file019:スタンガスン1「幽閉場所」
【登場人物】
シャーロック:探偵と名乗る頭の切れる謎の人物。魔法の知識は無い。
ジョン(私):帰国したばかりの魔法博物学の臨時教職員。
スタンフォード:ロンドン大学の職員。助手。ジョンの知り合い。
アリス :ロンドン大学・精霊研究科に所属する一年生。
アーサー :アリスの兄。海軍所属。
ドレバー :実験棟で殺されたアメリカからの留学生。錬金術研究科所属。
スタンガスン:ドレバーと一緒にアメリカから来た留学生。錬金術研究科所属。行方不明。
グレグスン :スコットランドヤードの警部。長身で白皙、亜麻色の髪をしている。名誉を重んじる。
レストレード:スコットランドヤードの警部。黒髪で顎が細くイタチを思わせる顔立ちをしている。
嗤う太陽 :何者かが操る精霊。泥の少女と共に消えた。
泥の少女 :動く泥。緑の瞳を持つ少女の姿になる。
【あらすじ】
ロンドン大学で殺人事件が起こった。被害者はドレバーというアメリカの留学生である。
スコットランドヤードの警部であるレストレードは、ドレバーと一緒に留学してきたスタンガスンを犯人だと睨み捜索していた。苦労の末、ドレバーとスタンガスンの下宿を探し当てたが、前日に引き払っていた事を知る。
そして一通り話を聞いたシャーロックは、スタンガスンはロンドン大学のどこかに幽閉されていると断言した。
「スタンガスンが大学のどこかに幽閉されているって?」
私はシャーロックの言葉の意味がすぐには理解できずに、言った内容をそのまま繰り返してしまった。しかしそんな事があるだろうか?
「構内も警察が捜索したんだ。スタンガスンが捕まっているなら見つかっているはずだよ。」
私の指摘に対して、彼は眉一つ動かさずに応答する。
「レストレードもグレグスンも、そもそも犯人を間違えていたし、既に逃亡したと思って、構内に潜んでいる可能性をほとんど考慮していなかった。それなら警察の捜索が疎かになる可能性は高いだろう?」
確かにその通りだ。二人の警部は目的に対しては勤勉に動いていたが、目的の正否については深く考えていなかった。
「そういう訳だから、構内に詳しい君に考えてもらいたい。」
「何をだい?」
「勿論、スタンガスンの居場所だよ。」
「ええ!」
てっきり、いつものようにシャーロックが幽閉場所を言い当てるのだと思っていた私は慌てた。
「そういう事は君の方が得意だと思うけど……?」
「ここは僕の知っているロンドン大学ではないからね。だから君の方が適任だよ。」
「そんな事を急に言われても……」
素晴らしい頭脳の持ち主であるシャーロックから頼まれ事をされるのは嬉しいのだが、彼の要望を叶えるのが大変な事は、短期間で既に分かっていたので私は躊躇した。
そんな私にシャーロックは更に驚く言葉を投げ掛ける。
「君は学生時代に大学を探索する趣味があったんだろ?その知識を総動員してくれたまえ。」
「な、何で知ってるんだい!?」
今度こそ私は心臓が止まるかと思った。私とシャーロックは昨日会ったばかりだし、大学時代に探索する趣味があったなど話していない。
そんな私の様子を見て、シャーロックは「簡単だよ。」と口を開く。
「君は事件のあった実験棟、警備室、資料棟へ最短距離で移動し、且つ、構内の抜け道や建物の由来なども知っていた。昨日アフガニスタンから帰ってきたばかりの君にそれが出来たという事は、つまり学生時代に既に知っていたという訳だよ。」
「でも探索が趣味かどうかは分からないはずだろう?」
私の更なる質問にシャーロックは少し呆れた表情を見せる。
「君は君自身の事が良く分かっていないようだから言うけど、僕の観察した君の性格から考えて、自分の興味があるものに対して、嬉々として行動する所がある。そんな君が時間の有り余っている学生時代に構内を探索したからこそ、先程の知識があるのだろう?」
その説明は全くその通りで、私は黙るしかなかったが、何となく悔しくて最後の抵抗を試みた。
「しかし私も全てを知っている訳では無いよ。現に資料棟の隠し部屋は知らなかったし。」
「君の知ってる範囲で教えてくれれば良い。もし違えば見たら分かる。選択肢を減らすのも有効な手段だよ。」
シャーロックには私の細やかな反発心など全く効かなかったようだ。
「さあ、君の質問には答えたんだ。スタンガスンの居場所を考えてくれ。時間を無駄にはできないよ。」
逃げ場のなくなった私は、諦めて頭を切り替える事にした。誰にも気付かれず、且つ、ある程度の物を隠す事ができる場所を記憶の中から掘り起こす。
