OP勇者米山田まさるの人生。その終わりと始まり。
私の名前は米山田まさる。42歳の厄年だ。
今思えば、私の人生は空っぽの一言に尽きる。
子供の頃から勉強一筋だった。しかし、それは何か学びたい事があるとか夢があるとか、そんな立派な考えからではなかった。
ただ、そうする事が学生の正しい道だと信じていた。友人達が遊ぶのを見て、あれは悪だと思っていた。
そしてやがて大人になり就職をする。その時も、自分が持つカードの中から一番良い企業を選んだ。
その仕事がしたいとか、そこに憧れがあるとか、そういう気持ちからではない。
ただ、いい企業に就職する事が正しい事だと信じていただけだ。夢や憧れを語る者達を、不安定だと見下していた。
就職をして、仕事をするようになっても私の価値観は変わらなかった。
ただ、一生懸命に仕事をするという事が、正しい事だと信じていただけだった。日々不満をこぼしだらしない同僚達が私には理解できなかった。
そして、そんな私の人生はある日突然終わりを迎える。
なんて事もない、普通の、当たり前の日常の中で、突然通り魔に刺されて私は死んだ。
正しいと信じていた。普通であると。その道の終着点が、ここだ。
何より悲しいのが、頭の中ではこれは理不尽だと思っているのに、もっと大きな部分で特に後悔などが無いという事。
あぁ私は死んだのか。それだけだ。
ただ普通である。正しい事を。正しい道を信じて生きてきたのに、死んでから思い返す事や未練がほとんど無い。
私は、普通だったのではない。正しかったのではない。ただ、周りに流され生きてきただけだ。
自分で何も決めてこなかった。周りに関わろうとしなかった。逃げたのだ。その痛みから。
そこまで考えたところで、ふと気づいた。自分自身が今いる空間について。
何もない、ただ広いだけの無限に広がる床。ほんのり明るいが、どうして明るいのかわからない。
「一体、ここは……」
その時だった。私の目の前に、突然光り輝く女性が現れた。
「はじめまして。米山田さん。私は神の使い。残念ですが、あなたは死にました」
女性の光がおさまり、私にそう告げた。
「……そうですか」
他に言葉が思い浮かばなかった。良いでも悪いでもない。消極的に受け入れるだけだ。
「しかし。あなたは神に選ばれました。あなたには、勇者の素質があるのです」
「勇者の素質……?」
その時々の友人や同僚に勧められていくつかゲームをやった事もあったし、本などでも読んだ事がある。
世界を救う勇ましき者。勇者。そんな素質が私に?
「あなたには、これからある世界に行ってもらい、世界を救ってもらいたいのです」
「……そうですか」
言われている意味が全然わからなかったが、そう言われるのならそうなのだろう。
「そして、あなたにはその世界に行くにあたって何か1つだけ。なんでも望む力を与えましょう」
そういえば、流行っていると勧められた本の中に、こういう展開の物がいくつかあった。
なんでも1つと言われても……。
返答に困り、ふと神の使いとやらの顔を見てみた。
綺麗だ。素直にそう思った。そして、顔だけでなくスタイルも素晴らしい。やや胸の開いた服から見えるその谷間をつい見てしまう。
すると、こちらを微笑みながら見る神の使いと目があった。私は恥ずかしくなり目をそらしてしまった。
なんでも1つ。望む力を。
自分が正しいと思っていた。普通だと思っていた。でも違った。私はただ、何も考えてこなかっただけだ。逃げてきただけだ。
生前の私が誇れる事があるとしたら、それは死ぬまで普通であった事。
そして、後悔があったとすれば、普通過ぎた事。
変わりたい。もう1度人生があるのだとしたら、変わりたい。
私は1度目を閉じ、大きく深呼吸をし、また目を開いた。
そして、今度は目をそらさないで、はっきり神の使いの胸の谷間を見てこう言った。
「おっぱいが欲しいです」
と。
私は変わりたい。変わろうと思う。
恥ずかしながら、私は42年生きてきて女性とお付き合いをした経験が1度もない。
必要最低限しか人と関わらず、その最低限の中に女性が入っていなかった。
なにより、女性のふところに踏み込む勇気が無かったのだ。
そんな私を変えていきたい。その第1歩として、私はおっぱいを神の使いに望んだ。
