第51話 「しかし、そんな日々は今日で終わりだ」
糸唯ちゃんが転校した翌日。つまり、円花と特別デーについて話した次の日のことである。
すでに一日も半分以上が終わり、現在は放課後にあたる時間だ。
昨日は、今年の中で五本の指に入るくらいには、激動の一日であったといえよう。糸唯ちゃんの影響は計り知れない。
俺は、文芸部の部室の前で人を待っていた。部員の三咲ちゃんと、転校生の糸唯ちゃんである。
これは三咲ちゃんの指示だ。糸唯ちゃんが文芸部に入りたい、といっていたのを踏まえてのことであった。
なぜ、部室の前で待ちぼうけ状態なのか。 それは、糸唯ちゃんが転校して間もない時期であるからである。転校二日目で、すでに見知っている様子の人物、しかも異性がいるとなれば、あらぬ誤解をかけられかねない。無用なトラブルは避けておくべきだ。それが三咲ちゃんの主張であった。
「にしても、ここは寂しい場所だな……」
他の部活動の部室が近くにいくつかあるものの、他の場所に比べれば、ここらへんは人通りがそれほど多くない。それゆえ、白昼堂々、校内でゲームをしてもバレないのであった。
時間をもてあます必要は、それから数分後に消失した。
「お待たせしたのです」
三咲が来た。指に部室の鍵がついた輪をはめ、クルクル回している。
「大丈夫だ、三咲ちゃん。ヒーローは遅れてやってくるというじゃないか」
「それと今の状況って、何か関係ありましたか?」
「……なんとなくいいたかっただけだ!」
「せんぱいらしいです」
三咲ちゃんは、鍵を指先まで回しながら持っていき、真上に勢いよく飛ばすと、別の手で、落下してきた鍵を横からパッと掴んだ。
「お見事」
「なんとなくやりたかっただけ、ですよ」
「そういう日もあるな」
「ですっ!」
鍵の軌道を追っていくうちに、もうひとりの人物が三咲ちゃんの背後にいるのが見えた。
「こんにちは、祐志さん」
もちろん、糸唯ちゃんである。
挨拶と軽い雑談を経て、俺たちは部室へと足を踏み入れた。
「糸唯ちゃん、散らかってるけどあまり気にしないでね」
「あの、どうもゲーム機らしいものが見受けられるんですけど……」
「その通りです、あれはゲームです!」
「う、うーん?」
「祐志さんと、よくこれで遊んでいるんですよ」
「へぇ……」
困惑を隠せない糸唯ちゃんの様子を見て、俺はすぐに三咲ちゃんを呼んだ。正確には、無理やり肩を組み、糸唯ちゃんと距離をとった、というのが正しい。
「おい、何を余計なことをつらつらと。駄目じゃないか」
小声で三咲ちゃんをいさめる。
「あれじゃ駄目ですかね?」
「大駄目だ。糸唯ちゃんが求めているのは、ふつうの文芸部だ。断じて、まともに原稿も書かず、何気なくゲームをプレイしているような、そんな治安の悪いようなものは求めていないだろう」
「事実を伝えるのは重要ですよ?」
「時には隠蔽することも大事だ」
いずれにしても、糸唯ちゃんが来るとわかっていながら、ゲーム機を隠しておかない杜撰さには、反省の余地がありそうだ。
「……ともかく、余計なことはいうんじゃないぞ」
「大丈夫です! 私が変なことをいいそうになったら、せんぱいに後処理をお任せしますから」
「人任せじゃねえか」
いまさらじっくり作戦を立てられるわけでもなかったし、立てられたとしても、お粗末なものになるだろう。 そういった考えから、ここでコソコソタイムは終わりの時をむかえた。
「糸唯ちゃん、事実はさきほどの発言とは変わってくるんだ。というのもな、俺のせいなんだ」
「祐志さんの、せい……?」
「そうだ。我が家はゲームが置けないというのがしきたりでな。避難場所として、三咲ちゃんに置かせてもらってるんだ。もし発覚したとしたら、三咲ちゃんが責任を負うとまでいっているんだ。だから、あまり三咲ちゃんを悪く思わないでくれ」
「……わかりました」
我ながら嘘臭すぎる発言だ。説得力のかけらもない、どうしようもない主張ではあったが、勢いに流されたのか、糸唯ちゃんがゲーム機についてたずねることはなかった。
「さっそくですけど、活動内容を詳しく教えてもらえませんか? ざっくりとしかきけていないものですから」
「詳しくも何も。本を読んだり文章を書いたりしているだけです。それ以上もそれ以下もないのです」
「読んだり書いたり。なるほど。最近はどういったものを書いているんですか?」
「……」
三咲ちゃんは下をうつむき、糸唯ちゃんのことを見ることができなくなった。
部活紹介のために、三咲ちゃんが何かしらの対策を練っているであろうとばかり思っていた。どうも、そうではないらしい。
「綾崎さん?」
「残念ながら、それはまだ許されていないんです。入部後、一定の地位を獲得してはじめて、活動内容を詳しく知ることが可能なんです……」
「どういうことでしょうか」
「そ、それはね……」
しきりに視線が送られてくる。きっと、「せんぱい、ヘルプです!」という意味での視線だ。
残念がら、俺は三咲ちゃんをヘルプできそうにもなかった。
ゲーム機を見つけさせる失態を犯しているいる時点で、もはや文芸部の「リアル」を隠し通そうとする意思は、さほど強くなかったことくらいわかる。
結果はもうわかりきっているのだ。無駄な抵抗は徒労にしかならない。諦めるしかない。
「薄々、いや、もはやバレバレでしたけど、真面目に文芸部の活動をされていないですよね」
「「……」」
「いいんです、いいんです……期待していた私が悪かったんです。きのう、担任の先生からいただいた、部活動の案内。そこに、文芸部の活動日数が『不定期』と書かれているのを見て、事前にわかっていましたし。それに、それに……」
本気で残念がっている糸唯ちゃんを見て、俺の中で、申し訳なさが発現しだした。
俺や三咲ちゃんのように、本来の活動以外のために、部活を利用するものもいえる。
それ以上に、本来の活動をしたいがために、部活という名の門をたたく者がいる。入部後、情熱が持続するかどうかは別の話だが。
いずれにしても、活動したい意思のある者にとって、俺のような立場の者は、若干迷惑だろう。
「期待にそえなくて申しわけないが、事実として、この文芸部はまともに活動をしていない。放課後の溜まり場というか、雑談場所としかみなしていない」
たとえ今がそうだとしても。糸唯ちゃんが、しっかりと活動したいと望むのなら────。
「それは今日で終わりだ」
「せんぱい、何を突然……!」
「校則違反からは足を洗う。活動日数だって増やす。糸唯ちゃんが望むなら、文芸部の活動を本格化させようと思う」




