17.不信感表る
注文した料理を食べ終わり、ふと左隣を覗くといつの間にか知らない男が座っていた。満席というわけではない。カウンターにはまだまだ空きがある。なぜわざわざ隣に?そして何より、いつから座っていた?
少し凝視しすぎたのだろうか、その男と目が合ってしまった。男は目が合うなり、食いつくように体を寄せて口を開く。
「き、君は、あの女の子の知り合い?ほ、ほら、討伐隊に参加してた……」
「リーセレンのこと?」
「そ、そうそう。多分その子。さっき君があの子を運んでるのを見たんだよ」
個性的な口ひげに、少し禿かかった頭頂部。眼鏡をかけて痩せこけた神経質そうな男。年は三十代後半から四十代くらいだろうか。高価そうな皮鎧を着ているが使い古された感はない。いつもは背中に背負っているのだろうショートソードはカウンターに立てかけてあった。
正直に言って、非常に胡散臭い。ビギナーの俺でもわかるほどに服装と体がミスマッチだ。
「私も討伐隊に参加させてもらっていてね、彼女の護衛の一人だったんだけど複数の三つ首の狼に囲まれてしまい……護衛としては不甲斐なく彼女を見失ってしまったんだ」
肩を落としながら弱弱しく話すその姿には真実味があり、自分の行動を切に悔いているように見えた。
「しばらくの間捜索したんだけど見つからず、一縷の望みをかけて冒険者ギルドに戻ってきたら君が抱えているのが見えてね、彼女の安否が気になっていたんだよ」
「……リーセレンなら魔力欠乏で倒れています。命に別状はないみたいですけど、今は気を失っていますよ」
「そ、そうか。生きて戻ることができたか。よかったよかった……君にも感謝しないといけないね。ありがとう」
男はそう言って深く頭を下げ、感謝の印として今俺が食べた料理分の硬貨をカウンターへ置いた。
たまの贅沢でもしていればもっと得できたんだけど、食事に使えるお金に余裕はないからなあ。
「そ、それで、私の失態で迷惑をかけてしまった君に頼むのは非常に申し訳ないと思うのだが、彼女が目を覚ましたら私に伝えてくれないか。ここからほど近いところに私の友人が営んでいる店があってね、君たちにそこの料理をご馳走するよ。直接謝罪もしなければならないからね」
「……わかりました。目が覚めたら教えます。でも、リーセレンは何も気にしていないと思いますよ。はぐれたのは自己責任だって、自分で言ってましたし」
「おぉ!ありがとう!君は最高の人間だよ。あぁ……やっぱり人間って最高だ……」
男はもう一度頭を下げ、その上で俺の両手を包むように握った。困惑気味にその様子を見ていたが、このままいくと涙を流しかねない勢いだったので頭を上げさせ、そそくさとその場所を離れて槍の遺産亭へと戻っていった。
あの男――確か別れ際にオジュールって名乗ってたな――オジュールの泊っている宿の場所は聞いたが、あいつをリーセレンに会わせていいものなのか。明らかに怪しい、が、リーセレンのことを本気で心配していたし飯だってご馳走してくれた……一番安いやつだったけど。
まあ、タダ飯が食べれるなら損はないだろう。オジュールは本気でリーセレンのことを心配しているように見えた。まあ、誰だって普通の感性を持っていれば自分のミスで若い女の子が死んだかもしれないってなったら、そりゃ心配にはなるだろうけど。
「ヒルデ爺さん!弟子が帰ってきたぞー。どこにいるー?」
「やめんか、小僧。そんな大声出さにゃいかん程ボケとらんわい」
槍の遺産亭の正面から呼んでみると、ヒルデ爺さんが厨房のほうから顔をだす。どうやら、これからの飯の仕込みをしていたようだった。
「だったら、そろそろ名前くらい覚えてくれよ。俺は小僧じゃなくてシュンセイだ」
誰もいない食堂を通ってカウンターの方へ近づき、身を乗り出して自分を指さす。サリィ婆さんはどうやら留守のようだ。
