悪役令嬢の義母でした。ゲーム開始前なので改変目指します!
晴天の霹靂とは、突然訪れるからこそ、そう呼ばれるのだと痛感した。
夏の暑い盛りを過ぎ、真昼でも過ごしやすい気温になって来た、そんな穏やかな昼下がり。アケルナー公爵領にある領主の城は、届けられた訃報のせいで俄に混乱に陥っていた。
領主であるドゥーべ・アケルナー公爵は御歳44。健康自慢の偉丈夫で、まだまだ男盛り、女遊びもし放題。そんな中での彼の訃報は、まさに晴天の霹靂としか言いようがないものだった。
「……陛下への報せは……? ……そう、では葬儀の手配を……」
泡を食う家人達の中、冷静に対処している者はごく僅か。そのうちの一人が、わたし、ツィーナ・ハダル・アケルナーだった。つい先程、未亡人になったばかりの幼妻、所謂正妻、公爵夫人だ。
王都近郊にて事故死したという王都在住のアケルナー公爵だが、葬儀はここ、領地で行わなければならない。
はっきり言ってしまえばとんだ災難。19歳の喪主ってなんやねん。しかも、故人と会ったのは結婚式のその時だけ。これだから男ってやつは……。
「おいたわしや奥様……。いつかは旦那様が振り向いてくださると信じてこの5年もの間、努力してらっしゃいましたのに……」
「泣く暇があるならば奥様の喪服でも確認してきなさい」
さめざめと涙を流す侍女頭のエバさんを、家令のアルギさんが普段と変わらぬ口調で叱り飛ばした。うん、アルギさんが優秀でめちゃありがたい。
感動屋で涙脆いエバさんと冷静沈着なアルギさんはいずれも50代のご夫婦だ。二人ともアケルナー公爵家に勤めて長いのだそうで、わたしよりずっっっと、この家の風習やら何やらに詳しくて頼りになる。
もちろん、ドゥーべ・アケルナー公の若い頃なんかもご存知で……わたし以上に、彼の趣味嗜好やら何やらにも詳しい。だからまぁ、さっきのエバさんの発言になるんだろうけど……
(努力って……何かしたっけ……???)
正直、名義上の夫に対する思い入れは一切ない。愛どころか、友情も同情も何もかも。初対面で「なんだこの乳臭い小娘は」と嫌そうに吐き捨てた夫に、プラスの感情は残念ながら持てなかった。
むしろ、どうやったらあのお色気年増が大好きな好色オジサンに拒否反応を示さずに居られるのか……考え込んだくらいだ。……あ、そういう意味では、努力したかも……? うん、脳のキャパはちゃんと割いた。
カーンカーンカーン……
遠くで追悼の鐘が鳴る。
訃報からの数日は飛ぶように過ぎて行き、あっという間に葬儀が終わった。
わたしとしては知り合いよりも遠い距離の旦那様だったけど、王都での彼はそれなりに人付き合いがあったらしい。爵位による部分も大きいとはいえ、葬儀には王弟殿下までがご臨席くださった。
旦那様同様、結婚披露宴以来にご尊顔を拝する王弟殿下は、相変わらずお顔がイイ。旦那様より十は若いとはいえ、それなりの年齢のはずなのに、脂ぎってないし、めっちゃイケメン。まだイケオジって呼ぶのも申し訳ない男盛りだ。
ハァ、こんなヒトが旦那様ならまだ目の保養な分マシだったのにな、なんて場違いなことを思いながら御礼を述べて……
「疲れた……」
夜分、わたしはようやく自室のソファーに倒れ込んだ。
王都からそれ程遠くないアケルナー領だから、弔問客のほとんどは日帰りだ。少なからず居る滞在者は、全員が自称縁戚。けれど、わたしはまったく彼らを存じ上げない。だって面識ほぼないし。わたし、所詮、白い結婚の後妻だし。
……ということで、そこは頼れる家令、アルギさんと、頼れる跡取りカウスくんに丸投げした。
そう、この家には跡取りがいる。前妻さんの産んだカウス・アケルナー次期公爵。眼鏡の似合うクールな知的美人で将来有望な、わたしと同い年の義理の息子だ。
おかげで遺産争いが起こることも、家督争いが起こることも、歳若い後妻が親族にいびられることも一切なかった。ありがたい。
「ツィーナ、ちょっといいですか?」
