file009:アリス2
大学内で殺人事件が起こり、その調査を始めたシャーロックとジョンだったが、アリスという女性が犯人だと名乗り出たと聞き、大学本部に向かった。
アリス・シャルパンティエは、細身の体に質素ながらもセンスの良いシンプルな普段着のドレスを纏い、仰々しい大学本部の応接室のソファーに座っていた。
ギュッと音が鳴るほど手を握っていたのは、何としてもアーサーを守らなければならないという思いが、胸中をグルグルと渦巻いているせいだった。
アーサーはアリスの三歳上の兄である。十年前に母親が再婚した事で、新しい家族となった。
父と兄に初めて会った時の事を、アリスは良く覚えている。
父となる人は背が高く堂々としており、笑顔のない顔と相まって、厳格な王のように見えた。きちんとした立ち振る舞いをしなければ怒られると思い、すぐには口がきけなかった。
しかし、その横に立っているアーサーは、父とは対照的に明るい笑顔をしていた。ヘイゼルの髪にブラウンの瞳、整った顔立ちと姿勢の良い立ち姿をしていて、まるで物語に出てくるの王子のようで胸が高鳴った。
この高鳴りは、単純に新しい家族への期待の現れのはずだが、今でもアーサーと二人でいる時に胸がドキドキする事があるので、アリスは不思議に思っていた。
ともかく、アーサーが気さくに話し掛けてくれたおかげで、アリスの緊張が和らいだのだ。
その後、父は穏やかで優しい静かな人であると分かった。初めて会った日はアリスに良い所を見せようと、必要以上に畏まっていたのだという。
アーサーも見た目よりヤンチャで、近所の男の子と大騒ぎしたり、よく遊びのような喧嘩をしていた。成長しても口より手が先に出ることがあり、注意される事もあったが、心根は優しく、アリスをいつも守ってくれる頼もしい兄になってくれた。
そして、一年前に父が亡くなった。
それからのアーサーは家長として努め、家族三人で協力して生きてきた。母は二人が不自由しないように親戚に頭を下げて生活費を工面してくれて、アリスは奨学金を受けられるように勉強し、アーサーも海軍での給与のほとんどを家に送ってくれた。経済的には厳しかったが、家族の結束は固まったと思う。
そんな生活に変化があったのは三週間ほど前だった。
ドレバーというアメリカ人が現れ、自己紹介もそこそこに、アリスの持っているミスリル銀の指輪を譲ってくれと切り出したのだ。
その指輪は実父の家に伝わる大切な指輪で、本来なら母が再婚した時に返さなければならない品だったが、アリスの精霊使いの能力を高く評価した家の重鎮により、特別に所有を許されたものである。故に、売るなんて考えたこともなかった。
しかし、何度断っても「金ならある」とドレバーは言ってきた。金銭で何でも解決しようとするその態度は、アリスたちの今の生活を侮辱しているような気がして腹立たしかった。
ある日、ドレバーがあまりにしつこく付き纏うので、アーサーが手を出してしまった事がある。ドレバーはそれなりの怪我を負ったが、皆、ドレバーの方が悪いのだから気にする事は無いと声を掛けてくれた。だからその件は、ドレバーが尻尾を巻いて逃げだした事で方が付いたはずだった。
それなのに、昨夜、警察が来てドレバーの死を聞かされた。
ドレバーが死んだとなれば状況が違う。きっとドレバーの死について、アーサーが疑われる筈だ。どんなに説明しても警察は聞いてくれないだろう。
こんな事になったのは全て自分のせいである。ドレバーと一緒にいたスタンガスンという男の提案を受けてしまったばかりに、アーサーが巻き込まれてしまったのだ。
アリスは後悔したが、だからこそ、自身がどうなろうともアーサーを守るのが使命だと思った。
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