとか添い寝するとか、家でもいろいろとできることはありますから」


なのに、シャウラちゃんまで、やけに神経質にそう言う始末。

あまりにもな徹底ぶりに……わたし……もしかして、この間の離宮訪問で何かやらかしたんだろうか、と不安になった。波風立てず、結構イイ感じに立ち回れたと思ったんだけど…………あれぇ???


引き続き兄妹仲が良好なのは最高にイイことだ。ただ、ここまでくるとなんとなく、疎外感を感じてしまう。


(……いや、ダメダメ。そこに嫉妬したってイイことないから! せっかくバッドエンド回避の可能性が高まって来たのに、わたしが引き裂いてどうするの!?)


残念だけど、わたしにできるのはシャウラちゃんの言う通り、カウスくんに憩いのティータイムを提供することくらいなのかもしれない。下手に来客対応して、あとでカウスくんの仕事が増えたら困る。


(……そうだ。そういえばわたし、旦那様のせいで社交界で浮いてる公算大なんだった……う゛ー旦那様め……!)


うん、そりゃ、外向きの仕事させられないよね。

いくらシャウラちゃんが倒れたりその後カウスくんが激怒したり、いろいろあったとはいえ、自分のことをコロッと失念してるとか……おバカ過ぎて笑える。とりあえず、わたしがやらかしたんじゃなかったならイイことにしよう。


(成長していく子ども達を陰から見守るのも母の務め。とはいえ、それがこんなにももどかしいものだとは思わなかったわ……)


昔、ホームドラマで憧れの肝っ玉母ちゃんが、「代わってあげられればねぇ」と言っていた気持ちがよくわかる。あれは確か、受験勉強に根を詰め過ぎた我が子が倒れてしまったシーンだった。

大変な勉強も体調不良も、代われるものなら代わってあげたい……まさに今、そう思う。


(カウスくんは特に。弱音とか吐かないから…………あ!)


そうだ、イイこと思いついた。

添い寝だって許されるならしてあげたいが、当の本人に却下された。なら、彼が受け入れてくれるティータイムをより充実させてみようと思う。


(受験勉強っていえばお夜食よね!)


実際には受験勉強ではなく大量の仕事。しかも、彼は夕飯以降は軽くお酒を飲むことはあっても固形物はほぼ取らない。

……と、くれば、できるのは休憩がてらのティータイムに出すお菓子の改変。うん、料理長に相談して、手伝わせてもらおう。


いくら前世の調理知識があれど、今生では力仕事なんてしたことのない軟弱者だ。突然作ろうとしても失敗するのは目に見えている。一人暮らしをしていたあの頃とはいろんな面で違うのだ。


(まずはレモンの蜂蜜漬けかな。そのままでもお菓子に流用しても美味しいし。やっぱり疲労回復には酸っぱい物よね。……そういえば、カレーが鬱に効くって噂もあったけど……カレーってこの世界にもあるのかなぁ?)


思い立ったが吉日とばかりに、わたしは厨房に日参した。

前世の記憶のあれこれを、アケルナーの平民の知恵だとか、本館の図書室にあった古いレシピをうろ覚えして来たものだとか誤魔化しつつ、まずは料理長さんにお願いして作ってもらう。二つ返事とは言い難いが、旦那様が生きていた頃に比べて茶会や夜会を主催しない昨今に暇を感じていたらしい。料理長は仕方なさそうな表情かおでウキウキと試作品を作ってくれた。


疲労回復の定番であるレモンの蜂蜜漬けは、クリームチーズに添えて出すのがカウスくんには好評だった。この世界にもベイクドチーズケーキとスフレチーズケーキはあるけれど、酸味はわりと控えめな印象だ。これは、思い切ってレモン強めのレアチーズケーキを作るべきか……!?


それと、今が旬のブドウのタルトには、生ブドウではなく、ワイン煮のブドウを使ってもらった。そのままでも美味しいからもったいないけど、ここは敢えてのポリフェノール増強計画。

ブドウを煮たあとのワインシロップも、分量を工夫してフレーバーティーに使っている。


わたしが手伝わせてもらえることはまだ、少ない。粉を篩うだけとか、砂糖を計るだけとか、子どものお手伝いにも満たないレベルだ。「わたしの手作りよ」と言えるようになるのは遥か未来。

それでも、悶々としているよりはよっぽど良かった。


(あんまりオシャレな料理は知らないけど、そっちは料理長に任せればイイんだしね。素朴な「故郷ふるさとの味」って感じのを目指してみようかしら)


「奥様はこちらですか!?」


それは、初めて料理長に成形作業を許された午後のことだった。

作っているのは卵ボーロ。「素朴」繋がりで思い出したレシピだ。澱粉と砂糖、卵を混ぜて、小さく丸めて焼くだけの、アレ。食べれば口溶け滑らかで美味しいものの見た目が素朴過ぎるから、今回は小分けにした生地に野菜や果物を乾燥させて作った粉末を混ぜた、七色ボーロとして料理長に提案した。


「奥様にお客様ですっ!」


七色のうちの黄色……カボチャ粉末を練りこんだボーロを任せてくれた料理長の厚意に応えたくて奮闘していると、歳若いメイドが焦ったように厨房のドアを押し開いた。


「今日はどなたともお約束はなかったと思うのだけれど?」


というか、王都に知り合いなんて居ないから、訪ねて来るヒトは今まで1人もいなかった。

訪問販売みたいなのだったら嫌だなぁ……と思いつつ、誰が来たのか訊いてみる。一応、アケルナー領の知り合いの誰か、という可能性も……


「ケン・ネフェリー様ですっ」


(ん? えっと……?)