……なんて疲れた頭で取り留めもなく考えていたら、当のカウスくんがドアを控えめにノックした。
「どうぞ〜」
もう動きたくないと主張する体に喝を入れて、カウスくんを自室に迎える。
こんな時間なのに彼の銀色の髪は、昼間同様の完璧なオールバックに整えられていた。服装にも隙がない。ホント、さすがだ。
「遅くにすみません。寝るところだったのでは?」
「まだお風呂も入れてないから大丈夫〜」
「……。ツィーナ。いつも言っているでしょう、年頃の女性が無闇にそういう発言をしてはいけない、と。中には邪推をする男もいるのですから……」
「訊いたのはそっちだよね?」
「な!? まるで僕が女性に失礼な発言をしたみたいに言わないでください!」
真面目なクーデレ。それがカウスくん。お風呂事情くらいで慎みがないと思われるのは心外だけど……まぁ、堅物代表のカウスくんなら仕方ない。
「義母子のケジメを」と敬語を崩してくれないのだけが残念だが、それもまぁ、彼の真面目さを考えれば仕方がないことなのだろう。
「わかってる、お父様が亡くなって寂しくなっちゃったんでしょ? 義母はいつでも大歓迎よ?」
滅多にデレることのない義息子だからか、揶揄うとなかなかにおもしろくてつい、やり過ぎてしまう。青筋が浮かぶ額に、わたしは頃合いを悟った。閑話休題。むしろ既にやり過ぎた……?
「やだ、ごめん、冗談だってば。で、カウスくん、調べ物はどうだった?」
「ハァ……。冗談にして良いことと悪いことがあると言っているでしょうに……。
まぁイイです。えぇえぇ、あなたの推測の通りでしたよ」
「やっぱり!?」
晴天の霹靂第二弾……というか、むしろこっちが本命か!? ってレベルのドびっくりは、今日の昼過ぎ、葬儀の直前に訪れた。
──シャウラ・アケルナー。
所謂、亡夫の隠し子である。
晴れ渡る空の下、彼女は数少ない領民の参列者に混じって、ひっそりとその場に佇んでいた。
気の強そうなくっきり顔の美少女で、平民の質素な服が似合わない。その違和感と、えも言われぬ既視感に、ついつい視界の隅で彼女を追い……驚いた。だって、天下の王弟殿下が彼女に声をかけたのだ。
「どの程度、聞きたいですか?」
向かいのソファーを勧めると、慣れた仕草で腰を下ろしつつカウスくんが眉を顰めた。
「全部。いつも通り、隠し事はナシにしましょ」
継母と義理の息子。世間ではいろいろと憶測される間柄だが、わたしとカウスくんは至って仲良し。普通の茶飲み友達だ。できることなら「お義母さん」と呼んで欲しいのだけど、「同い年……むしろ数ヶ月年下の母親って……」と拒否られて以来、いまいち、既存の家族の枠にはハマれないままでいる。
そんなカウスくんとわたしが打ち解けたきっかけは、「隠し事ナシ」という大暴露大会。エバさんとアルギさんも巻き込んだそれは4年程前のことで、今では笑いのタネになっていた。
「……聞いても不快なだけですよ?」
「お父様を亡くしたばかりのカウスくんに言うのもなんだけど……今更じゃない?」
「まぁ、そうなんですが……」
葬儀が終わり、散って行く参列者の中で、なぜかその美少女はいつまで経っても帰らなかった。それもそのはず。
彼女が王弟殿下と並んだ絵を見て、思い出した。
「そもそも調べて欲しいって頼んだのはわたしだし。むしろ、カウスくんこそ嫌な思いしたんじゃない? ごめん、わたし考えナシだったね」
「いえ、別に僕は……調べるよう命じて、報告を聞いただけですから。それに、いずれは耳に入ることです」
「……うん、ありがとう。ね、カウスくん、お願い。普通に教えて?」
真紅のストレートヘアを靡かせた、シャウラ。幼いながらその美貌は明白で、一際目を惹く大きなつり目はカウスくんによく似た水色だった。
「……ハァ。まぁ、今なら僕しか居ませんからね……」
「二人だけの秘密ってことで一つよろしく」
