file012:アーサー1
大学内で殺人事件が起こり、その調査を始めたシャーロックとジョンは、犯人だと名乗り出たアリス・シャルパンティエとの面会後、彼女の秘密を守る為、グレグスン警部と話す前に作戦会議をする事にした。
アリス嬢との面会を終え、私たちは大学本部のロビーへ移動した。
正面玄関に繋がるロビーは広い空間になっており、奥にはかなり幅のある階段が二階へと続いている。壁際には来客用のソファとテーブルが所々に置いてあり、簡単な打ち合わせならここで済ます事ができるようになっていた。
「作戦会議といこうじゃないか」
ロビーに着くとシャーロックが応接セットの一つに私を誘った。
「作戦会議?」
鸚鵡返しに尋ね返すと、シャーロックは当然の様に言う。
「勿論、グレグスン対策さ。アリス嬢の秘密を守りつつ、上手く事を運ばなければならないからね」
そうして先にソファに座ってしまったので、私も困惑しながら対面に着席するしかなかった。
「さて、まずは君の用事を済ませてしまおう」
「え?」
「何故アーサーの場所が分かったのか聞きたいんだろう?」
「ど、どうしてそれを!」
慌てて少し腰を浮かせる私にシャーロックは落ち着くように言う。
「君は考えが顔に出やすいからね」
指摘された私はすぐにソファに座り直し平静を装おうとしたが、反ってそれがシャーロックの壺に嵌ったのか、彼は声を押し殺して笑い出してしまい、私は決まりの悪いまましばらく待たなければならなかった。
「それでどうして分かったんだい?今度こそ探索の魔法を使ったのだろう?」
彼の言う通り私はそれが聞きたかったのだ。しかしアリス嬢の前で質問すれば、私が何も分かっていないと思われそうで黙っていた。彼女からの信頼が薄れるのは得策では無い。
「前にも言っただろう?魔法なんか使わなくても観察によって分かるとね」
シャーロックはソファの背もたれに体を預けて「あれの絡繰は簡単だよ」と説明を始めた。
「君も途中で気付いたと思うが、話の合間に出すように頼んだ幾つかのワードのおかけだ。これらを聞いた時のアリス嬢の様子を観察すれば、自ずと答えが分かるというものさ」
シャーロックは肘掛に置いた左手で頭を支え、先程の状況を思い出すように私に言った。
「アリス嬢はアーサーの居場所を隠そうとしていた訳だが、そうなると関係のあるワードが出れば、意図的に話を変えたり反応しないようにするだろう。それに加えて、目線を逸らしたり手や体に余計な力が入るなどの無意識な行動が出てしまう。そういう反応が大きいものが答えという訳だよ」
「でも資料棟は出てこなかったじゃないか?」
アリス嬢との会話に資料棟は出てこなかったのだ。それを当てる事ができた理由を私は知りたいのである。
「そこは僕の経験かな」
彼は事も無げに言う。
「アリス嬢は精霊科と実験棟の話に僅かに動揺していた。しかし反応の仕方から隠れ場所そのものではないと分った。とすれば、その近くだと推測できる。だからあんな“精霊科と実験棟の間”なんて言い方をしたのさ。実際にはそこに何があるのか知らなかったからね」
そして私を見て微笑んだ。
「君がピタリと当ててくれたのは大きかったよ。まるで僕らがその場所に当たりを付けていたとアリス嬢に思わせる事ができたからね」
彼の言葉を聞いて私は素直に喜んだのだが、その後で「まあ外れたとしても正解まで誘導したけどね」と付け加えたのは余計である。
そんな私の事など構わず、シャーロックは次の話題に移ってしまった。
「それから君の質問を途中で止めた事だが」
「アリス嬢がドレバーに指輪を貸した理由だろう?」
「そうだよ。これはこの後のグレグスンとの話し合いにも関わるから、先に解決しなくてはね」
彼は座り直して姿勢を正した。
「君を止めたのは彼女に恥をかかせない為だ。もしそのまま質問していたら彼女は固く口を閉ざしていただろう」
「何故理由を聞くだけで恥をかかせる事になるんだい?」
私は怪訝に思いながら尋ねる。
「単純な事だよ。アリス嬢はドレバーへ指輪を貸す代わりに謝礼を受け取ったのさ」
「謝礼だって?」
驚く私に人差し指を口の前に持ってきて静かにするように合図すると、彼は少し声を落とした。
「嫌悪している相手から金を受け取るのだから何か事情があるのだろう。それについて詮索するのは、それこそ彼女に失礼だからしないけどね」
更に「彼女の性格から、自分の為では無く家族の為だろう」と擁護する。
「そこまでして手に入れた金だが、ドレバーが死んだ事で事態が急変した。家族にも打ち明けられず、アーサーが疑われている状態で警察に話せば、金の為にアーサーがドレバーを殺したのではないかという疑いが掛かるかもしれない」
話の核心に私は話を身を乗り出す。
「そうなればアーサーの名誉に傷を付ける事になるだろう。だから彼女は何も言えず、アーサーを守る為に自ら犯人になるしかなかった訳だ」
「そうだったのか」
彼女の心痛に私は思いを馳せる。
「これはグレグスンには内緒にしてくれよ。変に勘ぐられないようにね」
「もちろんだ」
シャーロックの要望に私は力強く返事をしたのだが、それに満足した彼は口調を変えて話し掛けてきた。
「君がいて本当に良かった」
「何故だい?君一人でも何とかなると言っていたじゃないか?」
「僕はあのような女性が苦手だからさ」
「女性が苦手だって!君が?」
意外な言葉である。
「そうだよ。相性が悪いと言った方が良いかな」
彼は軽い溜息をするような仕草をした。
「恋する女性というのは、自分の行動は至極真っ当だと思っているが、実際は支離滅裂な事が多い。そしてそれについて指摘されるのを本能的に物凄く警戒しているんだ」
自分は客観的に観察する習慣が付いてしまっているから自然と警戒されてしまうのだと彼は言った。
「だから君のように何も気付いていない相手の方が気を許してくれるのさ。君は彼女をとても話に集中させてくれた。お陰でかなり素の反応を見る事ができたよ」
「彼女が恋だって!?」
説明を聞くのもそこそこに私は口から声が出た。そんな話は初耳である。
「あの様子では彼女自身も気付いていないかもしれないね」
観察の結果を呟くシャーロックに私は堪らず質問する。
「アリス嬢は誰に恋をしてるんだい?」
その途端、私の顔を不意に見返したシャーロックは、一人納得すると言った。
「君のそういう鈍感な所も嫌いじゃ無いよ」
「どういう事だい?」
「アリス嬢とはまた話す事になるだろうし、君は知らないままの方が都合が良さそうだ」
シャーロックが優しげに微笑んではぐらかしたので、私は消化不良の状態になってしまった。
そして他にも色々と聞きたい事があったのだが、シャーロックがグレグスン対策の方が重要だというので、仕方なく従う事にしたのである。
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