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空白のHISTORIA  作者: 卯月なのか
序章
2/15

変わり者の魔法使い

 一階に降りると、少年は顔を洗うために洗面台へと向かった。カーテン越しに外を見ると、太陽もまだ布団から出るのを渋っているようだった。

 おはよう、太陽。俺の方が早いよ。

 自然と乾いた笑いが溢れる。


 洗顔を済ませると、少年はじいちゃんがいるであろう書斎へ向かうため、地下へと続く螺旋階段を降り始めた。

 大の本好きである老人の書斎は、書斎と呼ぶには桁違いな蔵書量を誇っている。天井まで続く巨大な本棚が四方を埋め尽くし、とりどりの背表紙が整然と並ぶその空間はもはやちょっとした図書館のようである。螺旋階段の途中の壁にまで、本がびっしりと収められているほどだ。

 その全てに目を通すとなると考えただけで気が遠くなりそうだが、辞書のように分厚い本はどれも読み古された跡があった。


 下まで降りると、案の定そこにじいちゃんの姿はあった。

 点々と灯る暖色の照明、古びた紙と木の香り、めくられた古紙が擦れる音。それらが静かに調和した心地よい空間が、書斎には流れている。

 その中央には、重厚な木製の机と使い込まれた革張りの椅子が鎮座している。群青色のローブに身を包み立派な白髭を蓄えた老人は、そこに座って何やら調べ物に没頭しているようだった。

 じいちゃんの周りには目視で7〜8冊の本がふわふわと宙に浮いていた。忙しなくめくられるページが、乾いた音を奏でている。

 一見超常的な現象に見えるが、少年は驚かない。天才科学者兼発明家(自称)のじいちゃんと暮らしていると、このような魔法じみた発明は日常茶飯事なのだ。

 とはいえ、果たしてそんな一度に目を通せているのだろうかという疑念は残る。


 「じいちゃん、おはよ……」

 

 寝惚け眼で少年が声をかけたその時、


 ゴスッ!!


 鈍い音が書斎に響き渡った。老人の背後の本棚から落ちた一冊が、彼の後頭部に直撃したのだ。

 凶弾に倒れる主人に呼応するかのように、重力に引き戻されバサバサと落ちていく本。

 落下音の残響の中、じいちゃんは突っ伏すように机に倒れこんだ。


 「だ、大丈夫……?」


 おそるおそる尋ねるが返答はない。それどころか突っ伏したままピクリとも……


 あ、いやピクピク動いている。大事に至らないか一瞬焦ったが、どうやら一命はとりとめているようだ。最も、本人はめちゃくちゃ痛がっているようだが。


「……のじゃ……」


 じいちゃんが口を開いた。


「ん?」


「もう一度やり直すのじゃ!!!」


頭を打っておかしくなってしまったのか……

いや、それは愚問だ。なんせじいちゃんはもとから変わっている。


「もう一度って何が?」


 一応聞いてみる。


「もう一度お前の部屋に戻って朝の一連の行動をやり直すのじゃ!」


「えぇ……?なんで?」


「いいからほら、戻った戻った!」


 逆ギレ……ではなさそうだが、全くもって意図がわからない。とはいえ、じいちゃんが変わっているのはいつものことだ。仕方なく俺は部屋に戻ると、もう一度階段を降り、カーテンの外を見て、洗顔をし、書斎へと向かった。すると、螺旋階段を下まで降りるや否や


「違ァァァァァァァァァァァァう!!!」


 じいちゃんの怒号が書斎に響いた。よくもまぁそんなに声が続くものだ。


「違うって……ちゃんとやり直したけど……?」


「わしが言ったのはそっくりそのままやり直せということじゃ!」


「だからちゃんと……」


「いいやアシメ。わしは見ておった。」


「見てたって、そもそもどこからだよ?」


「読者の視点からに決まってるじゃろう。わしに言われたから仕方なくやり直しました感満載の文面ではないか。わしは"一字一句"そっくりそのままやり直せと言ったのじゃ。」


 一登場人物がいきなり第四の壁突破しないでほしい。

 っていうかどうやったの?それ。


「はぁ……そもそもなんでやり直したいんだよ?」


俺が今日一番のため息をつきながら訊くと、


「かっこ悪いからに決まっておるじゃろうが!!!」


「へ……?」


思わずキョトンとしてしまう。


「せっかくの初登場シーンじゃからカッコよくしようとしとったのに、本が落ちてきたせいで台無しじゃ!ぶっちゃけわしじゃって一度に7冊も8冊も読めんわい!2〜3冊が限界じゃ!じゃが、いっぱい読んでる風に見せた方が第一印象として知的なイメージを与えられるじゃろうと思うてわざわざ何冊か浮かせておったのにわし超かっこ悪いじゃろ!」


