【番外】英雄之仮面 続編
英雄之仮面 機械の鎧
~Android~
かつてルアフ国…いや、スラフ州は破滅の危機に瀕していた。それは、テオスという悪の秘密結社の一人である黒崎 黎兎が……いや、正確には彼の精神に寄生した生命体、ルーグの企みによるものだ。奴は一体どのような目的で暗躍していたのか、その詳細を明らかにすることなく、正義のヒーローであるジクティアたち『ガーディアンズ』とその仲間たちによって倒された。
あれから6年が経過している街は復興され、今日もたくさんの人たちが平和に暮らしていた。
最後まで明かされることはなかったジクティアの正体も、今は有名な都市伝説や陰謀論として語られている。例えば、スラフ州の政府による自作自演説が有名なところだ。分裂していたルアフやサテル、オーラモや、レディナとクワラを、元通りの一つにするために仕組んだことである、と。
とはいえ、だとしてもあそこまで大掛かりにする必要があったのか。また、無関係な上、海外であるギアルも似たような状況になっていたことに説明がつかない、などの指摘もある。
いずれにせよ、一部の人間……“批判家”は、6年前のことを否定しているのだ。
「…俺たちが守ったのに、結末がこれかぁー。」
茶髪の男がわざとらしく大きな声で言った。
彼こそが、世界を救ったジクティアの変身者の水上 翔だ。
顔立ちは幼く、その上肌が綺麗なことから、とても28歳とは思えない。身長も166cmと、一般的な男性から比べても低めだ。
ここは彼の家…とは言っても、6年前の家からは引っ越したため、新居だ。最後にミユが訪問した数ヶ月前にはその準備に入っていた。
「良いじゃないですか…平和になったことですし…?」
赤黒く、艶のある綺麗な髪の女性が彼に言った。
彼女は黒崎 夏実……改め、水上 夏実。元はアーマーロイドという兵器の被験体で、ショウの相棒だった。サテルで改造され、戦争に利用されることが嫌だった彼女は、ルアフに亡命した。そこでショウに拾われてから、共に戦ってきたのだ。今は人間に戻り、彼の妻として同棲している。
「まぁそうだけど……。」
新居はなかなか広い。前のような地下室などないが、むしろその方が作業をするのに楽だ。
彼は複雑な気持ちになりながら、コンピューターの画面を見つめる。
「平和になったからこそ…あなたの娘もいるんですよ?」
ナツミがショウの肩に手を置き、言う。
「……余計に複雑だよ…。もしなにかあったときにまたジクティアになったら…幻滅されて終わるでしょーが……。だから子供はいいって言ったのに…」
「でももう“30”ですよ?」
「年齢のところ強調して言うなよ……。」
娘の名は彩花だ。
彩りある花を咲かせる人になってほしいという意味を込めている。もちろん、“彩りある花”というのは全てにおける比喩である。
そして、ナツミの口調からも分かるように、子を持つことは彼女からの奨めだ。とはいっても、彼女は幼い頃から子供が欲しかった……いや、恐らくだが、きっと誰もが通る“子供の作り方”という質問もそこからだろう。
「あ、そうだ。サヤカを連れて3人でカフェレストラン行かね?」
「カフェレストラン……?」
「そそー。タクミに一品奢って貰おうかなって。」
「タクミさんに…。」
高倉 拓未…ガーディアンズの一人、すなわちジクティアの仲間だ。彼は4年前に自らの店を開いた。それがショウの言うカフェレストランだ。料理もコーヒーも絶品だと評判らしい。お陰で繁盛しているのだとか。
「分かりました。それでは準備してきますね!」
ナツミは笑顔でそう言うと、すぐに部屋へ向かった。
店の内装はレトロな感じを漂わせている。照明は均等に天井から吊るされた4つのおしゃれなペンダントライトで、南側の壁の窓からは陽の光が優しく射し込んでいる。禁煙席と喫煙席で分けられており、前者には上品で香ばしい珈琲の香りがほんのりと立ち上っていた。
「いらっしゃ………ショウ…!」
ここのマスターのタクミが、ショウの顔を見て再会を喜んだ。
「元気だったか?」
ショウはそんな彼に握手の手を差し出す。と、彼はすぐにそれを強く握りしめてくれた。
「あぁ!…でもまぁ、“こんな”だ。」