「……。ツィーナの睨んだ通りでした。彼女は『シャウラ』。僕の腹違いの妹ということで間違いなさそうです。父は……ハァ、父は事故当時、女性と同乗していたそうで……」
「あぁ。愛人と遠乗りに出掛けての落馬事故ってことね? んで、娘さんが遺された、と」
……娘、なかなか可哀想だ。頼れる大人をいっぺんに全員失ったのか。あの旦那様が娘を可愛がってたかどうかは別として。
いや、それよりも何よりも、潔癖気味なカウスくんに父親の悪行を調べさせてしまってホント、申し訳なかった。そりゃ言い淀むわ。
「身も蓋もない言い方ですね。……ハァ、ですが、言ってしまえばそういうことです。父とその方は、まぁ、付かず離れずと言いますか……腐れ縁で……」
「イイわよ、はっきり言って。正妻に気を使う必要はないわ。つまり、別れてはヨリを戻してまた別れて……グダグダの関係だったってことでしょ? 娘があの大きさだもの、わたしが嫁ぐ前から続いてたってことくらい、わかるわよ」
「ハァ……」
今日のカウスくんはやけに溜息が多い。わたしのせいか。ごめんなさい。
「……ねぇ、次期公爵様。お疲れね? お義母様のお膝、貸してあげましょうか? 続きが聞きたいから寝られると困るけど……膝枕、してあげるわよ?」
「………………は?」
「うわっ、傷つく。めちゃくちゃ嫌そう」
「ハァ…………真面目な話をしてるんですが」
あまりにも溜息が多いから罪悪感と誠意、親切心でそう言えば、極寒の水色の目で睨まれた。
けれど、シャウラちゃんのことだけじゃなく、彼は疲れているはず。喪主はわたしだったものの、表立って有象無象に絡まれたのは次期公爵のカウスくんだ。
生贄ご苦労さまでした。役立たずの義母でごめんなさい、そしてありがとう。
「うーん……?」
何より、大黒柱を亡くした家族が身を寄せ合うのはドラマや漫画なら普通だし……と思ったのに。残念、貴族って難しい。
「わたしも真面目なんだけどね。……弱ってる時に力を合わせるのが『家族』でしょう?」
「……家族、ですか。ハァ。ツィーナは本当にその単語が好きですよね。
で、その家族を失ったシャウラの話なんですが。聞きますか、どうしますか?」
「……聞かせて欲しいです」
これ以上ドン引かれて、肝心の話が聞けなくなっては困る。わたしは素直に折れると、居住まいを正した。もう少し打ち解けてくれてもイイのにな……。
「ではまず。彼女の母親ですが、貴族ではありません。口にするのも汚らわしいですが……娼婦上がりです」
「娼婦?」
「知らないでしょうが、職業の一種で──」
「公爵様なんて、メイドやら何やら選び放題じゃないの? なんでわざわざ女を買う必要があったのよ」
「…………ツィーナ。口に気をつけて」
なんでそんな単語を知ってるんでしょうね、という不機嫌そうな呟きは敢えて無視する。
(さぁどうしてでしょうね〜って、わたしに前世の記憶があるからなんだけどね? 言えるわけないよ、そんなこと)
前世の記憶を思い出したのはかなり幼い頃だった。年齢的にはたぶん、幼稚園児とか小学校低学年くらい。ゆっくりと、ちょっとずつちょっとずつ思い出した。
まだ全部思い出したわけではないからだろうか、今のところそれ関連での不調はない。問題なくアイデンティティは形成された。
だから今のわたしは、この世界の常識をベースに日本の倫理観も身につけた、ある意味、歪な人間だ。残念ながら転生チートはないけれど、大人だった経験が何かと役に立っている。思春期真っ只中で白い結婚をさせられても図太く居られるくらいには、あははははは。……と思っていた。今朝までは。
(まさかここが、乙女ゲームの世界だったとはね。そして乙女ゲーでも居るのか、娼婦って)
ここに至ってまさかの、知識チート疑惑。
シャウラを見て、ただの異世界転生じゃなく、やったことのある乙女ゲームへの転生なんだと気が付いた。
(……って言ってもまぁ……チートって呼べるくらい役に立つかどうかはホント、謎なんだけど。だって、悪役令嬢の義母って……モブすぎない???)