 前言撤回だ。今日一番のため息ランキングを更新した。流石初登場のセリフが"今何時だと思ってるんじゃ〜!(AM04:03)"の老人は言うことが違う。これがじいちゃんだ。じいちゃんは大概はなんでもこなす魔法使いだが、とても変わっている。


 俺とじいちゃんが2人で暮らすこの家は、発明好きなじいちゃんが作ったもので溢れている。どれも精巧に作られており技術は素直に凄いと思うのだが、くどいようだが繰り返そう。じいちゃんは変わっているのだ。

 例えば、先程は詳しく説明しなかったが、カーテンは普通の布のカーテンではなく水が常に上から下へと流れ落ちる"滝のカーテン"となっている。これは遮光できるだけでなく、じいちゃんの魔法が施されているため、人や物を感知すると自動でその部分だけ水が空中で静止し、絶対に水がかからないようになっているのだ。

 これだけ聞くとどこが変わっているのか、むしろ凄いと感じるかもしれないが問題はそこではない。滝のカーテン自体はシンプルに凄い。だが、どういうわけかじいちゃんは布のカーテンも備え付けている。しかも、季節によって衣替えまでする。じいちゃん曰く、

(「窓にはカーテンがないと……その……なんか変じゃろ!なんか!」)

とのこと。……じゃあ滝のカーテンなくても良いじゃん。


 また、洗面台では楕円形の鏡に沿って蛇口のレバーがびっしりと付けられており、全部で41個もある。レバーにはそれぞれ5℃〜45℃の文字が書かれており、レバーを引くとその温度のみの水またはお湯が出る。

 これだけでも果てしなくめんどくさいのだが、さらに、楕円の1番下に5℃のレバーがあってそこから時計回りに1℃ずつ上がっていくため5℃〜10℃、40℃〜45℃などの極端に冷たい、もしくは熱い温度のレバーには手が届きやすいのだが、常温のレバーには手が届きにくく、大いに不便である。

 他にも、トイレの前には黄色と黒の×型の看板(踏切というらしい)が設置されていて、先客がいると赤いランプの点滅とともに危機感を揺さぶるような音がけたたましくなり続けたり、知らない人たちの"動く写真"(その名の通り写真が取られる前後の数秒の様子が収められ、繰り返し再生されるものだ)が至るところに飾られていたり、じいちゃんの魔法によってひとりでに音色を奏でるヴァイオリンやピアノをはじめとする楽器たち、通称”フィルダム”は音楽性の違いで度々喧嘩していたり…


「お〜い、アシメ。いつまで語っとるんじゃ。わし、そろそろ喋りたいんじゃが」


 この語り聞こえてたのか、などという言葉はもはや不要だ。さっきの本を浮かせるアイデアが失敗したからだろう、不機嫌そうなじいちゃんには尚更言いにくい。


「まあ良い、とりあえず今日は先に市場に行くぞい。たしか今日から"豊漁祭"だったはずじゃ」


「あー、そういえば……」


 そんなこんなで、俺たちは朝食をとると、市場へと出かけた。

〜空白のBUTAIURA〜

アシメが書斎に降りてくる1時間ほど前__

変わり者の魔法使いは書斎で何やら考えていた。


「ふ〜む……やっぱり本は飛び交っていた方が良いかの……いやしかしあのアイデアも捨てがたい……。」


彼の周りでは魔法によって動かされた本が忙しなく飛び交っている。


「よし、アイディアは決まりじゃ。後はどの本にするかじゃな……。」


凄まじい速度で本がヒュンヒュンと音を立てながら本棚から取り出されたりしまわれたりしている。

そうして模索が続き、夜が明けようとする頃。書斎に備えられたアンティークな古時計が自身を精一杯軋ませて時報を告げた。


「おっと、もう4時か。本も大体選び終えておるし、そろそろアシメを起こすとするかのう。」

「起きろ〜アシメ〜!……」


__本を浮かべて待機する老人の頭上で、本棚の奥までしまいきれておらずグラグラと動く一冊の本があった。

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