file007:病室
大学内で殺人事件が起こり、その調査を始めたシャーロックとジョン。
しかし重要な手掛かりである指輪を手に入れた後に、不気味な嗤う太陽に襲われ指輪を奪われてしまう。
襲撃者が去った後、ジョンは怪我をしたシャーロックをなんとか大学病院に運んだのだった。
「襲われたって、どういう事だい!?」
スタンフォードは病室に入ってくるなり、あからさまに慌てた様子で私達に問い掛けた。
ここは巨大な白い箱のような大学病院の中である。応急処置を終えた患者衣姿のシャーロックが、ベットの上で上半身を起こし、私はすぐ近くの丸椅子に座っていた。
シャーロックの怪我はほとんどが軽傷で、医師によると命に別状は無いという。
処置をしている間に私はスタンフォードへ電話をし、襲われた事とシャーロックの怪我について伝えたのだが、それを聞いたスタンフォードは急いで病院に駆け付けると、受付で私たちの病室を聞いて、ここまで来たという訳だ。
スタンフォードの矢継ぎ早な質問に苦労しながら、それでも私は助かったと思った。何故ならスタンフォードが来るまで、私はシャーロックに指輪の事で責められていたからである。
(回想)
ベッドで横になっているシャーロットが溜息を吐いた。
「君はなんて愚かなんだ」
落胆した様子を隠そうともしない。
「あの場合は仕様が無いじゃないか」
私は弱々しく反論した。シャーロックを守る為に襲撃者へ指輪を渡したというのに、当の本人にはこの言われようである。
「強盗に襲われたら、そいつの欲しいものを渡すのが鉄則だよ」
私は強盗に遭った時の対処法に従っただけだ。
「あのふざけた太陽は、最初から脅すだけのつもりだったんだ」
彼は吐き捨てるように言う。
「なるべく目立ちたく無かったようだからね」
だから人目の多い所まで逃げ切れば良かったのだと断言する。
「僕の熱傷を見れば分かるだろう。全て軽度だ」
「右手は重傷じゃないか?」
私はシャーロックの右手に巻かれた包帯を見た。治療中であることを示す魔法印が青く光りながら忙しく動いている。しかし彼は何でもないという風に軽く振った。
「少し運が悪かっただけさ。それだって数時間後には治ると医者が言っていただろう?」
「でも、君は動かなくなってしまったし…」
シャーロックは炎に包まれた後、短い時間だが気を失っていたのだ。
「あれは傷のせいじゃない。意識が無くなったのは酸欠のせいだろう」
「酸欠?」
聞き慣れない言葉に私は戸惑う。するとシャーロックは「こちらでは何と言えばいいかな…」と独り言を呟いて少し悩んだ後に口を開いた。
「火に囲まれると空気が薄くなって、水中で息が出来ないのと同じ状態になるんだよ」
私が納得すると、彼は再び指輪の事で繰り言を始めた。
「これで犯人への切り札を失ってしまった。せめてスタンガスンが逃げ延びていれば良いのだが…」
私は自分の行動に後悔は無かったが、シャーロックの焦燥する姿に胸が痛んだ。
(回想終了)
経緯を聞いて一息つくと、スタンフォードは大学に説明しに行くと言って席を立った。
彼には何かと迷惑を掛けている。近い内に礼をしなければと私が思っていると、それまで一言もしゃべらなかったシャーロックが声を掛けた。
「スタンフォード、すまないが君の服を貸してくれないか。あれでは外を歩けないのでね」
そう言って、焦げた服を視線で示す。
「君なら背丈も大して変わらないから大丈夫だろう。ジョンの服では少し小さいのだよ」
私が何気に気にしている事を、彼はさらりと口にした。悪気は無いのだろうが、チクリときたので、いつかやり返してやろうと子供のような事を考えた。
スタンフォードは服の件を了承すると、大学にどう切り出そうかと頭を悩ませながら出ていく。
それにしても、あんな目に遭ったばかりだというのに、すぐに出かけようとするシャーロックの態度に驚いた。
「暫く休んでいた方が良いよ」
そう促すと、彼は少々焦りながら応える。
「犯人に逃げられない内に痕跡を見つけておきたいんだ」
それでも気遣う私に彼は言う。
「そんなに心配しないでくれ。本当に大丈夫なんだ」
どうやら彼は心配される事に慣れていないらしい。そして、このやり取りで落ち着きを取り戻したのか、急に態度を改め、ぎこちなく私に謝罪した。
「今回の事は僕の失態だ。君に当たってしまい、すまなかった」
その言葉で先程までの重い気持ちは晴れたものの、突然の事に私は訳が分からなくなった。するとそれを察したシャーロックは軽く咳払いをして、すまなそうに説明し始めた。
「犯人はランスが指輪を持っている事を知っていたのさ。どんな方法を使ったかは分からないけどね」
