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空白のHISTORIA  作者: 卯月なのか
第1章 大自然に囲まれた国「ゲシン」
14/15

ハビリの夢

 その夜。破壊した祭りの装飾等を修復し一段落したアシメは、エレトスの案内で森の奥に沸く温泉に浸かっていた。アシメの謝罪に村の人は嫌な顔ひとつせず、それどころかハビリと渡り合っていたアシメの実力を賞賛した。


「良いところだな、ゲシン」


となりで湯船に浸かっているエレトスにアシメが話しかける。


「そう思っていただけているなら良かったです!エンジの人や姉ちゃんみたいにケンカっぱやい人は多いですが、根は良い人たちばかりなんですよ」


エレトスは岩でできた縁に両手を組み、顎を預けながら微笑んだ。


「それに、この温泉も最高でしょ?来た時に通ったのでわかると思いますけど、この場所って来るまでの道が結構険しくて大変なので、あまり利用する人も少ないんですよ。そもそも水浴びだけで十分だって人がほとんどだからでもあるんですけどね」


「へぇ、そうなのか……。だからこんな貸切状態なんだな」


「まあ、僕たちだけの特権ですね!」


 エレトスに導かれて来たこの温泉は、自然の侵食によって削られた岩の空洞が浴槽となり、そこに温泉が溜まってできたまさに天然の温泉だった。浴槽は棚田のように幾重にも重なっており、上流からの源泉が順に湯船を満たしながら何本もの滝に分かれてこんこんと注がれているその光景は、秘境と呼ぶにふさわしい幻想的な空間であった。


「あ、そうだ。アシメさんの大会エントリーは僕が済ませておいたので安心してくださいね!」


「ああ、ありがとうエレトス」


「いえいえ。それに、考えてみればサピス杯への参加はアシメさんにとっても理にかなっているんですよ」


「理にかなっている?」


「はい。大会に優勝すると、優勝賞品として我らが”長”サピスさんから一つ。望んだ褒美を受け取ることができます。アシメさんがもし優勝できれば、フラディス……でしたっけ、アシメさんがお探しのものを貰うこともできるのではないでしょうか」


「なるほどな。優勝賞品か……」


純粋に力試しとして大会への参加を考えていたアシメは、当初の目的であるフラディス集めも関わってくることを認識し、よりいっそう翌日の試合に疼いた。


「まぁサピスさんが持っていればの話にはなりますが。姉ちゃんとあれだけやり合えているんですから、アシメさんも良いところまで進めるんじゃないかと僕は思ってます」


「ははっ、明日が楽しみだな」


 しばしの間、静寂の時が流れた。時折たちのぼる湯気が顔を撫で、澄ました耳に聞こえてくるは夜風に揺れる木々と絶えず流れる温泉の音。水面に映る星々を認め空を見上げると、そこには満点の星空と一際輝く満月の姿があった。


「ふぅ……。なんだかのぼせてきちゃいました。そろそろ僕は上がりますけど、アシメさんまだ入ってますか?」


「いや、俺も一緒に出るよ。行こう」


「はい!…………ん?」


立ち上がったエレトスが突如動きをぴたりと止める。


「ん、どうし…………ん?」


少し遅れてアシメも“異変”に気づく。


「何か……遠くから……」


「ああ……聞こえる……」


せせらぐ温泉の音に紛れてはいるが、確かにどこかから小さな声が聞こえてくる。2人が音の出所を窺っているうちに、次第にその声は近づいてきているようだ。


「……上か!!」


アシメが夜空を仰ぐと、そこには変わらず幻想的な星々が広がっていた。しかし、よく見ると満月の一部が欠けている。


いや、そうではない。満月を背にして何かがいる。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


月明かりの逆光を纏った黒いシルエットは、徐々に大きくなっていく。


「あ、あれって……」


 アシメがその正体に気づいたのも束の間、“それ”は勢いよく温泉に落下した。余すところなく落下の衝撃を受けた湯船は悲鳴を上げるように水飛沫をあげ、その高さは周囲の木々に匹敵するほどにまで昇った。