彼の指の所々に絆創膏が貼られている。料理中に指を怪我したのだろう。彼はそれを自虐的な冗談として使った。
「あまり無理すんなよ?」
「慣れてることでも凡ミスはするもんさ。だが、流石にそんな料理は客に出せないからな。怪我する度に俺の財布から小銭が飛ぶんだ。」
「ふっ…そうか。」
「あぁ。…さ、座ってくれ。どうせお前のことだ。俺に奢らせに来たんだろう?」
「その通りだ。」
「はぁ。全く。…奢るのはそこの嬢ちゃんにだけだ。」
タクミは、ナツミが抱っこしているサヤカを見て言った。
サヤカはそんな彼を不思議そうに見つめ、手を伸ばした。彼は彼女の手のひらに人差し指を当てる。
「…何歳だ?」
「まだ4ヵ月だ。」
「離乳食には早すぎるか。」
あー、うー、と、彼の手の甲をペチペチと叩く様子を、3人は眺めていた。
しばらくそうしていると、思い出したかのように料理の注文をした。
メニューを見なくてもわかるほど通っているのではなく、どんな料理が得意なのか分かるからそれを頼んでいるのだ。
「……そういえばミホさんはどちらに…?」
月村 美保…改め、高倉 美保は、タクミの妻だ。
彼女もまたアーマーロイドだったが、実はそうなる前からタクミとは婚約関係にあった。人間に戻ったことによって、結婚することにしたのだ。
「あぁ、ミホなら今はおつかいだ。うちで使ってる野菜の出所は“あいつ”だからな。」
その野菜とは、ブランドの“盛”のことだ。そしてそれを作っているのは、カズトという男で、どうやらガーディアンズのよしみで比較的安く提供してくれているのだという。
カズトも頑張っているんだと、ショウは思った。
「これで全部かな…?」
いくつもの大きなダンボールにはほうれん草やニンジン等といった野菜がそれぞれにぎっしりと入っている。
ここは港で、貿易船内から運ばれた荷物を届け先へ運ぶために多くのトラックが待機している。クレーン車や貨物が多く見られており、作業服の男性らがそこで日夜働いている。
「サインお願いします。」
業者の一人がミホにそう言ってペンと用紙を手渡した。彼女は返事をして受け取り、サインをしてからその人にそれを返す。ありがとうございました、と被っていた帽子を外してお辞儀し、なおるとそのまま去っていった。
タクミのコネで借りた小型のトラックに、手伝いとして雇った運転手とそれらを乗せると、店へ向かって出発する。
栄えている街であるため、大通りである上に混みやすい。それはもはや渋滞だ。時刻は13時を回っており、一層それに捕まりやすい。
「…タクミくんに怒られちゃうかな……。」
「彼はそんな人じゃありませんよ? きっとわかってくれます。」
「…そうですよね…!」
暇潰しに二人で話ながら、前の車が進むのを待つ。
カフェレストランがあるのは比較的落ち着いた所なので、その道中は楽に進めた。
あと10分で着くという所で、突然車道に一人の男が入ってきた。運転手はそれに驚き、慌てて急ブレーキをかける。
「なにやってんだアンタ!?」
運転手はその男に怒鳴りつけた。
黒のスーツに赤のネクタイをつけた格好をしている。本人は黒髪で、濡らしたような質の髪が特徴的だ。大人の男性としての色気を感じさせる彼は、助手席に座っていたミホの顔を認める。
「久し振りだな…ミホ…?」
彼女は名前を呼ばれたことにゾッとし、思わず肩をすくめた。そして彼が一方的に彼女を知っているわけではない。
「…….アツシさん…!?」
東理 篤……。彼とミホは、以前いた研究所の仲間“だった”。
蛇を思わせるような奇特な動きをしてニタリと笑った。
「覚えていてくれたようだね……?」
アツシの視線に寒気を感じた。
「…そこを退いてくれないか、アツシさんとやら。」
イライラしながら運転手が言うと、アツシは彼に手のひらを見せるようにしてそれを付き出す。すると、ミホのとなりに座っていた彼は苦しそうに首元をおさえた。
「気安く呼ぶんじゃない…クズが!」
その手の指を蜘蛛の足のように動かすと、ミホがいるところとは反対の方向に横に振った。ドアが派手な音をあげて、シートベルトをしているはずだった運転手の男がそれごとブッ飛ばされた。
ミホはベルトを外し、ドアを開けて彼を庇おうとした。しかし、アツシは不思議な力で先回りし、彼女の腹部を殴って気絶させてしまった。
