第1話 「先生、成竹くんが感極まって気絶しましたッ!!」
「祐志、いいニュースといいニュースがある。どっちから聞きたい」
「前者のいいニュースから頼むぜ、翼」
早朝の教室。友人の翼は、俺にどこかで聞いたことのあるようなセリフで訊ねた。
「ああ。英単語テストの追追追追試が来週に延期になった。範囲は変わらないが、問題数は減らしてくれるって。次はないそうだ。さすがに本気出した方がいいぞ。前者はこんなところかな」
「後者は?」
「転校生が来るらしい。以上」
「ま、まままじすか? 転校生? てかなんでそんなに軽く流すのん? 俺が転校生限界オタクだってわかっての発言?」
生まれてこのかた十数年。俺────成竹祐志は〝転校生〟 に対して至上の愛を抱き続けてきた。
誰しも、自分のクラス(ないしは学年)に転校生がやってきた経験が一度くらいはあるだろう。
担任が「今日から新しいクラスメイトが増えます」といった瞬間、少しはワクワクしたんじゃないだろうか? 少なくとも俺はそう思う。
俺が転校生という存在を初めて知ったとき。俺は雷に打たれたような感覚に陥った。そして、悟った。
きっとこれから先、転校生に勝るものは現れないのだろう、と。ちょうど四歳のときだったのを今でも覚えている。それだけ、俺にとっては魅力的だった。
何気ない日常に、突如として入り込んでくるのだ。誰が来るかわからない。ドキドキが止まらない。それに気づいたときにはもう虜だった。
幼稚園の卒園アルバムでは『すきなひと:てんこうせい!! ひとこと:てんこうせいがこないのはなぜですか』
小学校の卒業アルバムでは『好きなもの:転校生 嫌いなもの:転校生が来ないこと』
中学校の卒業アルバムでは『将来の夢:最後は颯爽と現れる美少女転校生と付き合って結婚すること みんなにいいたいこと:もう転校生なんて来ないだろうから高校行きたくないわ』
……この通り、俺は〝転校生〟という存在に囚われ続けた人生を送ってきた。来る日も来る日も「転校生来ないかな……」ということばかりが脳裏をよぎったんだ。そうとなれば、毎日のように、「転校生が来ますように」と神社やらなにやらに通い続けるのは必然のこと。俺はひたすら祈り続けた────。
しかし、一度として転校生がやってくることはなかった。
…………なんで!?
一人くらい来るだろうと思ってたのに、誰一人として来ることはなかった。何がいけなかったんだろう。日頃の行いは……よくなかったかもしれない。
時は流れ、ついに俺は高校二年生の六月を迎えてしまった。
もう転校生の到来を半ば諦めていたというのに、翼が、とつぜんあんなビッグニュースをふっかけてきたわけだ。
俺の頭の中は転校生でいっぱいだ。
「マジだ。担任が前もって教えてくれたよ。今日来るんだとさ。しかも女の子らしい」
「……それを最初にいってくれ」
転校生オタク十年余りにもなると、理想の転校生像が出来上がっている。
お淑やかな雰囲気の、庇護欲をそそるような美少女。
よもや、こんな理想を満たす転校生なんて来ないことくらいわかっている。それでも、理想は高い方がいいじゃないか。
「かわいいのか?」
「わからない。まあ、すぐにはっきりするよ」
もしかしたら、満たされない生活がついに終焉を迎えるかもしれない。呪いのように付き纏ってきた、転校生へ恋焦がれる思いが晴れるかもしれない。そう思うと、俺はうれしくてたまらなかった。
「どうかパッとしない子だけは来ないでくれ……くわばら、くわばら」
「『くわばら』なんていう男子高校生って絶滅してなかったんだ……いい子が来るといいな」
「多くは望まないから超絶美少女カモン」
「下心が透け透けなんだよ」
ややあって、チャイムが鳴った。俺は席に着く。浮ついた気持ちを抑えようとしても、抑えられそうになかった。
ホームルームはいつもと同じ流れだったが、最後で流れが変わった。
「みんなには伝えていなかったが、今日からこのクラスに転校生が来ることになった」
クラス中が大騒ぎだ。当然の反応だよな。まさか高校で転校生が来るとは思っていなかったからな。
「白羽、入っていいぞ」
「し、失礼します」
引き戸が開かれ、白羽と呼ばれた生徒が教室の中に入った。
「今日からクラスメイトになる白羽だ。さっそくだが、自己紹介をお願いしていいか」
こ、この子は──────。
醸し出される上品な雰囲気から、生まれの良さが感じられる。シンプルな黒髪ロングで、少し小柄な体躯。顔はこれまでに見たことがないくらいに整っている。それはまるで小動物のようで、庇護欲を唆られる。
「し、白羽円花といいます。家族の事情ではるばるこの輝院高校へ入学することになりました。ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします!!」
拍手が耳に入ってくる。俺はただ、茫然と白羽円花に見惚れる他なかった。
「まだ緊張しているだろうから、あたたかく受け入れてやれよ」
ホームルーム終了のチャイムが鳴る。
「白羽の席だが……そうだな。成竹」
担任は俺の方に向かって指をさしてきた。
「はへ?」
「成竹の隣が空いてるから、そこに座ってくれ」
「わかりました」
白羽がこちらに歩み寄ってくる。
真新しい通学鞄を机に置き、席につくと
「成竹くん、でしたよね。どうぞよろしくお願いいたします」
ご丁寧にピシッと礼をしてきた。
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
ようやく、現実が飲み込めてきたぞ。
念願の転校生が、うちにクラスにやって来た。それも、俺にとってドストライク────お淑やかな雰囲気の、庇護欲をそそるような美少女────な子が。
あろうことか、俺の隣の席だという。
……これは夢なのか? もし現実だったら今日死ぬんじゃないのか?
俺のために用意されたような、この上なく素晴らしい境遇。それを目の前にしたとき、俺は歓喜に震えるのを越えて。
「マジでヤバいって……」
雷に打たれたかのごとく、意識が遠のいていく。そして、机に突っ伏すように倒れた。
「先生、成竹くんが感極まって気絶しましたッ!!」
「ど、どういうことだ? とにかく、まずは保健室に……」
ここまで読んできただき、ありがとうございます。
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