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第30話 「ハグですがなにか?」

「では、英語の課題から消化していきましょうか」


 家庭教師と化した円花さんは、俺の自室でそう宣言した。例のゲーミングチェア(拘束されたときのアレ)に座りながら。今回はひとつ結きの髪型だった。勉強するときに邪魔にならないという。


「英語からで大丈夫なのか」

「だって他の教科は、もう教えることがないので」

「師匠を越えた弟子みたいじゃねえか」


 実際は真逆だ。英語以外の教科は、教えるのが下手すぎて教えることがないんだ。


「じゃあ、家庭教師のバイトで高校生に教えるってなったらどうするつもりだ? もちろん英語以外で、だぞ」

「誠心誠意頑張ります」

「精神論でいける気がしないんだけど?」

「やらざるをえなくなったら、できるように準備しますよ」

「俺にも同じように他教科も教えていただきたいものだよ」

「……ともかく、英語から潰しますよ」


 スルーされてしまった。


 付きっきりで見てもらうのも申し訳ないので、円花さんは円花さんで別の課題をやってもらっている。追加でもらったというものらしい。どこかの学校の入試問題らしい。


 勉強に飽きてきた頃、彼女が背筋を伸ばしているタイミングを見計らい、はなしかけてみることにした。


「円花さんは目指している大学とかってあるんですかね」

「どこでもいけそうなので迷っています」

「さらっと頭いいアピール」

「事実ですから」

「否定とか謙遜とかはないんだ」

「ですから祐志さんがどこの大学にいこうとも、私は一緒に通えるということです」

「円花さんの志望校=成竹祐志の志望校?」

「当たり前じゃないですか!」


 まじすか。高校はともかく、大学まで同じところに。


「お願いだから自分というものを持ってほしいな」

「私と祐志さんは出会ったときから一心同体ですよ」

「……そうだっけ?」

「ですから祐志さんには勉強を頑張ってもらわないと困ります。有象無象の大学になんていきたくありません」

「かなり多くの大人を敵に回していると思うよ」

「連帯責任なので、祐志さんも大人の方を敵に回していることになりますよ」

「都合のいいときだけ一心同体を主張するな。責任転嫁されても困るだけだ」


 すぐさまスイッチが切り替わり、これまでのおしゃべりがなかったかのように、円花さんは勉強を再開した。メリハリがしっかりしすぎだ。


 勉強しているときの円花さんは、きりっとした顔立ちになる。ふだんとは大違いだ。煩悩に支配され尽くされているだろう、ふだんとは。こちらの様子が目に入っていないかのように、目の前の課題に集中している。


 引き締まった唇。真剣な眼差し。問題を(めく)る、日差しをしらない白みを帯びた手。前傾姿勢になっているために、ためらいもなく晒されるうなじ。どのパーツをとっても美しいことに変わりはないのだが、惜しむらくはそのヤンデレチックな性格で────。


「祐志さん、なにか質問でもありましたか?」

「いいや、別にそんなことじゃないんだ」


 つい、見惚れてしまったらしい。


「勉強している私にドキッとしちゃいました?」

「そ、そんなわけないだろ! お仕置きされてからは恐怖しか感じてないからな!」

「素直じゃないですね……」


 そういうと、円花さんは立ち上がってこちらの背後に回り込む。


「ほら、体は抗えないんじゃないですか?」


 左頬のあたりに、円さんの顔が接近する。腕が回されていく。


「なにしてるんです、円花さん!」

「ハグですがなにか?」

「心の準備もなしにやられるとびっくりするじゃないですか」

「せっかく私からのご褒美だったのに……」

「ご褒美?」

「一週間も、他の女の子との間で変な動きをみせなかったご褒美ですよ」

「あーうれしいな、うれしいな」

「全然喜んでませんね! ほら!」


 円花さんは少し背伸びすると、椅子と背中の間に彼女の双丘を挟み込んだ。俺の背中を椅子側まで引きつけると、彼女は自身の体を前後に揺さぶり、それを押し当てた。


 く、自転車の二人乗りじゃないと味わえないような感触……。


 こちらだって、体は正直なんだ。つい硬直してしまうし、色々と意識してしまう。


 かろうじて、「うおおお! 円花さんの胸は最高だぜぇぇぇぇ!」なんて下衆な発言はせずに済んだけれども。


「うれしくないと否定することはできないと思うな、これは」

「喜んでもらえたなら結構です。夏休み中も、他の女の子とイチャイチャしないように頑張ってくださいね!」

「ああ、そうだな」


 ほぼトランス状態の俺は、つい彼女の発言を了承してしまった。


「じゃあ、これからの勉強はやる気百倍で頑張れますね? 二十四時間働けますね? あ、もちろんご飯やお風呂の時間は除いた上で、ですけど」

「さすがにそこまでは……」

「もっとご褒美が必要でしたか」

「違うんだ、そういうことじゃあない! 二十四時間とまではいかないが、頑張るから!」

「信じていますよ」


 ……あれから、俺はぶっ通しで勉強した。今日は勉強以外なにもできなかったといっても過言ではない。もう受験生くらい勉強したんじゃなかろうか。倒れるように眠りについたと思う。


 このペースで、果たして一ヶ月持つのだろうか。俺のあずかりしるところではないがな。

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