「コホン。とりあえず。古い話なので詳しい経緯はわかりませんでしたが。彼女達母子は、父が購入した小さな屋敷に住んでいるようです」
「それなりの待遇は受けてたってことね?」
「……何度も王都に行っていながら、気付くことができず、すみませんでした」
「え、なんでカウスくんが謝るの? 旦那様に他に女性がいるのなんて知ってたし、むしろ、そのヒト一人で済んでたならまだ後始末も楽……って、え? 他にも隠し子が居たりして……?」
「……いえ、それはシャウラ一人で間違いないかと。念の為もう少し探らせますが」
女の影はあれど子どもはいない、と?
真面目なカウスくんは、妻を放置して外で遊ぶ父親が許せない、と前から常々言っていた。そのせいか、父子仲は最悪だったし、女性関係潔癖症に陥った彼は未だに婚約者候補すら選んでいない。王城の文官という役職についているのにも関わらず大半を領地で過ごすのもそのせいだろう。
義母としては、義息子の将来に影を落とすのは嫌なんだけど……。
(義娘が悪役令嬢、義息子が攻略対象者の一人かぁ。公爵家からはこの二人しか登場してなかったから大丈夫だよね……? これ以上、可哀想な落胤……しかも存在すら希薄な子とか居たら、気の毒過ぎて旦那様のお墓、叩いちゃう)
家族との不和が原因で心を閉ざした悪役令嬢の兄。
そのありがちなのに、現実になると非常に気の毒な設定の攻略対象者が、カウスくんだった。今、芋づる式に確定した。
そしてわたしは前世、わりとヤンデレムーブなカウスくんを推してた。……ゲームのことをすっかり忘れてたから、今朝まで欠けらも思い出したことなかったけれど。
(てか……まったくもって嬉しくない……)
いくら昔の推しでも、大切な我が子が心を閉ざす未来なんて冗談じゃない。
立場が変われば求めるものだって変わるのだ。
「ねぇ、ところで、シャウラちゃんと王弟殿下の関係は? まさか……」
「黙って。何を想像しているかは知りませんが、口には本当に気をつけてくださいね?