しかし流石に守衛所には乗り込む事は出来ずに機会を伺っていたのだろうというのだ。
「そこにノコノコ指輪を持った奴が出てきたんだ。襲ってくださいというようなものだよ。僕は犯人に見られているとも知らずに指輪を取り出してしまったからね」
シャーロックはそう言って、私に再び謝る。
「気にしないでくれ。それなら私にも落ち度はあるよ。人気の無いあの道を行こうと言ったのは私なのだから」
彼の事を責めるつもりは毛頭無かったので、私は慌ててそう言った。シャーロックはそれを聞いて安堵したらくし、少し明るい口調になった。
「けれど収穫もあったよ。ドレバーの死体の近くの焦げ跡はあいつが付けたんだ」
あいつ=嗤う太陽はあの殺人の現場にいたのだ。
「じゃあ、あの太陽が炎でドレバーを包み、息が出来ないようにして殺したのかい?」
外傷の無い死体はそうやってできたのかと私は思ったのだが、シャーロックは否定した。
「それは違うね。火で空気を奪う方法だと気を失うのは一瞬だ。しかしドレバーは苦悶の表情を浮かべていた。つまり苦しむ時間があったという事さ」
殺害方法はまだ謎のようである。
「それでも、あの太陽を操っている奴が犯人なのは間違いないけどね」
シャーロックが段々といつもの調子が戻ってきたので、私は更に会話を続ける為に、彼の推理について質問した。
「君に聞きたいことがあったんだ。前に言っていた指輪はドレバーが作らせたものだとか、指輪は重要な意味を持つ物だとかだよ」
「あれはそんなに難しい事では無いさ」
そう前置きして、まずドレバーが指輪を作らせた事について解説してくれた。
「あの指輪はかなり金のかかる物だっただろう?材料もそうだし、細工も精巧だった。傷や汚れ、くすみが無い事から最近作られた物だと分かる。そんな金が出せて、昨今このイギリスでアメリカ先住民の紋様を施した指輪を作らせるような人物といえば、関係者ではドレバーしかいない」
言われてみれば確かにその通りである。
「まあ、紋様に付いてはたまたま知っていただけだけどね」
事も無げにシャーロックは付け加えたが、たまたまアメリカ先住民の紋様を知ってる人間など多くはいないだろう。
「でも、もしかしたら…」
私は思い付いた事があったので口を挟んだ。
「ドレバーと一緒いたという、スタンガスンが作らせたのかもしれないよ」
「ほう、面白いね」
彼が興味を示したので、私は続ける。
「スタンガスンがドレバーの金を使って指輪を作らせたが、それをドレバーに責められて、どうしようもなくなって殺したのかもしれない」
「なるほどね」
話を聞き終ったシャーロックは感心はしながらも、異を唱えた。
「でもあれはドレバーのものだよ。指輪の裏にE.J.Dと彫ってあっただろう?イーノク・J・ドレバー、ドレバーのイニシャルだ」
私は指輪の内側に文字が彫られていた事には気付いていたが、魔法に関係するものだと思い込んでいた。しかし言われてみればイニシャルと考えるのが普通だろう。
次は黄金と翡翠の指輪が、事件で重要な意味を持つという事についてだが、シャーロックは当たり前と言う風に回答する。
「それは犯人がこの指輪を探しに、現場に戻って来たからさ」
「何故そんな事が分かるんだい?」
まるでその場にいたかのように彼が言うので、驚いた私は質問した。
「ランスの話を思い出してくれ。光が見えたからあの実験棟に行ったのだと言っていただろう」
しかし、その時には既にドレバーは殺され、誰もいない状態だったはずだ。つまりランスの見た光は殺害時の明かりではなかった訳である。
「その光は、犯人がわざわざ明かりを付けて何かをしていた証しさ」
そしてと彼は続けた。
「その何かは状況から考えて、あの指輪を探していた可能性が高かった。図らずも襲撃を受けた事で可能性から確信に変わったけどね」
彼の話を聞いて、私は感心してしまった。
「全く素晴らしいよ!」
私が称賛の言葉を述べると、シャーロックは「君は本当に変わっているね」と呟いて口元を緩めた。
その後、食事を挟んで、治療が終わるのを待っていると、突然、スタンフォードが駆け込んできて静寂を破った。
彼の様子は、最初にここに来た時よりも慌ていたかもしれない。そして思いも掛けない言葉を口にした。
「アリス・シャルパンティエが逮捕された!」
アリス嬢は、確か精霊研究科に所属していて、ドレバーに付き纏われていた女生徒である。それが何故、逮捕されたのだろうか?
突然の出来事に私は只驚くだけだった。
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