「あばっ……!」


落下の余波によってまともに声を上げる間もなく流されていくエレトス。なんとか踏ん張ったアシメも、足を取られて転倒し湯船の中へと沈んだ。


 ゴポゴポとくぐもった音とぼやけた視界。もがくようにしてなんとか体制を立て直し水面から顔を出すと、アシメの前に“それ”は立っていた。


「あーっはっはっはっはっは!!」


「ハビリ……!」


“それ”の正体はハビリであった。衝突の凄まじさから察するに相当高いところからの落下であったはずだが、全くダメージを受けた素ぶりもなくご満悦の様子である。


「なな、見たかアシメ?今の水しぶき!あの木よりも高くなかったか!?」


ハビリの全身から満ち溢れる好奇心は、月光にも劣らぬ輝きを放っているように感じられた。溢れた温泉が下の浴槽を満たし、氾濫の連鎖を起こしている音が聞こえる。


「ハビリ、一体どこから……」

「お・姉・ちゃ・ん!?」


呼吸を整えたアシメが口を開こうとした時、その言葉を遮るように下からエレトスの声がした。下を覗いてみると、何層にも連なる浴槽の最下層に彼の姿があった。好奇心彗星ハビリの二次災害の影響で一番下まで流されてしまっていたらしい。


「お、エレトス!エレトスも見た?凄かったでしょ!っていうかそんなとこいないでこっち来なよ〜」


「誰のせいだと思ってるの!!」


清々しい表情のハビリと険しい表情のエレトス。姉弟の感情は対極であった。流された影響であろう。エレトスの呼吸はまだやや乱れていた。


「っていうか!今僕たちが入ってるから姉ちゃんは後からって話だったよね!なんでもう来てるの!」


「別に良いじゃん!片付けも終わったし!ほら、前と違ってちゃんと服だって脱いでるだろっ?」


ハビリは両手を腰に当て誇らしげに仁王立ちした。年相応に膨らんだ胸や引き締まった肢体を隠そうともしない。


「そういう問題じゃなくて……!アシメさんも何か言ってやってください!」


語気に怒りが満ち溢れている。まだ出会って1日だが、普段から姉の破天荒な行動に悩まされている弟の気苦労が察せられた。


「ははっ。大丈夫だったかエレトス?でも今のすごかったなハビリ!それに、風呂はみんなで入った方が楽しいだろ?」


「だよな〜!わかってるじゃんアシメ!」


「ア、アシメさんまで……」


味方だと思っていたアシメがまさかのハビリ派に付きエレトスは項垂れた。アシメが常識ある理解者だという認識はある程度間違ってはいなかったが、アシメにもハビリに劣らない好奇の少年魂が宿っていることをエレトスは見誤っていた。


「まあいいや……。どうしますアシメさん、やっぱりもう少し入ってます?」


「ああ、ハビリも来たしそうするよ。」


「やりぃ!じゃ、もっかい今のやろうアシメ!」


「よし、やるか…」

「ダ・メ・です!」


乗り気なアシメをすかさずエレトスが制止する。


「あんまり姉ちゃんを調子付かせないでください……。それに、明日はサピス杯も控えてるんですから、ケガでもしたら大変です。」


「わかったよ。ありがとう、エレトス。」


 そうして二、三言葉を交わすと、エレトスは先に居住区へと帰っていった。そうして完全に彼の姿が見えなくなったのを確認すると、アシメとハビリは顔を見合わせた。


「(それで……どっからだ?)」


「(ししし、あそこの木だ!)」


「(よっしゃ!)」


エレトスの忠告も虚しく、2人はワイヤレスバンジーを堪能した。飛び降りる高さや芸術点、水飛沫の大きさなど様々な基準で競っているうちに、当初それなりに水深のあった湯船も一つ、また一つと空になっていき、彼らが満足した頃にはほとんどの湯船が足湯へと化していた。



