16.季節、夏は未だ来ず
疲れて寝ているだけ。そう気付いてほっとした。まさか奥の手というのが気候魔獣すらも凍らせてしまうとは思ってもいなかった。
リーセレンをちょうどよさそうな木へもたれかけ。気候魔獣の方へ歩み寄る。
「こいつはもう死んだのか?」
気候魔獣を包む氷を叩いてみる。すると氷の中で気候魔獣がわずかに振動した。
「まだ生きてる……」
距離を置いて盾を構える。気候魔獣の目を見るとそれもまたこちらを覗き込んでいた。
カサカサ、という葉の擦れる音が後ろから聞こえてくる。
俺は後ろに盾を構え、気候魔獣から目を離した。それが合図になったかのように俺にめがけて向かう落ち葉の円盤が加速する。
それを弾き、未だ眠ったままのリーセレンの元へと駆け寄った。
「動けないが、周りの葉を操ることは出来るってか」
こちらへ向かってくるいくつかの葉の円盤を弾きながら、俺はリーセレンを肩に担いでその場を離れた。
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リーセレンを担いで聖都まで戻り、冒険者ギルドへ駆け込んだ。受付にいたアリアさんに事情を伝え、ギルド内のベッドにリーセレンを横たわらせる。
「おそらく、魔力欠乏だと思います。そうですね……見たところ重症という程ではないので、遅くとも明日の夜までには目を覚ましますよ」
「そうですか。ならよかった」
「ですが、このような状態に何度もなってしまうと重症化するリスクが上がるので、奥の手という物の使用は控えた方がよさそうですね」
リーセレンは小さな寝息を立てながらとても静かに眠っていた。魔力欠乏は体内の魔力濃度が低下することによって引き起こされる。つまり、魔法やスキルの連発や高威力での発動が原因だ。リーセレンは気候魔獣を凍らせた奥の手を使うまでそのような素振りは少しも見せなかった。それだけ奥の手の魔力消費量が多かったということだろう。
「いや~それにしてもよく気候魔獣から逃げることができたね。僕もビックリだよ。それで、今回の気候魔獣はどんな姿をしていたのかな?」
「ギルドマスター、それを最初に聞くのは少し不謹慎では?」
「まあまあいいじゃない。僕は気候魔獣がどんな姿をしているか見れないんだから。不公平だよ?」
いつのまにか、部屋の壁に体重を預けて立っているアストルさんがいた。少々大げさな身振りでおどけながら近づいてくる。
「アストルさんが気候魔獣を見れないっていうのはどういうことですか?」
「ああ、僕たちエルフはね、気候魔獣に干渉できないんだ。種としての波長が全く同じというか何というか……だから僕らの魔法や拳は彼らに一切通じないし、彼らの魔法や肉体も僕らには届かない。何も影響を受けないし存在も感じられないけど環境だけはどんどん荒らされていくから、彼らは昔のエルフの悩みの種だったらしいよ?」
「あーなるほど。だから今は人間と共存して、気候魔獣の対策をしているんですね?」
「そうそう。彼らがいなかったら、エルフなんて種族はこんな大きな街を造らずに森の中で細々と生活してたよ。まあ、だとしたら僕はその森を飛び出していただろうけどね。あんな息苦しい生活はごめんだよ」
アストルさんからは確かに自由人っぽいところがあるから何となく想像がつくな。だけどギルドマスターっていう仕事も堅苦しそうな印象があるけど、この仕事は息苦しくないのかな?
アストルさんに迷いの森で遭遇した気候魔獣の特徴、そしてどうやって逃げたのか伝えていく。それはやはり最近聖都周辺を荒らしまわっている気候魔獣【豊穣の秋】で間違いないそうだ。
「それならこの子は冬の季節スキルを持ってるってことかな~?」
「ですがギルマス、季節スキルは魔力を消費しなかったはずです。魔力欠乏の状態になっていることと矛盾しませんか?」
「リーセレンが季節スキルを……?」
季節スキルは気候魔獣に特効を持つ。つまり、気候魔獣にとって唯一の天敵だ。季節スキルは春夏秋冬の四つに大きく分けることができる。そして春は夏に、夏は秋に、秋は冬に、冬は春に相性が良く、有利になる。と師匠から聞いたことがある。
「うーん、スキルが身体に馴染んでないような気はするし……いずれにしろ自然ではないね。この娘が気候魔獣の動きを止めるほどの魔法を使える、とは思えないからそう考えたんだけど……」
アストルさんがリーセレンの顔を覗き込みながらそう告げた。その時僅かながらアストルさんの目に、人ならざる気配が漂っている気がした。
「まあいいや。ギルドとしては季節スキルを持っていたらありがたいし、これ以上犠牲者を増やさないためにも害獣の駆除はさっさと終わらせようか」
さっと踵を返してアストルさんは部屋の扉を開ける。扉が開くと、冒険者ギルドのエントランスの方からの喧騒が俺たちの耳にも届き始めた。
「アリアちゃん、北の王国の副団長と南の獣王国の団長どっちが早そうかな?」
「おそらく北の副団長の方が早いと思いますが、ほとんど同時でしょう。数日以内には到着するとのことです」
「そっか。なら早く着いた方に主導してもらって、何か策を考えよう」
アストルさんが部屋を出る直前、廊下を早足で歩く足音が聞こえてくる。
「――ッと、ギルドマスター。こんなところにいらしたんですね」
早足で歩いていたギルド職員の男が、部屋を体半分だけ通り過ぎながら立ち止まった。
「どうしたんだいイレオン?何か急ぎのこと?」
「はい。先の討伐隊のことで伝えておきたいことが……」
イレオンがアストルさんの横へ近づき、チラチラとこちらを窺う。俺はアリアさんにお礼を言ってそそくさと部屋から出て行った。
開いたままのドアから背中越しにイレオンの声がわずかながらに聞こえてくる。
「討伐――国の――元が――査して――王国の研――だった――裏で獣――験を行って――」
しかし、冒険者たちの喧騒が次第に大きくなっておりほとんど聞き取れない。冒険者ギルド備え付きの食堂から食欲を誘う匂いが漂い始め、俺の興味もそっちの方へ移っていく。その時扉がバタンと乱暴に閉められて声は完全に聞こえなくなった。
リーセレンにはアリアさんが付いているから大丈夫だろう。そう思い食堂で腹ごしらえをするためカウンターに座った。そういえば、もう昼をとっくに過ぎているのに昼飯を食べていなかったな。
「ルーキーが気候魔獣に遭遇しちまったんだとよ」「西のギルドは薬草集めに忙しいし、北は頼りにならねえ。俺らがやるしかねえか」「そんな近くにでたのかよ!そろそろ討伐の時期か?」「高ランクの奴らは軒並みいねえし、ったく季節スキル持ってる奴はまだか?」
周りの話題は気候魔獣の件が多くを占める。身近で被害が出始めて彼らもやる気が出てきたようだ。
いつも頼む一番安い定食を頼み、とりあえず腹の中へかきこむ。味はそこそこだが量がある。とにかく今は腹が満たせればそれで良い。