15.侵食された夏、侵食する《秋》
リーセレンと共に森の外へと向かった。この森は迷いの森とも呼ばれており、ハイデの森より一層木が生い茂っている。先も見にくく、全方位同じような景色なので遭難する人がとても多い。
この森は聖都の西側にあり、俺が初めてこの世界に出てきた場所でもある。
俺はこの森には何か異世界に関する秘密が隠されていると踏んで、比較的森が安全になる今日ここを訪れた。
しかし何の成果も得ることができず、ついでだったクロックウルフ狩りをしていた。
「討伐隊の所には戻らなくていいのか?」
「んーまあ戻らなくてもいいでしょ。自己責任だよ自己責任。あたしが行きたいって言ったから仕方ないよ」
だとしても捜索くらいされていると思うが、まあ無事に帰還報告さえすれば少しのお騒がせなら許してもらえるか。しかし、妙な違和感を感じるな。討伐隊が不死族に有利だからといって俺と同じEランクの冒険者を連れて行くのだろうか。他に高ランクの氷魔法使いはいた気がするが。
「討伐隊の仕事は報酬が魅力的でさ、参加するだけで銀貨10枚も貰えるの。とっても割のいい仕事だと思わない?」
「確かに、氷魔法や聖魔法を使える人にとっては初歩的な魔法を放つだけ。しっかり護衛もつくなら割がいい仕事だな」
俺にとっては剣が通らないし、どれだけ切っても再生するらしいから二度と相手にしたくないレベルだけど。
「あたしの氷魔法は、それこそ気候魔獣とかじゃなければどんな相手でも凍らせれるんだから。さっき助けてもらったお礼に、帰り道の魔物は全部任せて!」
「それは頼もしいな。魔法使いの戦いを見たこと無いから楽しみだよ」
「――〈凍結〉!」
リーセレンの魔法で徘徊していたクロックウルフの足元が氷に包まれる。クロックウルフは突然の出来事に驚き、なんとか氷から脚を抜こうと氷を噛み砕き始める。
「『氷の棘』『氷山』――〈氷柱〉!」
無から生まれた氷の矢がクロックウルフの脳天へと突き刺さり、その狼は倒れた。
さすが魔法使い。確かに一人だと隙だらけだが破壊力は抜群だ。俺とリーセレンは若干赤みがかった茂みの中に隠れそこからクロックウルフに奇襲を行った。
「さすがあたし!完封よ完封!相手に何もさせることなく大勝利!……ってあれ?シュンセイはどこ?」
初めて《潜伏》を使ったが思いのほか隠れることができるな。何せさっきまで隣にいたはずのリーセレンでさえ俺のことを見失っている。
「ここだよ。さっきまで隣にいただろ?」
「えぇ!?全然気配を感じなかったんですけど」
リーセレン目線だと突然現れたように見えているのだろうか。今度《潜伏》を使える人にやってもらおう。
「リーセレンが使える魔法は二つなの?」
「完璧に扱えるのはこの二つね。……ホントに困った時の奥の手としてもう一つあるけど」
「へえ、いつか見てみたいな」
「絶対使わないよ。これを使ったらどうなるかわからないんだから」
俺もいつか奥の手を持ってみたいな。持つとしたらそうだな……どんな状況からでも絶対に生き残れるものがいいな。考えとこう。
クロックウルフの有用な部分だけを剥ぎ取る。残った死骸は森の生物に食べて貰うため、上にかかった赤い葉を払いなるべく見晴らしのいい場所に置いた。
「ねえ、なんだか変な匂いしない?」
「そう?……三つ首の狼のブレスのせいで嗅覚がダメになってるからわかんないな」
三つ首の狼のブレスは腐った肉体から放出される強烈な匂いがあり、少しでも嗅いでしまうとしばらくこびりついて離れない。
リーセレンは森の異変を感じ取っていた。
