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第50話 「地獄に天使はいませんよ?」

 苦痛と後悔とが、俺の心を支配していた。


 軽はずみな決断が己の首を締めつけ、唸り声をひきだす結果となってしまったのは自業自得といえる。


 鎖を外された円花は、内に秘めた獣の本性をあらわにさせ、制御するのに長い時間を要した。


「ゆーくん、私は大満足です!」


 どんな猛獣も、激しく暴れ回れば、いずれ疲れのために動きを止める。そのため、現在の円花の様子は、さきほどまでとは大違いだった。


「それはようございましたね」

「これが毎日続けば天国のようですね!」

「地獄の間違いだ」

「地獄に天使はいませんよ?」

「堕天使であればいるかもしれんな」


 自らを「天使」と称するのは、いささかナルシズムを感じさせるが、円花らしい。


 つい「堕天使」などと呼んでしまったが、彼女のヤンデレチックな本性を鑑みれば、「堕天使」という呼び名はあながち間違いではなさそうである。


「ゆーくんはいつも手厳しいですね」

「堕天使は天使みたいなものなんだ、俺の中では。だから、むしろこれは褒め言葉だと思うのだが」

「素直に喜べませんよ」

「よろしい、ならば感性の違いで兄弟解散だな」

「ああうれしい、最高ですねー」


 棒読みであった。


「そうなると明日には家出かな」

「さっき何かいってました?」

「何ひとつきいていなかった……」


 スルーしてはいけないところでスルーしていた円花であった。


「それはともかく。次回の特別デーではもう少しわきまえてほしい」

「あれは健康的で文化的で最低限度の愛情表現なんですよ!?」

「どこ最低限度だよ」


 彼女の振る舞いが、自分の決定を、なかば後悔したくなるものであったことを思いだす。


 客観的に見て、あれを最低限度と呼ぶのはいささか無理のある話であることは確かだろうし、たとえ、円花が意見を強引に納得させようとしても、俺の主張に変化はない。


「善処します。ゆーくんの妥協しえるラインが特別デーですもんね。私も贅沢はいってられませんか」

「つねにそれだけ理解が早いと助かるんだがな」

「たとえ答えをわかっていても、それを口に出すかは個人の自由です」

「わかったうえでからかってるってわけか」

「冗談やユーモアの類がないとやっていけませんから」

「……」


 否定しきれなかった。そういったものがなければ、円花との関係はつまらないものになっていただろう、ということは安易に予想がつく。


 円花との、あのかけあいに近い会話を、俺は嫌っているどころか好んでいる節がある。まあ、コンビで漫才やってお笑い界隈の頂点を目指せるレベルではないだろうけど。


「まあ、転校生の到来は笑えませんね」

「おいおい。その件は、特別デーの設置とで相殺されんじゃないのか?」


 もしそうでないとすれば、わざわざ譲歩した意味は無に帰す。間抜けな選択をしたという結果だけが残ってしまう。


「相殺されていますよ、もちろん。私は、ただいっておきたかっただけです」

「転校生関連には絶対介入するなよ? 絶対だぞ?」

「もちろんです」

「フリじゃないからな?」

「わかってます」


 念押しをしておいたから、いったん安心していいだろう。しかし、さすがにやりすぎだったかもしれない。


 俺はどうも、女性関係の分野において、円花のことを信用しきれていないようだ。



 彼女には、調べられる手段がある。

 過去の失敗がある。

 これまでの振る舞いがある。



 これまでおこっていたことが、今後も同じようにおこるとは限らない。それでも、不安に思ってしまっているのだ。


 そんな中で、「円花に約束を破ってほしい」という類いの願望が、自身の意識の中でわずかに芽を出しつつあるように感じる。


 決め事を守ってほしい、という願いとは、いっけん矛盾しそうなものではあったものの、どちらも自分の願いであることに変わりはない。


 ……うむ、余計なことを考えすぎな気がしてならない。



 この論法なら、もはや、特別デーなど無為の取り決めであろう。半日、いや、数時間足らずで方針が変わった。これでは、浅薄な考えであったと否定されても仕方なさそうである。


 それでも、無意味なことではなかった、と信じたい。


 いずれにしても、思考のボールを机上で転がしていても、実際の答えに辿り着くことはできまい。


 転校生との絡みが生まれてはじめて、己の予想が、真であったか偽であったかの結果が判明する。


 むろん、コインのように、裏と表がはっきりとしているようなものではないかもしれないが。


「どうも、きょうの俺は疲れているらしい。先に眠らせていただこう」

「私の愛情を受けとったら、興奮で眠気が吹き飛びませんでしたか?」

「愛情のあたたかみに安らぎを感じたんだ。おやすみ」

「おやすみなさい!」


 円花に背をむけ、手を振っておく。


 どうも、きょうはこれ以上考えてもまとまりそうにないのだ。


 そんな中、円花に対して抱く感情が、やや変化の兆しを示しつつあることを、薄々勘づきつつあった。それは、自分にとって、さほどよい気分のするものではなかった。


「まあ、気のせいか……」


 頭を左右に振り、余計な考えを振り払う。


「ゆーくん、特別デーなので添い寝しちゃダメですか〜?」


 二階にいる俺のほうに、円花は一階から呼びかけてきた。


「俺が寝たあとに何されるかわかんないからパス」

「これでは特別感皆無じゃないですかぁ〜!」


 通常運行の円花であったから、俺は安心した。

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