「ご本人がそう名乗ったの?」


「いえ、でもお顔を何回か拝見したことがありますので間違いないかと」


「あー……」


そういえば、彼は旦那様と仲良しだった。このタウンハウスに来たことがあってもおかしくない。


「せっかく任せてくれたのにごめんなさい。さすがに無視できないお客様だから……ハァ、今日は残念だけどここまでにするわ」


まだ半分程残る黄色い生地に後ろ髪引かれながら手を洗う。

残りの生地と焼成は、料理長が責任持って請け負ってくれた。ハァ……、ようやく「自分で作った」と言えなくも無いお菓子だったのに。次の機会はいつになるやら。


「さすがにこの服のまま……ってわけにはいかないわよねぇ。カウスくんは登城してるから……シャウラちゃんに場繋ぎをお願いしようかしら?」


「すでにお嬢様にはご連絡しておりますので、奥様はお急ぎください。ネフェリー様でしたら、そのままでもお目こぼしいただけるかとは存じますが……」


「いえ、着替えるわ。どんな方にお会いするにしても、粉が付いたままでは失礼だもの」


亡き主人の友人として偽名のままで認識しているメイドを正すのは簡単だけれど、本人が何を望んでいるのかがわからない。身バレしたくなかった、とあとから言われてもどうにもならない以上、ここでは迂闊なことを口にしない方がイイだろう。


登城するのであれば衣装は着心地よりもデザイン重視で、コルセットやパニエは必須。化粧もドレスに負けないようきっちり仕上げなければならない。

でも、前触れもなく家に訪ねて来たのだから、メイドちゃんの言う通り、着飾る必要ないはずだ。最低限、礼儀に反しなければそれでイイ。


(だってそもそもケネス様、「家族」に会いに来ただけでしょう? シャウラちゃんが対応に出れたなら、大丈夫よね)


いつでもウェルカム、と言ったのはわたし。「寂しがり屋の息子が実家に帰って来た」くらいの感覚で迎えればイイと思う。あ、父親だっけ?

まったく、ケネス様にも困ったものだ。年齢的に息子……シャウラちゃんの兄になるのは難しいからって、わざわざ彼女の父親役に立候補するとは。

いや、わかるけどね、シャウラちゃん可愛いし。ツンデレちゃんて、デレが増えるともう……沼る。ホント、可愛い。かまいたくてしょうがない。カウスくんもツンデレ……クーデレタイプだから、二人ともデレを見せてくれる昨今は、母親冥利に尽きるの一言だ。きっと、ケネス様とカウスくんが打ち解けるのもすぐだろう。


呼びに来たメイドちゃんをそのまま連れて自室に戻り、手伝ってもらいつつ手早く着替える。ここ数日の厨房通いを受けたメイドさん達が、わたしのクローゼットを「袖とラインのシンプルな厨房突撃用」と「普段着」、「その他」に分けてくれているのがありがたい。


「髪型はどうなさいますか?」


「三角巾のおかげで粉はついていないはずだし、そのままでイイわ。大きくほつれているようなら直して欲しいけど……」


「多少の後れ毛はアクセントですし問題ないです!」


(何で力説……?)


普段着の中から、秋っぽい落ち着いたベージュのドレスを選んで着せてもらった。金糸を混ぜたレースが上品な、お気に入りだ。


「失礼致します」


シャウラちゃん達が居るという部屋は、カウスくんが普段使う応接室ではなく、サンルームを増設したばかりのティールームの方だった。


タウンハウスの庭は狭いながらも綺麗だから、引越して来た当初、何気なく「大きな窓があればイイのになぁ」と呟いたら、気を回したカウスくんがソッコー手配してくれていたのだ。

カントリーハウスのサンルームを勝手に改造した過去を知っているからか、「ツィーナはガラス張りの部屋に居たがりますよね」と軽くドヤるカウスくんがめちゃくちゃ可愛いくて……思わず抱きついて頬っぺにチューしようとして……フリーズさせてしまったのも、今ではイイ思い出だ。


「遅くなりまして申し訳ありません」


案の定、庭を眺めながらお茶を飲んでいたらしい面々に声をかける。


(え、ぽにぃちゃ?)


