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第40話 「というわけで、きょうは心霊スポットにいこうと思います!」

 夏休みという太陽が沈みかけてきた頃────すなわち、それは八月下旬のことである。


 日は瞬くように過ぎていった。長いようで短い休暇の命数は尽き、堕落や怠惰の日々は、ついに終わりを迎えようとしていたのである。


「夏、日差し、炭酸。この素晴らしい組み合わせを楽しめるのも、あと少しというわけか」


 八月下旬の某日、午後二時四十分。成竹祐志は、数個の氷が入ったカップに炭酸を注いでいた。冷蔵庫から取り出したばかりの炭酸の容器。その表面からは水滴がしたたっている。


 祐志にとって、この儀式は特別なものではなかった。夏の期間を経て、日々の習慣として根付いたのである。白羽円花がこれを(とが)めることはなかったし、祐志自身、やめようと思わなかった。


 限界まで注ぎ込まれた炭酸。カップの中で、白い泡が弾ける。それが収まってから、祐志は炭酸を喉に走らせた。


「たまんねえなぁ……」


 独創性の欠片もない感想ではあったが、炭酸の旨味を端的に表現するのに、これほど適した言葉はなかった。


 カップはすぐに空となり、また炭酸を注いだ。二杯目を飲みきると、祐志は目を瞑り、炭酸の余韻をじっくりと楽しんだ。


 …………と、俺は三人称風の食レポを愉しんでいた。


 たかが炭酸ひとつに食レポなんてくだらないが、これがそこそこ面白いんだ。なりきりは、まるで自分でないような感覚に陥らせてくれる。コスプレが廃れないのもよくわかる。


「私も飲んでいいですか、ゆーくん?」

「円花、いつからそこに」


 椅子に背を預け、感傷に浸っていた俺の左横には、白羽円花がいた。


「うーん。ちょっと前から、ですかね」

「まるで気配がなかったからびっくりしたよ。まるでゆうr……いや、なんでもないです」

「私は幽霊じゃないよ? あ。でも、幽霊と同じくらい、ゆーくんの背筋を凍らせる力はあるかもしれない」

「さらっと怖いことをおっしゃるな」


 今日は親父も夏蓮も仕事で出払っているから、俺と円花のふたりきりである。


 そういえば、夏休み中に親父たちがハネムーンでしばらく帰ってこなかったことがあったな。


 そのために生まれたふたりきりの時間によって、円花の奥底に潜む悪魔────ヤンデレ属性を呼び起こし、ふたたび恐怖のどん底にたたき込まれるかと思われたのだが。


 親父たちが家にいないことは、この夏休みにおいてさほど物珍しいことでもなかった。そのためか、ハネムーンだからといって円花のヤンデレが暴走することはなかった。


 まあ、契約書もどきまで作り、血判までして過度なヤンデレはやめようと取り決めた過去があるのだ。弁えるところは弁えているらしい。


「そういえば、今年はまだ本物の幽霊に出会ってない気がします」

「今年は、っていってるあたり霊感が強いのかな」

「ゆーくんが幽霊っぽいというくらいなんで、幽霊同士が惹かれ合ってるんでしょうね」

「根に持ってた!」


 ちょっと前の失言だから仕方ないが、こんなすぐに掘り返されるとは。


「心霊現象によく遭遇してるのは事実。毎年というペースで会ってるから、今年会えなかったら寂しいでしょう?」

「そういうものなのかな」

「はい。例えるなら、お正月のときだけ顔を合わせる、おちゃらけた親戚のおじさんみたいなものですよ」


 こう軽い感じで心霊現象についてのことを語っているあたり、それほど怖い思いはしたことがないのだろうか。いや、怖すぎる体験をしたからこそ、誰かに話したいという感情が芽生えることもあるわけで……。


「というわけで、きょうは心霊スポットにいこうと思います!」

「なあ、それいま思いついたんじゃないのか」

「いいえ? 一週間くらい前からですね。お盆のあたりで『お墓参りとか言ってないな』と思ったのがきっかけ、なのではないでしょうか」

他人事(ひとごと)じゃん。見え透いた嘘はついても無駄だぞ」

「……ごめんなさい。でも、毎年何かしらの形で肝試し的なものはやっています。実際そのたびに奇妙なことが起こっていますし」


 この発言の通り、円花が本当に霊感強い系女子だっとすれば、俺はマジもんの心霊現象を目にしてしまうかもしれない。


 幽霊とか妖怪とかの類は非科学的で、フィクションの世界の範疇だと俺は思っている。


 はてさて、それは俺の思い込みだったのか否か。この目で確かめてみるのも悪くなさそうだ。


「俺は幽霊信じない主義だ。だから心霊スポットなんて怖くねえ。いつでもいってやる」

「顔に怖くてたまらないって書いてますよ?」

「くっ……バレてた」


 そりゃ怖いよ。毎年心霊現象に遭遇するなんて、たとえ円花でもちょっと嫌だよ。俺まで霊感強くなったら困るし。


 だが。恐怖と好奇心がせめぎ合った結果、好奇心が勝っている。逃げるわけにはいかない。


「ともかく、その心霊スポットとやらにいってみるとしよう」

「ゆーくんはノリがよくて助かります」



 ……こうして、成竹祐志は心霊スポットへと足を運ぶことになった。


 このとき、成竹祐志には心霊現象を警戒する姿勢はあったものの、この後に起こる事件は予期しえなかった。


 いずれにしても、この後に起こる出来事が、白羽円花にショックを与えるものであったのはたしかである。

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