ハビリとエレトス
「ゲシン…?」
「そう!それがこの国の名前!それよりさ、君、名前は?」
落ちてきた少女は目を輝かせながらアシメの返答を待つでもなく矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。春鳥のようなハツラツとした声、動きのあるデザインが施されたリーフグリーンのチュニック。なお、いまだアシメの上からどこうとはしない。
「な、どこから来たんだ?年は?ここへは何しに?それにそれに……」
「__俺はアシメだ。お前は?」
半ば遮るようにしてとりあえず名前だけの自己紹介を果たす。
「わたしはハビリ!ジャワ・ハビリだ!それよりアシメ、さっきものすごい唸り声が聞こえたんだけど、あれアシメか?」
「……わかった、一つずつ説明するから一回どいてくれないか?」
「ん、あぁわるいわるい!いつの間に私の下にいたんだよ〜」
「………………」
ようやくハビリから解放されると、彼女の提案により話しがてらゲシンを案内してもらうことになった。
アシメがシュメータ村や旅の目的などを話してる間、ハビリは好奇心を全身に満ち溢れさせ一言一句に感心・感嘆の声を漏らしていた。
「海!?機関車!?冒険〜!?」
興奮のあまりハビリによって繰り出された正拳突きは、10mはくだらない大木を葬り去った。
2本も。
彼らの断末魔が森に響いた。
__木漏れ日が、暖かかった。
「んじゃ、次は私の番だなっ!ここゲシンは、木がいっぱいで森森してて〜、戦うのが好きな奴らがいっぱいいる!」
森森するってなんだろう。
初めて聞く表現やあまりにも内容量の乏しい案内に疑問を抱きながらも、アシメは強者との戦いに疼いた。とそこに、
「ゲンジで戦うのが好きなのは姉ちゃんだけでしょー」
不意に背後……
いや、正確には背後上方から声がした。
声のする方を振り返ると、大木の中腹から伸びる枝に少年が腰掛けているのが見えた。蒲公英色の短髪に小柄でややあどけなさの残る風貌である。少年は色とりどりの鳥たちと戯れていたが、やがてばささっ……と鳥が飛び去る音とともに軽やかに降りてきた。
「それより姉ちゃん、また木折ったでしょ!僕あの木お気に入りの寝床だったのに!」
降りてくるなり少年はハビリに言った。
「ん〜?いーじゃん別に!どうせ木の上で寝るのわたしとエレトスくらいだし!」
と、ハビリは悪びれる様子もなくニヤッとしながら言い放つ。
「いや、それ抜きにしても別に良くはないよ……」
少年は反論する気力も無くしたのか、呆れをため息に乗せた。きっと日常茶飯事なのだろう。
ため息で呆れ毒素を排出しきると、少年は「さて……」と言いながらアシメの方に向き直った。
「挨拶が遅れてすみません、僕はエレトスと言います。このバ怪力の弟です。ゲシンに来訪者とは珍しいですね」
ハビリとは打って変わって礼儀正しくハキハキとした口ぶりである。端麗な容姿は姉弟で似ているが、性格に関しては正反対らしい。
「俺はアシメだ、よろしくエレトス」
「はい、よろしくお願いします!」
途中、"バ怪力"という二つ名を賜ったハビリが異議申し立てをしていたが、エレトスは構わず話を続ける。
アシメがハビリと同様ここにくるまでの経緯を説明する間、エレトスは目を輝かせ、時折感嘆の声を漏らしながら話に聞き入っていた。こういうところは姉弟でそっくりなようだ。
「フラディスですか……。聞いたこともありませんね……。ですが、王が持っているというのであればこの国にもあるかもしれません」
「ホントか!?」
「はい。ちょうど先程出かけてしまったので今はいませんが、この国にも長がいますよ。なので帰ってきたら直接聞いてみると良いと思います」
早速フラディス入手に兆しが見えアシメの気分も高まる。
「お〜い、アシメ!私たちは今ゲシン探検の最中だろ〜!」
しばらく置いてきぼりにされていたハビリが待ちかねて口を挟む。
「あ、じゃあ僕もついていって良いですか?姉ちゃんだけだと心配なので」
「ああ、もちろんだ」
「わたし1人でもなんの心配もないけどな〜。まいっか!じゃ、気を取り直してしゅっぱ〜つ!」
と、いうことで新たにエレトスを加えてゲシンツアーは再開された。
「ここゲシンは、数えきれないほどの大木に囲まれた自然豊かな国です。見渡す限り森しか広がっていないように見えるかもしれませんが、よく見てみるとたくさんの動植物が生息しているんですよ?リスや鳥たちは時々木の実をくれたりしますね」
「へぇ……、シュメータにも森はあったけど、規模も雰囲気も全然違うな」
要所要所で丁寧に説明をしてくれるエレトスの話に聞き入りながら、アシメはふと先程"森森する"の一言で終わらせたハビリの説明を思い出す。
ハビリの方を見やると、うんうんそういうこと!と頷いている。
そういうことだったらしい。
「……で、ゲシンには4つの民族が暮らしています。民族といっても、外見や文化の違いがあるわけではなく、単に住んでいる区画によって分けられているチームのようなものです。例えば僕や姉ちゃんは"ゲンジ族"に属しています」
フフ〜ン!とハビリが誇らしげな顔をする。
「なるほど……。じゃあ俺が最初に入ったハビリたちとは反対側の集落の人たちも別の民族なんだな」
「そうですね。彼らはエンジ族といいます。さっき民族間に違いはないと言いましたが、民族ごとに"色"がありまして、エンジ族には血気盛んな人たちが多かったり、僕たちゲンジ族には温厚で穏やかな人が多かったりします。まぁ例外(姉ちゃん)もいますが」
そう言ってエレトスはアシメを挟んで隣にいる姉を一瞥する。しかし、当の本人は気づいていない。まだ出会って間もないが、ハビリの人となりをなんとなく理解し、アシメから苦笑いがこぼれる。
そうこうしているうちに、やがて3人はひらけた場所へたどり着いた。今まで枝葉に遮られていた太陽の光がアシメの目をカッと襲う。