file008:アリス1
大学内で殺人事件が起こり、その調査を始めたシャーロックとジョン。
襲撃されて怪我をしたシャーロックの治療を大学病院でしていると、慌てたスタンフォードがアリスと言う女生徒が逮捕されたと駆け込んできた。
アリス・シャルパンティエは、ロンドン大学の精霊研究科に所属する一年生である。
母親が再婚した為に苗字は変わっているが、元は精霊召喚において名のある家の出で、彼女自身もその血筋を受け継いだ優秀な精霊使いだ。
その彼女の持ち物であるミスリル銀の指輪が、被害者のドレバーから見つかった。
指輪は高価なものであり、また由緒正しい品である為、アリスが手放すはずもない。そんな品を何故ドレバーが所持していたのか?警察は彼女から事情聴取する事にした。
しかしそこで予想外の事が起きる。
警察は事務的な質問をするつもりで、授業を受ける為に大学に来ていたアリスを訪ねたが、青白い顔をした彼女は突然ドレバーを殺したのは自分だと自白したのだ。
「新しい謎が登場したようだね」
スタンフォードから話を聞いたシャーロックは興味深げに呟いた。その顔は、新しい玩具を見つけた子供や、輝く宝飾品を目にした少女、または名馬に出会った騎手の様であった。
「僕が大学本部に行くと、既に慌ただしい雰囲気だったよ」
顔見知りの事務員に教えてもらったという話をしゃべり終え、スタンフォードは一息吐くと、只、この自白には問題があるのだと付け加えた。
「アリス嬢にはアリバイがあるんだ」
「どういう事だい?」
「アリス嬢とその兄アーサーが、ドレバーと揉め事を起こしたのは警察も知っていたからね。昨日の内に話を聞きに行っていたんだよ」
その時、既にアリバイがある事を確認していたという。
とはいえ、自分を犯人だと言う人間をそのまま解放する事もできず、警察も困っているらしい。
そこまで話して、スタンフォードは先程告げた「アリス嬢が逮捕された」というのは、言葉の綾であると謝罪した。
「アリス嬢は今、大学の応接室にいるんだ。警察もさすがに牢屋に入れる訳にはいかないからね」
その言葉で、私はスタンフォードがどれだけ動転していたのかを察したが、シャーロックは違った。
「それは都合がいい」
そう言ってスタンフォードが持ってきた替えの服に着替え始めたのだ。
「怪我の具合は大丈夫かい?」
私が心配して聞くと、右手の魔法印の消えた包帯を外して安心させるようにクルクル回して見せる。その手には熱傷の跡は無くなっていた。
「ほら、この通り」
そして「魔法と言うのは便利だな」という言葉が口から衝いて出た。それはまるで今まで魔法に触れてこなかった者の様である。シャーロックには時々そういう事があり、私は不思議に感じていた。
そんな事はお構いなしに、シャーロックは準備が整うと宣言する。
「では、アリス嬢の謎を解きに行こうじゃないか!」
スタンフォードがここに来てから、あっという間の出来事だ。シャーロックは病室を後にし、私は慌てて後を追った。
「あ、二人共待って…」
結果、退院の手続きをスタンフォードに押し付ける形になってしまった事に私は気付き、後日、詫びとして夕食を奢る事になったのである。
さて、先を歩くシャーロックに追いついた私はすぐに質問した。
「犯人はアリス嬢なのかい?」
「彼女は犯人では無いよ。彼女は彼女自身が作った檻の中から出られないだけさ」
歩みを止めずにシャーロックは軽い口調で否定するので、私は少し反論してみた。
「犯人では無い理由は?優秀な精霊使いなら犯行は可能かもしれない」
警察がアリバイを確認しているというが、上手く精霊を操れば出来なくは無いと私は考えていたのだ。その事を話すとシャーロックは逆に質問してきた。
「君の言う優秀な精霊使いというものは、離れた場所で、誰かと話しながらでも精霊を操れるのかい?」
「さすがにそれは無理だろう。遠隔操作には集中が必要だからね。でも部屋に籠っていれば誰とも会わずに済むよ」
その答えにシャーロックは満足したように頷くと、私の方を振り向いた。
「では、やはりアリス嬢は犯人ではないよ」
「え?」
「君は君の知識によって、アリス嬢を犯人では無いと確定したのさ」
理解出来ない私にシャーロックは新たな質問をする。
「アリス嬢が、指輪の話を警察に聞かれたのは何時だとスタンフォードは言っていた?」
「午前8時頃だったかな」
「その時間、僕らが何をしていたか憶えているかい?」
「ええと、その時間は確か太陽の精霊に襲われて…あっ!」
言われて私は気が付いた。別々のものとして考えていたが、私達が襲撃された事とアリスが犯人だと自白したのは同じ事件だったのだ。
「僕が先程した質問は、昨夜では無く今朝の話だ。僕らを襲ったあのふざけた太陽を操る事が出来ないなら、彼女は犯人では無いのだよ」
シャーロックはそう説明した。
私達を襲った精霊はとても強力で、操るにはかなりの集中力が必要である。それに犯人は、こちらの様子を分った上で話していた。それはつまり近くで見ていたという事だ。犯人と話をした私が証人ではないか。
「じゃあ、アリス嬢はどうして嘘の自白を?」
新たに湧いた疑問をシャーロックに投げかける。
「それを解きに行くのさ」
そう言ってシャーロックは足早に大学本部へと向かった。
お読み頂き、ありがとうございます。
楽しんで頂けましたら、ブックマーク、評価、感想、お願い致します。
少しでも反応がると励みになります。
まだ続きますので、次回もよろしくお願いします。




