file015:アーサー4「泥の少女」
【登場人物】
シャーロック:探偵と名乗る頭の切れる謎の人物。
ジョン(私):帰国したばかりの魔法博物学の臨時教職員。
アリス :ロンドン大学・精霊研究科に所属する一年生。
アーサー :アリスの兄。海軍所属。
【あらすじ】
大学内で殺人事件が起こり、その調査を始めたシャーロックとジョンは、犯人だと名乗り出たアリス・シャルパンティエに、彼女の兄・アーサーを探し出し、会わせる約束をした。
資料館でアーサーを見つけた二人だったが、そこで泥の少女と対峙する。
シャーロックと私は資料館の一角にあるポセイドンのレリーフの前にいた。
海の神ポセイドンはトライデントという武器を持ち、その先端からほと走る光線が四方に広がっている。その光に怪物は恐れおののき、海の民は仰ぎ見ていた。
そこは何の変哲もない休憩所であり、表からは直接見えない場所にある。
「ジョン、またしても君の出番だよ。隠し部屋の扉を開けてくれ。僕には魔法とやらが使えないからね。」
シャーロックが振り返り、頼るような表情で見られたので私は嬉しくなった。
すぐに頷き、レリーフの隅にいる小魚に魔力を注ぐ。すると近くの魚人が動き、隠された階下への階段が出現した。
「壁の中に階段が現れるとは、魔法とか言うものは随分と都合の良いものだね。」
迷いなく階段を降りながら、シャーロックは不思議というより訝し気に呟く。
この何でも知っていそうな新しい友人は、この世界を構成する魔法を使用することが出来ず、且つ、興味が無いらしい。
私は稀有な機会に恵まれた事に感謝する。
魔法を知らないというこの男は、生まれたばかりの赤子でも、常識が異なる未知の世界の住人でも無い。ロンドンを知るブリティッシュなのである。
そんな人物が世界の基本を知らず、それについての客観的な感想を聞ける事なんて、望んでも手に入れられる状況ではないだろう。
シャーロックには不本意かもしれないが、私は彼を十分に観察させてもらおうと思っている。
「確かにここなら見つかりにくい。」
私が呟くとシャーロックが続ける。
「しかし密輸品を隠すには不用心だね。」
「密輸品だって?」
「ここは元は商売をしていた商館だろう?そこにある隠し部屋なんて、非合法なものを隠す以外に使い道はないじゃないか?」
当然のように彼は言う。
「そうだけど…貴重品の可能性だって…」
「確かに、非合法なものは貴重品の一種だね。」
「う…。」
そんな会話をしていると階下に着いた。
そこはぼんやりと足元灯が光っているが、全体的に暗く、埃っぽい場所だった。それなりの広さがあり、木箱が重ねられている。
「これは…」
床についた黒い汚れを見て、私は息を止めた。
「どうやら血のようだね。」
シャーロックが屈んでそれを指で拭い、顔に近づけて確認する。
「誰の…」
私が質問しようとした時、微かに動く気配がした。
カタッ。
「そこにいるのはアーサーかい?」
シャーロックが大きな声をあげる。まだ姿は見えないのに、アーサーがいる事が確実に分かっているようだ。
「アリス嬢から君を迎えにいくよう頼まれた。返事をしてくれないか?」
しばらくして声が聞こえた。
「本当にアリスに頼まれたのか?」
苦しそうだが力強い青年の声である。
「本当だ。黄水仙の模様の付いたブローチをアリス嬢から預かってきた。」
シャーロックはブローチを高く掲げて、どこからでも見えるようにした。すると部屋の奥からまた応答があった。
「中に写真があるはずだ。内容を教えてくれて。」
「家族写真だ。父親、母親、そして君とアリスだ。二人とも子供で、十歳くらいだ。」
「アリスの服装は?」
「子供用のドレスを着ている。フリルの付いた可愛らしいものだ。手にブルーベルの花を持っている。」
