魔法と不協和音
ぞろぞろと王宮の大広場に入ると、数人の魔導師が出迎えてくれた。
そのうちの一人は、見覚えのある顔をしていた。
黒い瞳に、色白で精悍な顔つき。黒の短髪をオールバックにした、黒いオーブに身を包む長身の男。その左手には、三十センチほどの黒い杖が握られている。
「再び王宮へようこそ。
僕の名はリュリュレイン・アルスィー。王立魔法特区学園の講師だ。
まあ、詳しい話はあと。まずは魔法特区へ案内しよう。」
のべ十五人の新入生を見渡し、かすかに微笑む。
「確か…選定と、説明会の時にもいた先生だな」
「あ、そうね」
「なんかカッコイー」
「俺たち、ホントに魔導師になるんだな」
ひそひそと話し声が聞こえる。
左隣のアレシャンドレも、俺にぼそりと耳打ち。
「ありゃかなりできるな。雰囲気が違う」
「わかるの?」
「一応は俺も傭兵の端くれだからな」
「なるほど」
ーーその、直後。
俺の右隣の人が、パタリと倒れ込んだ。
「え?」
案内役の魔導師の一人だ。
身体が、小刻みにビクビクと痙攣している。
「あの」
「伏せろ!!」
先生の叫び声。
咄嗟にしゃがんだ俺の頭のその上を、何かが通過した。
ドォン!!!という大きな爆発音。
振り返ると、石畳みの地面が大きく陥没し、燃え上がっていた。
「熱っ!」
熱風だ。
炎、熱。
間違いない、頭の上を、いや、一瞬前まで頭のあった場所を、炎の玉が駆け抜けていったのだ。
その後も俺たちの周りで、でかい爆発音が弾け続ける。
「キャアアッ!!」
「なっなんだぁ?!」
「はああやばいって!」
「誰かぁ!!!」
「焦るな!お、落ち着けえ!」
案内役の魔導師の一人が叫ぶが、場はすでに混乱しており、とても落ち着ける状態ではない。
止まず、鼓膜を揺るがす爆発音。
鼻をつく煙の匂い。
考えろ。考えろ。
何が起きた?
倒れた魔導師。炎の塊。
いまだ起こり続ける爆発音。
炎の塊。
どこから?
しゃがんだまま、目線を動かす。
右、左、上。
ーー忙しなく動かす目の端で、異物を捉えた。
王宮の屋根の一角に、人影。
手にしているのは、細長い棒。
杖だ。
間違いない、あいつが炎の塊を撃っている!
「アレシャンドレ!」
左を振り向きざまに叫ぶ。
見れば、すでに懐から一本の短刀を取り出していた。
さすが傭兵、抜かりがない。
「ここから見て太陽の方角、王宮上!」
「…!おう、見えた!」
「それ!投げて届くか!?」
「いや、この距離じゃ無理だな。それに投擲しても、どうせ魔法か何かで弾かれちまう!」
確かにそうだ。
ならどうする?
…一か八か!
「それ貸して!」
「わかった!」
アレシャンドレの短刀を受け取り、遠くの人影に向けて構える。
今の俺にできる、唯一のこと。
やってみるしかない。
記憶をたどり、見た通りに思い描く。
頼む!