 その後。十分に温泉を満喫した2人は、神木の樹冠付近まで登っていた。


「ふっふーん!さあアシメ、ここがわたしの秘密基地だ!」


誇らしげにハビリが紹介した秘密基地は、幹から伸びる太い枝の上に枝葉でスペースが区切られているだけの簡素な造りであったが、程よい閉塞感と手作りのランタン、葉をかき分けた先に広がる神木からの眺めなども相まってアシメの少年心をくすぐるには十分だった。


「おお!かっくいぃな、ここ!」


「だろだろ〜!」


基地というロマンを共有できるアシメに、ハビリは満足げである。


「ホントはこの木登っちゃダメらしいからわたしたちだけの秘密な!さ、入って入って!」


「え」


さらっと重要な事実を告げられたアシメだったが、ハビリの気持ちを無碍にするのも躊躇われ聞き間違いだと思うことにした。



 秘密基地で昼間の組手やワイヤレスバンジーについて語り合っているうちに、気づけば夜も更け満月の位置も真南に差し掛かっていた。


「楽しみだな〜!明日の大会!」


頭を幹に預け、足をバタつかせながらハビリが言った。ランタンのほのかな暖色が彼女の頬を照らす。


「なんてったって今回はアシメがいるもんね!ま、優勝するのははわたしだけどな!」


「ふっふっふ。俺だって負けないさ!」


2人は不敵な笑みを浮かべ、互いを牽制し合う。


「そうだ、ハビリの他に強い人って誰かいるのか?」


「ん〜、そうだな〜。大体いつも最後の方まで勝ち進んでいるのはアストラとシューの2人かな!」


「アストラとシューか……どんな人たちなんだ?」


「アストラは〜とにかく豪快で筋肉筋肉してるって感じ!んで、シューはその反対!頭良いから作戦作戦しながら戦ってる感じ!わたし程じゃないけど結構強いよ〜!」


「な、なるほどな……」


アシメは思い出した。ハビリの説明は“ハビリ語”を伴う難解なものであることを。


しかし、過小評価だとしてもハビリに強いと言わしめるその2人はハビリ同様きっと強いのだろう。アシメは頭の中で未見のライバルを思い描いた。


「(ここに来た時に見た大剣を背負っていた人はその2人のどっちかなんだろうか……)」


「ん?どうしたアシメ、黙り込んじゃって」


「あ、いや、なんでもないさ。それよりハビリ、ハビリは優勝したら何が欲しいんだ?」


「良くぞ聞いてくれました!」


そう言うとハビリはバッと起き上がり、幹に空いた樹洞へと潜っていった。



 1〜2分ほどガサゴソと物音をたてた後、ようやくハビリは一冊の分厚い本を携えて戻ってきた。


「お待たせっと!アシメ、この本知ってるか?」


ハビリが持ってきた本は全体的に日焼けしていたりところどころページの端が破れたりとだいぶ年季が入っていたが、アシメにはそれに見覚えがあった。


「あ、確かその本、じいちゃんが持ってたな。確か名前は……」


「『ストラナリア』だ!なんだアシメ知ってたのか〜!」


「そうだそうだ!俺も小さい時何回もじいちゃんに聞かせてもらったな〜。面白いよな、それ!」


 『ストラナリア』。それは世界各地の様々な“謎”が記された書物である。世界中の奇奇怪怪や摩訶不思議が魅力的な筆致で記されているこの本は、読む者全てに夢や冒険への探究心・好奇心を誘発し旅へと駆り立てる。しかし、真偽不明なものが多いこともあってか、“面白いおとぎ話”というのが大多数の大人の共通認識である。