「フフフ………。」
彼は不気味に笑うと、ミホを持ち上げて姿を消した。
英雄之仮面 氷河の狼
タクミが店の固定電話の受話器を耳に当てながら、青ざめた表情になっていた。
ショウたちはそれを見て、ミホの身に何かあったことを察した。
「……それで……?」
通話相手は、ミホの手伝いをしていた運転手だ。
《どうやらアツシってやつなんですけど……警察に通報した方が良いと思うんですが…?》
「……アツシ………。」
《タクミさんもご存知でしたか…?》
「…あぁ……あいつのことはよーく知ってる……。」
注文した料理を食べながら彼の様子を見ていたショウの動きが止まった。
タクミの話し方から怒りを感じたからだ。
「……あぁ。分かった。」
受話器を戻し、大きく息を吐いた。
「…何かあったのか?」
ショウがタクミの肩をポンっと叩いて聞く。
「……ミホが拐われた…乗っていたトラックを襲撃されたようだ…。運転手から聞いた限りだとな…。」
「……え…?」
「くそ…アツシの野郎……。」
「アツシ…?」
「分かりやすく言えば“クソ野郎”だ。今すぐにミホを助けてやらないと…!」
タクミはそう言って店を出ようとした。しかし、ショウに肩を掴まれて制される。
まぁ待て、落ち着けよ。彼はタクミの目を見てそう訴えたが、その彼はショウの手を退かした。
「悪い…。俺は行く……!」
ドアを開け、鈴が鳴った。
「……ナツミ! サヤカとここで待っててくれ。」
ショウも彼を追って出ていった。
「…ご無事で……。」
ナツミは二人には聞こえないと分かっていたが、そう言った。
そして、タクミやミホがいないので、代わりにレジをやることにした。
「待てってタクミ! そのアツシってやつの居場所わかんのか!?」
彼を追って走りながら問い質す。
タクミは徐々に速度を落とし、立ち止まると、ショウに体を向けた。彼も止まってタクミを見つめる。
「…あぁ……おおよその予測はできてる…ショウ、旧テオスの拠点があったろ…? パワーナイフシステムの一式を持ってそこに来てくれ…。」
「………なんで…?」
「あいつは6年前から…いや、8年前…テオスが創立されたその頃からそこの一員だったんだ…。」
「…なんでわかるんだ…?」
「……黙っていて悪かったが…俺もテオスの一員だったんだ…。」
「……。」
「お前たちに近付いたのも、本当はお前らを片付けるのが目的だった…。だが俺は…お前たちに希望を見出だしたんだ…。」
確かに彼の言う6年前、突然タクミはショウたちの前に現れた。その時からずっと一緒に戦ってきた。
ミホは元々サテルの軍事研究施設に勤める研究者だった。初めて出会ったのは、都内にあるリッチなバーだ。その時の彼女は、仕事の先輩に無理矢理連れ込まれていただけで、彼女自身は酒は飲めなかった。ずっと烏龍茶を飲んでいた事を、初対面のタクミにからかわれた。
悔しさからか、酒が飲めるようになりたいと思った彼女はタクミと話すようになる。その後は互いに愚痴を聞いたり吐いたりする仲にまで発展し、そしてそのうち交際を始めた。
しかしある日、ミホが行方不明となってしまった。更に、タクミのもとには黒スーツの男たちが自分を迎えに来ていた。そうして彼らに連れてこられた場所は、サテル軍事研究所…の地下にあったテオスのサテル支部だった。
彼に下された命令は、とあるアーマーロイドの装着者となり、ルアフを攻め落とすことだ。
そして、そのアーマーロイドこそがミホだったのだ。
ミホは、いや、ミホたち研究員たちはみんな騙されるような形でアーマーロイドの研究を強いられていた。そう、最初からサテルとテオスはグルだったのだ。
タクミは愛するミホに手を出した組織を恨んだ。そのあとは命令に従うフリをしてガーディアンズに寝返った。
「俺はただの遊び人だった…。テオスにいれば全てが楽になる…。生活も、何もかもだ。金銭的な問題もなかったから、俺は毎日浴びるように酒を飲んでいた…。本当はあの日、ロクでもねぇ人生を歩むくらいならと…帰ったら死ぬ予定だった…。下らねぇ人生だった…。」
「……。」
「情けねぇと思うが…俺はミホを見てすぐに惚れちまった…。だから……生きようと思えた…。俺にとってあいつは…ミホは…俺の生き甲斐…いや……俺が生きるきっかけなんだ……。」
