絶美
それで、隣りの部屋に住んでいた私に話を聞きたいと? 別にいいけれど、時間がないから手短に済ませるわね。
……そうねえ、彼女かぁ。
彼女はとても綺麗な人だったわね。同性の私から見ても思わず息を呑むほどにね、それほどまでに綺麗だったわ。
手垢の付いた言い方をするなら、彼女の容姿は人形のような――本当よ? なにって聞かれたら、人形みたいな顔をしていたと答えるほかないくらいに綺麗だったわ。
黄金比率って言うのかしら。詳しくは分からないし、知りたくも無いのだけど黄金比率って言葉がしっくりくるような顔だったわね。どのパーツも一ミリずれたら台無しって感じで、凄い整っていたの。目も鼻も口も、美しかったわ。
……人形の様って言ったら、殆どの人が、綺麗だけど感情が欠落した人って感じるでしょう? けど、彼女は違ったわ。
完璧に整った容姿の中に、人間的な――もっと言うと人懐っこい子供のような表情を覗かせるのよね、彼女は。
誰に対しても、それこそ犬や猫などの動物に対してもね。人懐っこい表情を作っている芸能人やアイドル、モデルなんかは沢山いるけれど、それでも人懐っこさを作っている人はふとした瞬間に出てくるものなのよ、素ってものはね。
どんなに制御しても、どんなに殺そうとしても、出てきちゃうのよ。
でも、彼女は違ったわ。どんな時も、どんな瞬間も、人懐っこいその表情は崩さなかったわね。
それが素ならこんなことは言わないのだけど、彼女の場合は、その人懐っこさが作り物にもかかわらず、まるでそれが素であるかのようにふるまうのよね。
あそこまで完璧に仕上げるのに、どれほどの努力と覚悟が必要だったか、私には想像もつかないわ。
完璧であるように、自分が自分に架していたのかしら。あんな完璧な容姿を産まれながらに授かってしまったから、だからこそ、あそこまで自分にストイックだったのね。
完璧であろうとし、それでもうまくいかず、何度も何度も挫折し、何度も何度も研究しては、またうまくいかず、そんな生活を続けていたからこそあそこまでの完璧を演じられたのね。
でも、彼女は壊れてしまったわ。
自らに縛り付けた楔が、そのまま彼女の精神を圧壊させてしまったのよ。
つまり、自分に対する自分自身によるプレッシャーに耐えられなかったのね。
だから、死を選んだのよ。
今の美しさを永遠に残すためにね。
……って、こんな理由、ありきたりすぎるわね。フィクションの世界じゃあ、ありふれているわ。今どき、こんな理由で自殺するなんて物語、売れないどころか出版すらさせてもらえないわね。
彼女の死んだ時の状況?
……ええと確か、浴室でドライアイスと薔薇の花に囲まれて死んでいたそうよ。死因は睡眠薬の過剰摂取だったはずよ。彼女の手には遺書が握られていたらしいわ。なんでも、自身の身体を冷凍保存してくれって書いていたようね。まあ、そんな理由で冷凍保存されるはずもなく、普通に火葬されてたわ。
……まあ、彼女話はこれくらいね。私は失礼させてもらうわよ。この後、予定があるのよ。
え? 何があるのかって?
クリニックに行くのよ。
いいえ、別にどこも悪いところは無いわ。健康そのものよ。心配してくれてありがとうね。
じゃあ何故クリニックへいくのか?
それはね、鼻を少し高くしにいくのよ。
その方が——
もっと美しく、完璧へと近づくでしょう?