少年達は壁に直面する
「そういえば聞いた?例の事件の続き」
「例の事件?」
「ほら。私達が魔法特区に来る時に起きた、"ウェリア魔導師毒殺及び魔導師見習い襲撃事件"ーー。通称、"ウェリア事件"よ」
ジゼルがジュースを口に含んで頷く。
レイル先生の講義の後、俺たちは学園内のダイニングホールに立ち寄っていた。
今日の全講義が終わってからすでに時間が経っているため、テーブルは割と空いている。
「あの事件の…続き?」
「そう。なんだか、まだ終わっていないらしいの。」
「どういうこと?」
「なんでもね、ここ最近、体調を崩して医務室に運ばれる人が続出しているらしいの。その症状が、毒魔法による中毒症状によく似ているんですって。」
「なるほど。」
「幸い、今のところ死人は出ていないらしいのだけれど……。何だか不気味で嫌よね。」
ジゼルが身を震わせる仕草をして見せた。
あの事件は俺たちの記憶に、とても鮮烈な印象となって残ってしまった。そして、あれ以来、自分の中での魔法に対するイメージが変わったのは間違いない。
それまでは、"魔法はすごい力だ"といったような、どこかぼやけていてフワリとした捉え方をしていた。
しかし、魔法があれほどいとも簡単に人の命を奪い、容易く物を破壊する力でもあるのだということを、まざまざと見せつけられたのだ。
魔法の使い方。
魔法を習得する者としての心構え。
魔法から命を守る方法。
そして何よりも、自分たちが今、この魔法特区の中で、いかに無力な弱者であるかーー。
俺達だけじゃない。今年の学園入学生達は、いやというほどにそれらを痛感していた。
「あれ?でも、あの時にリュリュレイン先生が犯人を捕まえていたじゃないか。」
「ところがね、あの犯人も様子がおかしいんですって。今も地下牢に繋がれているらしいのだけれど……、なんだか、魂が抜けたような状態になってしまってるって。何を聞いても答えないし、虚ろな表情をしているって…。それもこれも、『大化石の呪い』じゃないかって、特区中で噂されてるのよ」
そう言ってジゼルは、アーチ型の窓から見える、特区の景色に目をやった。
その視線は、特区の真ん中に位置する、超巨大なシティシンボルに注がれている。
灰色の岩石に似た物質で覆われた、謎の物体ーー通称、『大化石』。
この特区のどこからでもその姿が見えるほど、あまりにも巨大すぎるその物体は、高さ数百メートル、いや、数千メートルあるとも言われている。
その起源は解明されていないが、この国が建国された時にはすでにそこにあったらしい。
その本質も、中身も、そもそも化石なのかすらも定かではないという。
どんな魔法や武器を以ってしても、傷一つつかないというそれは、魔法特区ができる前までは、この国の守護神である女神クレシュナルと並んで崇拝されていたらしい。
ただ、魔法特区の特殊な結界により、現在は一般国民の目には届かぬものなってしまった、とかなんとか。
何にしても、そういう摩訶不思議なものが好きな人にはたまらない研究対象物なのだそうだ。
「まあ…きっと大丈夫さ。どんな怪奇事件にも、必ず終わりはあるよ。この特区にはすごい魔導師がたくさんいるんだから。」
「うーん、それならいいのだけれど……」
「なんだ?何か気になることでもあるのか、ジゼル。」
アレシャンドレがコーラをがぶ飲みして、コップを一気に空にした。
「ううん、そんなことないよ。ただ、みんなで平和に過ごしたいだけ…。」
「なるほどな、その気持ちは正しいよ。
でもな、ジゼル。今のオレたちがしなきゃいけねえことはな、まず、自分で自分の身を守れるようになることだ。これに尽きる。例えどんなスゴイ魔導師でも、守る対象が増えりゃ、そんだけ隙が出ちまう。そうさせないようにするのが、見習い魔導師のオレたちにできる、最善かつ最良の協力だ。」
アレシャンドレの話を聞いて、俺も首肯した。
今の俺たちにできることーーそれはまず、力をつけること。
以前リュリュレイン先生が言った通り、この力を正しいことに使うこと。
そして、最も適切にコントロールできるようになること。
「そうだね。アレシャンドレの言う通りだよ。」
「おうともよ。そのためにーー」
ドサドサドサッ、と、目の前に大量の本やノート類が積まれた。
「まずは、前期試験を突破しなきゃあな。」
「……わぁ」
「……まぁ」
前期試験。
入学して早くも俺たちに立ちはだかる、大きな壁の名だ。
「ナイン。お前は予習もするし、先生の話もよく聞いてるがよ、ノートまったくとってねえだろ。そんなことじゃ前期試験、赤点モノだぜ」
「ウン…」
「まあ、ナインったら。」
「お前もだよジゼル。お前、魔法気象学はわりかしいい点数みたいだが、どうやらそれ以外は平均点らしいじゃねえか。勉強だ、勉強。」
「うう…」
「心配すんな。お前らに教えられるよう、すでにオレの頭には内容が叩き込んであるからよ。理解できるまで付き合うぜ。」
「ありがとう、アレシャンドレ……」
持つべきものは友。間違いない。
かくして俺とジゼルは、前期試験が明けるまで、勉強漬けの毎日を過ごしたのだった。