「………そうか……。」
ガーディアンズのみんなはそれぞれ苦難があった。ショウも元々はアーマーロイドの実験台に使うために造られた存在だ。言うなれば、彼がいるからこそ、アーマーロイドシステムという兵器が誕生し、現在も生きているのだ。
「…わかった……。なら、急いだ方がいいよな?」
ショウが彼の背中をポンっと叩いた。
「………ああ…。」
「待ってろ。すぐに届ける。」
彼はそう言ってスマホを起動させ、特殊なアイコンのアプリをタップした。すると、向こうの方から彼のバイクがひとりでに走ってきた。
目の前で止まったそれにまたがり、ヘルメットをかぶると、右のハンドルをひねって走らせた。
家に到着すると、彼は被っていたヘルメットを外してすぐにドアを開けた。
自室にある金庫の中に、パワーナイフシステムがある。番号ボタンを押してロックを解除させるのに時間は要らなかった。
「なるほどそこにあったのかァ……。」
「…ッ!」
背後から声がしたので急いで振り向く。聞いていた特徴と合っていたため、すぐにその声の正体が分かった。
「アツシ…どうして…!?」
「人間ってのは急いでいたら隙だらけになるものだからなぁ…? あと、開けたドアの鍵は閉めた方がいいぜ……?」
アツシが手のひらを見せるように付き出すと、彼の手首の脈部分から細い管のようなものが現れた。
「“触手”…って名付けたんだが…威力を見てみないか……?」
波模様を描くようにウネウネと動くそれは、先端が尖っており、刺されたら一溜まりも無さそうであることを察した。
「…あいにく俺は触手とかヘビとかミミズとか…細くてウネウネしたものが苦手なんだよ!」
飾っていた花瓶をアツシに投げると、触手が空中にあるそれを退かした。高速で動いたからか、花瓶が粉々に砕け散ってしまった。
「いただいていくよ。」
反対側から出ていた触手がショウの左胸を突き刺した。
「………ッ!」
痛みと苦しみから、持っていたパワーナイフシステムの一式を落としてしまった。膝から崩れ落ち、遠退く意識を必死に繋ぎ止める。
「呆気ないなぁ、ヒーローってのは……。」
アツシは落ちていたそれらを拾うと、壁を破って去っていった。
「…………くそっ……!」
彼は急いでスマホでタクミに今起きたことを簡潔にまとめてメールで送った。
ピロンっと音がした。それはスマホからだ。確認してみると、メールが届いていて、その内容は、パワーナイフシステムをアツシに奪われたというものだった。しかも、触手で左胸を刺されたらしい。…触手…?
タクミは救急車をショウの家に向かわせるよう、緊急通報をした。
一人でも旧拠点に乗り込もうとしたが、その矢先に背後から声がした。
「よぉ、タクミ!」
振り向くと、そこにはニタニタしながらパワーナイフシステムを持つアツシの姿があった。
「………アツシ…!」
「久し振りだなァ! 会いたかったぞ!!」
奇妙なジェスチャーを交えながら彼はそう言った。
「……俺は会いたくなかったよ……。」
「そういうなよぉ?」
「…何が目的なんだ……?」
「よくぞ聞いてくれたなタクミ! 俺はルーグの意思を継ぐつもりだ…! あいつの目的は…新時代の幕開けってやつで、面白そうだからなァ!!」
「下らないことばっかり言ってんじゃねぇぞ……。」
「生身では俺には勝てない…? ほらよ! それをお望みなんだろ、タクミくーん?」
そう言って投げつけられたのは、タクミのパワーナイフシステムだ。奪ったのは1つだけでは無かったようで、もうひとつのそれを自分の腕に巻き付けていた。
パワーナイフシステムとは、アーマーロイドの力が内臓されているナイフ状の機器_ これを“パワーナイフ”という_ を、専用のパッドに挿し込んで読み取り、その鎧を装着するものだ。
タクミのそれは無論ミホの力だ。
「……“変身”……。」
紺色のアンダースーツの上から、光沢のある灰色の鎧をまとった、狼の仮面を着けた戦士、“ウルフ”だ。
「ぶっ倒してやる……。」
相手に手の甲を見せ、人差し指で天を指した。
アツシは触手を露にし、ウルフと戦闘を開始させた。シュパシュパッと空気を切る音が何度も聞こえる。鎧に当たる度に火花が散る。二本ある触手を、どちらか一本だけでも掴めば少しは戦いやすくなるだろうが、動きが速くて掴もうにも掴めない。