楕円のテーブルに着いたシャウラちゃんとケネス様。二人から少し離れた所に護衛として立っている偉丈夫は、どう見てもぽにぃちゃだった。騎士団長って、国王陛下についているものだと思っていた。

でも、わたしを認めてニカッと笑った顔は間違いない。昔の面影がまんま残る、ぽにぃちゃの笑顔だ。


「あぁ、ツィーナ嬢。今日も変わらず愛らしいね。髪を上げているところは初めて見るけれど、それも良い。……細い首筋がとても魅力的で……ねぇ、誘っているの? ふふ、積極的だね」


「ケネス様もとてもステキでいらっしゃいます。薄桃色のスカーフタイがとてもお似合いで見惚れてしまいますわ」


ニコニコと社交辞令を繰り出して来るケネス様は、わざわざ席を立ってわたしをエスコートしてくれる。ホント、紳士。

でもなんだろう。物理的な距離が近いような……? ケネス様のつける華やかな香水の香りに巻かれてクラクラする。


「ふふ、あなたの色だからね。あぁ、あなたもわたしの色をまとってくれているんだね? うん、この上なくよく似合う。ドゥーべには申し訳ないが、大丈夫。これからのあなたの幸せはわたしが保証するよ」


「そんな……ケネス様は責任感がお強くていらっしゃいますね」


苦手な香りというわけではないのに、不思議と頭がボーッとする。


(あれかな……最近厨房にいたから、鼻が敏感になってるのかな……?)


「全てにおいて、頼ってくれて良いんだよ? 全てにおいて、ね」


「まぁ……ありがたいことでございます」


エスコートされるまま、ケネス様の隣に座る。スっと手が離れ、香りが少し遠ざかると、ちょっとだけ頭がすっきりした。


(……体調はイイはずなんだけどなぁ)


なんとなくケネス様の方を向けば、蕩けそうに柔らかな笑顔と目が合う。うわーお顔が整い過ぎてて目が痛い。さすが王族。代々美人さんを娶って続いて来たDNAは伊達じゃないわ……。


「ん? どうかした?」


「いえ。わざわざエスコートいただき、ありがとうございました」


「良いんだよ。わたしが望んだのだから」


でも、その、先日闇を漏らしていたヒトとは思えない穏やかさに、彼の外面仮面の強固さを見るかのようだ。完璧、鉄壁。……痛々しい。


(そうだよね……)


王族なのだ、それはもう、気を張る毎日を生きて来たのは想像するに難くない。むしろ、彼の境遇を思えば、亡夫は心を許せる数少ない友だったのではないか、とすら思う。

わたしにとってはどうでもイイ旦那様だったけど……少しは社会の役に立っていたのかもしれない。


(とにかく! ここはやっぱり、お母ちゃんの出番よね。わたしから踏み込んで……歩み寄るべきじゃない?)


わたし達の新しい家族。寂しがり屋の少年を心の中に住まわせるケネス様のために、できること……。

せっかくわたし達を心の家族として受け入れてくれるのだ、この機にもっと仲良くなりたい。でも、王族としてのプライドはきっと、わたしが思うよりずっとずっと高いだろうから……正直、まだ距離感が、掴みきれない。


(……うん。まずは頑張ってみよう。当たって砕けない程度、を心がける)


なんと言っても、ケネス様はシャウラちゃんの父親志願者。わたしの戦友になるかもしれない重要人物で、しかも、なかなか扱いの難しい属性を抱えている。

ここは大抵のことは笑い飛ばせる、図太いお母ちゃんの出番だろう、うん。


「シャウラちゃん、遅くなってしまってごめんね? 何のお話しをしてたの?」


とりあえず、父娘おやこ(仮)が打ち解けるための心理的ハードルを下げてみようか。


わたしはシャウラちゃんに普段のまま、取り繕わずに話しかけた。まずはケネス様に、素顔のシャウラちゃんを知ってもらうのが早いだろうから。


「ぇ……このお部屋について、でしょうか……。殿下が以前お越しになった際とはかなり変わっているとのことでして……」


そちらを向くと同時にスイッチを切り替えたわたしの様子に面食らったのか、シャウラちゃんが視線を彷徨わせるのがわかった。


(シャウラちゃんも普段通りでイイんだよー)


そんな気持ちを込めて微笑みかける。


今日のシャウラちゃんは黒いレースのついた落ち着いた焦茶のドレスで、髪には同色の小花のアクセサリーを付けていた。真紅のストレートヘアが衣装に映えて、奥ゆかしくも凛とした……つまり、とても彼女らしい出で立ちだ。


(ふふっ、悪役令嬢イメージ皆無! どっちかと言うと、知的な学級委員長タイプよね)


知的イケメンのカウスくんの妹なのだ、シャウラちゃんだって知的クールなキャラでもおかしくない。こういう普段の彼女を見慣れた身としては、「ゲームって……シャウラちゃんを悪役にするためにかなり無理させてたんじゃない?」と思ってしまう。


「そうなのね。うふふ、ね、シャウラちゃんの最近のオススメは本当はあっちの安楽椅子なんだってちゃんとお話しできた?」


「っ! お義母様なぜそれを……!?」


「もちろん知ってるわよ〜。ついでにね、うふふ……読書しながらお昼寝するのが好きなのも知ってるわ」


「っ!!」


彼女がこの部屋に通うようになったのは、わたしが厨房籠りするようになってからのことだ。だから、シャウラちゃんがバレていないと思っていたのも無理はない。

でも、たまたま見ちゃったんだよね。気持ち良さそうに寝落ちしてるトコ。


(無防備なのは心を許してくれた証拠だもん。ケーキでお祝い……なんて言ったら怒られそうだから、わたしの心の中で額縁に入れておいたけど!)


