第19話 「結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい」
焼肉は世界一美味い食べ物だと思う。もちろんカレーや寿司・ラーメンと一位タイの、だ。
ホットプレートで肉も野菜もこんがりと焼き上がっていき、ジューッと水分が蒸発する音が食欲をそそる。湯気がたちこめ、 食欲をあおっていく。
親父がとりわける役だった。金属へらで野菜と肉をかき混ぜ、次々に個々の取り皿に盛り付けていく、さすがは〝男の料理〟の生みの親、息子に〝男の料理〟の真骨頂を見せた。
「大輔さん、盛り付け方が汚くはないですか? ぼろぼろ机にこぼれてますよ」
「いや、これは〝男の料理〟だからな。野蛮さと適当さと焦げの強さが、見事に絡み合い、うまさが引き立つのだよ」
「親父、〝男の料理〟って醜くないか? ただの言い訳にしかなってないあたり」
「それはいわないお約束だぞ。黙っていなさい祐志」
「……」
そして黙々と食い続けて数分後。
「ほんとうに黙らなくていいから、な?」
白羽ファミリーがどっと笑った。
さて、一悶着ありながらも、焼肉パーティーは終わった。
今回はタレをつけていただいた。肉を噛み締めるたびに溢れる肉汁が、うまさを引き立てた。野菜もみずみずしく、暑くなったこの季節にはぴったりだった。
片付けを終え、ソファでひとやすみでもしようと思っていたのだが……。
「祐志さん、このあとお時間ありますか?」
「あるっちゃあるけど」
きっと自分の顔は引きつっていることだろう。さきほどの狂気に満ちた円花さんが脳裏によぎってしまったのだ。これが親父や夏蓮さんに見れらなくてよかった。ふたりが皿洗いをしてくれていてよかった。
「嫌、でしたか?」
「そんなことないよ。いったい何をするのかなぁ、ってね」
「祐志さん、それははじまってからのお楽しみというものですよ。さぁ、いきましょ?」
円花さんは、親父と夏蓮さんに「勉強するので二階にいきますね。あと祐志さんも」と理由をでっちあげ、俺を二階へと連行した。僕の背中をぐいぐい押すものだから、断るわけにもいかなかった。
案内されたのは、円花さんの部屋。床にはトランプが散らかっている。変態みたいであまりいいたくないが、円花さんの残り香が部屋中に漂っていた。甘くて心地の良い香りだった。
「さきほどは失礼しました。私も少々やりすぎたと反省しています。一度火がつくと、暴走して止まれなくなるんです」
「そんなに気にすることじゃないよ」
「本当ですか?」
めっちゃ気にしてます。超気にしてます。心の底から気にしています。三回同じことをくどくどいうくらいには気にしています。
「それならよかったです。でも、あのことは忘れてもらえるとうれしいです」
そういうと、円花さんは姿勢を正した。
「本題はここからです。ようやく、お母様と大輔さんが籍を入れられました」
「そうだな」
「祐志さんと出会った日、私は『今日から私が祐志さんの義妹です!』と高らかに宣言していましたが、嘘をついてしまいました。すみません」
「いいよ、そればっかりは仕方ない。俺だって、まさか今日まで届けを出していないとは思いもしなかったからさ」
「というわけで、もう一度いわせてください。今日から私が祐志さんの義妹です!」
俺の中では、円花さん=義妹という等式がとっくに成り立っていたから、今日から正式に義妹です! といわれても、あまり実感がわかない。というかあまり変化もないはず。
「……さて、もう私たちは兄妹です。これでもう、しがらみはありませんね」
「うん? どういうことかな?」
「ですから、私たちはもうクラスメイト以上の関係になったわけじゃないですか」
「そりゃそうだ」
「しかも私が祐志さんの義妹じゃないですか。ということは、兄との禁断の恋が成立するわけです。よくないですか?」
「さらっと兄妹愛を認めるなよ。世間から白い目で見られるぞ」
「血も繋がってないですし、義妹だとわからなければただの恋愛じゃないですか」
くっ……! そのことを忘れていた。
兄ー妹間での恋愛は世間的にアウトだ。これはガチの禁断の恋である。愛さえあれば関係ないとかただの詭弁だからね。なんの理由にもなってない。
ただ、義妹となれば話がガラッと変わってくる。
兄ー義妹だと、実は結婚ができるらしい。だから、禁断の恋でもなんでもないのだ!
