file018:レストレード2「下宿の捜査」
【登場人物】
シャーロック:探偵と名乗る頭の切れる謎の人物。魔法の知識は無い。
ジョン(私):帰国したばかりの魔法博物学の臨時教職員。
アリス :ロンドン大学・精霊研究科に所属する一年生。
アーサー :アリスの兄。海軍所属。
ドレバー :実験棟で殺されたアメリカからの留学生。錬金術研究科所属。
スタンガスン:ドレバーと一緒にアメリカから来た留学生。錬金術研究科所属。行方不明。
グレグスン :スコットランドヤードの警部。長身で白皙、亜麻色の髪をしている。名誉を重んじる。
レストレード:スコットランドヤードの警部。黒髪で顎が細くイタチを思わせる顔立ちをしている。
嗤う太陽 :何者かが操る精霊。泥の少女と共に消えた。
泥の少女 :動く泥。緑の瞳を持つ少女の姿になる。
【あらすじ】
ロンドン大学で殺人事件が起こった。
警察に犯人だと思われたていたアーサーを、シャーロックとジョンはアリスの助けを借りて見つけ出す。しかしそこに泥の少女と嗤う太陽が現れた。
何とかアーサーとアリスを再会させる事に成功したシャーロックとジョンは、その後にやって来たレストレード警部に、新しい情報を得る為、話を聞いていた。
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「た、助けてくれ…」
暗闇の中、怯えた男が弱々しく懇願した。
「何でもする…金もある…。あいつの財布の管理は私がしていたんだ。だから…」
しかし別の声がその声を遮る。
「お前をどうするかは彼女が決める事だ。それまでは生かしておいてやる。」
それだけ言うと声は消え、また静寂が暗闇を支配した。
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「つまり警部はスタンガスンを探しに、彼らの下宿を捜査していたのですか?」
「ああ、そうだ。私は最初からスタンガスンはドレバー殺しの犯人に違いないと睨んでいたからな。」
シャーロックと私の前にいる、応接用のソファに身を任せて座っているレストレードという名の警部は自信満々な態度で答えた。
「アーサー・シャルパンティエ氏を犯人だと考えていたグレグスン警部とは見解が分かれたのですね。」
シャーロックが喋り続けてもらう為に話を振る。
「そしてグレグスンの説は見事に見当はずれだったわけだ。ふふん。」
同僚の不手際にレストレードは少々優越感を抱いているように見えた。
先だって、私達はこの警部からどうやって話を聞き出そうかと思案していたのだが、そんな必要は無かった。彼は軽く相槌を打つだけでベラベラと喋ってくれたからだ。もちろん無駄な話も多かったが。
「事件発覚後、まずはスタンガスンの逃亡を考えて、リヴァプールに人相風体を伝え、アメリカ行きの船を見張るように手配した。」
警察はすぐにでも目撃者が現れると思っていたようだが、今に至ってもそれらしい報告はないそうだ。
「もっと目を皿のようにして注意深く見張ってもらいたいものだがね。見逃していないか心配だよ。」
「全くです。」
シャーロックがタイミングを見計らって相槌を打つ。
「次に私は奴らの下宿を探す事にした。この犯行が突発的なものなら、逃げる前に金や荷物を下宿へ取りに行くはずだからな。」
「素晴らしい判断ですね。」
自分を持ち上げる言葉にレストレードは良い気分になり、更に口が回る。
「しかし聞き込みをしてもドレバーとスタンガスンがどこに住んでいるのか分からなかったのだ。彼らは何度か引越ししていたし、余り友好的では無かったようでな。」
レストレードによると、彼らを知っている者は一様に深く関わりたくないと話していたらしい。
「それでも聞き込みを続けるうちに、ドレバーが酒好きだという話を何度も聞いた。それで酒場へ行けば何か分かるのではないかと考えたのだ。」
何軒か回るとドレバーが立ち寄っていた店を見つけた。そこでも住所までは分からなかったが、その時、閃いたそうだ。
「その近くで商売している辻馬車の御者なら、ドレバーを下宿まで送った事があるに違いないとね。」
