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円環の魔導師  作者: 日傘ユキ
三章 魔法特区
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得意と不得意の選別



かくしてアレシャンドレ大先生のおかげで前期試験を突破し、ようやく一息ついた頃。


俺たちは、専攻する課程をどれにするか、選択する時期に差し掛かっていた。


アレシャンドレは魔獣育成学。

ジゼルは魔法気象学にするらしい。


さて……俺は何にしようか。


寮の掲示板に貼り出してある紙を眺めながら、うーんと唸ってみる。


「無いなぁ」

「何が無いんだ」

「これ!って思うものがさ」

「んなもん、ビビッと来なくなって、やってみりゃいいんだよ」

「アレシャンドレはいいよな、やりたいことが決まってるんだからさ。ジゼルだって、得意なものがあるじゃないか。俺はなーんにもない」

「大丈夫よ。きっと、ここ最近でトップクラスの魔力量をもつって言われているナインなら、どんな魔法でも極められるんじゃないかしら」


にこにこと笑うジゼル。

いいや、と首を振ってみせた。


「そんなことないよ。やっぱりさ、興味があるかないかって大事だと思うんだよね。

興味があれば、うまくできないことでも続けられる。

でも、興味がなければ、どんなにうまくできたものでも、最後には投げ出しちゃいそうだなって」


今度は、ううむ、とアレシャンドレが唸った。


「なるほどねえ。何かさ、お前の考え方ってちょっと面白いよな」

「どういうこと?」

「なんかこうさ、年相応じゃないっていうかよ。まるでバアちゃんの言葉を聞いてるみたい」

「なんだそれ」


ちょっとムスッとしたが、吹き出すジゼルを見て、俺もつられて笑ってしまった。


「ま。何にせよ、そうだな。オレの教えを請わないと赤点回避できないようじゃあ、確かに力の持ち腐れかもな」

「グゥ」

「何がグゥだよ。次はもう手伝わねーからな」

「わかってるよ」

「ふたりともー」


ジゼルの声がした方を見る。


掲示板の端の方、少し離れたところにいた。


「ねえねえ。話を戻すけれど、これなんかどう?」


移動し、貼り出されている小さな紙に目線をやる。


そこには、オレンジ色のポップな文字で、いかにも楽しげな雰囲気の書面が踊っていた。

さらにその下の方に、白紙の申込用紙らしきものが画鋲で止めてある。


『専攻する授業が決まらない…

そんなアナタに!

全十課程の体験研修!

全ての授業をその身で体感!

来たれ!迷える新入生諸君!!』



「ほら。これならどの分野が自分に合っているか、確かめられそうよ」

「ほー。いいんじゃねえか。申し込んでみろよ」

「うーん。でも、これでもしも得意なものが見つからなかったらさ……」

「ほんとに次の試験知らねえぞ」

「わかりましたマッチョ先生」

「おいコラ誰がマッチョだ」


もはや日常茶飯事となっているアレシャンドレのチョップを後頭部に受けながら、俺は掲示板から申し込み用紙を外した。




✳︎




研修の会場として設定されたのは、学園内の大闘技場だった。


ここは授業で使われるだけではなく、様々な催しやイベントにも使われている。


闘技場をぐるりと取り囲む高い壁に沿って、何人かの魔導師が各ブースの準備をしているようだ。


「えー、それでは、えー、研修を始めます」


会場の中央に立つ、丸メガネをかけた男の魔導師が、手に持ったボードを見ながら司会進行する。


「えー、本日お集まりいただいた新入生の皆さん。各ブースでは、それぞれの権能や専攻授業の特徴がよくわかる体験や説明を用意していますので、えー、どうぞご安心ください」