「本当みたいだな。」
納得したアーサーから返事があった。
「すまないが、動けないんだ。こちらに来てもらえるか?」
「分かった。」
私たちはアーサーのいる方向へ歩き出す。
「明かりをつけよう。」
暗かったので私は明かりをつけるために光源の魔法を使った。手元が明るくなり、先程より広い範囲が確認できる。乱雑ではないが、整然としているわけでもなく、しばらくきちんとした片付けはされてないようだ。
部屋の様子を確認した刹那、シャーロックが覆い被さるように私を地面に伏せさせた。見えなかったが、空気の流れと木箱の崩れる音で、何かが激しく動いたのが分かった。
「こっちだ!」
シャーロックはすぐに私を引っ張って、物陰に隠れると声を落とす。
「状況を把握したいので、部屋全体を明るくして欲しい。可能かい?」
私は少し考えて、何とかしようと答えた。
一つでは無理なので、複数の光の粒子を一度に発生させる事にする。そして一つを中心に、他は放射状へ広がる動きをイメージした。
「多光源!」
光は部屋全体を照らし、シャーロックは一瞬で部屋全体に目を走らせる。目の動きが止まり、何かがいる場所が分かったので私もそちらを見た。
それは人の形を残してはいるが、その殆どがドロドロと動く泥の塊だった。残っている人の部分は顔で、少女のようにも見えたが、それよりも綺麗な緑色の双眸の印象が強い。その泥の少女の後ろにアーサーが横たわっていた。
「ジョン、あれが何か教えてもらえないか?」
シャーロックがこんな時なのに私に質問してくる。
「残念だが、私にも分からないよ。」
答えてから、とにかく気をつけるように付け足した。
「そうしよう」
軽く返すシャーロックに私は不安になる。彼は危険に対して向こう見ずな所があるからだ。
「逃げてくれ!俺にはこの娘を止められない!」
アーサーが叫ぶ。
「どうやらあの泥の塊はアーサーを守っているらしい。」
シャーロックは泥の少女の動きを観察して、私に教えてくれた。
「私達が味方だと分かってもらえれば良いのだが…」
「その方法は無いのかい?」
「すまない。思い付かないよ。」
そうして暫く睨み合いが続いた。下手に近づけば攻撃されるのが分かっているからだ。
その時である。
「熱?」
私は覚えのある熱気を背後から感じた。嫌な予感がしながら振り返ると、やはりというか…
『嗤う太陽』
「何故、ここに…」
驚く私達には目もくれず、嗤う太陽は泥の少女に近付いていく。少女は攻撃の対象を嗤う太陽に定めると、自身の泥を大小の岩に変えて撃ち出した。
バーン!
大きな音が部屋中に響いたが、嗤う太陽は纏っている炎によって攻撃をいなして無傷だった。
何度か同じような事を繰り返しながら、嗤う太陽は泥の少女と距離を詰めていく。
私はもちろん、シャーロックですら何も出来ず、どうなるのかと見ていると、嗤う太陽は少女に何か喋りかけた。私の分かる言葉ではなかったが、何かしらの言語のようだ。
攻撃をしていた少女は段々と静かになり、暫くすると落ち着いた。
(一体何を話したのだろう?)
しかしそれを確かめる事は出来ず、嗤う太陽は、朝と同じ様に眩しい光を放つと、泥の少女と共に消えていた。
「危機は去ったという事で良いのかな?」
シャーロックは辺りを見回して安全を確認すると、不本意に呟く。
「アーサー!」
同時に私は血を流すアーサーに駆け寄った。
※お読み頂き、ありがとうございます!
楽しみにしてくださっている皆様も、初めての方も、お読み頂き、ありがとうございます!
気に入ったものがございましたら、ブックマーク、評価、いいね、感想など、少しでも反応を頂けると励みになります。
まだ続きますので、次回もよろしくお願いします!