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空白のHISTORIA  作者: 卯月なのか
序章
6/15

動き出す運命の歯車

 赤黒く染まった空。そこから降り注ぐ無数の光線。もやがかかったようなボヤけた視界。

 間違いない。"例の夢"だ。

 やれやれ、昨日今日と2連続か。などと見飽きた世界に再びきたことを認識する。



 ……だが、何か違う。

 目の前の光景自体はいつもと変わらない。

 が、何かが今までと違う。


何かが


何か……




……ン……ュン……ヒュン……ヒュン……!!!


(…………!!!)


鮮明。


 そう、今までただの一度たりとも変化しなかった"夢の中での常識"。

 あらゆる感覚が制限されていた今までの夢に比べると、大分現実感が増している。まだ完全とは言えないが、以前より視界のもやが薄くなっているし、反響して聞こえにくかった音もはるかに聞き取りやすくなっている。さっきのヒュンヒュン……はどうやら光線が降り注ぐ音のようだ。


(さて……)


 ある程度状況を理解すると、あたりを見回してみる。

 といっても、自分で意識的に動いてるのではなく、"夢の中の自分"が勝手に動いているのに身を委ねているだけだ。簡単にいえば"誰かの体に心だけ乗り移った状態"といったところだろうか。以前から何度も試してきたが、夢の中では一切意識的に動くことはできず、ただ移り変わる情景を眺めることしかできないのである。


 遠くで点々とした赤い光が不規則に光っては消え、再び光る。

 何度も見てきた景色でも、ある程度視界がはっきりしていると全く新しいもののように感じる。今までは自分がどこにいるかなど全くわからなかったが、どうやら近くに建物があることは見てとれる。後は森……なのだろうか、ちらほらと木々が茂っている。

 まぁ、結局わかるのはそれぐらいのもので場所の見当はつかない。だが、この先の展開はもうわかる。多分、じいちゃんの顔より見てきたと思う。


(そろそろだ……)


 俺が心の中で身構えたその時。

 カッ……!!と空が光り、目の前の景色が紅く染められていく。見上げた空にあるのはこちらをめがけてくる一際大きな光線。

 突如、フッ……と時の流れがゆっくりになる。人は事故の直前、目の前の光景がスローモーションのように感じられることがあると前にじいちゃんが言っていたが、まさにそんな感じなのだろう。巨大な光線は、徐々に強まる自身の光を辺り一面に放ちながらゆっくりと近づいてくる。

 すぐにでも逃げるべき状況だと今なら直感でわかるのだが、"俺"は動こうとしない。別に何か動けない理由があるわけではない。



 ただ、"俺"は見惚れていたのだ。

 その異様ともいえる光景を、まるで夜空を翔ける流星群を見ているかのように。


 目の前の景色に対する"俺"の心情が自然と伝わってくる。一切恐怖心はなく、ただ、とめどなく好奇心が溢れてくるばかりだ。


 とはいえ、時間の流れは決して止まっているわけではない。

やがて巨大な紅の光に全てが包まれ__ようとした、まさにその時、


その男は現れた。



 年季の入った革靴とダマスク柄のマントに身を包んだ彼は、これまでと同じように切羽詰まった様子で空を見上げると、俺に背を向け迫りくる光線と対峙する姿勢をとった。

 視界がはっきりしてきた今ならとその男の顔を見ようとするが、そこまできている光線の眩い光に阻まれやはり確認することはできない。


(鮮明になっても進展は無しか……)


 この後、いつもと同じ展開ならその男の正体を確認しようとするが前方から放たれた光によって全てが飲み込まれ、夢が覚めるという流れのはずだ。少しずつ眩くなっていく視界を前に大きな進展がなかったことを思い、心の中でため息を溢す。

 まぁ少し鮮明になったことが進歩か、などと少しでも前向きに考えながら夢の終わりを待っていると、


「……シメ……アシメ!!…………」


(……!!!)


 心臓がドクンと飛び跳ねた。多分勢いで一回食道を登りきったのではないだろうか。思わず心の中で(え……?)という声が漏れる。 

 もちろん初めてその男の言葉が断片的に聞こえたことにも驚いたが、何より自分の名前を呼ばれるなど予想外で、まさに"夢にも"思わなかった。

 反響していてうまく聞き取りにくいが、焦りながらも落ち着いた口調で男は話し続ける。


「……つ……け……だ……!……ィスを……フラディスを集めるんだ……!」


(フラディス……?)


 掠れているがどこか心地よいバリトンボイス。かろうじて少しだけ聞き取れたが、やはりはっきりとまではいかず、ほとんどの言葉は聞き取れずじまいだった。


 そして、彼が話し終わった刹那、


 ”ゴオオオオォォォォォ!!”


 ゆっくりだった時の流れが元に戻り、息を吸うこともままならないほどの強風が、迫りくる光線の威力を物語るかのような勢いで吹き付けてくる。"俺"もその場に留まることが精一杯だ。

 しかし、男は全く動じる気配もなく"俺"の前に泰然として構えていた。彼は何かの動作をした後、その光線をガッと受け止めた。暫くの膠着状態が続いたが、やがて光線が目を開けていられないほどに紅く輝き始める。あぁ、夢の終わりを告げる光だ。

 徐々に薄くなっていく視界の中、男は1度だけこちらを振り向き、ニヤッと笑うと(顔は見えなかったが、なんとなくそんな気がした)そのまま光に飲み込まれた。俺の視界もそれに伴って暗転し、キィィーーン__という耳鳴りを残して夢は終わりを迎えた。

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