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第65話 「うまくまとめようとしてません?」

 文芸部室。


 それは、数ヶ月前までは学校でゲームをするための聖地としての役割を果たし、現在では文芸部の活動がおこなわれる場所である。


 俺が文芸部室に入ったときには、すでに糸唯ちゃんがいた。ハードカバーの、かなり分厚い本に視線を落としていた。


「成竹さん、早かったですね」

「糸唯ちゃんもね」

「いつもと変わりませんよ」


 部誌をつくった頃から、糸唯ちゃんは部室にかなり早くきている。三咲ちゃんも彼女と同じクラスであるから、やや遅れるものの、同じような時間にきている。


「そろそろきますね」


 ハードカバーの本が閉じられた。表紙にちらりと視線を移す。海外の作家の名前が印字されていた。


「気になります?」


 本を手にとり、こちらに見せてくる。


「ん、まあそんなところかな。見なれないタイトルと作家名だったからね」

「これ、結構有名な作家の作品なんですよ」


 糸唯ちゃんの解説によれば、それは、知る人ぞ知る名作であるらしかった。数々のタイトルを総なめし、その作者における出世作だという。


「陳腐なシナリオですけど、陳腐だからこそ、作者の力量が出ています。材料はありふれたものですが、料理のセンスが一流なんです」

「なるほど……なんとなくすごい作品ってことはわかった」

「わかってもらえて何よりです」


 ややあって、三咲ちゃんがやってきた。


「せんぱい、これは密会ですか?」

「密会なはずあるか。これは立派な部活動だぞ」

「男女がふたりきりで密室にいるのはただの破廉恥な行為です!」

「なるほど。それは、これまでの俺たちの関係が破廉恥であったということを示す、紛れもない証左となりえるのだがな」


 うぐぐ、と三咲ちゃんは文字通り歯を食いしばる。自ら墓穴を掘ってしまった彼女は、もはやなにもいえまい。


「このロジハr……いや、頭でっかちのせんぱいが!」

「ハラスメントという単語を、あの三咲ちゃんが抑えた、だと?」


「近頃ではハラスメントハラスメントという言葉もあるそうです。


 迂闊にハラスメントハラスメントいってると、それがハラスメントにつながりえる可能性は否定できないわけです。


 そうやってハラスメントという言葉を発しないように気をつけること自体が、ハラスメントにつながってしまうかもしれないし……」


 つまるところ、三咲ちゃんはハラスメントという言葉がわからなくなってしまったわけだ。


 俺もわからない。頭の中でゲシュタルト崩壊を起こしてしまいそうなレベルである。


「オーケーオーケー。もうこれ以上考えるな。頭がこれまで以上におかしくなるぞ」

「せんぱいって皮肉を入れないと話せない禁断症状でもあるんですかね」

()()()()に囚われた三咲ちゃんにはいわれたくないものだよ」


 口撃は止まらない。反撃の反撃が重なり、終わりが見えない。無窮の回廊へと踏み込んでしまったかのようだ。


「……ふたりとも、きょうはその辺にしておきません?」


 糸唯ちゃんに制されたことで、とりあえず引き分けとなった。



 部誌を完成させてから、しばらく経つ。


 あれからも、文を書いたり詩を作ったりすることはやめていない。ただ、いちおうやっているというだけで、メインは雑談と読書である。


 自分としては、漫画の方が断然好きであったものの、漫画以外の本————つまり、小説触れる機会が増えるにつれ、小説に良さも少しずつわかってきた……ような気がする。


 あれから取り止めのない会話を交わしたり、駄文を原稿用紙に書き連ねたり、詩を即興で作ってみたりと、いろいろやって時間を潰していった。


 読書もした。文芸部におかれている、ライトノベルを読んでいた。いささか年代が古く、言葉遣いや台詞回しに時代を感じるものだ。


 糸唯ちゃんの熱いアプローチの成果もあって、すでにここにある分は全巻読み終えており、ついに二周目に突入していた。


 それは三咲ちゃんも同様で、いまではストーリーやキャラを全員で語り合えるようになっていた。


「せんぱい、やっぱり二巻のラストは許せませんよね! せんぱいの次になくなるべきものですよ」

「たしかにその通りですね、三咲さん。それは人類にとって必要なことだと思います」

「そこはかとなく糸唯ちゃんに貶されている気がしてならないよ」

「いわずもがな作品についてのことですよ、祐志さん」

「わかっているよ、でもなぜかそうきこえてしまったんだよ」


 後輩に馬鹿にされている先輩の末路である。


「んまあ、許せないよな。たとえ、次の巻につながる大きな伏線というか必要なできごとだったとしてもなぁ……」

「私とユージさんとの物語はいつ終わっても全然いいんですよ? なんせ私に暴言を吐いてくる男子がいなくなるわけですから」

「ツンツンするなって。本当に俺がいなくなったら三咲ちゃんが毒を吐く対象はいなくなり、ついには街ゆく人々全員に、支離滅裂な言葉をふっかけてねり歩く、市内でうわさの危険人物になる未来までが瞬時に予測できたぞ」

「最悪な未来予想図ですね」

「だから俺はきっと必要悪なんだろうなーって。二巻で主要キャラをあの世行きにさせたアイツみたいに」

「うまくまとめようとしてません?」

「これにて三咲ちゃんとのストーリーには幕が下りる。ちゃんちゃん」


 時計を確認する。最終下校時刻はまもなくであった。

次回、最終回です!

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