アシメVSハビリ
再び目を開けると、そこに広がっていたのはのどかな広場の風景だった。木造の出店が立ち並び、そこで農作物を交えながら談笑する人々。小川にかけられた橋の上でせせらぎを覗き込んでいる子ども達。ふと奥の方を見てみると、一際高く聳える太い巨木の姿も見てとれた。
「さて、ここが"集いの広場"と呼ばれる場所です。畑で採れた野菜や渓流で採れた魚なんかを持ち寄ったり、おしゃべりしたり……まぁ、憩いの場って感じですね」
「へぇ……なんだか俺が住んでた村の雰囲気とも少し似てるな」
「そうなんですね!僕もそのうち行ってみたいです。きっと、ここにはいないような動物もいっぱいいるんだろうなぁ……」
そんなやり取りを交わしながら3人が村の中心部へと歩いて行くと、こちらに気づいた住人達が声をかけてきた。
「おー、ハビリにエレトス、おはよう。おや、そっちのお兄さんは初めてみるねぇ。外から来たのかい?」
「はい。俺、アシメって言います。シュメータ村から来ました」
「そうかいそうかい、よく来たねえ。ゆっくりしておいき」
「ゲシンに来るお客さんなんて久しぶりじゃな。で、おまえさん達が案内しとるわけか」
「そういうこと!」
突然の来訪者にも関わらず、村の人々はみなアシメをあたたかく迎えてくれた。ゲシンの第一印象が屈強な男達の怒号であったアシメは心のどこかで少し身構えていたが、穏やかな人たちもちゃんといることを知りホッと胸を撫で下ろした。
「__それにしてもアシメはなんのためにこの国に来たんだい?もしかして明日の大会が目当てかな?」
ある住人がアシメに尋ねる。
「大会…?」
「そうだった!な、アシメも出ないか?明日の大会!」
アシメが聞き返すや否や、ハビリがずいずいっと顔を挟む。
「大会って何の大会だ?」
「もちろん最強の大会だ!さ・い・きょ・う!」
頭が?で溢れているアシメに気付き、すかさずエレトスが補足を入れる。
「あぁ、大会というのは簡潔に言えば武闘大会のことです。通称"サピス杯"と呼ばれるもので、年に1度祭りの日に開かれる……、まぁ姉ちゃんの言葉を借りるならゲシン最強を決める大会です」
「武闘大会か……!」
思わずアシメがこぼした言葉には昂揚感が溢れ出ていた。
「なーなー、出るだろアシメ?」
「ああ、面白そうだしな!」
「そうこなくっちゃ!」
満面の笑みでガッツポーズをするハビリ。アシメも同様である。
「えぇ、アシメさんまで付き合う必要はないんですよ?それに、こんなんですけど姉ちゃんめちゃめちゃ強いし」
エレトスが怪訝そうな表情でアシメ達の間に割って入る。姉とはうってかわってエレトスはあまり好戦的な性格ではないらしいことが窺えた。
「いや、俺も純粋に力比べをするのは好きなんだ。小さい頃からずっとじいちゃんと修業してきたから多少腕に自信もあるしな!」
あまりに毅然としたアシメの態度に、予想してた返答と違ったのかエレトスはさらに怪訝そうな表情に曇ってゆく。
「まぁ本人が良いなら良いんですけど……」
「よぉし!そうと決まればアシメ、明日に備えて組み手しよう!」
「お、望むところだ!」
拳を突き合わせ盛り上がる2人。姉と相性が良さそうな来訪者に安心しつつもこの人も姉と同じタイプだったかと苦笑いをするエレトス。そこには明確な温度差が生まれていた。
「ということだからさ、あの武舞台今使っていい?」
ハビリが明日行われるという祭の準備に勤しむ村人の1人に尋ねた。
「ん?あぁ、組み手でもすんのか?武舞台の方はもうほとんど終わってるから良いぜ!」
「っしゃ!行こうアシメ!」
「あ、ちょっと待て!あんまり激しくやって装飾とか壊すなよ__」
有無を言わさずアシメの手を引いて走り出すハビリ。悲しき哉、その耳に男の言葉は届いてはいなかった。
「まぁどうせ明日壊れるか……」
ボソッと呟く男の嘆きはアシメの耳だけには届いていた。
武舞台は広場を抜けたさらに開けている場所に鎮座していた。土と岩を材料として台形にややせり上がるように造られた舞台は、上面が一辺30mほどの正方形になっており気兼ねなく戦うには十分な広さであった。
しかしながらそれより目を引くのは集いの広場に着いた時から見えていた巨木である。武舞台の奥に聳えている圧倒的に巨大なその御身は、見る者全てに畏敬の念を自然と抱かせる存在感があった。
「でっか……」
アシメから自然とため息が溢れる。
「ふっふーん、だろだろ?この木はしんぼく?とかいって、神様みたいなもんらしい!めっちゃ高いし、てっぺんから見る景色はすっごいキレイなんだ!」
「へぇ……」
神木を見上げるとたしかに頂点は視認できない。一周するだけでも30秒はかかりそうなほど太く力強い幹は、まだまだ序の口といった表情で果てしなく天へと伸びていた。幾層にも重なる枝葉はところどころ日光を遮断している。
「おーいアシメ!早く戦ろう!」
無意識に歩みを止め神木に見惚れていたアシメは、ハビリの声でようやく自我を取り戻す。いつの間にかハビリは武舞台に上がっていた。