「この部屋を気に入って貰えて良かったわ。

ケネス様には、以前の当家の様子をご存知な分、落ち着かないお気持ちにさせてしまうかもしれませんが……」


「いや、大丈夫だよ。明るくて、ツィーナ嬢らしい部屋だね。あなたの腕の中のような安らぎがある」


「庭の池が好きなんです。せっかくなら季節を通して楽しみたいと思いまして……義息子には要らぬ苦労をかけてしまいました」


苦笑を浮かべつつ庭を見る。池には遅咲きの睡蓮の花が数輪。それから、水鳥がのんびりと泳いでいる。


カントリーハウスのサンルームは趣味丸出し、枯山水のイメージでいじらせてもらったが、こちらは万人受けを狙って洋風だ。元々あった壁を取り払い、庭に張り出す形でサンルーム部分を増築してもらったから、壁だけじゃなく天井もガラス張り。見た目としては、広いウッドデッキをガラスケースで覆ったイメージが近い。

もちろん魔法のある世界のガラスだから、魔術による強化済み。公爵家の力をフルに活用して、UV加工なんかも完璧に仕上げてある……のだそうだ。


「シャウラ嬢に聞いた限りでは、カウスが進んで改造を依頼したんだよね? なら大丈夫。彼がそんなタイプだとは思わなかったけれど……ふふ、きっと、苦労だなんて思ってないよ。ねぇ、シャウラ嬢?」


「はい。心より同意します」


「それにしても本当に素晴らしい眺めだ。ツィーナ嬢が入ると尚更、風景の完成度が増すから不思議だね。まるで植物を統べる花の妖精姫のようだからかな? あなたの髪も目も唇も肌も……よく映える」


「まぁ……お上手ですこと。今日は良いお天気ですから、日光浴が気持ちイイですね。自然の光を浴びることは心身の健康に良いのだそうです」


(いやぁ、さすが色男代表。息するようにお世辞を挟んで来るわ……)


うふふ、と表情だけはまだ余所行きの上品さを装いながら、ケネス様相手の敬語を、少しずつ崩してみる。王族に対する過剰なまでの謙譲語を止め、シャウラちゃん達子どもが使う丁寧語の域まで下げられたら、第一段階クリアだ。

最終的には気軽に話せるようになるのが目標だけど、焦ってもイイことはないからゆっくりいこう。


いくら天下に名高い肝っ玉母ちゃんだろうとも、王族への不敬は許されない。

しかもわたしはまだ、肝っ玉母ちゃんじゃなく、「肝っ玉母ちゃんになりたいヒト」。万が一にもカウスくんとシャウラちゃんに迷惑をかけるわけにはいかないのだ。


「今度、この部屋でお茶会を開きたいと思って準備しているところなんです。ね、シャウラちゃん、あなたの主催する初めてのお茶会なのよね?」


「はい」


「おや、今からそんなに緊張した顔をしていては当日までに疲れてしまうよ? しかしそうか、シャウラ嬢は今から友人を作らなくてはならないのだから大変だね」


「アケルナーの娘として恥ずかしくないように頑張ります」


公爵の愛人の子から正式な公爵家令嬢に身分が変わったシャウラちゃんは、これまでとは違う視点で交友を築き直さなければいけない。突然湧いて出た公爵令嬢に周りの目は厳しくて、実質、今度のお茶会が彼女の評価を決めることになる。

シャウラちゃんは努力家だし優秀だから、わたしはさほど心配していないのだけれど……本人は真面目な分、プレッシャーを感じてしまっているようだった。


「ケネス様、よろしければ義娘にアドバイスをいただけませんか? わたくし、母親として未熟な上に社交経験が少なくて……こういう時、親がかけるべき言葉がわからないんです」


なんといってもケネス様は王族、社交のプロだ。わたしより余程、親身なアドバイスができると思う。


「ふむ、あなた方の家長として、か」


「は!?」


大きく頷いて顎に手を当てたケネス様の後ろ、突如、ぽにぃちゃが素っ頓狂な声を上げた。最初の笑顔以外は護衛に徹していたのに何事だろう。


「ローバー、どうした?」


「あ、いえ! 申し訳ありません!」


直立不動の姿勢を取るぽにぃちゃが、目だけでわたしに何かを訴えかけて来ているのは感じる。ケネス様の後ろから、焦ったような視線が刺さるが……うん、わからん。

キョロキョロと辺りを見回しても危険はないし、異変もないような……?


(ま、どうしても必要ならちゃんと言うでしょ。ぽにぃちゃ、ケネス様の護衛なんだもんね)


気にはなるから、あとで機会があったら訊いてみよう。

でも今は、シャウラちゃんとケネス様のぎこちなさの軽減がわたしの使命だ。せっかくケネス様がやる気になっているのだし。


「男親からのアドバイスが足しになるかはわからないが……」


「いえっ、そんな畏れ多いっ!」


「こらシャウラちゃん。子どもが遠慮なんてするもんじゃないわ」


「そうだよシャウラ嬢。……いや、わたしは父だからね、シャウラ、と親しく呼ばせてもらおう。うん。ツィーナも。良いね?」


「え、あの……」


「えぇ、もちろんです。こちらからお願いしたいくらいですわ」


オタオタするシャウラちゃんに敢えて余裕の笑みを見せつけながら、アドバイスを貰うように促す。家族間に遠慮など不要なのだ。気遣いと礼儀は親しき仲にも必要だと思うけれど、遠慮して言いたいことが言えないようでは意味がない。

せっかくケネス様が歩み寄りを見せてくれた今がチャンス。


「シャウラは、お茶会に参加した経験は?」


「……いえ、まだ……」


「今度のお茶会が社交デビューなのよね」


「はい。実母と共に参加したものは考えない方が良さそうですから……」


「そうか。そうだね、今は過去を大切にするより、新しいことを学んだ方が良い。大丈夫、周りだってはじめのうちは様子見だ、最初から公爵家に喧嘩を売るような愚か者はいないよ」


「そうだとイイのですが……自分だけでなく、家族の評価にも繋がるかと思うとどうしても緊張してしまいます」


(ええ子や!)


