file005:警備員
シャーロックと私は、死体の第一発見者である警備員に話を聞くため、守衛所へと向かった。
普通の学生や大学関係者なら守衛所に縁など無いだろうが、私は学生時代の失敗により、ある思い出がある。
それは大学祭の話で、私は所属する魔導具研究会の出し物の担当であったが、途中の魔力切れを心配して、既定以上の魔力を充填した。結果、手作りの魔導具の幾つかが暴走。火花を撒き散らし、水が溢れ、幻影が飛び回る事態となったのだ。
幸い怪我人も無く、警察沙汰にはならなかったが、広場が一時的に使えなくなり、私は責任者として、大学側の指示で守衛所で反省させられたのである。
そんな事を思い出し、一人恥じ入っていると、不意にシャーロックに話し掛けられた。
「ジョン、顔が赤いが大丈夫かい?」
いつの間にか私は赤面していたようだ。
「いや、何でもないよ」
「理由を当ててみせようか?」
彼は事も無げにそう言う。過去の失敗をシャーロックが知るはずも無いのだが、もしかすると彼なら分ってしまうのではないかと考えてしまい、私は慌てて止めた。
私の反応を予測していたのか、シャーロックがクックッと笑っているのを見て、からかわれている事に気付き、息を吐く。私はどうにも彼のペースに乗ってしまうらしい。
白い花崗岩と煉瓦で出来ている英国ゴシック様式の建物が見えてきた。それが大学本部で、その横にある簡素な灰色の石と鉄の建物が守衛所である。
まるで監獄の様な鉄製の扉をノックすると、訪問者を確認する為の検分の魔法が発動し、その後、ガチャリと音がした。
扉を開けたのはがっしりとした体格の若手の警備員であった。
「ジョン・ランス氏はいますか?」
「あの人、朝まで警察の手伝いをしていたから、今は寝てるよ」
シャーロックが用件を告げると、若い警備員は、起こしてくるから待っているようにと告げた。
そういえば、シャーロックが警備員の名前と居場所を知っていた理由だが、昨夜グレグスンと話した時に、ちゃっかり聞き出していたそうである。全く以って抜け目がない。
守衛所の一室で待っていると、しばらくして冴えない風体のランスが現れた。シャーロックはまたもや人懐こい笑顔の演技で応対したのだが、迎えられた方はいきなり起こされた為か機嫌が悪かった。
「何の用だい?」
「昨日は助けてくれてありがとう。そのお礼をしようと思ってね」
シャーロックはポケットから半ソブリン金貨を取り出して、よく見えるようにした。
「君へのお礼はこれで足りるだろうか?」
訝しげだったランスは、金貨を見た途端に態度を変えた。少し前のめりになったランスを、シャーロックは笑顔で制し「もし良ければなんだけどね」と続ける。
「君が死体を発見した時の状況を、詳しく聞かせてほしいんだ」
「警察に話した事で全部だよ」
「勿論、同じ話で構わないよ。こんな事件はめったに無いのだから、それだけで貴重だ。只、少しばかり丁寧に思い出してくれると尚良いね」
そう言って金色の円い小さな金属を、手の中でくるくると回して見え隠れさせた。
しがない警備員にとって、この臨時収入は有難いものである。ランスは背筋を正して座り直し、精一杯、記憶を正しく思い出すように努めて話し始めた。
「俺は夕方の6時頃に1回目の巡回を始めるんだ。その時間は外門を閉めるのが主な仕事だよ」
事件があったのは2回目の巡回の時だという。
「夜の8時になって、普段通りの道順で廻っていた。まだ学生がチラホラと歩いていたり、教授の個室には幾つか灯りが点いていたけど、いつもの事なので気にしなかったよ」
各学部の建物にはそれぞれの警備員がいるので、ランスは外部の実験棟や倉庫などの見回りをしている。そういう場所には大抵誰もおらず、施錠を確認するだけなのだそうだ。
ハドソン実験棟も、同じように行って帰るだけだと思っていたら、不意に光が目に入ったという。
実験の申請は出ておらず、また実験ならもっと明るく、人がいるはずなのに、妙に静かなのでギョッとした。
「あそこは最近、変な噂があるんだよ」
ランスの話では、あの辺りで人気が無いのにぼんやりと明るくなっていたり、その明かりが動いたりするのを見た者が複数いるのだそうだ。
