11.突進の隙を
体は硬い皮膚に覆われ鼻の先端には見事に反り返った一本角。その先端を俺に真っ直ぐ向けながら真っ直ぐ突進してくる。突進を始めたら最後、角を突き刺すか通り過ぎるまで少しも曲がらずやってくる。自分の縄張りに入った獲物には容赦しないハイデの森の直線猪。
しかし、そんなラインボアにも弱点はある。そのラインボアはぶつかるだけでも人間に怪我を負わせることができるのだが、彼らは自分の角を突き刺すことに異常にこだわっている。
反り返った角はただ前を向いていても獲物を串刺しにすることは出来ない。故に彼らは極度に下を向く。何なら向きすぎて見ているのは後ろだったりもする。
そう、彼らは基本的に突進中は前が見えない。
「知識だけだとやっぱ身に付かないな。やっぱり実践しないと!」
独り言を呟きながらラインボアの突進を横っ飛びで回避。すぐにまたラインボアの方を向いて突進のルートを確認する。そしてまた避ける。
ひたすら回避して観察したおかげでこの動きにも慣れてきた。このまま回避し続けてもこっちの体力が切れて不利になるだけなので、ここからは攻勢に転じる。
「おっさんから教えてもらった対ラインボア作戦!」
ラインボアが突進を始めた瞬間に、ラインボアの突進は当たらないが俺の剣は届く突進のルートの側面に移動して構える。そしてラインボアが自分の眼前を通りすぎるタイミングで一発。
「食らえ俺の唯一にして最強のスキル![袈裟切り]!」
身体の中にある魔力の補助を得て鋭く振り切られた切っ先は、ラインボアの表面を薄く切り裂く。振り始めが遅れた。浅い。
「もう少し近づかないとダメか……!」
スキルは魔力の補助を得て自分の行動を強化する術。そんな風に無理やり体を動かすと、もちろん体は一瞬硬直する。その隙をラインボアは知ってか知らずか、間髪開けずに突進を行う。
「おいおいマジかよ……!体が――」
逃げ遅れた体はもう間に合わない。心は回避していても体が付いてこない。
「ッ――《疾走》!」
スキルで無理やり体を動かす。だがギリギリ間に合わなかった左足がラインボアの体の端に掠る。
俺の体は回転を加えられながら吹っ飛ばされた。
「痛ッ――」
再度ラインボアは突進。本当にそれしかしてこない。だが無尽蔵で速い、でも真っ直ぐだ。
倒れたまま寝がえりを打つように勢いよく転がって立ち上がる。アドレナリンで痛みは感じない。だがあれが直撃すればどうなっていたか、身に染みて感じた。
「来い!」
ラインボアの突進に合わせて今度はスキルを使わずに迎え撃つ。
また浅い傷が入る。今度は距離も近くなったが傷は浅いままだ。すぐに回避の態勢に入る。
今度は狙う場所を変える。体への攻撃が思うように通らない時用のパターンB。
ラインボアが何故そんなに角で突き刺すことにこだわるのか。それはラインボアの成長の性質にある。彼らは角で突き刺した分だけ角から獲物の魔力的エネルギーを吸収し、角を肥大化させていく。もちろん普通の食事もする。そしてオスはその角の長さでメスに自らの強さをアピールする。
角は層状に力を蓄えていき、縦からの衝撃には強いが横から層の間を狙われると脆い。ではどこを横から狙うといいのか。角は根元から古く、先端に行くほど新しい物となっている。つまり根元は、まだベイビーのラインボアが狩れる程度の生き物の養分しか吸収していないことが多い。イコール脆い。
「ラインボアの力の象徴である角の根元に!横から斬撃を食らわせる!」
ギリギリまで観察し、どのタイミングでスキルを発動すればいいか見極める。
「今![袈裟切り]!」
その剣は突進してきたラインボアの角の根元に、抵抗なしにスルッと入りこんでいった。
角を切られたラインボアからは大地を踏みしめる力が抜け、膝から抜け落ちるように勢いのまま転がっていった。
ラインボアは角がなくなると体が正常に動かなくなる。血管も活気を失っていく。とどめを刺す訳でもなく俺はさっき見れなかったラインボアの瞳を見つめ続けた。
息が乱れていたから。俺が動かなかった理由を聞かれたらそう答えると思う。でもやっぱりそうじゃない。俺は初めてこれだけ大きな生き物の命が終わる瞬間を見届けた。俺が引導を渡した。この震えはさっきまでの恐怖か、はたまた生き残った事への興奮なのか俺にはわからない。
キズナシ草をかすり傷に当てながら、スキルを確認する。
――――――――――
保有スキル 《疾走Lv.2》《潜伏Lv.1》《翻訳》《剣術Lv.1》[袈裟切り]《持久力成長Lv.6》
保有可能スキル 《観察》《連撃》
スキル枠 6
――――――――――
上がったのは《持久力成長》だけ。
「……パワーが足りない。《連撃》じゃあ手数は取れそうだけど《一撃》の強さは無さそうか」
一般的な冒険者はラインボアの角を切り落とすような危険な賭けには出ず、ラインボアの体にダメージを与えて討伐するらしい。
パターンBは体に傷を付けることが出来ない時に使う緊急手段だとおっさんが言ってた。そりゃそうだ。失敗すれば確実にラインボアの突進を体で受ける羽目になる。
「盾と……何か遠距離からの攻撃手段が欲しいな」
まあいいや。帰ろう。