いつも背筋をピンと伸ばしたシャウラちゃんがシュンとした様子は、めちゃくちゃわたしの母性本能をくすぐる。くすぐり過ぎて悶絶するレベルでとっっっっても可愛い。思わず脳内でエセ関西弁オバちゃんが絶叫するくらいに可愛い過ぎる。


「気持ちはわかるな。あ、それならシャウラがお茶会を開く前に一度、義姉あねにお茶会に招待してもらおうか」


「殿下のお義姉様、ですか……?」


「違うよシャウラ。お義父様、だよ?」


「ぅ……お、とぅ……様……」


「ふふ、上手に言えたね。そう、わたしの義姉。思慮深く優しいヒトだから、大丈夫。シャウラも一度参加してみるとどのようなものか、想像しやすいんじゃないかな」


「え……」


ケネス様、なかなか親身なアドバイスをしてくれている。シャウラちゃんの父親になりたいという言葉は本心からのものだったのだろう。


(確かにお茶会経験は積ませてあげたかったんだよね。ただ、実質の社交デビューに相応しいお誘いを選ぶのが難しくてねぇ……)


「ケネス様、ちなみにそのお茶会には他にどなたが参加なさるのでしょう?」


「ん? むしろ希望があるなら聞くよ。彼女は社交が仕事みたいなものだからね。誰でも呼べるし、逆に誰も呼ばないこともできる。緊張するようなら、ツィーナとシャウラだけを招待するように伝えるよ。わたしの特別な相手だ、とね」


「いえ、あの、さすがに……」


「本当はもっとシャウラと年齢の近い子を紹介できれば良いのだけれど、あいにく利害関係なく接せられる女性は少なくてね。義姉も娘には恵まれなかったし」


女性の知り合いこそ多そうなのに……と考えて、あぁ、と1人で納得した。変に1人を頼ると他のおねぇさん達が嫉妬するのかもしれない。

夜会で複数のナイスバディさんを侍らせていたケネス様の姿を思い出す。女の戦い、って感じだった。


「ケネス様のお義姉様……」


なんとはなしに呟いて、「あれ? シャウラちゃん、顔色悪い」と気付いた。そんなに緊張してるなんて……と声をかけようとして、はたと思い至る。

そりゃ、顔色も悪くなるよ……。


「ケネス様。念の為確認させてください。お義姉様と仰るのは……王妃陛下でお間違いないでしょうか……?」


「うん? もちろんそうだよ」


(義姉て言うか兄嫁かい! てか女性ヒエラルキートップの御方なんですけど!)


思わず胸中でツッコんだ。そんなお偉い方に気軽にお茶に呼ばれても、むしろ困るわ……。


「あの、ケネス様。お心遣いは嬉しいのですが」


シャウラちゃんの様子を窺いつつ、今回ばかりは断固お断りの言葉を口にする。


「一貴族同士でお茶会を開くのと、王妃陛下の催されるお茶会では、あまりにも趣きが異なります。せっかくの御心遣いですが、今のこの子が参考にするには不向きかと……」


むしろ、真似しちゃったらシャウラちゃんが総スカンを喰う羽目になる。数いる公爵令嬢と、頂点に立つ唯一無二の女性では見る景色が違うのだから。


「ふむ……そういうものなのか。シャウラもそう思うの?」


「は、はい。恐れながら……」


「そっか。それは残念。じゃあ、またの機会にしよう。いつだといいかな? 王妃が目をかける相手だと思えば、余計な手出しはされずに済むからね。それに……ふふふ、せっかくだから見せびらかしたい」


「あの……?」


「わたしの大切な新しい家族だ。お披露目したい気持ちはわかってもらえるよね? シャウラもだけれど、いずれ大公夫人になるツィーナは特に、王族とも顔繋ぎしておかないとね」


(ん?)


大公夫人?

大公は陛下の叔父にあたる方お2人しかいないはずだ。ご高齢だったと思うんだけど……? ……えー、再婚話が来たら嫌だなぁ。わたし、世間的には未亡人だし、たぶん亡夫のせいで年上好きだと思われてる可能性もあるし一応今は身分的にも低くないし……。奥方に先立たれた方の後添えにちょうどイイと思われているのかもしれない。


(えー……再婚とか迷惑なんだけど。特に年の差婚はもう十分。というか、わたしにはもう、最高の家族がいるんで。増えることはあっても、乗換えることは有り得ません)


