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作者: 真堂チー太

 旅行客で賑わう空港。

 その広いロビーで僕より少しばかり小さな女の子が俯いて泣いているのを、僕は見つけた。だけど他の旅行客は彼女に話しかけようともしない。

 理由は一つ。

 彼女が、白い肌で、ブロンドの髪をした外国人だから。

 誰も外国語なんか話せないのだ。だから見て見ぬふりをしてその場を通り過ぎる。

 当然僕も外国語なんか話せないが、それでも彼女のことが気になって気付けば話しかけていた。

「あの……」

 彼女は目を潤ませて僕の方を見つめる。

 言葉なんて通じるわけがない。それでも一人孤独でいるよりはいいだろう。

「どうしたの?」

 僕が日本語で話しかけたので、彼女は再び泣き出しそうになる。

「えっと……」

 どうにかならないものかと辺りを見回すが、あいにく何も見当たらない。看板を見て、とりあえず迷子センターに行くのが優先だと判断した僕は彼女の手を取る。

「さあ、行こっ」

 僕は少女の細い手を取る。そして彼女にニッコリと微笑みかけた。少女は最初戸惑っているようだったが、表情を崩さぬまま微笑んでいると、やがて僕の手を取った。

 迷子センターに行くまでの間、僕は何も言えず、時々チラリと少女の方を見ると、すぐに視線を前に戻す。それの繰り返しだった。

 後ろを見る度に少女は不安げな表情をする。だから僕は微笑んで心配はいらないとばかりに首を横に振った。すると少女も不安が飛ぶのか、ニッコリと微笑み返してくる。

 非常に可愛らしい女の子だと思う。青い瞳はパッチリとしているし、ポニーテールも似合っていた。僕の目には、まるでどこかのお姫様みたいに映った。

 出来るなら友達になりたい。言語の壁を越えて彼女と話がしてみたい。しかしその思いが叶うことはない。


 やがて迷子センターに着いた。その頃には少女の不安げな表情もすっかり消えていた。

「あの、すいません……」

 受付の若いお姉さんに話しかける。彼女は二人の様子を見ながら尋ねた。

「あら、二人とも迷子?」

「いえ、僕は違います。この子が……」

 そう言って僕は繋いだ手を前に出す。すると少女は再び目を潤ませた。きっと安心したのだろう。このお姉さんは優しそうだし、きっと彼女の国の言語も話せる。案の定お姉さんはしゃがみこんで少女の視線と同じくらいになると、彼女の頭を撫でながら英語らしき言葉を話し始めた。

 僕は安心して元の場所に戻ろうと彼女らに背を向ける。

「あの、君……」

 突然お姉さんに呼び止められたので、僕は振り返った。

「はい、なんでしょうか……」

「この子がさ、『行かないで』って……」

 そう言われて少女の方に視線を移すと、彼女は涙目になりながら僕の方に手を伸ばしていた。

 どうしようもなくなり、時計を確認してから僕はもう少しそこにいることにした。

 

 いつの間にか、僕は彼女に惹かれていた。いや、ちょっと違う。正確には、僕が彼女を守れる唯一の存在だと思っていた。

 異国で一人迷子になったこの子を救えるのは僕しかいないと、空想の使命を実行しようとしていたのだ。

 お姉さんが迷子のアナウンスに行っている間、言語の通じない僕達は黙って備え付けのソファの端と端に座る。話してみたいとは思うのだが、一体何を言えばいいのか全く分からなかった。きっと彼女もそうなのだろう。僕に話しかけてはこなかった。

 やがてお姉さんが戻ってくると、彼女を通訳とした会話が展開される。さっきはありがとうだの、どういたしましてだの、そういう他愛もない会話ばかりだった。

 名前を聞きたかったが、聞くことも出来ない。聞くのが無性に恥ずかしかった。

「好きな人はいるの?」

「えっ?」

 唐突にお姉さんにそう言われたために少しばかり戸惑う。

「いや彼女がね、聞きたいんだって?」

 お姉さんも名前を言おうとはしなかった。先程アナウンスしたのだから名前は知っているだろうに、何故だか教えてくれなかった。

「いないけど……どうして?」

 お姉さんを通じて彼女にそう尋ねる。少女は間髪容れずに答えた。

「彼女、君のことが好きなんだって」

「えっ?」

 最初お姉さんの言っている意味が分からなかった。しかしその意味を理解した直後に、急に顔が熱くなる。

「私をここまで連れてきてくれて、優しくしてくれたから、大好きだって」

 少女の言う大好きが、子供の言う結婚しようみたいに軽い言葉だというのは分かっている。でも心臓の鼓動が高鳴った。

 恥ずかしさを紛らわすために時計を見る。気付けばそろそろ両親と待ち合わせをした時間だった。

「ごめん。僕、もう行かなきゃ」

 そう言ってソファから立ち上がると、お姉さんは「もう行っちゃうの?」と言ってからお礼をすると言い残して迷子センターの奥の方に入って行った。

 ふと少女の方に視線を移す。もうすぐこの子と別れなければならないのが、ひどく僕の胸を締め付ける。

 今の自分の気持ちをこの子に伝えたかった。

 君が好きだって。

 だけど言葉が通じないのを言い訳にして、僕は黙っている。

 少女がニコリと微笑む。そして意味の分からない言葉を発する。

 彼女が羨ましかった。通じないと分かっていながらも、何の躊躇いもなく何かを言える彼女が。

 その時ふと脳裏にある考えが浮かぶ。

 言葉が通じなくても一つだけこの想いを伝えられるものがある。

 それは愛を伝えるための共通言語。

 それをするとなると恥ずかしくもあったが、このまま想いを一生伝えきれずにいるほうがよっぽど嫌だった。

 ゆっくりと少女の方に歩み寄る。パッチリと開いた目が僕の事をずっと見つめていた。

 だんだんと顔が上気していくのが自分でも分かる。だけど今更躊躇することなんて出来ない。


 しばらく見つめ合った後、僕は目を瞑ってそっと彼女の唇に僕のを重ねた。


 そっと触れただけ。

 それでも十分気持ちは伝わったはずだ。

 僕は少女を見るのも恥ずかしくなってすぐに背を向け、そのまま走り出す。

 背後から少女の声がしたが、何を言っているのかはさっぱり分からなかった。

 辛うじて迷子センターの看板が見えるくらいまで走ったところで立ち止まる。

 少女に僕の気持ちは伝わっただろうか。

 ふと頬を涙が伝う。それに気付くと止めようもない涙が流れ出した。訳も分からず、僕は嗚咽を上げていた。

 もう少女の姿は見えない。

 名前も分からない、異国で迷子になった僕の初恋の少女は。


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