08ルナ
エルフによる猛攻はまさに凄まじいものだった。
眉間を狙う正確無比の弓矢を薄皮一枚で躱し。
周囲の木々を利用した魔法を躱し。
イサミ一人ならばともかく、鈍足のアリエスがいる以上は足で逃げるのは不可能に近い。
結局、“傲慢”で木々を支配してエルフ達の行く手を阻むことで逃走に成功した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして家まで辿り着いた。
重い米俵を乗せた荷車を引いたアリエスは肩で息をしていた。
「ルナの部屋の用意をしろ」
「ッ、ま……て……ゼェゼェ………! 私は、アレを引いて……走って来たのだ、ぞ!」
思ったよりも苦しそうだが、知ったことではない。
「知らん。さっさとやれ」
「くうぅ……!」
若干涙目になりながらも、アリエスは部屋の準備に向かった。
聞き分けは良いのか、状況を理解しているのだろう。
俺は胸に抱いた意識のないルナを連れて、家に入った。
「……やはり、栄養が足りていないな」
「だろうな」
部屋の準備が終わり、ルナを寝かせた。
アリエスは仮にも勇者だ。
ある程度の応急処置や、医学面の知識もあるらしいのでルナの様子を確認する様に命じたのだ。
「外傷の方はどうだ?」
「大きな傷は無いな。まあ、私は専門家ではないが大丈夫だと思う」
ならば、問題はあるのはやはり食事か。
ルナは瘦せ細っていた。
腕は骨と皮だけだと思えるほどに細く、胸部に至っては肋骨の形が分かるほどに肉が付いていない。
長い事、まともな食事を与えられてこなかったのだろう。
栄養不足にもなっている様だ。
「飯でも食わせてやるか」
「だが、固形物はダメだろう。この様子だとしばらく食べていないぞ」
「だろうな。なら―――」
昔を思い出す。
俺が具合が悪い時によく母が作ってくれた。
具合が悪い時には、あれしかない。
「おかゆだな」
「おかゆ……?」
何の事か分からないアリエスが首を傾げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この家に来てから初めて、キッチンに立った。
隣では何をするのか興味深そうにアリエスが手元を覗いている。
「ていうか、お前も料理できたのか」
「当たり前だ。魔王だぞ」
「それは関係ないだろう」
「まあ、これは簡単だからな」
鍋をかき混ぜる。
うん。もう完成だ。
ただ、これだけだと味気が無さすぎるな。
梅干しのようなものがあればいいんだが。
「あーっと、カシギの実があったよな?」
「ああ、あるぞ」
「それを一つか二つ、ほぐしといてくれ」
「了解だ」
そう言ってアリエスはカシギの実を慣れた手付きでほぐして行った。
カシギの実は酸味があり、味が梅干しに似ているんだ。
ああ
ルナを寝かせた寝室に運んで行った。
「あ、……」
ルナは目を覚ましていたらしく、俺達が来た事に気が付いてベッドから起き上がろうとした。
「馬鹿。寝てろ」
「あう」
デコピンして、無理矢理寝かせた。
寝ながら食べるのは身体にも良くないが、ルナは身体を起こしていいほどの体調ではない。
それにおかゆの方もかなりドロドロにした。ほぼ液状だ。
のどに詰まる事も無いだろう。
スプーンですくう。
かなりアツアツなので、ふーっと冷ましてやってからルナの口に運んだ。
遠慮がちにゆっくりと口を開いたので、そこに突っ込んで食わせた。
それから、ルナはまたゆっくりと咀嚼した。
味は無いにも等しいのに、ゆっくりと、ゆっくりと味わう様に。
そして――――。
「あったかい……」
ポロポロと大粒の涙がルナの頬を伝った。
次々に流れる涙は、止まる事も無く流れ続けた。
凄い量の涙だ。
この痩せ細った身体のどこに、これだけの涙が溜まっていたのだろうか。
もしかすると、今までに流して来なかった涙が今、流れているのかもしれない。
とにかくルナのその涙はしばらくの間、とめどなく流れた。
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