「流石、目の付け所が違います。」
賞賛されてレストレードの話にますます熱が入る。
「それは見事に的中した!酔っ払ったドレバーを送った事のある御者を見つけたのだ。」
その御者はドレバーに散々ごねられたお陰で覚えていたらしい。態度の悪さが役に立った稀なケースと言えるだろう。
「そして朝方、やっと下宿を探りあてたという訳だ。辿り着くまでに、かなりの時間と労力がかかってしまったよ。」
「全くお見事です。」
「お疲れ様でございます。」
イタチのような顔をした警部が捜査の大変さを強調したので、私達はかなり大袈裟に労い、話を元に戻した。
「それで下宿はどこにあったのですか?」
「ベイカー街のとあるアパートだ。老婦人とメイドが住んでいる。」
朝は早かったが、事件の捜査という事で話を聞けたという。
「そこでの評判も悪かったな。メイドに不適切な言葉を掛けたり、酔って手がつけられなかったり、真夜中だというのに食事を要求したりしたらしい。彼らは女主人やメイドの部屋にも入り込む事すらあったそうだ。」
「それは女主人も大変でしたね。」
一通り話を聞いた後、シャーロックは核心に迫る質問を投げ掛けた。
「それでスタンガスンは戻っていたのですか?」
私も息を呑んで待ったが、レストレード警部は、フンと小さく鼻から息を出して面白くなさそうに答えた。
「いいや。彼らは事件前日に下宿を引き払っていたのだよ。」
「何ですって!?」
私が思わず大きな声を出してしまったので、驚いたレストレードの話が止まる。
「失礼。警部、話を続けて下さい。」
すぐにシャーロックがフォローしてくれたので、警部は再び話し始めたが、私は少し反省した。突然の出来事には、どうにも感情を抑えきれない。
「少し前からそんな話をしていたらしい。それで準備が整ったとかなんとか言って、引き払う話になったようだ。」
「その後はどこへ?」
「それを今、捜査しているところだ。ホテルや簡易宿泊所を軒並み調べてまわっている。見つかるのも時間の問題だろう。」
彼らの話を詳しく聞いた後、警部は残っている手掛かりがないかと部屋を見せてもらったらしい。
寝室二つに、広くて風通しの良い居間からなり、居間は明るい調度で纏められ、大きな窓も二つあり、彩光も良かったそうだ。
「それは随分と良い部屋ですね。」
シャーロックが感想を述べる。
「学生が借りる下宿にしては贅沢に感じたが、まあ彼らは資産家らしいから、そんな事も出来るのだろう。」
それぞれの部屋を確認すると、居間とスタンガスンの寝室だった部屋は整頓されていたが、ドレバーの寝室は乱雑だったという。
「散らかりすぎて、まだ片付けが済んでいないと言われたよ。」
隅々まで探したが、目ぼしいものは見つからなかったそうだ。
そこまで話をした所で、警官の一人が報告に来たので、私達は一旦退室した。
「中々、興味深い話だったね。」
シャーロックは目に好奇の色を浮かべて呟いた。
「しかしスタンガスンの居場所には繋がらないようだ。」
「下宿を引き払っていたというのなら、そこには戻らないだろうしね。」
「それから奇妙なのは、警察が掴んでいる情報では、昨日スタンガスンを見た者がいないという事だよ。」
「そう言っていたね。」
「ドレバーが殺された時間はまだ人通りがあった。もしスタンガスンが殺害現場にいたのなら目撃者がいるはずだ。」
殺しの音が聞こえなかったのは、実験棟の消音魔法のせいだが、そこから出れば音は聞こえるはずである。
「それなら警察の聞き込みで分かっていなければおかしい。」
シャーロックの説明を聞いて確かに不可解だと私も思った。
「では、やはりスタンガスンが犯人で、どこかに隠れているのかい?」
私の言葉にシャーロックは軽く「うん」と頷くと口を開いた。
「僕の常識がこの世界に通用するなら、という条件付きだけど。」
そう前置きしてから断言する。
「スタンガスンはこのロンドン大学のどこかに幽閉されているよ。」
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