プロローグ
錆びた鉄と甘酸っぱさの混じった風の香りを、貴方に
新暦323年3月30日。
明日は6年生のお別れ会だ。
用意は基本的に僕ら5年生がする。
結構というかかなり大変。
式場の体育館をいつも以上に念を入れて掃除。
再生ティッシュ重ねて花を作って飾ったり。
字の上手い人に題字を書いて貰ったり。
椅子を並べたり音響や照明をセットしたり。
ひととおり用意が終わって解散したのはもう16時過ぎだった。
くたくたになって教室へと戻る。
もう役員の僕以外は誰も残っていない。
しょうがないなとため息一つ。
教科書等をカバンに入れて教室を出る。
廊下を歩いて階段まで来たときだ。
「お疲れ様、ミナト君」
知っている声がした。
アキコ姉だ。
アキコ姉は1年上の6年生。
僕の居住区と児童会の先輩だ。
「アキコ姉、どうしたんですか」
「明日でお別れだから、色々見て回っていたの」
アキコ姉は明日、お別れ会を迎える。
6年生は1組から10組まで10クラス300人。
そのうち、
A 戦闘機適性がランクB+以上
(今回は3人)
B 遺伝子多様性上必要と思われる生徒
(今回は2人)
C 社会適性B以上のうち学業成績が50人からAとBの人数を引いた人数以内
以外はこれでお別れだ。
アキコ姉は成績そのものは総合でも10番前後。
でも社会適性がCだった。
だから明日でお別れ。
もう会えない。
「社会適性のテストなんてアキコ姉なら幾らでも誤魔化せたんじゃないですか」
「その気になれなかったの。私が残ればその分お別れになる人が出るしね」
アキコ姉は何でも無い事の様に言う。
「人を押しのけてまで生きようという気も無いし」
僕は何とも言えない気分になってアキコ姉を見る。
「もうすこし一緒にいたかったんですけれど」
「お別れは何処にでもあるわ。この世界なら当然にね」
そう、この世界では何でも無いあたりまえの事なのだ。
ここは資源がそれほど恵まれている団地じゃない。
地熱資源と日照資源で生活できるのは乳幼児から成人含めて5,000人未満。
だから12歳を越えて成人になれるのは一年に50人。
12歳時は300人から50人に減らすけれど、それ以外も毎年間引きは行われている。
僕らの団地が生き延びるためには仕方無い規則だ。
それは充分わかっているし当然のことだと思う。
ただアキコ姉に明日で会えなくなるというのは寂しい。
何故と言われると良くわからない。
同じ居住区で一緒にいたからだけでは無い。
色々世話になったからだけでは無い。
それが何という感情なのかは僕は知らない。
教科書にもその感情の名前は載っていない。
でもアキコ姉は僕には特別の人だったのだ。
もっと一緒にいたかった。
出来ればずっと一緒にいたかった。
ここの団地では無理だけれど。