ようこそ新世界へ
朝。いち早く起きた太陽が世界に生命の息吹を吹き込み、波は絶え間なく岸に打ち寄せ日常にさりげなく音楽を奏でる。
今日もまたいつもの朝がやってきたが、そんな見慣れた光景もこの日だけは新鮮で、どこか特別に感じられる。
そう、今日は俺の旅立ちの日だ。
アシメ:ちょちょ、ストップストップ。じいちゃん、勝手に俺のモノローグ乗っ取らないで。
じいちゃん:ホッホッホ、文学チックで良いじゃろ?
アシメ:じゃなくて、もう本編始まってるから!
じいちゃん:なぬ!?もう始まっておったとは!気づかなかったわい。あれじゃぞ?別段今回でしばらく出番無くなりそうじゃから目立とうとしてわざとやったとかそんなことは決してないからな?
アシメ:……。
じいちゃん:オホン……!と、とにかくじゃ!序章最終話、わしの活躍を見逃すでないぞ?ほい、3……2……1……!
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"ダッパァァァァァーン!!"
一筋の光線が海を切り裂き、波間に道をはしらせる。
「ふむ。だいぶものになってきたようじゃの」
降りかかる水しぶきをお得意の魔法で弾きながらじいちゃんが言う。
「ふぅ……まだ一回撃つだけでも結構体力を消費するな……」
「まぁ、ここぞというときのもんじゃからな。習得しただけでも上出来じゃ」
そんな会話を交わしつつ、呼吸を整えて目を閉じる。潮の香り、波やカモメの鳴く音。目を開かずとも頭の中で鮮明に輝く眼前の光景。そんな慣れ親しんだシュメータ村を噛みしめながら一つ大きな深呼吸をする。
(ちなみに、このモノローグもじいちゃんによっていじられているが余程の執念と意地を感じるので今回はもう触れないであげようと思う)
「良い面構えじゃ。……さて、そろそろ行くとするかのぅ?」
「ああ……!」
午前4時30分。この会話を合図にじいちゃんとの最後の修業及び、俺の小さな出発式は終わった。
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家に戻ると、俺たちはとりあえずいつものように朝食をとった。
「それにしても……1年とは早いものじゃのぅ。お前の16歳の誕生日がまるで前話のことのようじゃ。今やお前も17歳。いやはや、特にこの1年で立派に成長しおって……。しかしアシメ、結局"それ"は戻らんかったようじゃな」
「ああ、あの日からずっとこのままだ」
じいちゃんが言う"それ"というのは俺の"瞳の色"のことだ。もともと俺は黒目だったのだが、ある日を境にフラディスを解放した時のような淡い水色に固定され、その後はフラディス発動の有無に関わらず元の黒目に戻ることはなかった。じいちゃんも、詳しくはわからないがフラディスが順応してきた証ではないかとのこと。
「見てきた限り悪影響はなさそうじゃったが……。まぁしかし、見方を変えればその方が主人公のビジュアル的に良いかもしれんな。おっとそうじゃ。実は最近また新しい発明品が完成してな……」
と、まあこんな具合にゆっくりとした朝のひと時を過ごすと俺は出発の準備に取りかかった。準備といっても、じいちゃん監修のもとに行われた結果"主人公たるもの、一張羅さえあればあとはなんとかなる"ということでじいちゃんからもらった特製の服と常時着けているブレスレットのみの持参となった。特製の服というのはじいちゃん曰く、
「伸縮性・耐久性ともに特化しており、微量の水分と光さえあれば着ているままでも1日1回自動洗浄される機能が備わった主人公には欠かせないスグレモノじゃ」
だそうだ。着てみるとたしかに動きやすいし快適だ。黒地に走る金色の独特の紋様を除けばじいちゃんの発明品の中ではずいぶんとまともで少し驚くぐらいに。
準備を終え、慣れ親しんだ家や村にしばしの別れを告げるといざ出発……!!