とはいえ高貴な方々相手にそんな失礼なこと言葉にできない。ま、今からお断りの理由を練っておこう、と思うに留めて、


「ケネス様は王妃陛下と仲がよろしいのですね」


当たり障りのない話題に方向をくるりと転換する。


「おや、嫉妬かな? ふふ……わたしにはツィーナが一番だよ?」


「まぁ、ケネス様ったら。わたくし、まだ王妃陛下にお目にかかったことがございませんので、気になってしまいました」


「あぁ、そうなんだね。今度会わせてあげよう。……うん。ツィーナなら気が合うかもしれない」


実母、実兄との関係に悩まされて育ったらしいケネス様だから、勝手に兄嫁との仲も疎遠なのだと思っていた。けれど、現実はなかなかに親密そう。うーん……なんというか、さすが、タラシ担当ケネス様という感じがする。

王妃陛下の年齢はケネス様よりちょっと上、射程範囲外のはずだけれど……まぁ、親愛の情があるらしい、ということで。ケネス様のコミュ力、女性限定っぽいけど尊敬するわ。


「両陛下のご成婚時のパレードの様子は今でも語り草ですもの。わたくし、生まれていなくて残念でした。ね、シャウラちゃんも聞いたことがあるでしょう?」


「はい。空に2重の虹がかかり、季節外れの花弁が降り注いだ、と。まるで神話のようで憧れてしまいます」


「あぁ。物語みたいだけど事実だよ。彼女の家系は魔力が強くてね、一族総出で盛り上げたんだ。まぁ、それもあって王妃に選ばれたんだけど……彼女自身は直前まで結婚を渋っていたかな」


「え?」


「彼女は生まれた瞬間から兄の婚約者でね。決められた道を歩くことが嫌だったらしい。よく、わたし相手に愚痴を零していたよ。だからこそわたし達は気があった」


まさかの真実。

夢物語のように国民に語り継がれるロイヤル婚の裏話に困惑しきりだ。これ、わたし達が聞いて大丈夫な話なのだろうか。実はロマンチストなシャウラちゃんの目が真ん丸だ。


「しかも彼女はわたしと同属性なんだ。それなりに珍しい属性だから、小さい頃は特に、仲間意識のようなものを感じていたよ。とはいえ、彼女も今では立派な国母だけどね」


ちょっと……何からコメントしたものか悩んでしまう。

えー……王妃様が闇属性とか、知りたくなかったー……。いや、別にだからなんだってわけじゃないんだけど……この間のケネス様の暴走っぷりを見たあとだと、心配になるんだよね……。メンタル闇堕ちしやすそう、というか、抱え込んで突然大爆発を起こしそう、というか……。

まぁ、ケネス様に仲のイイ親族が居るのは良かった。そこだけは一安心だ。


「……珍しい、のですか……?」


さて次はどっちの方向に話題を持っていこうか、と悩んでいると、横から落ち着いたアルトが響いた。慣れない相手に自分から口を開くなんて珍しい。でも、イイことだ。


「そうだね。今のところ他には魔術研究所の現所長くらいしか知らないかな。彼の場合、その属性の珍しさを買われて抜擢されたようなものだしね。まぁ、彼は義姉の一族だから、元々魔力量がかなり多めだったこともある」


(へー……所長って今、誰なんだろ)


王都の外れにある官民一体型事業施設、魔術研究所。実家が資金提供者の末席に名を連ねている関係で、わたしも子どもの頃、何度か見学に行かせてもらったことがある。あの頃は如何にも魔法使いといった風情のおじいちゃんが所長だったが……今は違うのだろうか。


「あの……失礼ですが、で、お、おと……、様の属性は闇、なのでしょうか……?」


「うん、そうだよ。公表はしていないけど、あなた方に今更隠す意味はないからね。……どうしたんだいシャウラ、なんだか様子がいつもと違うね」


確かに、とわたしも首を傾げてシャウラちゃんを見る。あんなにケネス様の魔法を怖がっていたのに、自分から話を深めるなんて……


(あ! ついに義父娘の雪解け!?)


親身に相談にのってくれるケネス様に心を許し始めたのかもしれない、そう思うと納得できる。わたしは1人、ニマニマと喜びを隠しきれずに彼女を見つめた。


「もしかして、魔法の研究に興味がある?」


ふわりと金色の髪を揺らして問いかけるケネス様に、


(惜しい! シャウラちゃんが興味を持ったのはあなたですよ!)


脳内で反論し、


「あ、いえ、そうではなくて……」


(頑張って! 大丈夫、言っちゃえ言っちゃえ!)


心の中で、目を伏せる可愛い義娘を応援する。


「じゃあなんだろう。闇属性、の方かな?」


「っ!」


「シャウラは違うよね? ……もしかして…………知り合いに居る、とか?」


「そ……っ! …………そうらしい、です」


(あれ?)


ガバッと前を向いた水色の瞳には、切実な光が灯って見えた。

わたし、なんか勘違い……? と気まずく思う中、思い切ったように口を開いたシャウラちゃんが語ったのは、わたしの知らない、彼女の幼馴染の話だった。


「とても苦しそうで……。今は、人伝ひとづてで話に聞くだけなのですが……」


シャウラちゃんが実母と暮らした屋敷は、ここよりも小ぢんまりとしていて、その分、市井の人達との距離が近かったのだそうだ。

例のその子は、出入りの八百屋の息子なのだと言う。一日おきに配達に来る父親の手伝いで出入りしていた彼とシャウラちゃんは、ちょっとしたきっかけで仲良くなった。


「ずっと水属性だと思っていたんです。辺りがひんやりする程度でしたし……。なのに、最近になって『闇かもしれない』と思うことが起こるようになったみたいで……。

魔力制御は属性が違えば感覚自体がまったく異なると聞きます。あの……不躾なお願いですが、何か闇属性の魔力を制御するためのアドバイスを聞かせていただけませんか……?」


平民で闇属性は本当に珍しい。しかも貴族に比べて魔力量が少ないから、属性を意識する機会自体そうそうない平民の中で、本人が自覚し、苦しむ程の魔力持ちだ。

保護した方がイイんじゃない……?