使っていない教室や準備室、倉庫、クラブの建物、林の陰、所有者の分からない物が山のように置いてある空き地……。幾つか思い付くが、それらの場所は隠れて何かしたい学生が既に見つけて使っているだろう。
ハドスン実験棟から人目に付かずに移動でき、その上で学生が使いたいと思わない場所……。
「もしかしたら、川かな?」
私はやっと一つの場所が閃いた。
「川?どういう事だい?」
「大学構内を流れる川は、地下でライン川へ繋がっているんだけど、その暗渠の部分に一人くらいなら隠せる空間があったはずだよ。」
「なるほど。良い目の付け所だ。では行こう。」
シャーロックに促され、私は川が暗渠になる場所へ案内した。
木々に囲まれた目立たない一角で、アーチ型の石でできたトンネルが川を吸い込んでいる。入り口には格子などはついていないが、かなり天井が低く、川の底も浅いため、もし中に入るなら腹ばいになるしかない。
「この奥に、しばらく進むと暗渠を点検する時に使う空間があるんだ。広さは物置くらいかな。」
私が覗き込みながら説明すると、シャーロックは笑みを浮かべて質問してきた。
「それは当然、実際に中へ入って得た知識なんだろう?」
「そうだよ。おかげで全身ずぶ濡れになった。」
「学生時代の君が好奇心旺盛で助かったよ。」
私の答えに彼が笑う。私は複雑な気分になったが、彼なりの褒め言葉だと思う事にした。
「しかし、これでは簡単に出入りはできないね。」
シャーロックは体を屈め、繁々と眺める。
「ここから人が入るようには作っていないからね。」
私の言葉が聞こえているのかいないのか、シャーロックはトンネルの周囲に顔を近付けて呟いた。
「この辺りの草や土は踏み荒らされた形跡がない。少なくともここから出入りをしている訳ではなさそうだ。」
彼は少し考えると、私に質問した。
「その点検用の空間へは、他に行く方法はあるのかい?」
「暗渠の出入り口は大学の外にあるんだ。管理自体はロンドン市の管轄だからね。」
「そうなると犯人がスタンガスンを連れ去った方法が分からなくなるね。どこかに別の出入り口があるのかな?」
シャーロックは暗渠になっている川に沿って視線を動かしたが、すぐに振り返った。
「他の出入り口を探している時間はないし、やはり確かめるにはあの石のトンネルから入るしかなさそうだ。」
「おいおい、君も腹ばいになって川に入るつもりかい?服が汚れてしまうよ。それは借り物だろう?」
シャーロックの今着ている服はスタンフォードのものである。
「後で謝れば良いだろう。彼なら許してくれる。」
「いや、しかし……」
私達が揉めていたら、暗渠の中からバシャバシャという音と、反響した声が聞こえた気がした。
「何だろう?」
好奇心と不安が混じった状態で覗き込むと、暗渠の川の中にずぶ濡れの頭が見えた。顔は男子学生のようで、切羽詰まった表情で水を被りながら口をパクパクさせている。しかしその男子学生には問題があった。
頭に繋がっているはずの体が無いのである。
私は何度も見返した。男子学生の表情は焦ってはいるが、痛がっている様子はなく、首から血が流れている訳でもない。とにかく首だけの状態で私達の方を見ていた。
「これは興味深い。」
しばらくの沈黙の後、シャーロックが呟いた一言は、私を更に動揺させた。
「君は驚かないのかい!?」
「驚いているさ。しかし君がそんな反応を示すという事は、こちらの世界でも、これはおかしな物体だという事かな?」
「少なくとも私は見た事はないよ。」
「助けてくれー!」
私たちの会話を遮って、首だけの男子学生が助けを求めてきた。
「ここまでやっと逃げてきたんだ。外に出してくれ!」
「そうは言っても、君が何か分からないと、迂闊に近寄って良いものか判断がつかないものでね。」
シャーロックは既に喋る生首を受け入れたらしく、普通の学生と同じように話している。
しかしそんな事の出来ない私はまだその奇妙な物体について様子を伺っていた。改めて見ても、やはり首だけで動いているようである。どのような仕組みなのか気になるが、その異様な姿が思考の邪魔をして考えがまとまらなかった。
「頼む!早くしないとあいつが来る!」
頭だけの男子学生は視線だけを動かして後ろを気にしながら嘆願してきた。
「あいつとは誰だい?」
シャーロックが態度を保留したまま質問すると、学生は声を振り絞って叫んだ。
「嗤う太陽だ!」
その一言は、再び沈黙をもたらすのに十分だった。
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