殿下は元々彼女の存在を知っていて、それで今回、葬儀に出られるよう手を貸してくださったのだそうですよ。殿下は父と懇意でしたから……まぁ、偽名を名乗っていたようですが」
「へぇ……。それで? カウスくん、どうするつもり?」
記憶が確かなら、王弟殿下も攻略対象。ヒロインとはかなりの年の差だから、ちょっとした隠しキャラ枠だったはずだ。ちなみに、隠しキャラはもう一人、天才魔術師が居たと思う。
「どう、とは?」
「腹違いとはいえ妹なんでしょ。こっちに引き取る? それとも、王都のタウンハウスに住ませる予定?」
「…………。確かに、王族に存在を知られている以上、無関係では済まないでしょうが……」
「どっちにしても楽しみだなぁ。義娘かぁ、仲良くなれるとイイんだけど」
「は?」
継母とは違って、重要な役割を担う子なのだ、カウスくんはもちろん、シャウラちゃんも応援したい。ゲームファンとしても、現実に生きるこの子達の義親としても。
「ツィーナは……義母になるつもりなんですか?」
ウキウキが隠せなくなってきたわたしとは裏腹に、カウスくんは神経質そうな眉間のシワを深くする。
「関係ないのに?」
「ひどっ! 関係なくないよ、新しい家族でしょ? ……って待って、わたし実家に帰される!? え、ヤだ、せっかくカウスくんとも仲良くなれたのに……」
前当主の正妻だというだけで血縁関係のないわたしが居座っては、次期当主にとって目の上のたんこぶで超お邪魔……? ふいにそんな不安が湧いてきて、青ざめた。
「え? いえ、ツィーナからご実家への復籍を申し出ない限りは考えていませんが──」
「やった! カウスくん、知ってるでしょ? わたしが大家族に憧れてるって。義息子に続いて義娘! 最高じゃないっ」
わたしは前世も今世も肉親に恵まれていない。
前世の険悪な父母なんて思い出したくもないし、今世の成金両親は、格式のためにわたしを売った。成り上がり男爵家は格式と伝統を欲して公爵家との繋がりを求め、金銭に行き詰まった公爵家は援助を条件に男爵家の歳若い娘を嫁にとる……珍しくもない政略結婚だが、近代日本人の感覚をも持つわたしには受け入れ難いことだった。
しかも恐らく、シャウラちゃん母子の生活費もわたしの実家から出ていたはずだ。
旦那様も両親も……ハァ。「これだから大人ってさー……」としか言えない。
(血の繋がりなんてどうでもイイの! 目指せ、肝っ玉母ちゃん! 目指せ、幸せ大家族!! ……あ、でも)
頑張れば肝っ玉母ちゃんにはなれるかもしれない。けれど……悪役令嬢は断罪されるし、攻略対象はルートが違えば幸せになれないまま、ただ生きる。
──なんてこった。
うちの子、まさかの拗らせ二人組。
よく考えてみれば、アケルナー公爵家の義兄妹は、幸せへの道が五里霧中……というかかなり、困難極まっている。既にもう、わたしの『幸せ』大家族計画は座礁気味だ。
(こうなると……ストーリー改変が可能な世界か、強制力働いちゃう世界か……それが問題だよね)
「……ハァ。ツィーナがイイと言うなら、彼女は正式にアケルナー公爵家の長女として迎えましょう。……仲良くなれるかどうかは置いておくとして」
「うん、ぜひ一緒に住めるようにお願い! わたしが王都に行ってもイイし」
もしここでわたし達が設定ばっさり、「シャウラを公爵家に迎えない」という選択をして実際にそうなるのなら、この世界に強制力はないことになる。
でも、それじゃあ天涯孤独になってしまうシャウラちゃんが可哀想だし、わたしの夢の大家族生活も計画初っ端から頓挫する。カウスくんが母親扱いしてくれない以上、わたしの希望は明らかに年下なシャウラちゃんにかかっているのだ。
……シャウラちゃんが「お義母さん」って呼んでくれたら、いずれカウスくんも呼んでくれるようになるかもしれない。
多分、原作よりも早いタイミングでシャウラちゃんを公爵家に迎え入れることになると思う。それがストーリー改変とみなされて阻止されるのか、それとも大筋の変更はないから修正可能バグくらいに受け入れられるのか……やってみないとわからない。でも、どのみち、「迎え入れない」という選択肢に比べれば微小な変化だから、これだけでストーリー改変の可能性を測るのは難しいだろう。
「ツィーナが王都へ? 何をしに行くんですか?」
「え? シャウラちゃんとカウスくんと家族生活するために?」
(あ、そうか!)