「……わたしがここで話すよりも、一度魔術研究所に連れて行くべきじゃないかと思うよ」


「そうですね、わたくしもそう思います」


「でも……平民ですよ……?」


「それは今は関係ないな。希少な闇属性持ちが暴走しかけていることの方が問題だからね」


これは完全に同意する。わたしもケネス様とまったく同じで、むしろ、そんな子がいるなら遠慮せずにもっと早く話して欲しかった。

魔力の暴走は少なからず被害を生む。だから、わたし達貴族の血筋の人間は、幼い頃の教育の一環として自分なりの制御方法を探すのだ。魔力のさして強くないわたしでも、やっぱりそれなりに苦労したし、そんな時、同じ風属性のぽにぃちゃは頼りになった。


(ぽにぃちゃが手伝ってくれなきゃ、魔力を溜めに溜めて暴走してたかも……だったなぁ)


昔を思い出して遠い目になりつつ、こっそりぽにぃちゃと苦笑し合う。どうやらあちらも同じことを思い出していたようだ。


「所長に話を通しておこう。シャウラはその子と連絡を取ることができるかい?」


平民が王族に会うには、手続きが長くかかる。その点、魔術研究所には少数だが平民の研究員もいるし、敷居がそこまで高くない。喫緊の問題に対応するなら、研究所長が適任だろう。


「はい。ケイトが……あの、わたくしの専属のメイドが店を把握していますので大丈夫です」


素早く対処してくれるケネス様に、シャウラちゃんの頬が緩んだ。ホッとしたせいか自然に浮かんだ笑みが可愛い。普段あまり表情を出さないけれど、笑うと歳相応の幼さも垣間見えて、キュンキュンする。

ケネス様もそんな様子に気付いたのだろう。わたし達は顔を合わせて「ふふふ」と笑った。あ、ケネス様もすごく優しいお顔になってる。


「ありがとうございますケネス様。ケネス様は良いお義父様になられますね」


「そうだと嬉しいな。もちろん、何よりも、良い夫でありたいと思っているよ?」


(うわ〜さすが流し目が様になる!! ベスト流し目スト賞を差し上げたいっ)


「ねぇツィーナ。こうしてせっかく親しくなれたんだ。カウスとも話したいから帰りを待っていても良いかな。そこの……客室は以前のまま使える?」


あまりの眩しさに、ほわぁ〜と見惚れてしまった。これが大人の色気というヤツか。……爪の垢煎じれば、わたしにもちょっとは伝染うつるかなぁ?


「あ、はいっ! お使いいただけます!」


と、後ろから響いたメイドちゃんの声に我に返った。ん? 今、何て?


「殿下! それは困ります!」


「ひぅ!?」


今度はぽにいちゃが大声を出したものだから、わたしは思わずイスの上で飛び上がった。びっくりしたー……ぽにぃちゃの声、響くから心臓に悪いんだよね。


「ローバーが口出しすることではないと思うけれど?」


「陛下から万が一のことがないよう申しつかっております!」


「はぁ……おまえは本当に兄上に忠実だね。つまらない」


「今が大切な時期であること、殿下とて御理解なさっておられるでしょう!?」


(えー……と?)


これ、そもそも何の言い合いなのだろうか。

首を捻りつつシャウラちゃんを見て、壁際に控えるメイドちゃんを見て……。と、メイドちゃんが青ざめた顔で寄ってきて囁いた。


「客室の準備を始めた方がよろしいですか?」


(あー……ね?)


ケネス様、ここに泊まりたいっていうことか。

というか、あの言い方。ケネス様って、旦那様が生きてた頃はここに泊まってたんだ……?


街を彷徨うろつく以外にも、彼が偽名を使っていた理由がわかった気がする。地方から出てきた友人だと名乗る貴族を泊めることは容易でも、王族をもてなすのは難しいのだ。公爵家であっても、日常的な準備が足りない。

この部屋にいる使用人達は既に、彼の正体に察しをつけている。「ケネス様」とか「殿下」とかいう単語が飛び交ってるし、本人もまったく止めないから。でも、ケネス様的には今日も今日とてお忍びで、以前と変わらない気でいるのだろう。


(いやぁ? お忍びにしては華々しいよね。てか、ぽにぃちゃ連れてる時点でめっちゃ目立つ。なんか……騎士団長だからかなぁ? 存在が物々しいというか……)


