第11話 「何かよからぬことを考えていませんでしたか?」
◆◆◆◆◆◆
人間というものは、不確定なものに惹かれる傾向があるらしい。
賭け事だって、勝つか負けるか最後までわからないからハマる人が続出する。
それと同じように、怪奇現象だって、本当がどうかわかんないから盛り上がる。
「祐志さん、夕飯ができましたよ〜」
「ああ、うん」
「どうかしましたか? 何かに怯えているようですが」
「ちょっと疲れただけだから」
怯えているのは、円花さんの部屋から女の人の声が聞こえたせいだ。
あれはいったいなんだ。「幽霊のせいだよねっ!」というのはあながち間違いではない気がする。こればっかりは説明がつかない。
「今日はチーズinハンバーグですよ。大好物なんですよね」
「そうだよ、確かにチーズinハンバーグは好きな食べ物トップテンに入るくらい好きだよ、でもさ……」
「でも?」
円花さんは俺がチーズinハンバーグを好きだと知っているのか?
一度も教えた覚えはない。どういうわけか、好きなお菓子の銘柄までビンゴだったよな。
「僕の好きな食べ物を教えたことはあまりないんだけどなぁ。不思議だな。まるで徹底的に調べ上げたみたいだな……あくまでたとえ話だけどね」
「ソースはどうしますか」
完全にスルーされた。
「オーロラソースで」
「実はもう作ってあるんですけどね」
「なぜきいたし」
「別のソースがいいといわれるかもしれないじゃないですか」
「そりゃそうだな」
ここまでの流れを鑑みると、鈍い俺でも気づくことがある。
その一。円花さんが、俺の好みから性癖まで、くまなく把握していること。
その二。まだ発現していないだけで、奥底には危険な性格を眠らせているかもしれないこと。
二つ目に関して、はっきりいってしまえば。
──────ヤンデレ。
俺の転校生に対する愛情も病的といえるかもしれないが、円花さんは俺とはまた別物らしい。
ノートに「好き」を数百回も高速で書いてしまうような人だ。もはやあれは呪いの文字列だった。悪霊にでも取り憑かれているんじゃないかと思った。
でもいまは、彼女の意思でやったことだと疑っている。
あれが彼女なりのメッセージを伝える方法だったんじゃなかろうか。
ここまで俺の好みについて詳しいのも、「ヤンデレだから」と説明すれば都合がよさそうである。また、円花さんが俺の理想に限りなく近いのも、彼女が俺の理想を知っていて近づこうとしているから、と考えれば納得がいく。
「う〜ん、やはり私の料理は最高ですね。自画自賛ですが」
「めっちゃ美味しいから自画自賛したくなる気持ちもわかるよ。俺の好みドストライクだ」
「ゆーk……祐志さんに喜んでもらえて、義妹の私はうれしすぎて舞い上がってしまいそうです」
「そんなことで喜んでると、もっとうれしいときに困るんじゃないかな」
「ふだんから喜び慣れていないと、本当にうれしいときに困りますよ?」
「なるほど、逆もまた然りってことかな」
うまくいきすぎていることには、必ずウラがある。
もし本当にヤンデレだとしたら。俺は円花さんのことを好きであり続けられるだろうか。愛の重さに辟易して、嫌いになってしまったりしないだろうか。それが恐ろしい。すでにそうなりそうな予感はしている。
せっかく千載一遇の理想的な転校生に出会えたのだ。ここで拒否したら次はない。
俺たちはハンバーグを平らげた。お茶を飲み、少し食卓でくつろぐ。
「祐志さんって、叶えたい夢とかはあるんですか」
「夢、か……どうだろうな」
理想の転校生が来ますように、というのが、十年ほど抱き続けて夢だ。誰かがいっていた言葉を思い出す。「夢を達成してからがスタートだ」、と。
転校生が来ないかとばかり思っていて、「来たらどうするか?」までは深く考えていなかった。漠然と、「付き合いたいなー」とか「結婚してー」というようなくだらない妄想をしていたにすぎない。だから、理想の彼女を目の前にしても、何をしたいかハッキリと思い浮かばない。
「もう、ないかな。昔はあったけど、いまはない。円花さんは?」
「祐志さんって、私の座右の銘って覚えていますか」
「たしか、〝初志貫徹〟じゃなかったっけ」
「その通りです。一度決めたことを、最後まで貫き通す。なので、私の夢は、ずーっと同じなんですよ」
「どんな夢なんだ?」
「それは────まだ祐志さんには教えてあげません。覚悟ができたらしようと思います」
「卑怯な手を使うんだね」
「祐志さんだって答えてくれませんでした。おあいこ、ですよ。それに、他人に大ぴらにはなすような、崇高なものではないですし。さぁ、食器を片付けましょう。提出課題があったはずなので、すぐやりたいじゃないですか」
「あぁ、忘れようと思っていたのに……」
課題、とかいって俺を現実に引きずり戻そうとする円花さん。
「やらないとお仕置きしちゃいますよ。嫌ですよね、お仕置き?」
指をポキポキ鳴らす。やはり、母の背中を見て育ったのだろうか。見かけによらず、体術に長けていたらどうしよう。
「でも、円花さんなら……」
「何かよからぬことを考えていませんでしたか?」
「断じてない。ちゃんと課題やるのでお許しください」
「許しましょう。祐志さん、絶対サボらないでくださいよ。絶対ですよ。フリじゃないですよ」
「ということは……?」
「今回は大マジの方です」
再度指が鳴る。
「さ、勉強しようかな〜」
空になった皿を流し場に運び、残った食材を片付けてから二階に行く。
課題を用意する、その後、真先にはじめたのは課題ではない。
「推理をするには情報が必要だもんな」
新しいノートの一ページ目に、タイトルを書き出す。
白羽円花のことについて。これを記し続けることで、円花さんに覚える不信感もろもろの要因がわかるかもしれない。正体さえ分かってしまえば、なにも怖くないのだ。
俺はこれまでの懸念事項を洗い出し、ノートを閉じた。




