10年前の悪夢(後篇)
「次に目覚めた時、わしは......浮いておった。
空はあの惨劇が嘘のように晴れておって、カモメ達は悲劇なんかなんも知らんという風に飛んでおったな。
まだすぐには思考の整理が追いつかんかったが、とりあえずわしがいるのがまだあの世でなくシュメータ沖の"海上"であることが分かると再びお前を探し歩いた。
幸い、お前は先に起きていたノーヤが既に見つけておって、特に怪我もしとらんようじゃった。
お前の安否を確認した後、わしは光線の被害を受けてるじゃろうと思ってとりあえず市場に向かった。驚くことに、既に市場はわしが手伝うまでもなく修復されており皆豊漁祭の準備を再開しとった」
「ちょっと待てじいちゃん、何もおかしいところはないじゃないか」
「なに、これからじゃ、そう焦るな。小説じゃから細かく説明せんといかんじゃろ?」
「おい、しょ……」
小説とか言うな、と言おうとしたが話を長引かせたくなかったので、グッと堪え頷くだけにとどまった。
「まぁ、前置きが長くなってすまんな。2つ目、それは"誰もあの出来事を覚えとらんかった"ことじゃ。
市場に着いたとき、わしはウォオクさん達と例の光線のことを話し合おうとしたんじゃが……
わし『全く……大変じゃったのぅ』
ウォオクさん『まぁ、大変なのは今もだけどな!』
ノーヤ『うちもやっとおおかた準備が終わるところだよ』
わし『フフ……おぬしらまだまだ若いのぅ。それにしてもなんじゃったんだろうな、あの光線は』
ノーヤ・ウォオクさん『『???』』
ノーヤ『光線?なんのことだい?』
ウォオクさん『大変だったって、じいさん、漁のこと言ってるんじゃなかったのか?』
わし『む?なんのことって……おぬしら覚えてないのか?空が突然暗くなりおって、紅い光線が大量に降ってきたじゃろうが』
ノーヤ・ウォオクさん『『???』』
ウォオクさん『ハッハッハ……!流石のじいさんもとうとうボケが始まったか?』
ノーヤ『ちょっとウォオクの旦那……。でも特に昨日は何もなかったよな?みんな豊漁祭に向けて大忙しだったしな』
わし『なんじゃと……?』
『おおーい!ノーヤ!これ運ぶの手伝ってくんな!』
『大将!新しい漁船が着きやしたァ!』
ウォオクさん『ギョヤ!すまねぇな、じいさん。続きはまた後でな!』
ノーヤ『オレもちょっと行かなきゃ!』
わし『あ、ああ。構わんよ……』
『………………………』
という具合でな。他の住民にも聞いて回ったんじゃが、誰一人として覚えとる者はおらんかった。中には夢だったのではないかという者もおって、わしも一瞬そうなのではないかとも思った。しかし、あれは間違いなく現実だったということをわしの体自身が覚えておる。わし以外誰も覚えておらん惨劇……まさに"悪夢"の出来事じゃった」
思わず言葉が詰まる。俺自身も夢では似たような光景を何度も見ているが、実際に見た記憶はない。そんな凄まじい出来事をじいちゃん以外全員綺麗さっぱり忘れているなんてことがありえるだろうか。
いや、たしかにじいちゃんは軽く引くほど記憶力が良い。一度読んだだけで辞書より分厚い本であろうと内容を一字一句暗唱できるほどだ。とはいえ、常人でも一日ニ日で忘れるようなことでもないだろう。
「オッホン……"引くほど"は余計じゃぞアシメ」
……相変わらず人の心情を文字通り"読む"じいちゃんだが、今はそんなことにいちいちつっこんでもいられない。
「とにかく……。俺が見ている夢はじいちゃんがいう"10年前の惨劇"の俺自身の記憶ってことなのか?」
「ふむ……。その可能性が高いじゃろう。が、昨日も言うたようにおそらくその夢はお前にメッセージを伝えようとしとるんじゃ」
「メッセージ……、あ、もしかして今朝の……」
はっと今朝の夢での"変化"を思い出す。
「左様。何のために、また何故お前に伝えようとしとるのか。まだわからんことも多いが、少なくとも今までお前が度々同じ夢を見続けておったのは、"フラディスを見つけて欲しい"というメッセージを伝えるためとみて良いじゃろう」
「俺に……伝えるため……」
たしかに例の男は極限状態にありながらもなんとか俺に言葉を託そうとしているように見えたし、じいちゃんの考えは正しいかもしれない。
「でもじいちゃん、フラディスを集めろって……そもそもフラディスって俺の中にあるやつだけじゃないのか?」
「そうか、そういえばお前にはまだフラディスについて詳しく説明しておらんかったのぅ。そうじゃな、この機会にそれについても教えておこう。じゃがその前に...…」
というと、じいちゃんはキッチンの方を向きパンパンと二回手を叩いた。すると、それを合図にしてキッチンからたくさんの料理が運ばれてきた。魔法がかけられた食器達は皆各々の踊りを披露しながら楽しそうに自分の使命を全うしている。
「深刻な話も終わったことじゃし、後は夕食を食べながらのんびり話すとしよう。お前も腹減ったじゃろ?」
「あ、そういえば……」
口より先に腹の虫が答えた。じいちゃんの話に集中し過ぎたせいで気づかなかったが、もう腹ペコだ。
やがて食卓は豪華なディナーで埋め尽くされた。どれも俺の好きなものばかりだ。
「フフ……、改めて、誕生日おめでとう、アシメ!」
じいちゃんの声に合わせてパパパパパパパパ……!!とどこからか現れたクラッカーが次々に鳴る。毎年恒例だが、相変わらず派手だ。
「はは、ありがとうじいちゃん」
変わったところが多いじいちゃんだけど、いつも俺のためにいろいろ考えてくれていることには感謝しているし嬉しい。
「今回もなかなか自信作じゃぞ?どれ、一口……うむ!美味い!」
「ちょっ、じいちゃん、たくさんあるんだからわざわざ俺のところから取らなくても……」
「たくさん?何を言うとる。ぐずぐずしてるとわしが全部食ってしまうぞ?」
「な……、よし、望むところだ!」
と、じいちゃんによって争奪戦の幕が切って落とされ、俺たちは賑やかな夕食のひとときを過ごした。途中じいちゃんは"読者への見せ場"などと言ってフォークやナイフ計八本を操り次々と料理を口に運んでいたが、例年と相も変わらず喉に詰まらせたため、このように割愛されるという結果に終わった。
一時間半後。誕生日の俺よりはしゃいでいたじいちゃんも落ち着き、賑やかなディナーもようやくひと段落した。
「ふぅ、食後の紅茶はまた格別じゃのう。いやはや、食った食った」
「よくじいちゃんあれ全部食べ切ったな……。いや、たしかに美味かったけどさ」
「フフ、わしはお前より今日を楽しみにしてたからのぅ。それに、お前もなかなかの食いっぷりじゃったぞ、アシメ。さて……」
じいちゃんはズズと紅茶を一口飲むと、そっとティーカップを机の上に置いた。
「そろそろわしの演説、後編のスタートといこうかの?」
「ああ、頼む」
そういえばじいちゃん最初に"後は夕食を食べながらのんびり話すとしよう"とか言ってなかったっけ……。まぁいいや。
「オホン。ではまずお前も持っている"フラディス"とは何かについて説明しよう」
と言うとじいちゃんは魔法で宙に絵を描きながら説明を始めた。