「ヒャーッハッハッハッハァ!!」
アツシが狂った笑い声を上げて触手で攻撃してくる。
「……っざってぇ!!」
ウルフの鎧に内臓された機能に、“ウルフィークロー“という武器がある。それは、その名の通り、グローブに仕込まれた小型の刃を発生させるもの…すかわち爪状の武器だ。
ウルフィークローを発動し、襲ってくる触手を切断する。
「…ふっ…どうだ…!」
「……おぉ…やるじゃないかタクミ……。だが………?」
アツシは再びニタリと不気味な笑みを浮かべると、両腕の手首から新しく合計8本の触手が現れた。
「……!?」
「ヒーッヒッヒッヒッ……! 触手は全部で2本っていつ言ったっけなァ?? まだまだ出てくるぜェ!?」
それぞれの触手が高速でウルフを襲う。ウルフィークローで触手を攻撃を仕掛けるが、先程よりも俊敏に動くために全く当たらない。
ヒュンヒュンッという音と、攻撃が当たった際に発生する小さな爆発音が鳴る。
「ぐはっ……!? くそっ……!」
「ヒャヒャヒャ…! グッバイ…タクミィ!!」
触手が集結し、二本の大きな触手になると、助走をつけてウルフを襲った。その攻撃を受けたことによって大きな爆発が起き、そのなかから彼の断末魔が聞こえた。煙がおさまると、変身が解除された状態のタクミが力なく膝から崩れ落ちているのが見えた。
「俺はもう、お前が知っている俺じゃない……俺は……テオスを継ぐ者だ……。フヒヒヒヒヒィイ!!」
タクミの頭を踏みにじり、彼のパワーナイフを奪い取る。
それに青色の光の粒子が集まり、見たことのないパワーナイフが完成した。
「大人しくしていれば命までは取りはしない…良い子にしてるんだぞ?」
アツシは彼の腹部を思い切り蹴り、そのまま去っていった。
「クソッ……クソッ……!!」
悔しさと怒りが沸き上がってきた。
その気持ちを空が代弁するかのように、または静めるかのようにして雨が降り始めた。雨水が傷口に入る。
豪雨のなか、ふらつきながら歩みを進める。ボロボロになっているタクミは、ミホと初めて出会った時の事を思い出した。
『お酒も飲めないのにここにいるのか?』
『…!』
『変わった女だな…?』
『初対面なのに…失礼な人……。』
あの時、自分の心臓が一度だけ、一際強く鼓動した。情けない話か、穏やかな気持ちになれた。
裏社会に寄生して、この世界を楽に生きているロクでもない人生を歩んでいたんだと、そう思っていた。だから、その心臓の動きを止めようと何度思ったか。
だが、その日は希望の光を見た。
救われたんだ。だからこそ……。
__ 俺は…絶対に……君を助けなきゃ…ならないんだ……。
肌に当たる雨水が冷たい。血と雨水が混じったものが額から流れ垂れる。
タクミは決心をし、とある場所へ向かっていった。
旧テオス拠点内…。
縄で腕と足を拘束されたミホと、アツシがいた。
「……! アツシさん! これ…!?」
「…ミホ……俺は前から君が好きだった…だからこそ…黒崎 黎兎の血液からみられるルーグの細胞を研究し…新たなる兵器を造ったんだ……。そこまでして挙げた研究成果は君を惹き付けるためだった……。」
ミホが見たあの力は、かつて世界を滅亡へと導いたルーグが由来だったようだ。
アツシは奇妙で不気味な動きをしてミホに近付き、その頬を撫でた。
「『二代目のマッドサイエンティスト』とまで言われてなおも研究したのは…ただそれだけのためだったんだよ…。でも君は…そんな俺を差し置いて…あの男と……! 何故だ…! 何故なんだ……!?」
彼女の肩を力強く掴む。彼の言うことから察するに、ルーグの細胞から触手などの特異能力を使用できる兵器を開発し、それを自身に使用したのだろう。だからなのか、掴む力が異常に強い。
「やめて……アツシさん……!」
「…あれから俺は…殺人をする度に心地よくてね…? 死体が美しく見えて仕方がないんだ……。…だから君も……。」
アツシの手首から2本の触手が現れた。
そういえば国内で不思議な斬り傷が刻まれているしたいが見つかったというニュースを目にしたことがあった。それもたくさん。
「死んでもらおっかなぁ……♪」
