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第36話 「なにをうそぶいているんですか、成竹変態宣言ですか」

 一週間なんて、(まばた)きする間もなく過ぎていく。


 もはやいうまでもないが、地獄の日々は続いた。もはや代わり映えがしなさすぎるし、ここ何日間かのことをわざわざ描写する必要はないだろう。


 飽き飽きしてくる頃だと思う。俺も飽きてきた。勉強以外のことをしなければ、つまらないものだろう?


「よく間に合わせましたね」

「よく間に合ったと思うよ」

「さすがは私にお兄たんです」

「間違ってはないが違和感がすごいんだよ。いつから円花さんは妹属性を兼ね備えるようになったんだ」

「私の愛の強さのせいで、義妹という属性が薄まっていたのだと思います。ですから今後はどんどん妹らしさを出していこうと思いまして!」


 長い勉強という名の小旅行は、長引くばかりで終わりが見えない戦いだった。

 俺は疲れていた。もちろん、円花さんも疲れていた。


 ゆえに、円花さんのハイテンションが元からのものなのか、それとも深夜テンションによるものなのかわからなくなりつつある。


 現在、俺たちは二階の自室にいた。太陽はまだ高くない。カーテンの隙間から入り込む朝日が心地よい。


「妹らしさってなんだろうな」

「うーん……〝お兄ちゃん〟か〝お兄たん〟は必須ですよね。あとブラコン」

「ブラコンはフィクションだけにしとけよ」

「円花たんはお兄たんにとりあえずハグをしてほしいのです」

「俺のハグはそんなに安くないぞ」

「私がお兄たんの勉強につきっきりになった代価を支払ってもらいたいんです。お金と無償の愛、どちらがいいかわかりますよね」

「金とか生々しいものを出すもんじゃないよ」


 ここまで献身的に付き添ってもらって、なんのお礼もしっかりできていないのはよくないな。


「じゃあこれは、『円花さん、勉強ありがとう』のハグだからな」

「偉そうでうれしくないです。やっぱりお金に────」


 結局、テイク五くらいでようやくゴーサインが出た。残りの四回は、彼女のこだわりに反するようなセリフや態度だったらしい。


 円花さんが後ろから抱きつくような形だった。最近は激し過ぎるスキンシップが幾度となく繰り返されており、もはやハグくらい問題ないと思っていたのだが。


 朝一番に、円花さんを感じられるのは、いつもとは別のよさがあった。ただの水が、家で飲むのと砂漠で遭難したときに飲むのと違うようだった。


「朝からイチャイチャできるだなんて、祐志さんは幸せ者ですね」

「その分、命の危険を時折感じるという代償がともなうけどな」

「ハイリスクハイリターンというやつですか」

「半分正解で半分不正解というところかな」

「素直になってくださいよ」

「放送禁止用語が飛び出そうだ」

「しょ、正直になれとはいってません!」


 円花さんは俺の背中から体を離し、軽蔑するような眼差しで(にら)んだ。


「遠慮しないものいいが俺の長所だからノープロブレムだ」

「なにをうそぶいているんですか、成竹変態宣言ですか」

「アメリカ人権宣言みたいにいうなよ」

「……たしか祐志さんに人権はないんでしたっけ?」

「その話はもう掘り返さないでくれ」


 二階から下に降りると、もう親父と夏蓮さんは家にいなかった。


 そう。今日から一週間、俺と円花さんのふたりきりなのだ。


 とはいえ、冷静になって考えてみると、これまでの生活とさほど大差はないだろうことが判明した。


 昼間は仕事で親父か夏蓮さん、またはその両方が出かけていたし。仮にどちらも家にいたとしても、俺たちはずっと部屋にこもっているわけだからいないも同然だった。


 しいていうなら、家事全般をふたりで回す必要が生まれることくらいだ。


 朝食中におこなわれた議論の結果、食事・洗濯は円花さん、掃除・ゴミ出し・風呂洗い・皿洗い・その他諸々は俺という分担になった。これぞ男女平等の精神ではなかろうか……。異論は認めよう。あわよくば家事をスルーできたらいいな、とか思ってたから。男女平等主義者だったのは円花さんだ。


「ともかく。お兄たんも、円花たんと同じくらいには労働してくださいね」

「……円花たんって呼び方、気に入ってるのか」


 ややあって、彼女はおもむろに口をひらいた。


「フィクションっぽい妹を演じるのが性癖なんです。現実では叶わなそうなので、脳内完結するのが妥当だと悟っていたはずなんですがね」

「円花たんの場合、現実でもふつうにやれそうな気がするんですけど」

「こんな言葉をかけられるような結果になるなんて、まことに遺憾に存じ上げます」

「円花さんって、俺のことに関しては誰よりも詳しいのにな」

「自分自身のことがわかっていたら、哲学者なんて生まれてませんよ」

「それは詭弁じゃないか」

「自分のことは自分が一番よくわかる、あれって私は嘘だと思ってるタイプの人間なので」


 これ以上とりあっても無駄だと悟ったので、ここで会話を終える。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 円花さんも、俺に続いて皿を流しに置いていった。置かれた皿を次々と洗っていく。皿なんて、洗うのはいつぶりだろうか。


 親父とふたりで暮らしていたときは、コンビニ弁当や即席麺なんかで済ませることが多く、皿を使う機会が多いわけではなかったのだ。せいぜい一緒に食えるときに使ったくらいか。


 毎度のごとく、


「皿洗いは大黒柱の担当だ。皿洗いはお前には譲らん」


 と、娘を結婚させたくない父親のようなセリフを吐いていており、皿なんて洗う機会があまりなかった。


 この一ヶ月で、生活ががらりと変わったことを、俺はしみじみと感じた。


「なんだか楽しそうですね。笑みが溢れていますよ」

「昔を思い出していただけだよ」

「過去を振り返ってもそこには過去しかありませんよ。現在(いま)にあるのは現在(いま)だけです」

「名言っぽいけど、同値なことしかいってないよね。そういうのをトートロジーというらしい」

「いちいち細かいことを指摘してると女の子にモテませんよ。それはそれで好都合ですがね」

「円花たんは嫌じゃないのか?」

「お兄たんがいうことは、たとえどんなことでも円花たんはうれしいんですよ?」


 ……いつの間にか妹キャラと円花たん呼びが定着しそうな勢いだった。

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