ヒルデ爺さんは少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「まあ、そうじゃな。小僧を一人前と認めた時には考えてやらんでもないぞ。して、何の用じゃ?鍛錬の時間にはちと早いぞ?」
どうやら、俺の名前を覚える気はないらしい。
「季節スキルについて教えてもらいたくて来たんだ。前は大雑把なことしか教えてくれなかったし」
厨房からヒルデ爺さんを引っ張り出して空いた二人掛けのテーブルで向かいに座らせる、そしてヒルデ爺さんにこれまでの経緯を話していった。
ヒルデ爺さんが腕を組み、目を閉じて何かを思い出すように語り始める。
「季節スキルはいわばこの世界そのものが持つ力、つまり元は使用者の力でない。あやつらは世界に指示を出しているのに過ぎないのじゃよ、そしてそのエネルギー源は世界そのものから補われておる。いわゆる地下魔力というやつじゃ。本来人間には扱えないそれを扱えるかえてしまうからこそ、季節スキルには強力なものが多い」
ヒルデ爺さんの語り口からは何か深い思い入れがあるように感じる。その目はどこか悲しさと愉快さが入り乱れているように見えた。
「連続して長時間使用したり、出力を上げすぎると集中力が落ちてしまい、能力を制御できんようになる。故に季節スキルを使う者は常に自分の限界を見極めねばならん。その見極めを誤った者から能力に飲まれていくんじゃ……おそらくその娘もな。その娘のことを思っておるなら忠告しておくことじゃ」
「あぁ……、まあなんとなくわかったよ。しっかり伝えておく。ありがとうヒルデ爺さん」
俺は自分の部屋に向かうために立ち上がる。そこでヒルデ爺さんがやれやれといった雰囲気で、その呼び方もワシがお主を小僧と呼ぶ理由でもあるがのう、とかボヤいていたが聞こえない振りをした。
一度呼び方を決めたら、それを変えたくないタチなんだよ俺は。
俺の部屋は槍の遺産亭の二階にある、奥から二番目の部屋だ。なんとこの宿屋兼食堂、三階建てになっているのだ。正直ここいらでは珍しい。ほとんどの建物は二階建てまでだ。三階の窓から南を見れば、果てなく広がる屋根の床を見ることができる。他の方角を見ればちらほらと三階建ての建物が視界に入る。聖都の中心部の方に向かうにつれ徐々に屋根の高さが上がっていき、最終的には世界樹にすべてを阻まれる。夜になるとあの樹は淡く光りだす。
いったいどういう原理で樹が光っているんだか。
階段を登り始めて二歩目の時、ヒルデ爺さんが俺を呼び止める声が聞こえた。
「そういえば、季節スキルを発現する人間の大半は《季節の種》とかいうスキルを持っておると聞いた覚えがあるのう。それ自体には何も恩恵はないんじゃが、まあ小僧は持ってないようじゃから関係ないじゃろ。最後のスキル枠にでも発現することを願ってみるんじゃな。願って手に入るなんてそんな馬鹿なこと起きるはずないがの……」
「へぇ。覚えとくよヒルデ爺さん」
そう言って、今ヒルデ爺さんに言われたことを噛み砕きながら軽快に階段を駆け上がり、自分の部屋の扉を開けてベッドへ飛び込んだ。
「スキルボード……」
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保有スキル 《疾走Lv.4》《潜伏Lv.1》《翻訳》《剣術Lv.1》[袈裟切り]《盾術Lv.2》[シールドバッシュ]《持久力成長Lv.7》
保有可能スキル 《観察》《連撃》《目利き》 《追跡》 《槍術》 《気配察知》 《瞑想》 《精神耐性》 《集中》 《緊急回避》 《運搬》 《計算》 《筋力成長》 ……
スキル枠 7
