少年の悩みとうごめく謎
寮の個室に戻り、ベッドに深く腰掛けた。
「あーー疲れた」
「まだ二時間ぐらいしかやってねえぞ。もっと時間かけてやらないとダメだ」
相部屋のアレシャンドレが首を振って呆れた顔をした。
よいしょと言いながらダンベルを持ち上げたあたり、今から夜の筋トレを行うらしい。
「ところでアレシャンドレ。」
「ん?」
「もう専攻授業は決めた?」
前期試験の終了と同時に、一年生は専攻授業を選択しなければならない。
いわば、自分がどの課程を専門的に勉強するかを決める、最初の授業だ。
まず、全員が有する権能の性質を査定した後、専攻授業の申し込みを行う。
だから今の段階では確定させることはできないのだが、権能はその魔導師の興味のあるものにだいぶ影響を受けているーーいや、むしろ影響を与えているものらしいので、どんな授業を受けたいか、何となく目処を付けておくことはできる。
「そうだなー。オレはやっぱり、魔獣育成学かな」
「え?」
魔獣育成学?
「魔獣を育てて、牧畜や戦闘に役立てるっていうやつ?」
「おう」
汗を流しながら筋トレに勤しむアレシャンドレを見て、"やっぱり"ってどういう意味だっけと首を傾げた。
「え?魔法筋肉学じゃないの?」
「何言ってんだよ!んな分野ねえよ!」
「いてっ」
アレシャンドレの筋肉チョップを食らい、頭を押さえる。
「そういうお前は?」
「え?」
「何にすんだよ、専攻」
「あー…」
何にしよう。
正直言って、まだ何も決まっちゃいない。
興味のあることっていうけれど、俺が興味のあることって何だろうか。
「それがさあ、まだイメージ湧いてなくて」
「へえ。まあでも、お前ならわりと何でもできるんじゃねえか?何だかんだ言ってソツなくこなすし。これが苦手だ、って物も無いんだろ?」
「うん。」
「だったら、まあ、ゆっくり考えりゃいいんじゃねえか。まだ時間はあるんだからよ。」
「……そうだね。」
興味か。
考えれば考えるほど、なんだかよくわからない。
俺の好きなことってなんだ?
何となく枕元の本を手に取る。
父さんが別れ際にくれた、母さんの本。
幾度となく解読しようと試みているが、未だにできない。
レベルの高い難解な本ほど、解読するのに莫大な魔力量が必要だというから、きっとまだ俺のレベルが足りていないのだろう。
つまり母さんが魔導師だったという父さんの話ーーそれも凄腕の魔導師だったということは間違いない。
一体何が書いてあるんだろう。
✳︎
鬱屈とした雰囲気の漂う階段を降り、石畳の上を進む。
「ウィレミナ様!」
「夜分までご苦労。下がってよい」
「はっ!」
門番を立ち去らせ、牢屋の中の魔導師に声をかける。
「気分はどうだ?」
相手は問いかけに答えず、ぼうっとした目で宙を見つめたままだ。
「そんな小癪な猫騙しなどこの我には効かぬ。いい加減出てきたらどうだ?」
ぴくり。
獄中の魔導師が、首をウィレミナに向けた。
「ふっ…ふふふ、ふふふふふふふふ。
さすが………稀代の、魔導師と、言われるだけ……ある。よく、この私が…この身体の中に、入っていると……わかっ、たなあ…」
目はすでに虚ろではなく、先ほどと全く違うギラついた雰囲気を放っている。
薄ら笑いを浮かべる魔導師に、臆することなくウィレミナは続けた。
「貴様、何が目的だ?なぜ新入生を狙った?」
「ふふ……ふはあはふふ」
「いや、違うな。なぜウェリアを殺した、と言った方が正しいか。」
魔導師はニヤニヤと嗤うだけで何も答えない。
「早う答えぬか」
ウィレミナが杖の先で石畳を突く。
途端に、銀色の炎が獄中に沸き起こり、魔導師の身を焦がし始めた。
「ぐああぁあ!!!ああああぁぁああぁあ!!!!!!!!!」
「答えよ」
さらに火力を増した炎が、ごうごうと火の粉を飛ばしながら燃え盛る。
しかしそれでも魔導師は、不気味な笑みを浮かべた。
「はっ…ははぁ……、殺したけ…れば、殺せぇ……!!私……が…滅び…ようと、ぐっ……ああ!!、同志……が…、我らの悲願を…っ、必ずや、遂げ……」
「よかろう」
「がおあぁぁあっおああ!!!!!!?」
銀の炎が渦を巻き、さらに勢いを増した。
ウィレミナが杖を一振りした時には、すでに魔導師の身体は一片たりとも残ってはいなかった。
「おい」
リュリュレインがコツコツと石段を降り、静かに頭を下げた。
「お呼びでしょうか」
「この魔導師、間違いないわ。奴のーー"アレグシュリア"の手中に落ちた者であった。」
「やはり……」
「戦いの時が近い。一刻も早く、今年の新入生を一流の魔導師にせねばならぬ。戦える者を増やさねばならぬ。戦いに負ければ、魔力を有する者ーー我ら"魔族"だけではない、一般の民にも危険が及ぶ。
頼むぞ、リュリュレイン。」
「はい。命に代えても。」