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第24話 「間違えたよ、無慈悲の騎里子だ」

 外が暑くなってくると夏になるのか、夏になると外が暑くなるのか。

 鶏が先か卵が先かって話だが、そんなことはわからない。


 ともかく、夏はやってきた。なんせもう七月も半ばである。時の流れは早いものだ。


 親父と夏蓮さんが籍を入れたのが七月上旬。そのころは、まだ夏らしさが垣間見られなかった。雨の日もそれなりにあったし、日差しも例年に比べればきつくなかった。


 暴風雨が通り過ぎたあたりから、急に夏が本気を出してきたんだ。照りつける日差しのせいで、登校するだけで一苦労である。


「やぁ、ユージ。気分はどうだい?」


 朝のホームルーム前、いつものように翼がはなしかけにやってくる。


「なんだよ翼。その英語の和訳みたいなセリフ」

「せっかく小学校の英語の時間は『How are you?』の会話だけに極振りしていただろう。それなのに使わないとは損じゃないか」

「……そもそも英語じゃん」

「英語を使う機会なんてほとんどないだろう? まさか道案内で気分をたずねるとでも?」

「だね」


 ガチで疑問なのだが、


 A:How are you?


 B:I’m fine. Thank you.And you?


 A:I’m fine,too.


 と


 A:NIce to meet you.


 B:Nice to meet you,too!


 の会話だけしかやらない小学生の英語の時間はなんだったんだ。退屈すぎていつも転校生のことばっか教科書の裏に書き込んでいた記憶が蘇る。


「おはようございます」


 会話の最中、円花さんは教室に入ってきた。人がまばらで、よく声が響く。


「おおー、白羽さんおはよう」

「おはよう円花さん」


 足を止めることなく、彼女は自分の席にいってしまう。

 これでいいのだ。学校では隣の席の女子、それ以上もそれ以下もない。


「いやぁ、今朝もかわいいもんだね、白羽さんは」


 円花さんが離れたのを見計らい、翼が小声でつぶやく。


「彼女持ちがなにいってんだよ」

「彼女持ちはかわいいものをかわいいという資格すらないと、そういいたいのかな」

「円花さんに乗り換えようとか思ったら承知しねえからな」

「隣の席の女子が誰と付き合おうと関係な……いや、祐志としては転校生をとられちゃたまったもんじゃないか」

「まあそんなところかもしれないな」


 円花さんは怖いところもあるけど、遠く離れてしまってほしくはない。わがままだがそう思ってしまう節がある。


 義妹とかそういうのを抜きにして、理想の転校生は理想のままでいてほしかったりする。彼氏がいたら幻滅……まるで推しにガチ恋してる人じゃねえか。たち悪すぎだろ。


「そんなに好きなら付き合えばいいんじゃねえか?」

「付き合うとかそんな軽くいうなよ」

「だって、見てる感じ仲良さげじゃん。脈アリじゃないか」

「仲が良いのと付き合えるのは別問題だ、って誰かさんが熱弁してた気がするな」

「誰かさんってどこにいるんだろうなぁ」


 もはや円花さんは脈アリとかのレベルじゃないよ。もはや血が巡りすぎて心臓がオーバードライブするレベル。一周回って体に悪そうだ。


「ふーん、なんだか楽しそうな話をしてるじゃない」

「うわぁ、不死身の騎里子」


 これまで教室の外にいたようで、姿を見ていなかった。帰ってきた途端にこちらのことを嗅ぎつけてきた、というところだろうか。


「いつから私は吸血鬼やゾンビと同類になったのかしら」

「間違えたよ、無慈悲の騎里子だ」

「どちらにせよ鉄拳制裁が必要みたいね?」

「暴力なんて時代錯誤はなはだしいぞ」

「別にいいわ。ユージに人権はないもの」


 騎里子はただ殴りたくて仕方ないのだ。口実を見つければ四六時中殴ってくる気がする。


「人権を失った覚えはない」

「私が買収して傘下に入っていなかったかしら?」

「会社かよ」

「力関係だと私の方が上、というのは少なくとも共通しているわ」

「……ごもっともだな」


 俺に勝てる相手ではないよ、騎里子は。口でも体でも。


「で、ユージは誰と付き合っているのかしら? 幼馴染なんだからちょっとくらい教えなさいよ」

「ぜったい教えてやらなええええええ!」

「ぜったい教えなさぁあいいいいいい!」


 だめだ、ムキになってしまう。どういうわけかあいつの要求だけは飲みたくないし、すぐ否定したくなるのだ。


「ああぁぁん? 喧嘩でもしたいのかしら、ユージ」

「しないよ?いやいや、近い近い近い近い」


 喧嘩のひとつやふたつ勃発しそうな勢いだ。額がぐいぐい迫ってきて、そのまま襟をグイッと持ち上げられそうである。

 顔と顔との距離はもう十センチもなさそうだ。


「……おふたりとも、やめてください!」

「「!!」」

「幼馴染同士でいちゃつきたくなる気持ちもわかりますが、ここは教室ですよ! (かまびす)しいにもほどがあります!」

「そりゃそうだね、円花さん。怒るならこの騎里子さんを……」

「バッカじゃないの? あんたよ、あんた。ユージが隠すから」


 さらに顔が近づく。懐かしくもあり、落ち着きもする騎里子の匂いが鼻をつく。

 ふと目があってしまい、数秒間の沈黙が生まれ────。


「こっち見るんじゃないわy……ってきゃっ!」


 前に踏み出そうとした騎里子が、バランスを崩して前に倒れてくる。顔が間近だったので、このままいけば額と額が衝突してしまう。


 いや、それよりも大きな問題がある。


 唇との距離が、もう数センチしかない。これが当たって、ファーストキスになったら洒落にならない。


「申し訳ないが、避けさせてもらう!」


 反射神経を発揮し、旋回する。唇をかわせたら、倒れてくるのを押さえようと思ったのだが。


「……ッ!!」


 柔らかくてハリのあるものが、頬をかすめたような気がする。

 深く考える間もなく、俺は倒れてくる騎里子を支えた。


「少しかっとしすぎたわね。こ、これからは気をつけるわ」

「わかった、わかったからもう手を離していいか? 思ったより重かったんだけど」

「レディに重いだなんて禁句よ。ユージは最低の男ね」

「恩着せがましいことをいうようだが、騎里子には感謝の思いはないのか?」

「ちょっとはあるわよ」


 声のボリュームを落とし、耳元でささやく。


「でも、今回は別。事故とはいえ、私の唇が触れるなんて……」


 騎里子は頬を赤らめていた。


 そういえば、あの様子を円花さんも見ていたはず。

 どうする? 浮気現場を見られた夫同然じゃないか。


 やだ、このまま放課後まで待ちたくない。待ちたくないよ………。

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