「ドクシオス!!!」
なびく硝煙。
ひゅう、という風の音が聞こえる。
爆発音がーー止んだ。
王宮の上の人影も、そのままの状態でピクリとも動かない。
「やった…のか?」
「動くな」
「!」
後ろから、冷たい声が聞こえる。
リュリュレイン先生だ。
「どういうつもりですか?」
「お前が言うか?」
ゆっくりと振り向く。
そこにはーー
リュリュレイン先生に杖を突きつけられている、案内役の魔導師の一人がいた。
「もう一度言います。どういうおつもりですか?リュリュレイン様」
「黙れ。まだシラを切るつもりか?」
「は?」
「屋根の上の人形を操って火炎魔法を使い、そして毒魔法でコイツを殺しただろう、と言っているんだ」
「…は、何の根拠がーー」
「根拠?」
リュリュレイン先生が冷たい笑みを浮かべて魔導師を睨み、低い声で囁いた。
「コイツの体内に残留した毒魔法。先程解析したら、お前がよく使うものと完全に一致した。毒魔法の調合は魔導師にとっては企業秘密みたいなものだからな。自分の努力の結晶を、わざわざ他人に明かす奴がいるか?」
「…!」
「なんなら今ここで、死体から抽出した毒、お前に試してやってもいいんだぞ。
毒魔法は、作った本人には効かない。
お前が死なないってことが、何を意味するか、流石にわかるよな?」
観念したかのように、魔導師は杖を落とし、力なくうなだれた。
足元に転がる杖を、先生が革靴で踏んづける。バキッ、という乾いた音と共にへし折れると、粉々になって風に消えた。
「拘束魔法をかけ、ウィレミナ様の元へ連れて行け」
「はい」
リュリュレイン先生の指示で、魔導師が連行されて行く。
その様子をぼんやりと見ていると、肩をポンと叩かれた。
「ん?」
「え?」
「君たちは確か…ナインと、アレシャンドレといったか。」
頷くと、リュリュレイン先生が微かに笑い、二、三度拍手した。
「君たちの洞察力、そして行動力。実に素晴らしいものだった。
アレシャンドレはあの状況に臆することなく臨戦態勢をとり、ナインは短刀を杖に見立てて魔法を使った。どちらも、なかなかできることじゃない。」
「ありがとうございます」
「ナイン。君は、あの拘束魔法をどこで覚えたんだ?」
「あ、それは……。俺が試験を受けた時に、暴走した植物を止める魔法をウィレミナ様が使ってたことを思い出して。なんて言うか、それの見よう見まねで」
「なるほど。そういえばそんなこともあったな」
リュリュレイン先生が頷いた。こうして近くで話してみて初めてわかったが、先生の黒い瞳は真っ黒ではなく、やや紅みを帯びている。
「さて。僕が確認したところでは、君たち新入生の中に怪我人はいないようだが…大丈夫か?」
先生の言葉に、全員がゆっくりと頷く。
「今起きたことからもわかったと思うが、魔法を修める者は、戦いや諍いに無関係ではいられない。これから、君たちの力を悪用しようと近づく者も現れるだろう。
そういった悪から自衛し、正常な判断ができるようになるために、我々が君たちを導く。
そして、我が国や世界に安寧をもたらす手助けができるような魔導師になってもらいたい。
皆、覚悟はいいかな?」
じっ、と一人ひとりの目を見る。
しばらくして、リュリュレイン先生は小さく頷いた。
「ーーよし。
では、ここに『門』を開こう」
先生が黒い杖を大きく縦に振ると、そこから楕円形の膜が出現した。
膜は不透明で絶えずうねっており、ちょうど人が通れるくらいのサイズだ。
「これは俗に『境の門』と呼ばれるものだ。これを潜ることで、魔法特区に行くことができる。順に潜り、出たところで待機してくれ。僕は門を閉めるために、最後に通るからね。
では行こうか。」
少し緊張した面持ちで、一人ずつ、膜を通っていく。
「ふふ、ちょっと緊張するね」
「そうだね」
前を進むジゼルが微笑み、膜を通っていく。
そして俺も、ジゼルに続き、膜を通り抜ける。
するとーー
そこには、薄い青色のレンガでできた街並みが広がっていた。
街行く人々は、誰もが魔導師の証であるローブをまとっている。中には、今までに見たこともない、浮遊する不思議な生き物を連れている人もいた。花壇には独特な色合いや形をした植物が植えられており、良い香りがする。
また、七色の小さな光の粒が、あちらこちらをふわりふわりと漂っている。 蛍のような、雪のような、実体のないものだ。手を伸ばして触ろうとしてみるが、触れることができなかった。
それ以外にも珍しいものがたくさん溢れている。街の色合い、生き物、人々の纏う空気ーーそれらすべてが、王都のものとは、いや、今まで俺が見てきたものとは異なっていた。
街並みの前方。遥か彼方に見える、謎の白い巨大な建造物を背にして、先生が告げた。
「さて。それでは改めてーー
ようこそ、魔法特区へ。」