舌を舐めずり、また不気味なニヤけた顔になった。
「やめて………!」
嫌がるのは、自分の命が脅かされているからではない。そうであっても、彼女はアーマーロイドだった当時の経験を覚えているため、手足を縛られていても、ロープであれば危機を脱することができる。だが、彼女はいま、その動きが出来ない。“何か”を守るため、体に負担をかけさせたくないのだ。
触手の爪の先が彼女の目の前に迫ったその時、背後から爆発音がした。
「…誰だ……!?」
アツシは触手を引っ込め、応戦体制に入る。
「…待たせたな……。」
男がそこに立っていた。
「タクミくん……!!」
「…『ボロボロになっても立ち上がる』…? ヒャッヒャッヒャッ! サイッコーだなぁ! なら…一生立てないくらい…ズタボロにしてやる!!」
アツシはタクミから奪い取ったパワーナイフを起動させ、パッドに挿し込んだ。
「……“変ェ身ン”………!」
見たこともない鎧の戦士だ。三原色の1つであるシアンの色をしたアンダースーツには、所々に禍々しい黒い線がデザインされており、光沢が目立つ紫の鎧をしている。また、黒かった濡れた質の髪は逆立っており、シアンをベースに紫のメッシュが入っていた。目の白目部分は黒く染まり、瞳が赤黒く変色していた。
「サイッコーの気分だぜ……! …そうだなぁ……? “サイコ・シヴァ”とでも命名しようか……!!」
サイコ・シヴァ…かつてのルーグの最終形態だった“シヴァレス”のオマージュだろう……。
「タクミくんダメ! ……アツシさんは…もしかしたらルーグ以上の力を持ってるかもしれないの…!」
サイコ・シヴァが首を鳴らした。やる気満々のようだ。
当然だが、タクミは先程の戦いの傷がまだ癒えていない。
「…アツシ……昔から俺はお前が気にくわなかった…。俺よりも頭が良くて…強くて…人望があって…表社会に生きて……日の光を浴びていたお前が気にくわなかった……。」
「あ…?」
「…でもな…お陰で俺は、俺のダメなところに気付けた……その点は感謝してるよ……。」
「嫌味か……?」
「…そうかもしれないな……。……でも俺がお前を狂わせたのかもしれない……。」
「……何が言いたい…?」
「………だからこそ……今度は俺が…。今度は俺が、お前のダメなところを気付かせてやる…!」
タクミは手に持っているパワーナイフを起動し、パッドに挿し込んだ。
パワーナイフは一本だけではない。
ショウ以上にアーマーロイドを知り尽くし、作る人がいる限り。
「上等だ…殺ってみろ……!!」
倍の数の触手が、変身の途中の彼を襲った。
「変身…!!」
エフェクトが彼を守り、触手が全て空振りをする。しかし、その威力は凄まじく、激しく土煙を上げた後、それの特性なのか、着弾した所が爆発した。
煙や爆炎がほぼ消えると、そこに立っていたのは、孤高の戦士ウルフだった。
「タカクラ タクミィ!!」
「トウリ アツシ!!」
室内で派手な殴り合いを始める。サイコ・シヴァのパンチ威力は凄まじく、壁に大きな穴を開けた。
ウルフィークローを展開させ、その力差をカバーしようと試みる。
「そーんなもんかァ…?」
ニタニタと不気味な笑みを浮かべながらウルフに攻撃を仕掛ける。避けるかさばくかをしていたが、いよいよそれも限界になってきた。傷が酷く痛むのだ。
クローを用いて攻撃を当てると、サイコ・シヴァの鎧に傷が入り、それが刻まれる度に火花が散る。
「無駄だァ!!」
無数の触手を出現させ、ウルフを圧倒する。
「…うぐッ……!?」
流石にこうなっては部が悪い。
一本の触手の側面が彼の脇腹を強打した。
「ぐはっ…!」
血を吐き、その威力に耐えられずに吹っ飛ばされる。それで建物の壁を突き破り、豪雨の降る外に出た。
「……ッ!」
「いよいよ終わりだ…タクミ……。」
「まだだ……。」
ゆっくりと立ち上がり、口のなかにあるドロッとした血液を地面に吐き捨てる。
「まだ立てるのか…嬉しいねぇ……!」
再び触手を使って攻撃を仕掛ける。ウルフはサイコ・シヴァから距離を徐々に離す。逃がすまいと彼はゆっくりと近付いてきた。
二人とも激しい雨に当たりながら戦闘を繰り広げる。だが、どう見てもウルフは押されていた。
「……ォラァア!!」