今は夏、木々は緑に生い茂り日差しも強い。そのはずだ。しかし、さっき隠れていた茂みの色は赤。クロックウルフの死骸にかぶさっている葉の色も、赤。
それは紛れもなく《秋》の先触れ。
「最悪……」
「何が最悪なんだ?」
「走って!まだ間に合うかも!」
リーセレンが俺の腕を引っ掴んでいく。
「えぇ?な、なんで?」
「周り見て何も思わないの?来てんのよアイツが!」
走る俺たちの後ろからは四足で走る足音が聞こえてくる。
「グヌウオォォ!」
重低音の牛のような唸り声を上げてソイツはみるみるうちに姿が大きくなっていく。
「なんだアイツ!?」
「もうこんなに近くまで!?しばらく目撃情報が無かったのに!」
キリンのような背格好をしているが体毛は赤く、何より下半身が木の幹のように太い。というか木の幹そのものだ。奇妙という言葉がよく似合う。身体中に赤い葉をまとわりつけており、付かない物は周りを漂っていた。
「『氷の棘』『氷山』――〈氷柱〉!」
高速で向かっていった氷の矢を、ソイツは長い首を振り回して叩き折る。
「もう一回!――〈氷柱〉!」
二度目の氷の矢に対して奴は周りに漂う落ち葉を固め、盾のようにして防御した。
「ヌォオオォ!」
奴は盾のように使った落ち葉をそのまま高速でリーセレンに向けて飛ばしてくる。
「危ない!」
俺は落ち葉の板とリーセレンの間に入り、盾でそれを弾いた。
「――ナイスガード」
盾を挟んで睨み合いながら俺は相手の出方を伺った。
「コイツってもしかしてあの?」
「ええ。最近ここらを荒らし回ってる気候魔獣。確か名前は……【豊穣の秋】だったかな?」
「だったら倒すことは難しいか……俺が盾で時間を稼ぐ。その間に助けを呼んで来てくれないか?近くにまだ討伐隊がいるかもしれない」
「そんな見捨てるようなことしないよ。助けてもらった恩はまだ忘れてないから」
「でもこのまま二人死んじまうより一人が犠牲になった方がまだ――」
「グウヌウウウゥゥゥ」
気候魔獣が落ち葉の塊を複数個漂わせ、それらを連続で俺たちの方へ飛ばしてくる。
一つずつ冷静に盾で弾いて軌道を逸らした。
「犠牲……」
リーセレンは何か思いつめたような表情で首元にかけていたロケットを握りしめた。
「だったら二人で助かろう。あたしの奥の手を使えばどうにかなるかも。三十秒だけあたしを守って」
「……大丈夫なのか?どうなるか分からないんだろ?」
「でも二人で助かるにはこれしかない。あたしを信じて」
「…………わかった」
リーセレンが少し後ろに下がって詠唱を始める。気候魔獣はそれを危険だと判断したのか、落ち葉の塊でリーセレンを集中して狙い始めた。
大きく弧を描いてくる塊を弾き落とす。次に正面、その後は後ろ。俺に完全に防がれると悟ると気候魔獣はその体で突進を仕掛けてきた。
「ヌオオォォォ!」
「力比べなら負けねえよ![シールドバッシュ]!」
気候魔獣の体と俺の盾がぶつかり合い、均衡した。しかしその均衡も長くは続かず。
「クソッ――!」
俺は気候魔獣に弾き飛ばされ、リーセレンへの道が空いてしまう。
「リーセレン!」
「どうか……私たちを守って――《冬の檻》」
リーセレンの奥の手が発動した直後。彼女を中心に、《秋》で染め上げられた世界が一部《冬》へと置き変わってゆく。
急に生まれた力に対応できず、気候魔獣は《冬》に包まれて白く輝く雪像となった。
立つ力を失ったリーセレンはヘナヘナと倒れ込む。バタンと倒れそうになったところをギリギリ腕で受け止めた。
「おいリーセレン!しっかりしろ!」
揺さぶってみるが起きる気配は無い。しかし耳をすませるとすーすーという寝息が聞こえてきた。
「寝てるだけか……」