9.剣と槍の宿
実技試験でへとへとにされた後、俺はアリアさんに連れられてギルドマスターの部屋へ。
振り返るとアストルさんもいた。無言でたたずんでいた……剣を持って。
もちろんちゃんと物が斬れるやつだ。冗談じゃない。
既にへとへとだった俺は逃げられるはずもなく、アリアさんに羽交い絞めにされながらアストルさんに指先を少し切られた。
そこから出た血の一滴を部屋の隅に置いてあった顕微鏡のような物に垂らすと、セットしてあった石板に何か文字が書き込まれていった。
「はい。これでおしまいでーす。思ったより痛くなかったでしょ?」
「いや……怖すぎですよ」
急に背後から『君の血をもらおうか』は怖すぎだよ。痛かったです。
「ギルドマスター……さすがにやりすぎですよ。もっと小さいナイフありましたよね?」
アリアさんのジト目がアストルさんに突き刺さる。それを正面から受けても全く気にしない男アストル。
「……全くもう。このままだといつ問題を起こすか分かりませんね」
不思議と言葉に棘はなかった。むしろ自分がその問題を解決してやるという気概すら感じた。
「ソガミさん、これであなたも冒険者を名乗れます。ようこそ、冒険者ギルドへ」
アリアさんがギルドカードを両手で差し出す。俺はそれを受け取って二人の方へ向き背筋を伸ばし一礼した。
「これからよろしくお願いします!」
ギルドカードは重く、しっかりとした感触がある。何も考えていなかったが俺の口角はどうしようもなく上がっていたと思う。
「頑張るんだよシュンセイ君。これはお祝いだ」
そう言ってアストルさんが俺の指を切った剣を渡してきた。
「武器が無いと冒険者として恰好がつかないでしょ。それに武器とか防具って高いからね」
「ありがとうございます!」
俺はその剣を受け取り構えてみた。試験で使った物より少し小さめの片手剣だった。特に目立った装飾は無い。
強いて言うなら剣の柄に何か文字が書いてあることか。《翻訳》を使っても読めなかった。たぶん製作者の名前でしょ。
「なかなか似合ってるね。いやー僕、物を見る目あるなぁ~」
俺の姿を見てアストルさんはうんうんと頷くが、アリアさんは少しムスッとしていた。
その後アリアさんから冒険者としての心得を聞き、剣の鞘を受け取って冒険者ギルドを出た。
先輩冒険者から絡まれるということはなかった。なんなら実技試験を見ていた人が合格祝いだと言って酒を奢ってくれそうになった。ここではお酒は15歳から飲めるらしい。
さすがに他の飲み物に変えてもらったけどね。俺は20歳まで飲みません。
冒険者ギルドの入り口にはエルマンが待っていてくれていた。
「ボロボロじゃないか、何があったんだい?」
「実技試験があったんだ。それのせいでもうヘトヘトだよ」
「実技試験……ああ!そういえば言うの忘れてたよ。ごめんね。それで合格できた?」
「もちろん!ギリギリだったけどね」
エルマンに何故中で待たずに外で待っていたのか尋ねると「冒険者の人って見た目怖いんだよね」とのことだった。エルマンにギルドカードを見せると仮身分証は回収された。仕事中じゃないけどいいのかな。
「よし。それじゃあ僕の行きつけのお店に行ってご飯にしよう!」
中央の大きな通りから何本かそれた場所にそのお店はあった。
「『槍の遺産亭』?」
「うん。ここは僕の槍術の師匠がやっているお店でね、宿屋も兼ねているからここに泊まるといいよ」
「誰にも真似できなさそうなネーミングセンスしてるな……」
無骨な扉を開けてエルマンが中へと入っていく。まだ夕食時には早いからか人はまばらだった。
「こんにちはー!」
その声を聞いて奥の厨房で料理をしていた老夫婦が料理を止めて振り返る。
「おう、エルマンか!今日は何を食べてくんだ?」
「おやまあ、今日はミリナちゃんとは一緒じゃないのかい?」