というところでふと気がついた。
「……そういえばじいちゃん、この村を出るって……どうやってでるの?」
前にも一度説明したが、このシュメータ村は一方を山、もう一方を海に囲まれている。
山側は低いところこそ農作物が育てられているが、高くなるにつれ傾斜が急になっていて登れないほどではないものの山を抜けるだけで日が暮れそうだ。さらに、そうして登った先にあるのは無限に続く峰と森。一度その果てを確かめようとひたすら進んだことがあるが、2日以上かけてもずっと同じ景色が続くばかりで一向にその先に辿り着けそうにもなかった。
一方海側はというと、船で新しい陸地を目指せば村からは出られるかも知れないがそれなりの距離ならば過去に他の村との交流があっても良いものだ。しかし、港にシュメータ村以外の漁船を見たことは一度もない。何日もかかるような道のりは村の漁船では無理だろう。
……まぁ、でもじいちゃんだからな……
きっとぶっとんだ方法に違いない。
「ホッホッホ。なに、案ずるな。ちゃんとした正規ルートじゃ。ついてこい」
「あ、ああ……」
てっきりなんらかの魔法でぶっ飛ばされでもするんだろうと思って身構えていたので、スタスタと歩くじいちゃんに拍子抜けしつつも言われた通りにその背中を追った。
家を出ると、じいちゃんは市場の方にはいかず修業場がある裏手の方に回り、そのまま奥の森へと進んでいった。
「(森……?)」
村の外れにある森は木々が鬱蒼としていて昼でも暗く、村の人たちも近づくことはあまりない。そのちょっとした不気味さから、"夜に人魂を見た"、"何かが唸るような轟音を聞いた"などさまざまな噂が流れていた。
じいちゃんに言われるがまま森のだいぶ奥までやってきた。やはり朝でも薄暗い。
草木が掠れる音、何かの羽ばたき、カラカラと鳴く何かの鳴き声。無意識に張り詰めてしまう緊張感が聴覚を鋭敏にする。様々な噂や怪談が飛び交うのも頷ける不気味さだ。
「じいちゃん、本当にこんな森の中から行けるのか?」
「勿論じゃ……っと、ちょうど着いたな。まぁ見ておれ」
そういうとじいちゃんは木々や生い茂った茂みで行き止まりになっているところへ手をかざし、青白い光を放った。すると、それに呼応したかのようにするすると茂みや木々が立ち退き、中から大きな門が姿を表した。
「え……?なんでこんなところに門が……!?」
もともと森に入ることは少なかったが、まさかこんな大きな門があるとは思っても見なかった。
「驚いたじゃろ?さぁ、入るぞ」
ガチャリ、という音とともに門が唸り声を上げながらゆっくりと開き始めた。じいちゃんの後に続いて入ると、中は真っ暗で何も見えなかったが、じいちゃんの手拍子を合図にパッと明かりがつきその全貌が明らかになった。
「これは……!?」
門の奥には広い空間が広がっていた。天井があるのを見ると大きな建物のようだ。暖色の灯りに照らされゆらめく室内はなんとなくじいちゃんの本の挿絵にあった"駅"という場所に似ている。その中でもとりわけ目がいくのは……
「ふむ、これは蒸気機関車という乗り物じゃ。しばらく使われてなかったが……時々メンテナンスはしとったし、まぁきっと動くじゃろ」
というと、じいちゃんは蒸気機関車の先頭に乗り込み何やら整備をし始めた。話や本では見聞きしたことはあったが、いざその黒鉄の体躯を目の前にするとその力強さに圧倒される。
ただ待っているのも暇なので、作業を待つ間、俺は近くを見て回った。寂れたマホガニー色のベンチ、散在している整備の道具類、壁に掛けられたさまざまな場所の絵。灯りでほのかに温かみが増している空間は、初めて見るはずなのにどこか懐かしさを感じさせる魅力があった。
「よし、こんなものかの。お〜いアシメ、もう乗っても良いぞ!」
準備が終わったのだろう。室内に響いていた金属音が止み、じいちゃんが俺を呼ぶ声がする。じいちゃんに促されるまま5両ある客車の1番前に乗り込む。
「わしの魔法で運転は自動で行われるようになっとるからお前はただ乗っとるだけで大丈夫じゃ。後はわしの合図ひとつでお前の大冒険の幕が上がるぞい」
「ああ、ありがとうじいちゃん!……って、じいちゃんは来ないの?」
「ホッホッホ。勿論そうしたい気持ちもあるが、アシメ、これはお前さんの冒険じゃ。お前さん自身の力で道を切り開いて欲しいと思っての」
「そっか……、わかった」
「うむ。それじゃ、準備は良いか?」
そう言って、パチンとじいちゃんが指を鳴らすと、機関車の先にある扉が重々しい音とともに開き始めた。扉の奥は真っ暗だったが、そこに一筋の光が走り線路となった。とその時、
"ポオオオオォォォォォォ!!!"
空間を揺らす雄叫びのような轟音が室内に響いた。
「な、なんだ!?」
突然の事態に俺が警戒していると、
「ホッホッホッホ、案ずるなアシメよ。今のはこの汽車の汽笛の音じゃ」
じいちゃんは笑って言った。俺が驚くことをわかってて黙ってたのだろう。絶対。
長い眠りから覚めたかのように機関車は煙を上げる。まもなく動き出すようだ。
「アシメよ。最後になるが……、お前の旅はきっと平坦な道だけではないじゃろう。困難や障害が立ち塞がり、時にはどうしようもないほど辛い目に遭うかもしれん。じゃがそんな時、背中を押して一緒に走ってくれる、そういう"仲間"の存在はきっとお前の助けになるじゃろう。勿論、逆にお前の助けを必要としている人もいるはずじゃ。お前さんはこの一年で格段に強くなった。じゃからその力は正しいことに使い、助け合い、そうして出会った信じられる仲間とともに突き進んでいくんじゃ。案ずるな、お前の強さはわしが保証する。」
「ああ、わかってる。そうだ、最後に一つ聞きたいんだけど...…」
「_____________」
「ふむ……。それもお前がフラディスを集め、"夢"の真相を追い求めていく中できっとわかってくるじゃろう。じゃからあえて今はその質問は保留じゃ」
"ポオオオオォォォォォォ!!!"
再度鳴り響く汽笛が俺の返答をかき消すと、機関車はその体を軋ませながらゆっくりと動き始めた。次第にじいちゃんの姿が少しずつ遠くなっていく。
まもなく俺の乗っている客車が扉の奥の闇に包まれようとした時、
「アシメぇぇぇ!!!楽しんでくるんじゃぞォォォ!!!土産話、待ってるからのぉぉぉ!!!」
と、汽笛に負けないくらいの大きな声でじいちゃんが叫んだ。
「ああ!!行ってくる!!!」
俺も負けないくらいの声で返し、じいちゃんに手を振る。これ以上ない後押しだ。
やがて、汽車は闇に飲み込まれた。
刹那、一頭の蝶が見えた気がした。