第54話 「女子、わからん……」
ゲームをしてからはや数週間。
部誌の完成。それは、我ら文芸部にとって、ささやかな喜びをもたらすものであった。
あれほど考えあぐねていた俳句も、クオリティーを問わずに量産してみたところ、逆にクオリティーが上がった。質より量とはこのことである。
三咲ちゃんのエッセイは、たび重なる推敲を経て、完成度を高めていった。彼女のエッセイがうまいのはいうまでもないが、無駄な文が削ぎ落とされるにつれキレが生まれ、文章への没入感を飛躍的に向上させていた。
「頑張った甲斐があったな」
「せんぱいの頑張りは文字数にして千文字にも達しませんがね」
「手厳しいな」
「事実ですからね」
俺たちは部室にいた。近くの机には、完成した原稿が置かれている。さきほどまで、誤字脱字等の不備がないかの最終チェックをしていた。
「しゆい〜、不備は特になかったよ」
「よかった〜! 私が見落としていたらどうしようかと思ってた」
転校生の糸唯ちゃんは、先に原稿に目を通していた。
これで三人のチェックが入ったわけだ。
「せんぱい! あとはこの原稿を印刷すれば終わりですね!」
「ああ、そうだな」
「というわけで、あとは任せました! 私はこれd……」
「おい、逃げるんじゃない」
三咲ちゃんの方へと手を伸ばす。制服の首元を軽くつまみ、先に進ませるのをはばむ。
「なに軽々しく女性に接触なさっているんですか! セクハラ!」
「ちょっと待て。三咲ちゃん、遠足は帰るまでが遠足という言葉をご存知ない?」
「つまりは、部誌の作成は終わりでないと?」
「むしろここからが本番ともいえる。作って終わりじゃないからな」
印刷してもらって、こちらで製本。それから配布まで待っているという。これは、過去に文芸部を担当した教師からきいた情報である。
「まだ気は抜けないということですね」
「わかったなら、いまから顧問に会いにいくぞ」
「了解です! みんなで行きます?」
「そうだな。せっかくだし」
このように、文芸部は部誌作りに励んでいた。最近、かつてに比べれば断然、部室にいることが増えていた。
部活が増えれば、当然、家に帰ってくる時間も遅くなる。
「ただいま〜」
文芸部関連の仕事を終わらせ、自宅へ。
「ゆーくんおかえり〜」
「ただいまー」
最恐のヤンデレ、円花である。夕食の準備をしていたらしく、私服の上からエプロンを着用している。
拘束やキス、呪いの文書の作成。出会った当初、こういった奇行におよぶことが多かった円花。
ただ、それはあくまで過去の事実であり、現在――ここ数週間は状況が違う。ヤンデレはどこかへと消え去った。
こうなると、もはや円花に欠点はない。お淑やかな転校生の理想系が、すぐそばにいる。身に余る贅沢であろう。
「ねえ、ゆーくん」
「ん?」
「なんだか最近楽しそうだね」
「そうか? いつもどおりの生活だが。どうかしたか?」
「うんうん、いいの。たいしたことじゃないから」
「それならいいんだが……」
たとえ極上の環境に身を置かれていたとしても、慣れというのは恐ろしく、かつては夢見ることしかできなかった状況も、時が経てば〝憧れ〟 というベールが剥がれていき、特別感が失われてしまう。
ましてや、円花と似たような女性が、文芸部にいる。糸唯ちゃんである。
仕方のないことだが、彼女の方に新鮮さを感じる。ドキドキするのは円花ではなく、糸唯ちゃんの方だ。
例えるなら、円花には熟年夫婦のような安心感があるのに対し、糸唯ちゃんには付き合いたての初心なカップル、というところであろうか。
こんなことを考えるのは、たとえ素直な感想だとしても、おこがましいにも程がある。ただ、自分の感想を素直に受け止めるということも大事である。
いずれにせよ、現在の俺と円花の状態にはフレッシュさが足りない。やけに大人しい円花を当然のようにみなしつつあるが、この状態がいつまで続くかはわからない。
変わらない日常に耐えかね、円花が暴走されれば困るというもの。
さきほどはそっけなくこたえてしまったが、なにかしらアクションを起こすべきかもしれない。
なにせ、特別デーを設定したはいいものの、初回に実施して以降、一度もなされていないのだ。最近の円花は、どうもイカれておらず、不審であった。
「円花、そういや特別デーはいいのか?」
「うーん、今日はいいかな」
「一回きりだったじゃないか」
「そうだったっけ? まあいっか。実施したくなったらいうね」
と、軽くかわされ会話は途切れた。
どうも、円花の反応が悪い。特別デーを求めたがらないあたり、やはりおかしい。いつもの円花とは違う。
こうなってくると、いつ爆発するかが不安で仕方がなくなってくる。
「円花、いったいなにを企んでいるんだ……?」
疑念は、俺を疑心暗鬼に陥らせるには十分すぎるものであった。円花の一挙手一投足に、なにかしらの意味を見出そうと必死になった。
それから、そつなく一日は終わりをむかえてしまった。結局、これといった手がかりはつかめなかった。自身の人間観察能力のなさが嘆かれる次第である。
「女子、わからん……」
こんなことなら、ずっとヤンデレのままでよかったかもしれない。そんな危険な考えに至るほど、俺には彼女の狙いがわからなかった。