「今日のおすすめを二人分お願い!今日はミリナじゃなくてシュンセイと一緒だよ」
おじいさんの方は「あいよ!」と威勢のいい声と共に料理に戻り、女将さんは厨房から出てこちらまでやってきた。
「初めまして、疏上春晴です」
「はいはい、こんにちは。私はこの店の女将をやってるサリィだよ。よろしくね」
少し腰の曲がったお婆さんでとても優しそうな声が印象的だ。絶対に休みの日は猫撫でて過ごしてる。
「シュンセイは長い間泊まれる宿を探してるんだけど、部屋は空いてる?」
「ああ、大丈夫だよ。そうさなエルマンの紹介だから一月銀貨20枚でどうだい」
「それはどの位のお値段で……?」
「シュンセイはたぶん一日で銀貨二枚か三枚は稼げると思うよ」
「じゃあ大丈夫そうだね」
俺は懐の銀貨の入った袋から20枚を渡した。
「はい、確かに20枚受け取ったよ。朝食付きだからね。毎朝取りに来るんだよ」
好きな場所に座っていいと言われたので入り口近くの二人掛けの机にエルマンと座る。
少しの間エルマンと雑談していると女将さんが料理を持ってきてくれた。
「今日はいい肉が入ったからね、メインは素材の味を活かした塩焼き肉だよ」
「おお!うまそう~」
「確かにうまそう……だけど大きくない?」
そうこの肉でかいのだ1000グラムはありそうな分厚さをしている。
「冒険者やるんだから、体を作らないと。さあ食べよう!シュンセイの新しい生活に乾杯!」
「乾杯!」
エルマンはお酒、俺は果実ジュースで乾杯をする。
「シュンセイ!冒険者になったからにはもちろんSランクが目標だよね!」
「いやいや、さすがにSは無理だよ。Bランクくらいになれれば満足かな」
「何言ってるの、夢は大きくいかないと!」
俺はこの夢の生活に期待を膨らませ、夜遅くまでエルマンと語りあった。
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時は少し戻り、春晴がギルドカードを受け取り部屋を出ていった後。部屋に残ったのはアストルとアリアのみ。少しの間両者無言になってからアリアが口を開いた。
「お祝いの品など差し上げて良かったのですか。ギルマスから貰ったと明らかになれば、他の冒険者からの妬みを受けると思いますが」
「あの剣はあの子が使う分には普通の剣だし、僕の気まぐれでお金のない子に武器を恵んだと思われるだけだよ。ほら僕エルフだから」
「『あの子が使う分には』ですか」
「ああ、あの剣には一つ仕込みをしていてね、僕が魔力を飛ばせば使用者を一瞬でスパッと……ね」
アストルは部屋に置いてある自分の席に座るまで返事は行わなかった。椅子に座ったアストルからは先程まであった軽薄さがなくなっていた。
「では、ギルマスはあの少年を間者か何かだと?記憶喪失は確かに珍しいですが、素直な子じゃないですか」
「あの少年からはなんでか分からないけど違和感を感じるんだ。どこか我々と違う気がしてね。長い間生きてきたけどあそこまで器が見えなかったのは初めてだよ。まあ、エルフの勘ってやつだね」
「結局勘ですか。まあいいです、ギルマスの勘は結構当たりますから。……でも、これは要りませんよね絶対に」
アリアがギルドカード製造機を指差す。
「石板に直接血を垂らせばいいのにこんな物買ってきて。どこで買ってきたんですか……数日後に本部から人がくるようですよ。『高額な請求書が届いた』って。もしや経費で……?」
アストルは椅子から立ってアリアに泣きついた。
「い、一応仕事で使うものだしいいかなって……このままだとじい様になんて言われるか……お願い、アリアちゃん。いや、アリア様!何とか誤魔化してください!」
「手のかかる上司ですねホントに」
そう言ったアリアの顔は迷惑そうというよりかは、頼られて嬉しそうだった。
冒険者ギルドはエルフによって運営されています。