それに。先述のとおり、円花さんが義妹でないとしらなければ、「お、クラスメイトとお付き合いしたんだ。よかったね(ニコッ)」。その先は「クラスメイト同士の結婚なんてロマンがあるよなー」なんて目を細めながらいってくるかもしれないのだ。
「というわけで、祐志さん……いえ、ゆーくん。私と、結婚を前提にお付き合いしませんか?」
「ちょちょっちょっちょっちょっと待ってね円花さん。うーん、起承転結の承と転が大幅にカットされてるんだけど。もはや漫画なら読む前に最終巻のオチいわれるようなもんだよ」
「ちょっとなにをいいたいのかわかりかねます」
どうする……俺は転校生が大好きだ。ノート十冊がすべて『好き』の文字で埋まるくらいには、心の中で思っただろう。
しかし、それはあくまで〝転校生〟という属性に対しての愛だった。頭の中で完結するイメージだった。
イメージ通りの円花さんが、現実にいるのはもはや奇跡としかいいようがない。結婚したいんじゃないのか、中学生の卒業アルバムに『転校生と結婚したい』的なことを書いていた俺。
でも。それがヤンデレとなれば話が変わってくる。エスカレートしていけば、命に危険を感じるものになるかもしれない。ヤンデレは犯罪と紙一重の存在なんだ。その綱渡りをしているから、かろうじて萌えることを許されているんだ。
現在の時点でもう手遅れなのだ。付き合い始めでもしたら、結婚なんてしたら────。
「とにかく。俺はその提案を受け入れない」
「え……? なにがいけないんですか。私はなにがいけないんですか?」
「まだ、こちらの決心がついていない。そんでもって、やっぱり血が繋がっていないとはいえ、兄妹間での恋は気が引ける」
義妹とか別に関係ねえし! といっていた過去の俺とは。まるで真逆の発言である。
「私の愛は祐志さんの想像以上ですよ? これ以上の相手は一生現れないと思いますよ? それでも断るというのですか?」
「だからこそ、この場の勢いに流されて承諾するのが嫌なんだ。しっかり考えた上で答えを再度出したい。もう答えは出ているようなものだけどね」
「さすがはゆーくん、私にことを思って……!
感涙にむせぶ円花さん。泣くほどのことでもない気がするのだが。かなりのガチ泣き。
「でも、これだけはいわせてください。ゆーくんが怖がるのを承知の上で、です」
「わかった、心してきこう」
「ありがとうございます。ああ……もう我慢できません。でちゃいます、激しいのがッ……あぁん!!」
やめなさい、傍から見ると、俺と円花さんが(ピー)してるようにもきこえてしまうじゃあないか。
「では、いきますよ……」
口元が耳に近づく。吐息が、絶えず耳元をくすぐる。溶かされてしまいそうな、優しくて甘い吐息だった。
「お母様たちにきこえないように、耳元で言いますね。では」
……ゴクリ。
「ゆーくんと────
結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したい結婚したいッ……!」
はい。円花さんの狂気レベルが爆上がりました。
「スッキリしたか?」
「いっぱい出ました……」
「わざといってない?」
「ん? なんのことでしょうか」
しらばっくれる円花さん。
ああ、どうしよう。お淑やかな転校生────白羽円花、つまり俺の義妹は。
結婚をせがんでくるヤバいやつだったんだが。
ふと電池が切れたかのように、また泣き出す円花さん。
「おいおい祐志。円花君を泣かせるとは、いったいナニをしたんだね? まさか(ピー)か? 『我慢できない』『出ちゃう』とかうっすらきこえたんだよな。ダメだぞ祐志。まだそういうのは早いぞ」
いつの間にかこの部屋に上がり込んでいた親父。
「誤解だよ親父、そういうのが一番よくない」
「大丈夫だ。夏蓮にはヒミツにしておくさ」
……誤解は晴れる気がしない。
一章完結です。
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次回は登場人物の紹介をやります。