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仰向けに寝転がり、足を組んでぼんやりとスキルボードを眺めていた。この世界で一か月冒険者として過ごしてみたけど、全然今のところイージーモードではない。出会う人には恵まれたのでハードモードでもない。いたって普通。ノーマルモード。今のままの稼ぎだと、ケガでもして冒険者の仕事ができなくなった時にどうにもならない。一週間後の食費のために稼いでる感覚だ。どうにか大きな金を稼がないと。
「あった……《季節の種》」
さっきのヒルデ爺さんの話を聞いている限り、季節スキルを手に入れるためにはこのスキルを保有しておくとい良いはずだ。しかし、スキル枠が全て埋まってしまう事に激しい抵抗を感じる。
自分の好きなタイミングでスキルを選んで手に入れることは、間違いなくこの世界では特異で強力だ。俺の切り札に十分なりうる。
その優位性を捨てるほどの価値が《季節の種》にあるのかどうか。でもこのスキルが季節スキルに覚醒すれば間違いなく金に困ることはほぼ無くなる。
くっそ。調子に乗って保有可能スキル全部獲得してたから余裕がない!《潜伏》なんて今日初めて使ったよ、使うタイミングがなさ過ぎて。しかも待ち伏せくらいにしか使えなさそうだし。
「今は一旦保留にしとくか……」
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バタンッと乱暴に、開いたままだった扉をアリアが閉めた。
「そんな話をするなら扉くらい閉めなさい。聞かれていたらどうするの」
「あ……す、すまない」
イレオンはばつの悪い顔をしながらも素直に謝罪した。
「そんなだから周りが見えてないって言われるのよ……」
アリアがイレオンに聞こえない程度の声量でつぶやく。その言葉をアストルはしっかりと聞き取っていた。
「今、何か言ったか?」
口の動きに反応したイレオンが雰囲気から何か言われたように感じ取った。何も聞こえてはいないが、ただ軽くアリアを睨む。
「いえ、何も?」
「まーまーまぁーまぁ。二人とも仲良しなかよしー。これから忙しくなるんだから。ね。それで自警団からの連絡はあった?」
飄々としらを切るアリアと眼光が強くなったイレオンの衝突を避けるため、アストルの仲裁が入る。この二人は優秀さで言えば冒険者ギルド南支部の中でも一、二を争う程だ。この二人の関係が良好の方がこれから取り仕切る気候魔獣討伐戦がスムーズに進む。
「いえ、未だ何も発見できずとのことで」
「そっか〜、まあ僕に心当たりがあるからそこを中心にかな~」
「あるんですか!?さすがはギルドマスター、頭がキレる……」
「まあね。でもとなると王国は今回、あんまり信用出来ないかもね〜」
「しかし、これからいらっしゃるのは【氷雪の紅蓮】とも称されるセゾンスニグ王国最高の騎士。そんな気高き人が、獣人に対する非人道的な実験に加担するのでしょうか……」
しばしば北の王国と省略されるセゾンスニグ王国。《冬》がやってくれば土地のほとんどが雪に覆われる。その力の残り香が強烈に残り、《夏》が訪れなければそれが水に変わることはない。
「あそこは東の王国ほどじゃないにしろ、人族史上主義が濃い地域もあるからねえ。僕とか見たら襲いかかって来るかも〜」
「はぁ、まったく。ギルドマスターは彼と会ったことありますよね。とても紳士な対応をしてくれた青年だったって言ってたじゃないですか」
「あはは、そうだった、そうだった。……でもあれは、僕がエルフだったからだと思うけどね……」
アストルは残念そうな目をして床を見つめた。聖都が掲げる平等と公平。その考えにそぐわない者ではあるが、考えがために誰をも受け入れてしまう。彼が一線を越えてしまう前であれば。
「よし!それじゃあ出迎えの準備を始めようか」