学園の一枠
大きな窓から差し込む光が、ノートと羽根ペンの置かれた長机に差し込む。
暖かく柔らかな帯が身体に触れ、なんとも心地よい。
そういえば、思い出す。少し前にはこうやって、温かい日差しを浴びながら、故郷の図書館で本を読んでいたっけ。
「はい。それでは魔道書の56ページを開いて」
そう。
ーー魔法に関する本を。
「げ。なあナイン。お前この魔道書、予習してきたか?」
「うん。やったよ」
「ええ?いつの間に?」
「アレシャンドレが学園の周りをランニングしに出かけてるとき」
「マジかよ」
隣のアレシャンドレがごにょごにょと耳打ちしてくる。
その体躯の頑強さと反比例するように小さくなる声が面白い。俺がにやにやと笑うと、教卓から見えないように盾にした本の陰で、脇腹をドスッと突っつかれた。
「イテッ」
わりかし痛い。じろりと睨むが、既に我関せずといった様子で本に目を凝らしている。
眉間にシワを寄せ、くしゃくしゃと頭髪を撫でる友の腕は、引き締まった筋肉で覆われている。以前よりも腕利きの傭兵感が増した気がするのは、きっと気のせいではない。
さすが、この魔法特区に来てからも日課の筋トレを欠かさずに続けているだけある。
「はい。開いた者から、魔法語の解読、始め」
講師の指示を聞き、目に力を込める。じりりと視線で文字をなぞっていくと、何か熱いものが目の端から溢れていくような感覚を覚える。
目頭が熱くなるにつれて、一見しただけでは意味不明な紙面の記号が、頭の中で徐々に意味を持つ文字になり、組み合わさっていった。
「では、このページの魔法語が読めない者は手を挙げなさい」
先生がぺんぺんと教卓を叩き、講堂内をぐるりと見渡す。
俺は視界の淵でちらとアレシャンドレを一瞥した。涼しい顔をしているあたり、どうやら持ち前の頭の良さによって本の解読はクリアしたらしい。
学園一の大きさを誇る大講堂には、同期の魔導師だけではなく、俺たちよりもずっと年上の魔導師たちも集まっている。魔法史は初年度の必修科目だから、彼らは間違いなく、この講義はとっくに履修済みのはずなのに。
だからこそ、こうして多くの人が講堂に足を運ぶところを見ると、この先生の人気ぶりを思い知る。
誰も手を挙げないのを確認すると、先生が再び講義を再開した。
「それでは続いて、魔法史の起源についてお話ししましょう。前回の講義でも教えたように、魔法史とは、この世で最も古い歴史です。人間が生まれる前からこの世に存在する、実に由緒あるものです。
この世はその昔、天に合わしますーーええ、"おわす"ではなく、"あわす"です。三柱の神々がお互いを常に見守りあっていたことから、敢えてこの言い方がなされているそうですーー話を戻して、ええ、三柱の神々が、この世をおつくりになられました。
しかし、生き物が争いを繰り返したことで、この世は混乱を極めます。世界の空は血に染まり、地は死体で埋まり尽くしたといいます。
その惨劇を嘆いた神々は、魔法を統括する役目をヒトにお与えになりました。そうしてその役割を仰せつかった『十のヒト』は、永遠の命を与えられ、そして永久に世界を治めることになったのです。」
ぴしり、と俺の目の前で手が挙がった。
「はいどうぞ、カロンくん」
「その選ばれし『十のヒト』というのは、つまり不老不死ということですか?」
講師のレイル先生が、人差し指で丸眼鏡をちょこんと上げた。
「そうですねぇ。見方によっては不死身とも言えますし、違うとも言えます。
というのも伝承によれば、その十人は死を迎えても、何度でも転生を繰り返し、永遠に生まれ変わり続ける…とされているからです。肉体が滅びても、魂が不滅なのです。そうやって神々の天啓を受け続け、永久に世を支えるという使命を果たし続けるわけですね。」
黒板にチョークでリズミカルに文字と図を書いて説明していく。
『十のヒト』。
転生を繰り返し、永遠に世界を救い続ける魔導師。
果たしてそんなおとぎ話のような人物たちが、本当に存在するものなのか。
「はい!」
再び、ぴしり。
二本目の手が天井に向かって静かに伸びる。
「追加で質問です、先生。
例えば、世界にとても優秀な魔導師がいるとします。そして、その周囲で、もしやこの人は『十のヒト』の生まれ変わりじゃないか?とか、そういう噂が立つとします。その魔導師が本当にそうなのかどうか、どうやって見分けるんですか?何か特徴はあるんですか?」
「ほほお、カロンくん。これまたいい質問ですね。
皆さん、次のページを開きなさい。
ーーえぇ、そこに載っている通り、選ばれし『十のヒト』の最大の特徴は、常人離れしたその絶大な魔力量にあります。
他の人間ではまず到達しえないような、まさに気の遠くなるような魔力量です。
そして彼らのもつ魔力には、他の者には所有できない特殊な権能があるといいます。あぁ、ええ、皆さんはすでに他の授業で、それぞれの魔法には、特色たる『権能』という性格が備わっているということを勉強しましたね?
『十のヒト』のもつ権能は、あらゆる魔法の祖であり、全ての魔法の使役を可能にするという…、まさに、最古にして最強の権能、『全知全能』です。
こんな規格外の権能をもつ者がいれば、普通ならば他の魔導師が見逃すはずはありません。魔導師ならば、その力の強大さに、出会った瞬間に気づくはずなのです。
まあ、今のところは、その『十のヒト』がこの世界に顕われたという記録はありませんから、あくまでも理論上の分析ですがね。
とはいえ、魔法とは人々の願いのーー」
その時、リンリン、と、黒板付近にかけられた鳥かごの中の鳥が鳴いた。
時刻を知らせる白鐘鳥だ。
「はい、では今日の講義はここまで。
次回は、権能分類の歴史について学習していきましょう。」
レイル先生が再び丸い眼鏡を押し上げて、にこりと笑みを浮かべた。