周囲をぐるりと見渡す。

結構な人数がいるあたり、迷っている者はわりかし多いらしい。


そりゃそうだよな。

まだ魔導師見習いになってから毛が生えたくらいの時間しか経ってないんだし、そうそう潔く決められるものでもないと思う。


「それでは、えー、各ブースを順に回りながら、えー、自分に合う分野を探してみてください。では各自、自由にどうぞ」


その言葉を聞き、ぞろぞろと思い思いの場所に動き始めた。


よし。俺も行ってみよう。


まず最初に目に付いた、真向かいのブースに足を運ぶ。


立てかけられたボードには、「魔法力学」と書いてあった。


「こんにちは」


出迎えてくれた小柄な中年女性の魔導師が、にこにこと微笑む。


「こんにちはぁ。お兄さん、魔法力学に興味があるの?」

「いやー、自分に合うものをさがしてるって感じですね」

「なるほどねぇ。この分野はね、空を飛んだり、物を浮かばせたりする際の力の動きについて研究する学問なの。よかったら見て行って頂戴な」



そう言って、ふわふわと浮かぶ鉄球を足してくれた。



「簡単な魔法を見せてあげるわ。これね、今、私が浮かべているのよ。そして、はい、これ、力を一時的に使える腕輪。これをつけたらね、同じことができるから。やってみて」


細い金属のような糸で編まれた腕輪を受け取り、言われるがままに挑戦してみる。


「あれ?」

「あら、まあ」


鉄球がみるみるうちに空に上がり、そして彼方へと消えてしまった。


「あらあ、あなたーー魔力量が尋常ではないのね。出てくる力の調節をしなくちゃね」

「はあ」


女の人が腕輪をコンコンとつつくと、上空から鉄球がふわりふわりと戻ってきた。


なんでも、風の流れや気候を読み、そして自分の力で物体の移動をうまく調節するのだという。


腕輪に魔力を込め、助言をもとに鉄球を動かしてみるが、意外とうまくできているようだ。


「あなた、スゴイわ。素質あるねぇ。それ、記念にあげる。よかったら、ぜひうちの研究室で学んでみない?」

「ありがとうございます。考えてみます」


にこにこ顔で見送られながら、次のブースに向かう。


お次は隣の「魔法食学」。


ブースの卓上には、謎の赤い液体がグツグツと煮えている大きな鍋が置かれていた。


強面の男の魔導師が、腕組みをしながら、待っていましたと言わんばかりに大きな声をかけてくる。


「いらっしゃい。ご注文は?」

「注文?」

「アカキリドリの鉱山薬草煮込みですね?」

「いや、まだ何もーー」

「はい、おまちどお様」


木のお椀に入った、ドロドロとしたシチューのようなものを手渡された。


え?


「食べてみな」


何が何だかわからないまま、匙を手渡される。


食えと促す鋭い眼光に逆らえず、恐る恐る一口味見してみる。


「どうだ?」

「こ、これは……!」


おいし……くはない。

なんて言うのか、前衛的というか、個性的というか、とにかく俺にはこの食べ物を言い表すうまい言葉が見つからなかった。


「お…面白いですね」


やっとの思いで返した言葉に、魔導師がずいっと身体を乗り出す。


「だろう?この味の深みがわかるとは。お前、魔法食学、向いてるぞ」

「魔法食学って何なんですか?」

「魔力をもつ生き物、魔族を食物に変換する学問だ。今人間が普通に食べてる食物はもう研究され尽くしてるだろう。だから、新しい可能性の模索をしようっていうわけだ」

「な、なるほど」


バンッと肩を強く叩かれ、再び一言。


「お前のこと、待ってるぞ。研究室で会おう!」


ーー取り敢えず、苦笑いと作り笑いがないまぜになったような表情を返しておくことにした。


その後も様々なブースを回ってみるが、どれも「お前、向いてるぞ!」と言われるばかりで、いまいちピンとこないものばかりだった。


これだけ沢山の学問に向いていると言われるのは光栄なことだけれど、逆にどれを選んで良いのかさっぱりわからない。


「えー、お知らせします。そろそろ会場を閉めたいと思いますので、えー、まだご用のあるブースを回っていない方はお早めに」


丸メガネの魔導師の、全体に向けて叫ぶ声が聞こえる。

ほとんどのブースを回り終え、色々なお土産を持たされ、半ばぐったりとしていた、そのときだった。


ふと、一つのブースに視線をやる。


「…なんだ?」


なぜだろう。

ここのブースの前では、ごく自然に足が止まった。


寄ろうと思ったわけではない。

人に呼ばれたわけでもない。


なぜか、身体が行きたがっているかのような感覚を覚えた。


「はい、えー、次のブースで最後とします。えー、お早めにー」


追加で叫ぶ声が聞こえた。


どうせあと一つしか行けないのなら、最後にちょっと寄っておこうかな。


俺はお土産を担ぎ直すと、足の向くままにブースへと歩き出した。



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