「お義母様……止めなくてよろしいの……?」


「んー……イイ大人同士ですもの。少し見守りましょうよ。お部屋の準備は……念の為お願いしようかしら。今更だし、以前お泊まりになった時と同じ感じでイイわ」


現実逃避してるいる場合じゃなかった。

でも、この状況でわたし達にできることはほとんどない。だって、事情がわからないし。


「殿下! 侯爵家三軒、伯爵家五軒その他諸々……王城を混乱に陥れたいのですか!?」


「なぜ? わたしが彼女に決めたというだけだよ」


「陛下の許可が降りていません!」


「要らないよ、そんなもの。わたしのことはわたしが決める。ねぇ、ツィーナ?」


「え!? は、はぃ!?」


「ほらね」


急に声をかけられて語尾が上がってしまったのにキレイにスルーされ、肯定と受け取られた。深入りしたい気配の話じゃないから、当面空気に徹しようと思っていたのに。


「こらチーニャ! テキトーな返事すんな!」


「う。……てか、ぽにぃちゃ声うるさい……」


しかもなぜか飛び火して来た。


「殿下の前だぞ口を慎め!」


「……一人言です。失礼しました」


今日は護衛に徹するらしいと思って敢えて声をかけないでいたのに……ぽにぃちゃが難しい。


「……ねぇツィーナ? ローバーとはどういった関係かな?」


「はい?」


「答えられるよね?」


(え、何!?)


言い争いをしていたはずの2人に、いつの間にか注目されてしまっている。しかも、なんで2人して目が据わってるの!? 何これ怖い!


「……騎士団長様には幼い頃お世話になりました。あの……詳しくは騎士団長様にお訊ねください」


(なんの話ししてるのかわかんないのに、突然巻き込むの、止めて欲しい!)


ぽにぃちゃの名前が昔と違うことをどう説明したものか……判断がつかないから、本人に丸投げしてみた。


「ローバー?」


「……その話しは後です。城に帰ってからですよ」


「…………おまえの思惑に乗るのは癪だな……」


「思惑も何も、陛下に言われた通りです」


「……はぁ。しょうがない。今日のところは帰るよ。愛しいヒトにみっともない姿を見せたくはないからね。……ローバー、逃げるなよ?」


(んんん??)


なんか、今、最後にケネス様からめっっちゃ低い威圧的な声が出たような。

……いや、いつもの穏やか笑顔だ。気の所為だったのだと思う。


「……あぁツィーナ。残念ながらそろそろ帰らなくてはならないらしい。泊まるのはまた今度の楽しみにとっておこう。愛する家族と離れるのは辛いのだけれど……あなたと共に歩むために、話をつけてくるよ」


「ケネス様はお忙しいのですね。なかなかゆっくりなさるのも難しいお立場なのでしょうが……またいつでもいらしてくださいね。お待ちしています」


「あぁ。そう長くは待たせないと誓うよ」


すっと優雅に立ち上がったケネス様がわたしに手を差し出した。立てと言うことかな、と手を添えて隣に並べば、


「見送ってくれるね?」


セクシーなタレ目を甘やかに細めて歩き出す。またしてもふわりと広がる彼の香り。花のような、甘いお菓子のような……絶妙にクセになる匂いだ。


(……シャウラちゃんは……未成年だからまだエスコートなくてもイイのかな……だから成人のわたしを優先してくれた……? すごい気配り。でも……)


せっかくの義父娘の触れ合いの機会を……と思ったわたしの考えなんかお見通しなのか、ケネス様が、ぽにぃちゃに声をかける。曰く、「シャウラをエスコートしろ」と。


「ですが私は護衛で……」


「この屋敷で何かが起こると? ツィーナがわたしを害するとでも?」


「いえ、そうは思いませんが……」


「ならば構わないだろう。シャウラも間もなく年頃だ。家族以外にエスコートされる経験をしておいた方がイイ」


「……かしこまりました」


(そっか……確かに、経験がないと緊張しちゃうもんね)


さすが夜会マスター。わたしでは思いもしない方向からのアドバイスは非常に助かる。


渋っていたわりに、エスコートをすると決めた後のぽにぃちゃの動きはスマートだった。すらりと手足の長いシャウラちゃんは、がっちりとしたぽにぃちゃと並んでも見劣りしない。

うん、これ、将来申し込み殺到確実だわ。ゲームのスチルから考えて、あと数年で身長はまだ伸びるし、体型もまだまだ発育する。


(うふふ、うちの子がやっぱり一番だわ。絶対幸せにしてあげなくちゃっ)


「ツィーナ、ご機嫌だね?」


「はいっ! ケネス様、今日はありがとうございました。思いがけずお会いできて光栄でした」


「ふふ、そう言ってもらうと嬉しいよ。突然来て迷惑ではなかった?」


「とんでもないです。本当に、いつでもいらしてくださいね?」


「あぁ。……まぁ、来るなと言われたら召し上げるだけなんだけど」


「? 何か仰いました?」


「いや、あなたはそのままのあなたで居るのが一番だよ」


お菓子作りをまっとうできなかったのは残念だったが、ケネス様のおかげでシャウラちゃんの笑顔の曇りが晴れた。プラマイゼロどころか、お釣りが来る。


(ケネス様の香りも好きだし……)


今の気分としては、ぜひ、毎日でも来ていただきたい。


(やっぱり、家族はみんな一緒に居るのがイイよね)


今度はぜひ、カウスくんも一緒に団欒しよう。その時には──ケネス様との距離が、もっと近くなるとイイな……。



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