「そうそう!わたしのお気に入りはこれかな〜。『奇跡の島 ネバーアイランド』!あ、でも『死者が住む大邸宅』も良いな〜!」


「俺は『運命の蝶』か『5人のロジャー』かな〜。でもその2つもワクワクするよな!」


「わかるぅ!」


2人はすっかり意気投合していた。特に、ハビリにとってはストラナリアの情熱を分かち合える初めての友であったため、心から高揚していた。


「ん、待てハビリ。それと優勝賞品となんの関係があるんだ?」


大きく話が脱線したことに気づいたアシメが逸れた話題を引き戻す。


「あ、そうだった!」


開いていたストラナリアを閉じると、ピョンとハビリは立ち上がった。



「わたし、夢があるんだ!」



 刹那、一陣の風が吹き、秘密基地を覆っていた葉を舞い散らせる。



「それは、いつか世界中を巡ってこのストラナリアに書いてある謎を全部探すこと!」



 枝葉の間から漏れる月光が、髪を靡かせながら夢を語る彼女の姿を優しく照らした。

 ニカっと笑うハビリにアシメも微笑み返す。


「ああ、良い夢だ」


「だろ〜?エレトスですら作り話だって信じてくれないんだ!でも、わたしは全部ホントだって信じてる!なんだけど……」


そこまで言うと、ハビリは一度口をつぐんだ。


「なんだけど?」


「ん〜。サピスんがね、外に出ることをなかなか許可してくれないんだ〜」


ガッグリと肩を落としたハビリは、再び座って幹に体を預けた。


「サピスん……?ああ、この国の長って人?どうして外に出ちゃダメなんだ?」


「そ!サピスのおっちゃんでサピスん!まだ子供だし、1人では危険だからって。時が来たら許可しよう、とかよくわかんないこと言っていっつもはぐらかされるんだ!」


「なるほどな。そういえば俺も、じいちゃんになかなか村の外に出してもらえなかったなぁ」


ハビリの話を聞きながら、アシメはシュメータ村にいた頃の自分と彼女を重ねた。


「あ、そうか。それで大会に優勝することで賞品の代わりに外に出る許可をもらおうってことだな」


「だいせーかい!」


人差し指を立て、ビシッとアシメを指差すハビリ。


「実は何回かこっそり抜け出そうとしたこともあるんだけど、絶対にサピスんに捕まるんだ!さすがのわたしでもサピスんには敵わないや!」


「やっぱり長だけあってサピスさんは強いんだな……」


関心しつつも、機会があれば対戦してみたいと密かに試みるアシメであった。


「あ!でもでも!だからと言って明日の大会でアシメに手を抜いて欲しいわけじゃないからな!お互い、ちゃんと本気でやろう!」


そう言うと、ハビリは拳を握り再びアシメの前へ突き出した。


「ああ、もちろんだ!今日の組み手では引き分けだったからな。ちゃんと決着をつけようぜ!」


アシメも拳を突き出し、ハビリの拳と突き合わせた。

 健闘を誓い合った若き2人を鼓舞するかのような一陣の夜風が吹く。薄浅葱と金糸雀(カナリヤ)の瞳が月光を反射し淡く光った。

 ふと、アシメは枝葉の隙間から見える夜空を眺める。相も変わらず幻想的な瞬きでこちらを見守っている無数の宝石の中に、一筋の流れ星が流れた。


「なあ、ハビリ……」


 アシメの問いかけにハビリの返事はない。不思議に思いハビリの方を向くと、いつの間にか彼女は眠りについていた。ついさっきまで元気に話していたのに、よほど疲れていたのだろう。すーすーと寝息を立てながら、時折笑みを浮かべむにゃむにゃと何かを喋っている。

一分一秒を自由に生きているハビリの生き様に、アシメは微笑を浮かべる。


「おやすみ、ハビリ。」


ゆらゆらと揺らめいているランタンの灯を消すと、やがてアシメも眠りについた。


 南に昇っていた満月も、徐々に地平線へと就寝の準備を始めていた。

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