file017:レストレード1「情報提供」
【登場人物】
シャーロック:探偵と名乗る頭の切れる謎の人物。魔法の知識は無い。
ジョン(私):帰国したばかりの魔法博物学の臨時教職員。
アリス :ロンドン大学・精霊研究科に所属する一年生。
アーサー :アリスの兄。海軍所属。
ドレバー :実験棟で殺されたアメリカからの留学生。
グレグスン :スコットランドヤードの警部。長身で白皙、亜麻色の髪をしている。名誉を重んじる。
レストレード:スコットランドヤードの警部。黒髪で顎が細くイタチを思わせる顔立ちをしている。
嗤う太陽 :何者かが操る精霊。泥の少女と共に消えた。
泥の少女 :動く泥。緑の瞳を持つ少女の姿になる。
【あらすじ】
アーサーを助けたシャーロックとジョンは、昨夜の事を聞く。ドレバーを殺したのは泥の少女であり、アーサーはそれを止めようとした時に何者かに刺されて大怪我をした。その時、アーサーを助けたのも泥の少女だと言う。
話し終わった後、アーサーはアリスの待つ大学本部へ勝手に向かってしまった。
「すると、レストレード警部は最初からアーサー・シャルパンティエが犯人では無いとお考えだったのですか?」
シャーロックが恭しく尋ねた。言うまでも無く演技だが。
「勿論だ。」
私たちの目の前に座っている男は、もったいぶった口調で返答する。
男は口髭を生やし、黒髪をきちんと整え、丸みのある黒い目をこちらに向けていた。顎が細くイタチを思わせる顔立ちで、きっちりと三つ揃えを着て、見た目は申し分の無い紳士だが、会話からは少々尊大な態度と、煽てに弱い性格が伺える。
私達は大学本部の応接室で、このレストレード警部から新しい情報を得ようとしていた。
話は少し遡る。
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「俺は殺していない!」
部屋の外にいる私達にまで聞こえる大きさで、アーサーの声が聞こえてきた。
中ではアーサーがグレグスン警部から事情聴取をされている最中だ。
妹であるアリス嬢が待つ大学本部へ真っ直ぐ向かうアーサーを、私達は止める事ができなかった。そして到着した途端、アーサーを探していた警察に身柄を確保されたのである。
私とシャーロックは部屋の外で待たされていた。アーサーは昨夜の出来事を聞かれているはずだが、それについて少し不安になる。
「泥の少女の事を口止めした方が良かったんじゃないかな?」
私は声を潜めて尋ねた。アーサーを助けた泥の少女を守る為には、なるべく警察には知られない方が都合が良いからだ。
「あの青年に嘘をついたり誤魔化したり出来ると思うかい?」
私の落ち着かない態度とは対照的に、シャーロックは平然と答える。
「無理だろうね」
私以上にアーサーはそういう事が出来ない性分に思われた。
しかし、そうなると泥の少女が心配だ。警察からすれば危険な存在として、最悪、破壊対象にされるかもしれない。
「アーサー青年には正直に話してもらって、早々に容疑を晴らしてもらう方が良いだろう。」
私の考えが分かっているのか、シャーロックは現在の状況を分析する。
「この後に僕らも話を聞かれるだろうから、その時にフォローすれば良いさ。」
前日に会ったばかりのこの頼もしい友人は、涼し気な口調で私を安心させてくれた。彼が難なくそう出来る事を私は知っている。
しばらく経って、部屋にアーサーを残したままグレグスン警部が出てきた。色白の警部は不機嫌そうに私達を見る。
「アーサー・シャルパンティエと一緒にいた経緯を説明してもらおうか?」
「勿論ですとも。」
シャーロックは協力的な態度を示しつつ、余計な事を聞かれる前に、間を置かず話し始めた。
「私たちは工学棟へ向かう途中で、何か参考になるものはないかと資料棟へ行ったのですが、そこでアーサーを見つけたのです。」
素直に答える風を装い、グレグスンに隠したい部分を大胆に省略する。
私達は資料棟にアーサーが隠れている事を知っていたし、アリス嬢の為にアーサーを迎えに行ったのだから。
「私達がアーサーと会った直後、動く泥と、あのふざけた太陽が現れて襲われました。」
シャーロックは”嗤う太陽゛については詳細に説明し、グレグスンの質問にも丁寧に対応した。
「人型の泥については?」
「あの動く泥ですね?理由は分かりませんがアーサーを守っているように見えました。」
シャーロックはさりげなく泥の少女の印象が良くなるような言葉を挟む。気付かないように何度もそれを繰り返していた事に私は気付いたが、黙っていたのは書くまでも無いだろう。
「動く泥とふざけた太陽が消えた後、ジョンがアーサーの治療をしました。アーサーは怪我のせいで、私達と会う少し前まで意識を失っており、更に動けなかったそうです。」
質問されたくない箇所については、隙を与えずに喋り続け、少しずつ話を逸らしていく。
「あのふざけた太陽は、やはりドレバー殺しと何か繋がりがあったのです。そうでなければ都合良く現れたりはしません。」