「学生は幽霊なんじゃないかって言っててね」
ランスは一瞬怯んだが、イタズラの可能性の方が高いと自分に言い聞かせて、実験棟に近付いた。すると扉の鍵が開いているのに気付いたので、耳を付けて内部を伺ったが、物音一つしないので、意を決して中に入ったという。
「それで、その光は何だったんだい?」
シャーロックが質問すると、ランスは片手をヒラヒラと左右に振って、大した事では無かったのだと言った。
「蝋燭が燃えているだけだったんだよ。大学ではほとんどが光源の魔法で、蝋燭なんて使う人間は滅多にいないからね。見慣れない光を怪しく思ったって訳さ」
その光の中でドレバーの死体を発見したのだが、それについてはシャーロックもその目で見ているので、話を進めた。
「それから君はどうした?」
「実験棟のもう一つの扉が施錠されている事と、他に誰もいないのを確認して外に出たよ」
そして仲間を呼ぶために呼子を使おうとしたら、目の端に動くものを捉えたという。
「女だ。チラッとしか見えなかったが、若い女だったと思う。見直した時にはもう誰もいなかった」
その女を探している時に、第一実験棟にいるシャーロックを見つけたのだそうだ。
「付近を探索した時に怪しいものは見つからなかった?例えば足跡や、落ちていた物とか?」
シャーロックが質問するとランスは否定した。
「あ、あそこには、何も落ちてなかったよ。足跡?暗くてそんなもの分からなかったな」
私には彼が少し慌てたように感じた。
さて、話を聞き終ると、シャーロックは約束通り金貨を渡し、扉の方へ一歩踏み出したのだが、そこで振り返り「最後に一つ」とランスに言った。
「君が拾った指輪は、きっと所有者がいるだろうから、警察に届けた方がいいと思うよ」
私には何の事だか分からなかったが、ランスは弾かれたように立ち上がって、怯えた顔で「なんで知っているんだ」と叫んだ。
「あれは盗んだんじゃない!俺は拾っただけなんだ!」
「分かっているよ。あんな事件があったのだから、事件とは関係の無い所に落ちていた指輪の事なんか、忘れていたんだろう?」
動揺するランスに、シャーロックは優しく話しかける。
「良ければそれは僕が警察に届けよう。その方が君も気が楽だろうからね」
ランスは化け物でも見るような目付きで、言われた通りに制服のポケットから指輪を取り出すと、恐る恐るシャーロックに渡した。
シャーロックは指輪を拾った時の状況を聞き出すと、何事も無かったかのように守衛所を後にしたので、訳の分らない私は、外に出た途端、矢も盾もたまらず質問したのだった。
「指輪の事、どうして分ったんだい!?」
シャーロックは振り返り、私に落ち着くように言う。
「あの警備員、会った時から余所余所しかっただろう?あれは隠し事をしている態度だよ」
ランスの不機嫌さは、起こされただけでは無かった訳だ。
「だが殺人に関するような重要な秘密では無さそうだ。ランスはそこまで肝の据わった人間には見えなかったからね。だからもっと小さな事だと予想は付いた」
すると“落ちていた物”に反応したので、それに関連する事だと察した。さらに観察していると、ある事に気付いたという。
「ランスは、君の手、もっと具体的に言うと、指輪をずっと気にしていたんだ。目線が指輪へ向く度にすぐに逸らしていたよ」
私は自分の嵌めているラピスラズリの指輪が見られていた事に気付もしなかった。
「これだけ分かれば、ランスが落ちていた指輪を拾ったのではないかと想像が出来るだろう?だから、鎌をかけてみたのさ」
人差し指を立ててシャーロックは続けた。
「僕の考えでは、いや、これは殆ど確定だけどね、ランスは巡回で見つけた拾得物を、小遣いに替えていたのだよ。だからこの指輪も、後ろめたくて警察に届ける事が出来なかったという訳さ」
シャーロックの説明を聞いて、その観察力と推理に、私は改めて畏敬の念を抱いたのだった。
そんな彼が私の方に向き直り、予言者のように告げた。
「さて、君の出番だよ、ジョン」
シャーロックは指輪を私の方に差し出す。
「君の知識で、この指輪の正体を暴こうじゃないか!」