まだ、いきなり変わるのは怖い。だから、自分で練習できるように。おっぱいは怖くないという事を、自分に言い聞かせるために。
「それは女性になりたいという事ですか?」
決して私をバカにするという口調ではなく、あくまで確認のためにそう聞いてくる神の使い。
「いえ。違います。私は私のままで、この胸におっぱいが欲しいのです」
体が女性になってしまっては、それはただの女性だ。オンリーワンの能力ではない。
私は、私のまま、変わっていく事の誓いとしてこの胸におっぱいが欲しいのだ。
「では、その願いでいいんですね?」
おそらく、神の使いはただ事務的に確認の意味でそう聞いたのだ。しかし、なぜか私にはそういう風に聞こえなかった。
『何が変わりたいだ。そんな程度の願いでいいんですかぁ?結局普通の範囲内じゃん。マジうける』
と。そんな風に聞こえた。
「い、いえ!違います!私が望むのは、ただのおっぱいではありません!最強の……。最強のおっぱいをください!!」
「最強の……。ですか」
「はい!その世界で最強の……。誰にも負けない、おっぱいをください!!」
たぶん、こんなに大きな声を出したのは初めてかもしれない。私は変わるのだ。世界最強のおっぱいをもって。
「わかりました。では、あなたはあなたの身体のまま。その胸にだけ、最強のおっぱいをもって新たな世界へと……」
世界が光に包まれ、何も見えなくなった。
そして、次に私が目にしたのは、木々に囲まれた世界だった。
足元を見ると舗装された道。どうやら森の中か何かのようだった。
「本当に、知らない世界に……」
まるで夢のようだ。いや。もしかしたら、これは私が死ぬ間際に見ている幻なのかもしれない。
とにかくどうしていいのかわからなかったが、まずこの道を歩いて行けばどこか人里に出るのかもしれない。
そこでふと。気づいた。
本当に、私におっぱいがあった。
「これが、最強のおっぱい……」
私は女性経験が無いので、感触や大きさがどの程度なのか知らないが、とにかく最強のおっぱいを装備していた。
ゴクリ。せっかくなので、自分で触って……。
と、そんな気持ちを抱いた瞬間。前方でなにやらゴソゴソ音がした。
ハっとなって前を見ると、そこにいたのは物騒な刃物を持った緑の肌の二足歩行の化け物だった。
その身長は160cmほど。決して大柄ではないが、なによりやはり手の持つ凶器に目を奪われた。
殺される。生前のトラウマが蘇った。
思わず体がこわばって身動きが取れなくなる。
しかし。なぜか、相手もこちらを見たまま動こうとしない。逃げるでもない。襲ってくるでもない。
もしかして。
化け物の視線を追ってみると、どうやら彼?の目線は私の胸にくぎ付けのようだった。
彼に向かって1歩踏み込む。すると、私の顔を見るが、やはり逃げるでも襲ってくるでもない。
さらに、1歩。1歩。1歩。
少しずつ近づくが、彼はやはり動かない。私の胸に、その最強のおっぱいにくぎ付けであった。
あともう3歩も歩けば、手を伸ばせば触れられる。それほどの距離まで近づいた。
私は、目を閉じ深呼吸をした。
変わるのだ。この世界で。
そっと目を開け、彼に向かって私は言った。
「……触りたいのか?」
と。
「……ギッ……!」
言葉が通じるかどうかはわからなかった。でも、彼は何かしら話そうとしていた。
「大丈夫。怖くないから。触ってもいいんだぞ」
そう言って、私は彼に向かって両手を広げて迎え入れる体制になった。
『……い、いいのか?』
実際にそう言ったわけではない。しかし、私にはなぜか彼の心の言葉が聞こえたのだ。
「あぁ。大丈夫だ。ただ、その手に持った刃物は無しだ。おっぱいが怯えてしまうからな」
私がそう言うと、彼は手に持った刃物を落とし、私に歩み寄ってきた。
「優しく。優しくだ。おっぱいには愛を持って接するんだ」
彼はそれを聞き、優しく、ふわっと私の最強のおっぱいに触れた。
甘い痺れが私の身体を襲ったが、そんな事よりも私の最強のおっぱいに触れる事で満たされていく彼の表情の方が気になった。
そして、その表情を見て私は確信した。私は変われる。このおっぱいをもって、この世界を救えると。
その3年後。王都に押し寄せる3万の魔王軍の軍勢を、たった1人で。たった2つのおっぱいで撃退する勇者が生まれるのですが、それはまた別のお話。