シャーロックは力説する。
私達が襲われた時には、ドレバーの事件との関係が不透明で重要視されなかったが、こうなれば警察も動かざるえないだろう。
そしてタイミングを見計らい、こちらの用件を切り出した。
「ところで、あの青年に正式な治療を受けさせて頂けましたか?」
シャーロックは控えめな態度でグレグスンに尋ねる。
「まだだ。」
それを聞いて大袈裟に懇願した。
「なるべく早くお願いします。ジョンは自分の治療は不十分であり、もしアーサーに何かあったらどうしようかと、ずっと心穏やかでは無いのです。」
突然、自分の名前を出されて驚いたが、私はすぐに話を合わせる。
「治療魔法は門外漢で、全く自信が無いのです!傷は塞ぎましたが見た目だけです。何かあったら大変です。早く病院へ連れて行って下さい。」
演技とはいえ、治療については本当の願いなので力が籠った。
「容疑者が取調べ中に倒れたりすれば、スコットランドヤードが何かしたのではないかと騒ぎ出す輩が現れるかもしれません。」
シャーロックがグレグスンを畳み掛ける。
「俗な者達ばかりで困る。」
グレグスンが苦々しく呟く。
「アーサーがドレバーを殺害をしていないという事は、あの魔法具で判明したのでしょう?」
私も虚偽判定の魔法具の存在を指摘する。
「まあ、そうだ。」
グレグスンの機嫌が悪かったのはその為である。アーサーを犯人だと考えていたのに当てが外れたのだ。
「それならば一刻も早く治療をお願いします。できればアリス嬢も同行させて欲しいのですが。」
私はどさくさに紛れてアーサーとアリス嬢の再会を願い出た。
「それは無理だ。容疑者の隠蔽を図った者だぞ。」
当然の理由で却下され、私がアリス嬢との約束を守るのが遅れる事を残念に思った時、シャーロックが口を開く。
「これは警部にお伝えするか迷ったのですが…」
シャーロックは溜息を吐き、消沈したような表情でグレグスンへ話し掛けた。これも演技だが。
「何だ?」
「警察がアリス嬢を不当に逮捕したという噂を耳にしました。」
「我々はアリス嬢を逮捕していないし、彼女を丁重に扱っている!」
グレグスンはその言葉に過剰に反応する。スコットランドヤードの名誉を重んじる彼には耐えられない侮辱の言葉なのだろう。
「落ち着いて下さい。」
シャーロックは両手を軽く上下に動かしてグレグスンを宥める。
「朝の出来事を見ただけで事情を知らない者が、適当に噂を広めているでしょう。」
「嘆かわしい!」
「このままではその噂を信じてしまう学生が出てくるのではないかと心配です。」
シャーロックはそう言うと解決策を提案する。
「しかし、アリス嬢をアーサーに付き添わせ、病院へ連れて行く姿を見せれば、根も葉も無い噂も消えるでしょう。」
「どういう事だ?」
「二人の姿を見せれば、警察がアリス嬢を不当に逮捕したという話に信憑性が無くなりますからね。」
シャーロックの提案にグレグスンは長考した。すぐに拒否をしない所を見ると可能性はありそうだ。
「アリス嬢の虚偽の自白も、兄のアーサーを心配する余り出たものです。寛容な心で許しをお願いします。」
グレグスンはかなり渋ったが、スコットランドヤードの名誉を守る為、最終的にその提案を受け入れた。
しばらくして、アーサーとアリス嬢がグレグスンと警官に同行されて病院へ向かった。
アリス嬢と私達は言葉を交わす事はできなかったが、遠巻きに目が合った時、微笑みながら口元が感謝の言葉に動いたのが見えただけで充分である。
私はアリス嬢との約束を果たせた事が嬉しかった。
そして大学本部の建物へ戻り、次の行動について話し合おうとした途端、出入り口が騒がしくなったのだ。
「おい、グレグスンはいるか?」
「お疲れ様です。レストレード警部。」
知らない男の声が聞こえ、騒々しい足音をさせてこちらに向かってくる。
「グレグスン警部は今はおりません。」
警官の一人が慌てながら対応していた。
「あの男も警部で、レストレードという名前らしい。グレグスンとは同格のようだね。」
シャーロックが私に説明してくれる。
「アーサー・シャルパンティエが見つかったそうだな?」
「はい。取調べの結果、容疑は晴れましたが、アーサー・シャルパンティエが怪我をしていた為、病院へ連れて行きました。」
「やはり犯人はスタンガスンで決まりだな!」
自慢気に宣言するレストレードに、シャーロックはさりげなく近付き、礼儀正しく話し掛ける。
「失礼します、警部殿。」
「こいつらは?」
レストレードは対応していた警官に尋ね、私達の素性を確認すると、やっとこちらを向いた。
「何の用だ?」
「警部にはドレバー殺しの犯人の目星が付いているのですか?」
「当然だ。」
「素晴らしい!それならば、是非とも犯人逮捕の協力をさせて頂きたい。」
そして私達は情報提供と称して、レストレードとの会話に成功し、今に至るのである。
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