「ああ!」
武舞台へ上がると、アシメはハビリとは少し離れた位置まで歩いた。
アシメが止まると、2人はどちらともなく戦闘の構えをとった。
「じゃ、行っくよ〜!」
ハビリが重心を少し下げニヤリと笑う。アシメも小さく頷くと、開戦の一撃に備え意識を集中させる。
少しの間、互いに出方を窺う膠着の時が流れた。集中力を研ぎ澄ませた両者の間に入れるのは、前髪をゆらすそよ風を除いて他になかった。
先に動いたのはハビリだった。軽やかな跳躍とともに全身を捻らせ回し蹴りを仕掛ける。しかし、そこはアシメも反応し拳で応戦。空気が弾けたような力強い音が鳴り響く。
数瞬の膠着の後、アシメが拳を振り抜きハビリを弾き飛ばすが、ハビリはその勢いを利用して軽快にバク転し再び元の位置へと降り立つ。
「やんね!」
「ハビリもな!」
互いに微笑を浮かべながら一言交えると、間髪入れず次の攻撃を仕掛ける。瞬く間に距離を詰め、ハビリに向かって放たれたアシメの拳はハビリの守備範囲内。優雅にパンチをいなしつつ反撃するハビリだが、その攻撃もアシメは難なく受け止め再び反撃。息をつく暇もない一進一退の激しい肉弾戦が繰り広げられていく。
「最高だよアシメ!これならどうだ!」
額を伝う汗を振り落とすと、ハビリはぐっと屈むや否や空中へと跳躍した。まるで風を切る鳥のような彼女の身のこなしは、やがて燦々と輝く太陽と重なる。目を射るような太陽の眩さに一瞬たじろぐアシメだったが、ニッと笑うとすぐさま彼女の後を追って跳躍した。
間もなくアシメはハビリの姿を正面に捉えた。空中からの攻撃を仕掛けようとしていたハビリは、自身と同じ高さに到達したアシメに驚き僅かに目を見開く。ふと下を見ると武舞台が火打ち石ほどの大きさに見え、その側ではおろおろとしたエレトスの姿も認められる。
「姉ちゃん……。完全にスイッチ入っちゃってるよ……」
目を細めて戦いの行方を見守るエレトスは、なんとなくこの後の展開を察知し大きなため息をついた。
やがて、重力に逆らって上昇を続ける2人の身体に空中で静止したかのような停滞の瞬間が訪れる。それが空中戦の合図となった。体幹も安定しない中での戦闘だったが、ものともしない彼らの演舞からは激しい打撃音が繰り返し鳴り響いていた。両者尚も譲ることのない攻防は、結局地上に降り立つまでどちらにも軍配は上がらなかった。
武舞台に降り立ったアシメは下肢に加わる衝撃を堪えつつ、巻き上がった土煙が収まるのを待った。次第に衝撃が全身へと伝わってくる。ただ普通に降下するだけなら受け身を取るなりして衝撃を和らげられただろうが、目の前の戦いに集中していたせいでほとんど衝撃を逃せなかった。少しずつ晴れつつある視界に目を凝らし、同じ痛みを感じているであろう少女の様子を窺う。
アシメの予想に反して、ハビリはぴんぴんしていた。やや息遣いに疲れが見られるものの、金糸雀色の髪をなびかせ余裕の表情を見せている。
「やるな__」
と言いかけてアシメは気づいた。
よーく見るとハビリは涙目であった。
落下の衝撃などなんともないぞと誇示するかのように仁王立ちしているがその実、時折四肢がプルプルと震えている。堪えているがしっかりダメージは受けていたようだ。
__ちょっと……痛かったな___
そんな眼差しをアシメは投げかける。その目線が意味するものに気づいたのか、ハビリはハッとして
「そこにわたしの凄さを感じてほしいな!」
と、声高らかにドヤった。
再び膠着の時が訪れる。しかし先ほどとは違い、互いの息遣いからは疲労が感じられた。
「「(次の一撃で決める……!)」」
言葉にこそ出さなかったが、両者とも決着が近いことを悟っていた。乱れた呼吸を整えつつ各々の構えをとる。
刹那、2人の心臓の鼓動が一つになった。ほぼ同時に地を蹴って飛び出す。
「はあぁぁぁぁぁ!!!」
「とりゃーーーー!!!」
防がれた先のことなど考慮していない渾身の一撃。互いに振り絞った拳が衝突しようとしたまさにその時、
「ストーーーーーップ!!!」
戦いを遮ったのは一つの声。すんでのところでピタッと2人の拳が止まる。バッと声のする方に目を向けると、よほど息を吸い込んでの叫びだったのか、激闘を繰り広げていたアシメ達と同じくらい息を切らしているエレトスの姿があった。
「んー?どしたエレトス?今良いとこなんだけど〜!」
乱れた呼吸の中、ハビリが楽しそうに問いかける。
「こっちは全く良いところじゃないよ!見て!周り!」
エレトスが指す指を追うように周囲を見渡すアシメとハビリ。
そこには突風が過ぎ去った後のように薙ぎ倒されたり散らばったりしている祭りの装飾があった。
「あ……」
責められているのはハビリだったが、事態の片棒を担いだアシメもエレトスの指摘でようやく周囲の状況まで視野が広がった。しかし、当のハビリはというと悪びれもせず誇らしげに言い放つ。
「そこにわたしの凄さを感じてほしいな!」
かくしてアシメとハビリの組み手は引き分けという判定で幕を閉じた。