改変可能か確かめるポイントは、兄と妹が仲良くなれるかどうか、だ。
わたしの幸せ大家族計画を叶えるためにも、ぜひとも二人には仲良し兄妹になって欲しい。そうすれば、少なくともカウスくんはゲームのパッケージにあった人物紹介から逸れる。そして、ハッピーエンドの可能性が増大するはずだ。
だって、「家族との不仲から極度の人間不信に陥った孤独なヤンデレ貴公子」なんて役柄、ヒロインに選ばれなければ一生孤独なメンヘラだもん。そんなカウスくん見たくない。
(ヒロインに選ばれれば良し。でも、人間不信にならなければ、ヒロインがダメでも他の令嬢との恋愛チャンスあるよね。誠実な子に出会えれば、女性関係潔癖症も治るでしょ)
うん、決めた。
「ね、カウスくん、公務もあるし、公爵継ぐ関係でしばらく王都に詰めなきゃでしょ? せっかくだから、みんなでタウンハウスに住もうよ! シャウラちゃんも慣れた街のがイイだろうし……わたしもカウスくんが居ないと寂しいし。ね?」
わたしみたいなモブに何ができるかわからないけど。どうせなら今生では、夢の一つくらい叶えてみたい。そのためにもまず、「アケルナー兄妹仲良し作戦」決行だ。
(うふふ、兄妹喧嘩の仲裁とか、いかにも肝っ玉母ちゃんっぽい! 陰ながら息子の幸せを願うのも! うふふ、成功したらみんな幸せ……これぞWinWin!!)
「さみ……ごほん! 確かに、縁戚の愚か者共が何か画策しないとも限りませんからね。対外的には、結束を示すのが良いでしょう。……わかりました。僕と一緒に、ツィーナも王都に滞在できるよう手配します」
「やった! ありがとうカウスくん、大好きっ!」
「げほごほっ! ……今日のところは以上です。もう遅い時間ですし、そろそろ休んでください。明日から、やることは山積みです」
確かに、領主一族全員が領地を空けるのだから、あれこれ準備が必要だろう。本当はあれこれ王都の話を聞いて計画を練りたいところだが……今日のところはカウスくんの言う通り、お開きにした方が良いかもしれない。
「ね、風邪? やっぱり疲れが溜まってるのかも。カウスくんこそ、今から仕事したりしないでちゃんと寝るんだよ? なんならお義母さんが子守唄歌って寝かしつけてあげ──」
「子ども扱いしないでください! ……言われなくてもちゃんと寝ます」
残念。またしても間髪を容れず拒否されてしまった。まぁ、このくらいじゃめげないけど。
チリンチリン、とカウスくんがテーブルに置いてあったベルを鳴らす。呼ばれたことに気付いて顔を出したメイドさん達に、
「就寝の用意を」
端的に告げて立ち上がった。これ以上居座るつもりはないらしい。
「カウスくん、また明日」
わたしも、引き止めずに座ったままお見送りする。忙しい彼がそのまますぐに休むとは思えないが、自室の方が落ち着くのは確かだろうから。
「えぇ。おやすみなさい、ツィーナ」
「おやすみなさい」
手慣れた様子で着々とお風呂の用意を始めた歳若いメイドちゃんを眺めながら考える。
(シャウラちゃんはあの子よりも若いんだよね)
さて、12歳の女の子って、どんなんだったか。
悪役令嬢なんだから、やっぱりキツい性格なのかもしれない。見るからにキツそうな顔をしていた。それに思春期の入口だというのを合わせれば、ツンツンツンツンして、反抗期丸出しな……?
(うーん……。でもま、それをドンと受け止めて笑い飛ばしてあげるのも、肝っ玉母ちゃんの役目よね?)
「奥様、準備が整いましてございます」
「あ、はーい。ありがとう、今行くわ」
(ま、実際会ってみなきゃわからないか)
明日は明日の風が吹く。世の中、「なるようになる」ものなのだ。今考えたってしょうがない。
とりあえず今日の疲れを落として早く寝よ! そう決めたわたしは、のっそりとお風呂に向かった。