飛び掛かる触手をクローで一気に殲滅してやる。激しく息を切らし、立っているのもやっとである。
「いよいよ本当に最期だ……言い残すことはあるか…?」
サイコ・シヴァが余裕そうに笑いながら言った。
「あぁ…そうだな…。…だが……勘違いするな……?」
「……?」
「最期を迎えるのは……お前だ……!」
取り出したのは、新しい変身機器…といっても、かつてのダーブロルの使っていたシステムだ。
「…はァ…??」
「こいつは…新式のアーマーロイドシステムの能力を限界値まで高める…。なんつー偶然か……ミホのグレードアップである“グレイシャル”もそのなかの1つなんだよ…!」
「……!」
ウルフはニヤッと笑うと、パワーナイフを起動させた。
《グレイシャル・ウルフ!》
電子音が鳴った。この電子音こそが、新型に対応している証だ。
本来なら新型の変身機器とは、小型の瓶のような機械をこの装置に挿し込むものだ。しかし、今回のは特別にガーディアンズのメンバーに改造してもらったやつで、パワーナイフに対応するようにされている。それを、太ももの外側にあてると、自動的にベルトが巻き付かれた。ナイフを装置に挿し込むと、強くレバーを押す。
《ナイフィング・トル!!》
機器から音が鳴った。
「…!! 死ぬ覚悟は出来てんだろうなぁ!?」
嫌な予感をさせたサイコ・シヴァが無数の触手を現せ、心臓をぶち抜こうと一直線に走らせる。
次の瞬間、確かに当たった感触を確認すると、ウルフを中心に純白の煙が立ち上った。まるで爆発したかのように広がったそれはおさまることはない。
しかし、それと同時に異変に気付く。
触手が動かないのだ。
「……!?」
何度踏ん張ってもピクリともしない。無数にあったはずなのに、そのうちの一本たりとも反応がないのだ。
すると、煙の中から氷河を思わせるデザインの鎧になっているウルフがゆっくりと歩みを進めていた。
辺りには冷気を漂っており、降り注ぐ雨が瞬間に結晶となっては地面に落下し、割れた。遠くにいても狼の眼で睨まれるようなプレッシャーを感じる。
「……死ぬ覚悟だと……? そんなもん…ミホと出会う前から__ 。」
初めて戦った時のように、相手に手の甲を見せ、人差し指を立てて見せた。
「__ できてるよ…!」
「……!!」
ここで初めてサイコ・シヴァは死を直感した。
「『ミホの気を惹き付けるために研究を頑張った』だと…? “自分の価値を示すための成果”を…悪用してんのはどこの誰だ…?」
「……ッ…!」
グレイシャル・ウルフは凍った触手を全て覇気のような威圧感で砕いた。
「お前に何がわかる…? …俺に寄ってくる奴は皆評価欲しさだ…。 本当の俺はずっと1人で…孤独で……!」
サイコ・シヴァが急接近するやいなや、ウルフの顔面に蹴りをお見舞いしようとした。しかし、彼の蹴りを腕で受け止めた。
「俺はずっと1人だ…!1人で戦った! やっと見つけた希望も、全部お前に奪われた!」
「………。」
ウルフの赤く鋭い瞳から放たれた目線が彼の心を突き刺した。
「知らねぇよ…お前が孤独とか……。」
「ッ…!?」
その足を退かし、地面に降りたサイコ・シヴァの胸部をぶん殴る。殴られたヶ所が凍った。
「お前は結局、最初から自分のためにしか戦ってないんだろうが…。 自分の存在意義が欲しかった…。だからミホを手に入れたかった…そうだろ……?」
「…………!」
「…俺はミホのために…世界の、平和のために……俺を仲間と認めてくれたジクティアたちのために……戦っている…。お前は俺に奪われたんじゃない…希望の意味をはき違えているんだよ…!」
「………お前に何がわかる……!」
「分かるさ…。俺とお前は似た者同士だからな……!」
レバーを押して、エネルギーを右腕に集中させる。地面を思い切り殴って凍らせ、サイコ・シヴァの足を固定した。逃げられないようにしてやったのだ。
「今こそお前を…狂人から引き戻す…!!」
続けてレバーを2回押す。
全てのエネルギーを右足に集中させ、サイコ・シヴァを蹴り飛ばした。高密度のエネルギーを叩き込まれた鎧は全て凍り、そしてヒビが入った。
「終わりだ…眠れ…“朋”よ。」
身体中から電流が溢れ流れると、サイコ・シヴァは断末魔を上げながら爆発四散した。
