第64話 「私、ユージの未来が見えたわ。暗いわね」
あれから一週間が経つ。
時の流れは、関係を修復させる上で、大きな助けとなった。
俺と円花たちの間にあった、悪い空気感はもうない。一時はどうなるかと思ったが、一件落着。なるようになった。
現在は、朝のホームルーム前。差し込む朝陽は清々しい。
「祐志。なんだか最近、とても気分が良さそうだね」
「そうか? ふだんと変わらないと思うぞ」
「嘘ついても無駄だぞ。顔に全部出てるから」
いったのは、サッカー部に所属している友人の翼である。一時期は疎遠になっていた彼だが、これまでまったく話していなかったというわけではない。
ただ、円花たちといる時間の方が濃密すぎて、若干影が薄かっただけだ。
「いいこと盛りだくさんだ。この正のエネルギーを秋の風に乗せて、世界中を駆け巡らせ、人類をハッピーにしたいくらいには、な」
「正直、ハイテンションの祐志って何いってるかわからんしちょっとキモいよ?」
「……控える」
「そのほうがいいだろうね」
決着がついてすでに一週間近く経っているというのに、いまだに気持ちが昂っている。
自分の納得のいく、確固たる選択ができた。ブレることはもうないだろう。
「とはいえ、幸せなのはいいことだと思うよ? その幸せを大事にしな」
「ははぁーー! 我が人生の永遠の師よ。一生ついていきます!」
「よろしい。席に戻りたまえ。今日までの課題が大量に残っているから、お喋りはここまでだ」
課題が終わっていないのは死活問題だ。仕方あるまい。
席につき、少し暇潰しをしていると。
「おはようございます、成竹さん」
隣の席に、女子生徒がやってきた。
「おはよう、白羽さん」
そう、円花である。
学校では、さすがに円花と呼ぶのはためらわれる。代わりに、旧姓の白羽と呼ぶのが、最近では多い。
円花と親しげにしすぎると、一部の男子から濃厚な殺気を向けられるので、ある程度控えねばならないという思いからだ。
むろん、そんなの焼け石に水であろう。騎里子や三咲ちゃんとの関わりも知れているだろうから。あくまで心がけているだけだ。
「成竹さん、課題は終わりましたか?」
「終わってないかな。ちょっと色々あったからね」
主な原因は円花である。例の事件以後、彼女からのアプローチは急に激しさを増している。一時期の極端なものは減ったが、暴走機関車は止まらない。
ヤンデレは恐ろしい。ただ、完全な拒絶はせず。むしろ受け入れている。それをよしとしている自分がいるからだ。
「やることが多くてお疲れなんですかね」
「そうだね。やることが多かった」
円花の命令に従う系のプレイだった。どうも彼女は、俺が痛がる様子に熱いものを感じるようになったらしく、前回は筋トレがメインだった。文化部に筋トレをさせるものではない。
体力づくりにはちょうどいいし、縛られるわけでもないから気持ち的には楽ではあるのだが……。
「いまもやることがいっぱいですね。私は計画的に勉強しているので終わっていますが」
「……喧嘩を売ってるんですかね」
「答えを写させてあげようかな、という、私の善意を無駄にしようとしましたね」
「そっちだったか。そういうことなら、その善意、ありがたくうけとろう」
自分のためにはならないと思いつつも、円花に答えを見せてもらった。課題が終わっていなかった翼のことを馬鹿にできる立場ではないな。
答えを写している途中にやってきたのは、騎里子である。
「おはようユージ。なに人間として到底許し難い反逆行為に手を染めているの?」
むけられた言葉は、第一声から罵倒だった。
「やあキリコ。答えを写すことと、宿題を出さないこと、どちらが反逆行為か考えてみろ」
「いわずもがな両方とも反逆行為よ」
「その通りだ。だから俺は、ベターな選択をしたまでだ」
「私、ユージの未来が見えたわ。暗いわね」
「今後から真面目にやる。だからすぐ明るくなる」
「それはないわ。私が未来を消すもの」
「物理的にか!?」
騎里子の力を持ってすれば、俺の未来にピリオドを打つことなど簡単そうだ。腕一本だけで簡単に持っていかれそうな気がする。
「別にいいじゃない。だってユージだもん」
「なんの理由にもなっていない件について」
「口を動かすより手を動かしなさい。もうチャイム鳴るわよ」
「くっ……!」
時間が危ないのは、お前にも原因の一端があるんだぞ。そう思いつつ、黙って手を動かした。
そのおかげで、授業がはじまる前には完全に終わらせることができた。かなり危なかった。ギリギリを攻めるというのは、まったくもっていいことではない。
かくして、俺の平和な日常生活が取り戻されていったわけだ。
変化は確実に生じているが、事態が悪い方向に傾いているようなことはない。これは、平和な状況そのものといえよう。
同級生関係の問題が解決したと同時に、後輩――つまり、文芸部員との関係に、ささやかな変化が起こっていた。
この放課後、俺は文芸部の部室へと足を運んだ。久々の部活動がおこなわれることになっていたからである。




