file013:アーサー2
大学内で殺人事件が起こり、その調査を始めたシャーロックとジョンは、犯人だと名乗り出たアリス・シャルパンティエと、彼女の兄・アーサーに合わせる約束をした。
その為にはグレグスン警部を説得しなければならなかったが、それは任せてくれとシャーロックは言うのだった。
「アーサーの潜伏先が聞き出せなかった、だと?」
大学本部の会議室に陣取っているグレグスン警部は、厭味ったらしく問い返してきた。
「せっかく警部に取り計らって頂いたのに申し訳ありません。」
いかにも申し訳なさそうな演技で謝るシャーロックを見ながら、私は思っている事が顔に出ないように気を付ける。
このグレグスン警部に会う前に、私達は作戦会議をしたのだが、その時に決めたのが私は話に参加しない事だった。
「ジョン、君が想定している事と、僕は異なる話をするかもしれないが、どうか警部の前でそれを訂正しようとしないで欲しいんだ。」
シャーロックは子供に諭すような言い方で頼んできて、それはそれで文句の一つも言いたかったが、それよりその内容が気になった。
「つまりはどういう事だい?」
「例えばアーサーの居場所を警部には伝えないとか。」
「そんな事をして大丈夫だろうか?」
アリス嬢に会わせてもらう条件が、アーサーが隠れている場所を聞き出す事だったからである。
「もし話せば、あの警部はさっさと部下を引き連れてアーサーを逮捕してしまうだろう。そんな事になればシャルパンティエ家には不名誉なことだよ。」
私はアーサーを心配するアリス嬢の青白い顔を思い出し、それは避けなければならないと思った。
「警部としても誤認逮捕だと分れば、経歴に傷が付く。つまり誰も得をしない訳だ。」
確かにそうである。仮に全てを素直に説明したとしてもあの警部が聞くとも思えない。
「しかし必ず聞き出すと言ってしまっただろう?約束を破ればアリス嬢に会わせてもらえなくなるかもしれない」
「なあに、警部の性格を利用すれば問題では無いよ。僕に任せてくれ。」
そういう事情だったので、私は隠し事について周りに悟られないように気を付けていた訳だが、その間もシャーロックは話を進めていた。
「ですがドレバーが何故アリス嬢の指輪を持っていたのか理由を聞く事は出来ました。これは大きな進展です。それは認めて下さいますよね?」
「アーサーがドレバーを殴った事を気に病んでいたから、指輪を貸してくれと頼まれた時に断りきれなかったというやつか。」
渋々という感じでグレグスンは認める。
「しかし指輪を借りた目的は結局分からず終いではないか。大した価値はないな。」
肝心な情報を得ることが出来なかった私達を、すぐにでも捜査から外そうとするグレグスンを、シャーロックは畳み掛けるように説得した。
「アリス嬢とは1時間後に会う約束をしました。その時にアーサーの居場所は分かるでしょう。」
「しかし…」
「無理をすればアリス嬢は何をするか分りません。まずは彼女に信頼してもらうのが重要ではありませんか?」
「むむ」
「1時間なんてあっという間です。届いたばかりの道具を使うのは、その後で良いと思いますよ。」
グレグスンに念押しすると、シャーロックは次に私達が外に出る為の口実の方に話を変えた。
「私達はドレバーのゴーレムとかいうやつの情報を調査をして、アリス嬢に報告しなければならないのですが、外出しても宜しいですか?もちろん警部には既知の情報ですが、私達に教えて頂けはしないでしょう?」
「当たり前だ。捜査の情報を漏らすわけにはいかない。やるなら勝手にやれ」
警部の反応はシャーロックの予想した通りで、私はどちらかと言うとそのせいで笑いそうになったのだが、それをなんとか我慢し、私達はまんまと大学本部の建物を出たのだった。
「さて、後1時間で僕達はアーサーを見つけなければならないのだから、急ぐとしよう。」
シャーロックはさっさと歩き始め、私も足早に付いて行く。
「それにしても良く誤魔化せたね。君が使わない方が良いと言った道具というか装置は、虚偽判定の魔法具だよ。何故、君の嘘がバレなかったのかな?」
「僕は嘘なんかついていないからね。」
シャーロックは歩きながら顔だけ私の方に向けた。
「だって君はアーサーの居場所は知らないと言ったじゃないか?」
驚く私にシャーロックは速度は変えずに話し続ける。
「良く思い出してくれ。僕は “アリス嬢からアーサーの居場所は聞き出せなかった” と言っただけだ。」
「同じだろう?」
「違うよ。アーサーの居場所は僕が推理しただけで、アリス嬢からは聞いていないからね。」
「なるほど!」
私は思わず声が出た。
「アリス嬢ともう一度会う約束も本当だし、ドレバーのゴーレムとかいうものの調査も嘘ではないだろう?」
「確かにね」
私は今言われたことを踏まえて先程の話を思い出し、シャーロックの言葉の意味を理解したのだった。
「ここが資料棟だ。」
大学本部から5分ほどの場所にあるその建物は、他の建物より古く、外壁の煉瓦の色も鮮やかさが失われていたが、堂々とした風格で私達を迎えた。
資料棟は18世紀の建物で、ロンドン大学の前身の学舎であった。大学設立当初はそのまま校舎として使われていたが、新しい建物が増えるにつれて倉庫として利用され、今は資料館としての役割を持ち、各学部の歴史を知ることができるようになっている。
正面玄関に着くとシャーロックは扉に手を掛けたが、すぐにこちらを見た。
「すまないが、開けてくれないか?」
良く分からなかったが私はその通りにする。
扉に鍵でも掛かっているのかと思ったが、魔力検知が付いているだけですんなり開く。何故私に開けさせたのたのか不思議に思い聞いてみると、シャーロックは少し目線を外して考えた後に、改まった態度で私を見つめた。
「君にはこれから世話になると思うから話しておくよ。」
その様子に私も襟を正す。
「僕は魔法とかいうものが使えないんだ。」
しかし彼から出た言葉はおよそ信じられるものではなかった。
「そんな事はあり得ない。」
すぐに否定する私を見てシャーロックは軽く笑った。馬鹿にする訳でなく、私の反応が早過ぎた事が単に面白かったらしい。
「君にとっては“僕が実は死んでいる”と告白したのと同じ位に信じられないのかな?」
「まだそちらの方が信じられるよ。魔法を使えない者など存在しないからね。」
「ふむ。死者が動いて話している方が信憑性があるとは、この世界は変わっているな。」
シャーロックは溜息混じりにそう答えた。
「今は時間が無いので、僕が魔法というものが何一つ使えないという事だけ分かってくれればいい。これについては、いずれゆっくり話そうじゃないか。」
思うところは色々あるが、確かに時間が無いので私は従うしかなかった。
資料棟の正面玄関の向こうには中程度のロビーがあり、そこから奥と左右の棟に分かれる構造だ。それぞれはそこまで広くはないが、各々に資料室があり、各学部の歴代の参考書籍や実験道具、成果物が飾られている。
「さあ、アーサーを探すとしよう。」
そう言ってシャーロックは一歩を踏み入れた。
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