豪雨に打たれながら、アツシは黒い雲に覆われた空を見つめる。
「………はぁ…おまえは……どうして…おれより……おとっているのに……。」
死にゆく彼を、ウルフは側で看取っていた。
「…俺には仲間がいる。今回だって、その仲間に助けられたんだ…。俺一人じゃお前には勝てない。」
「ふっ……ふふっ……そうかい……。」
「…安心しろ…俺ももう長くない……。」
「……なぜだ…?」
「…グレイシャルは本来…アーマーロイドを介さなければならない…でないと…」
「…身体がその負担に耐えきれない…か……」
「…あぁ……。」
「……許せる……ものか………ッ…。」
「…?」
アツシは上半身をなんとか起こし、隠されていたもう一本の触手を手首から出現させると、すぐにウルフの心臓に突き刺した。
「…!!」
「…俺の…最初で…最期の…友を……死なせるものか……。」
自分の胸に突き刺さっている触手が引き抜かれると、体がかすかに軽くなったのを感じた。
「…アツシ……。」
「お前は死なない……少し長い…昼寝をするだけだ……。起きたとき…俺はそうなると願うが……。その時は……ミホを…頼んだ……。」
アツシの体は綺麗な水色の光の粒子となって消えて行った。
「…………もちろんだ……。」
ウルフも変身を解除し、ボロボロの身体でミホの元へ向かった。
「タクミくん…!」
ミホは彼の姿を見たとたん、走り出して彼に抱き付く。どうやら駆けつけていたアカリやエージが彼女を解放してくれていたようだ。
「……ミホ…悪いな……少し…眠いんだ…。」
「…!」
タクミは膝から崩れ落ち、そしてそのまま昏睡してしまった。
目を覚ますと、最初に目に入ったのは、見たことない女の子の顔だった。
「………だれ…。」
「…おきた! パパ、ママー!」
女の子が両親を呼ぶと、次はショウとナツミの顔が見えた。
「よ、タクミ!」
「ショウ……? さっきのは……?」
「あー…サヤカだよ…うちの娘の。」
…………
は!? __彼は驚いた。当然だ。
「お、おい…今って……?」
「アツシと戦ってから5年経ってる…。ほら見てよ…少しずつシワが…。」
ショウは自分のほうれい線を気にしているように言った。だが浅すぎて分からない。ほぼ変わりはないが、確かに言われてみれば……。
「…! ミホは…?」
「……あぁ…。待ってろ…。行くぞ、ナツミ、サヤカ。」
水上一家は病室から出ていった。
あれから5年だと…? てことは自分はいま35か…? 時の流れに絶望していると、窓から射し込む太陽の光が心地よいことに気付いた。
日を浴びていると、ドアを2回ノックする音が聞こえた。
「…タクミ……その…久し振り……。」
ドアが開かれ、姿を現したのはミホだ。だが、彼女の側にいた男の子が気にかかって仕方がない。
「ミホ……その子……は……?」
「…優逞……。」
タクミは察した。ミホは他の男と結ばれたということを。そして“今度も“、喪失感を感じぜずに居られなかった。
「タクミくん…信じてもらえないだろうけど……ユウタは…あなたの子だよ…?」
「…………え…?」
「あの時には既に…妊娠…してたんだ…。」
「…嘘だろ…?」
「ほんとだよ…! 本当にあなたの子供…高倉 優逞なの…!」
ユウタはミホの陰に隠れ、タクミの様子を見ていた。
「俺の……?」
手を差し伸ばすと、ユウタはやはり怯えているようだ。タクミはそれに心が折れかけたが、差し伸ばした手を戻そうとした時、途端にユウタから握ってきた。
「……ぱぱ…?」
ユウタは確かにタクミと似ていた。そして改めて思った。彼は自分の子供である、と。
ミホが安堵したように笑い、タクミに抱きついた。
「…高倉一家…か……。」
「タクミくんは大黒柱だよ…!」
「…あぁ……。 父親と…ヒーローと…カフェのマスター…か…。」
…………。
「「あ、カフェレストラン!!」」
あれからほぼ休業していたのだ。
退院してからは、ユウタを学校に通わせながらの営業だ。
休みの日は彼も店を手伝ってくれる。
タクミたちは今日も平和を感じ、忙しい毎日を過ごしている。
……物語は 続いてく……
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英雄之仮面 氷河の狼 完